ひょんなことから同級生たちと同棲することになり、楽しいからいいやと油断していたら毎晩毎晩大変なことになった 作:松木ユキ
あの部室での一件があってから数日が経った。今は土曜日の夕方で、もちろん大学は休みだ。俺は最寄り駅の改札前に立ち、柊のことを待っているのだった。お、電車が来たみたいだな。
「すいませ~ん、お待たせしました~!」
それから間もなくして、大荷物を抱えた柊が姿を現した。柊はTシャツにパーカーを羽織っていて、いつもよりいくらかカジュアルな服装だ。なんだか自然体の感じがして、これはこれで可愛いなあ。それにしても、結構な荷物量だな。
「おう、待ってたぞ。何か持とうか?」
「すいません、ありがとうございます……!」
俺は柊が手に持っていた大きい鞄を持ってやった。タクシーに乗ってもいいけど、そこまで遠くもないしな。近所の紹介も兼ねて、マンションまでは歩いていくとするか。
「すまん、重いだろうけど歩いていこう」
「いえ、大丈夫ですよ! 毎朝満員電車に乗る方がよっぽど大変ですから!」
「そ、そうか」
柊はニッコニコでそう答えた。そりゃそうか、毎朝三時間かかってたところが大学まで徒歩五分に変わるんだもんなあ。とびきり嬉しいに決まっているか。
「ところで、この鞄は何が入ってるの?」
「着替えと日用品です。春くんに言われた通り、大きい荷物は事前に送っておきましたから」
「ああ、そうだったな」
布団なんかは流石に用意できないので、柊には自分のものを持ってくるように伝えていたのだ。たしか今日の夜に届くようにしてもらっていたはず。それにしても、こんなすぐに引っ越してくるとは思わなかった。
「ってか、親御さんとか大丈夫だったの? こんな男の家に住むなんて」
「私が大学の近くに住めるならなんでもいいって喜んでました! 毎朝早起きで、両親も心配していましたから」
「そうか、ならよかった」
「それに……家賃もタダにしてもらいましたし」
「別に、気にしなくていいよ」
そもそも、あのマンションを貰ったのはラッキーみたいなものだ。たまたまそれに住んでいるだけの俺が、同級生から家賃を取るのもなんだか筋違いだと思ったのだ。……なんなら、こんな美人と住めるってだけでこっちがお金を払いたいくらいだ。
俺たちは賑やかな駅前を抜けて、細い道へと入っていく。近所のコンビニやスーパーマーケットなど、柊が暮らすにあたって必要そうな情報を案内しようというわけだ。
「で、ここがよく行くラーメン屋。ちなみに不味い」
「えっ、不味いのによく行くんですか?」
「不味いけど癖になるんだよ」
「へえ……」
「それに夜遅くまでやってるしな」
「なるほど」
紹介した後で気づいたけど、柊ってラーメンとか食べるのかな。家にお金がないって言ってるけど、その割にはなんだか育ちが良さそうな雰囲気だし。……っていうか、二人で暮らすのに飯のこととか何も考えてなかったな。
「なあ、家事とかってどうする?」
「えっ?」
「いや、一緒に住むわけだからさ。分担とか決めないとなーって」
「なるほど……」
柊は俺の横を歩きながら、真剣そうな表情を浮かべていた。良かった、こういうところはちゃんと考えてくれないと困るもんな。同棲する以上はきちんと決めておきたい。
「……住まわせてもらう立場ですから、家事はなるべく私にさせてください」
「ええっ? そんなの悪いよ」
「いえ、これから往復の通学時間を合わせて六時間も空くわけですから! 時間ならあります!」
「まあ、そうかあ……?」
「それに、家事以外も……」
「えっ?」
「いえっ、なんでもないですっ!」
最後の言葉は小声だったので、よく聞き取れなかった。でもまあ、正直家事って苦手なんだよな。柊が手伝ってくれるなら、それに越したことはないか――
***
「美味しかったです~っ!」
「それは良かったよ、ハハハ」
俺たちは家に着いたあと、とりあえず食卓で夕飯を済ませたのだった。もう帰ってくる頃には夜になっているだろうと思って、あらかじめ出前の寿司を取っておいたのだ。まあ、引っ越し祝いってことで奮発しても良いだろう。
「宅配便も来たし、ひとまずこれでひと段落だな。ようこそ、我が家へ」
「春くん、本当にありがとうございました。これで月曜から早起きしなくて済むかと思うと……」
「いいっていいって。疲れてるだろうし、お風呂も沸かしておいたから」
「すいません、何から何まで……」
「先に入っちゃいなよ。タオルとか持って来てる?」
「はいっ、大丈夫ですっ!」
「そっか、ならよかった」
そう促すと、柊は楽しそうに席を立ち、いそいそと風呂場の方へと向かっていった。パーカーのフードが揺れているのも、なんだか柊の気分を表しているみたいだな。こんな可愛い女の子がこれからずっと家にいるなんて、不思議なもんだ。
「すいませ~ん、棚の開け方が分からないんです~!」
「はいよ~」
脱衣所から柊の声がしたので、俺も席を立った。そういや、風呂場とか詳しく案内してなかったもんな。ちゃんと教えてあげないといけなかったなあ。俺は脱衣所の扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。
「入るぞ、柊――」
「あっ、今はダメですッ!!」
「へっ?」
しかし、扉を開けた瞬間――柊の慌てた声が聞こえてきた。思わず顔を上げると、そこにあったのはピンクの下着だけを身に纏った柊の姿だったのだ。
「あ、悪いっ!」
俺は反射的に扉を閉め、今見た景色を忘れようと必死に目を瞑った。……が、しかし忘れられるはずもない。あまり意識してこなかった……いや、意識しようとしてこなかった事実。俺たちはあくまで男女なんだ。
柊の下着はどこかのブランドの大人らしい物で、身体つきはスラっとしていて綺麗だった。もちろんムダ毛なんかなく、肌はいかにもすべすべそうだった。そして何より――普段からは想像も出来ない、たわわな乳房が脳裏にこびりついて離れない。パーカーを着ていたときはそうでもなかったのに、どこにあんな胸を――
「あの……春くん?」
「うえっ!?」
扉越しに声を掛けられ、思わず間抜けな声を出してしまった。
「ど、どうした?」
「すいません、お見苦しい姿を……」
「いや、そのっ、俺の方こそ……」
「いえっ、呼んだのは私の方ですから! どうかお気になさらず……」
「あ、ああ……。棚の開け方、分かったか?」
「は、はいっ! 今自分で試したら開きました!」
「そうか、ならいいんだ。俺はちょっと休んでるから」
俺は脱衣所の扉から離れ、居間の方へと歩いていった。そうだ、異性と同棲するってのはこういうことが起こり得るんだよな。そりゃラッキースケベだーっって喜んでもいいのかもしれないけど、恋人でもないのに裸を覗き見るってのはなんだか気分のいいものではないしな。俺は居間のソファに寝ころび、目を瞑ったのだった……。
「……お風呂、上がりましたよー」
「おう、そうか……」
ウトウトしていると、柊の声で起こされた。声のした方向を見てみると、そこにはパジャマを身に纏った一人の美少女。髪からは水が滴り、照明の光が反射してキラキラと輝いていた。……化粧していないだろうに、えらい美人だな。
「? どうかされましたか?」
「お前、そんな姿で俺の前に出ていいの?」
「あっ、すいません! お風呂上がりで、こんな……」
「いや、そうじゃなくて……。そういうの、あまり男に見せない方がいいんじゃないかなって……」
俺と柊は一緒に住むことになったというだけで、恋人同士でも何でもない。そりゃ同じサークルで仲の良い友人ではあったけど、だからってこんな無防備な姿を見せていいのかな……。
「……春くんなら、いいですよ」
「えっ?」
「だって春くんですから。一年間一緒にいて、あなたが良い人だってことは分かってます」
「そ、そんなことは」
「それに、一緒に住むんですから! 春くんは私に朝から晩までおめかししてろって言うんですかー?」
柊はクスクスと笑っていた。まあたしかに、一日中一緒にいるのにリラックス出来ないのは酷ってもんだよな。
「そうだな、悪かった。じゃあ、俺も風呂に入るから」
「はーい、行ってらっしゃい」
俺はちょっと恥ずかしくなって、速足で風呂場に向かったのだった。なんだか柊が入ったあとのお湯だと考えると妙に緊張しちまうな。いや、これじゃ変態みたいじゃないか。とほほ、調子が狂うなあ……。
***
風呂から上がると、既に居間に柊の姿はなかった。まだ十一時前だけど、どうやらもう部屋に戻って寝たみたいだな。きっと引っ越しの準備で忙しかったんだろうし、無理もないか。
「俺も寝るか……」
特にすることもなかったので、俺も部屋に戻って寝ることにした。俺の家には居間から続く廊下があり、それを挟むようにして四つの部屋が配置されている。俺は手前左側の部屋で寝ており、柊には手前右側の部屋を貸し出すことにしていた。
「よっこいしょ……」
俺は電気を消し、布団に入った。まだ眠くないけど、目を瞑って休むとしようかな。そう思って、ゆっくりと瞼を下ろしたのだが――俺の視界には、柊の下着姿がこびりついて離れないのだった。
「……」
たしかに柊は綺麗だ。スタイルも良いし、何よりあんな胸を見たら忘れたくても忘れられない。でも、あくまでアイツとは友人! そもそも今まで好きだとか思ったこともないし、ましてや恋人なんて考えたこともない。そうだよな、それで良いはずだ――
「あの、春くん……?」
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。間もなくゆっくりと扉が開き、廊下の照明の光が部屋に入ってくる。
「ど、どうした……?」
「その、言いづらいんですけど……」
柊はもじもじとして、何かを言い出そうとしているようだった。な、なんだ? トイレの場所は教えたはずだし、風呂にも入ったもんな。教えるようなことは何もないはずだが……。
「何か困りごとか?」
「はい、その……子どもっぽいって思わないでくださいね」
「え?」
「私、一人じゃ寝られないんですっ……!」
柊は何かに怯える子どものような声でそう言った。……って、え? 一人じゃ寝られない? 嘘だよな、俺たちもう今年で二十歳になるんだぞ?
「ど、どういうことだ?」
「だから、そのっ……!」
もじもじはさらに加速していく。それでも、柊は辛うじて息を吸い、ゆっくりと俺に対してこう告げたのだった。
「私、春くんの布団に入ってもいいですか……?」