ひょんなことから同級生たちと同棲することになり、楽しいからいいやと油断していたら毎晩毎晩大変なことになった 作:松木ユキ
「じゃ、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
いつも通りに大学での講義を終えた後、俺と柊はサークルの飲み会に出席していた。新歓も兼ねた会ということで、新入生も多く参加している。
「柊が飲みにくるなんて珍しいな〜!」
「はい! これからは参加出来るようになりましたので!」
「へえー、それは嬉しいなあ!」
柊の向かいに座っている田口がニヤニヤと嬉しそうにしていた。柊だって、飲み会が嫌で参加していなかったわけじゃないもんな。そりゃ大学の近くに住むようになれば、飲みに来るのも当然というわけだ。
「今年は新入生が多いなあ」
「そうですねえ、いろいろな子がいますね」
俺は右隣に座っている柊とともに、周囲をぐるりと見渡した。ただボードゲームをして遊ぶだけのサークルだっていうのに、今年は随分と人数が多い。まあ、部員が増えるっていうのは悪いことじゃないしな。そんなことを考えていると、田口が不機嫌そうな顔でこちらに話しかけてきた。
「おい大島、いつまでも話してないで新入生の相手してやれよ!」
「あ、悪い悪い」
とか言って、本当は田口も柊と話したいだけだろ! ……なんて悪態をつくのはやめて、俺は左隣に座っている新入生の女の子に声を掛ける。
「大島って言います。よろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」
おっ、元気な返事だな。その子は茶髪に青のインナーカラーという見た目をしており、社交的な雰囲気も感じられる。服装もデニムジャケットでお洒落にまとめており、一言で言えばモテそうな女の子って感じだな。
「出身はどこなの?」
「東京です!」
「そっかあ。高校の時は部活とかやってたの?」
「いえ、生徒会に入っていたので!」
「へえー、そうなんだ」
俺は話に耳を傾けながら、ドリンクの入ったコップを手に取った。生徒会か、高校の頃は俺もそうだったなあ。そういや、まだ名前を聞いてなかったな。
「ところで、君の名前は?」
「
「ぶっ!?」
「ちょっ、春くん大丈夫ですか!?」
驚きのあまり、俺は飲み物を吹き出してしまった。隣の柊が慌てておしぼりで俺の口元を拭ってくれたので、ようやく落ち着いた。あ、雨宮菜摘って言えば――生徒会の後輩じゃねえか!!
「お久しぶりです、春センパイ!」
「な、菜摘……!?」
菜摘はいたずらっぽくはにかんだ。コイツ、高校時代と全然見た目が違う! あの頃はもっと髪が長くて、眼鏡もかけてて……とにかく、俺の知ってる菜摘と一致しない! ……俺が目を丸くしているものだから、柊が心配そうに話しかけてきた。
「ど、どうしたんですか?」
「いやあ、コイツが高校時代の後輩でさ……」
「えっ?」
「雨宮菜摘って言います! よろしくお願いします!」
「あ、柊琴音です。よろしくお願いしますね」
菜摘が元気よく自己紹介すると、柊はいつも通りの調子で返事していた。あー、それにしてもびっくりしたなあ。
「お前がうちの大学を受けていたなんて知らなかったよ」
「春センパイをびっくりさせようと思って!」
「あの、お二人は部活の先輩後輩なんですか?」
「いや、生徒会だ。俺は副会長で、コイツはただの役員」
「ちょっ、私は後で会長にまでなったんですから! センパイより上ですよ!」
「昔の俺にとってはただの役員なの!」
「いって! なんでデコピンするんですかー!」
俺は生意気なことを言う菜摘のおでこを弾いてやり、けらけらと笑った。見た目は変わっても、中身までは変わっていないようだな。……何より、元気そうで安心した。
「な、仲が良いんですね……?」
「ああ、高校時代は俺がつきっきりで仕事を教えていたからな」
「そうー! めちゃくちゃ助かったんですからー!」
菜摘は自慢げにそう答えていたが、柊はどこか不満そうだった。……俺が他の女子と仲良くしているのが気に入らないのだろうか? 普段は落ち着いているだけに、なんだかヤキモチを焼いている柊というのは新鮮だな。
「と~こ~ろ~で~?」
すると、菜摘が肘で俺のことを小突いてきた。そしてニヤニヤとした(腹の立つ)表情でこちらに迫ってくると、面倒くさいことを言い出したのである。
「春センパイ、彼女は出来たんですか~?」
菜摘がその言葉を発した瞬間――柊がビクンと反応したのが分かった。……あんなことやこんなことをしてしまったけど、柊は彼女ってわけじゃないしな。あくまでただの家主と借主の関係だ。
「で、出来てないよ」
「本当ですか~? やっぱり春センパイはモテないんですね~!」
「うるせえよ」
「あはは! 全然高校の頃と変わってな~い!」
菜摘はキャハキャハと笑っていたが、柊はどことなく沈んだ表情をしていた。恐らく本心では「彼女がいる」と言ってほしかったのだろうが、一方で「私は彼女ではない」とも分かっているのだろう。……なんだか申し訳ないな。
「な、菜摘さん!」
その時、横から柊が口を挟んできた。予想外の出来事に、菜摘は目を見開いて驚いている。
「な、なんですか?」
「たしかに春くんはモテないです!」
悪かったな!
「でも、すっごく優しい心の持ち主なんですよ! その、なんていうか……」
意外にも、柊は俺のことを擁護してくれるようだ。うまく言い表せてないが、なんとか俺の良いところを挙げようとしてくれているのは伝わる。
「とにかく、良い人なんです!」
「……そんなの、分かってます」
一転して、今度は菜摘が不機嫌そうにしていた。さっきまでの陽気な雰囲気は消え、コップを持ったまま俯いている。ど、どうしたんだ? 心配していると、菜摘は低い声で俺に問うた。
「でも――彼女はいないんですよね?」
「ま、まあそうだけど」
「……なら、よかった」
菜摘は安心したように、静かに呟いたのだった。
***
「えー? 柊、二軒目行かないの?」
「すいません、明日は一限からなので」
「すまん、俺も帰る」
飲み会が終わり、田口は柊を二次会に誘おうとしていたが、あえなく断られていた。まだ柊の分の合鍵が出来ていないので、柊が帰るなら俺も帰らなければならない。
「じゃあ、また部室でねー!」
「はい、おやすみなさい」
「じゃあなー!」
俺たちは他の部員たちに別れを告げ、マンションへと歩き出した。居酒屋が立ち並ぶ繁華街から出て、街灯が照らす薄暗い道を進んでいく。
「ごめんなさい、春くんまで帰ることになって」
「いいよいいよ、俺も疲れてたし」
昨日の「疲れ」が抜けていない、というのが本音である。
「そういえば、菜摘さんは?」
「あれ、いつの間にかいなくなってたな。まあ、皆と二次会に行ったんじゃないか?」
「多分そうでしょうね。……ところで、春くん?」
柊はドスの効いた声を出し、俺の方を向いた。……目が笑ってない!
「な、なに?」
「菜摘さんとどういう関係なのか、詳しく説明していただいてもよろしいですか?」
いつも以上に丁寧な敬語で、柊は俺を問い詰めてくる。やっぱり怒ってたのかよ! いやそうだよな、そりゃ怒るか!
「ただの後輩だよ。昔はあんなんじゃなかったけど」
「へえ……」
「ほ、本当だって! 彼女でも何でもないから!」
「……分かってますけど」
柊はふんと言ってそっぽを向いてしまった。口を尖らせて、なんだか拗ねている。やっぱりヤキモチを焼いていたのか。
「やっぱり、柊は可愛いな」
「きゅ、急に何を言うんですか!?」
「いや、別に。今そう思っただけだよ」
「むー……。春くんは悪い人です」
そうは言いつつも、柊の顔はどこか嬉しそうだった。勢いでいろいろしちゃったけど、俺って柊のことはあんまり知らないもんなあ。まだまだ付き合う――なんてとこには至らないかもしれないけど、これから一緒に住めばいろいろ分かるだろう。
「ふー、着いたな」
やがて、俺たちはマンションの前に着いた。あれ、鍵はどこにしまったかな。たしか後ろのポケットに――
「鍵ならここにあるんじゃないですか?」
「ひ、柊!?」
次の瞬間――柊は俺のズボンに手を突っ込んでいた。そのままパンツの下へと潜らせていき、もぞもぞと漁っている。
「な、何すんだよ!?」
「いいから、探してあげてるんですよ」
「そんなとこにしまうわけないだろ! ってか、外だから止めてくれよ!」
「えー、いいじゃないですかあ」
柊は俺のちんこを掘り当て、竿先を擦ってくる。それに伴い、柔らかかった俺の肉棒が徐々に立ち上がっていった。
「やめ、やめろって!」
「ほおら、大きくなってきましたよ?」
「おい、誰かに見られたらどうすんだよ!」
「そんな、誰も見てるわけないじゃないですか――」
「春センパイの嘘つきー!!」
その時――後ろの方から、意外な声が聞こえてきた。柊は慌てて手を引っ張り出し、困惑した顔で周囲を見回している。それに従って、俺も声のした方向に振り向いてみると――そこにいたのは、泣きそうな顔をした菜摘だった。
「な、菜摘……!?」
「彼女はいないって言ったくせにー! 柊さんと付き合ってるんじゃないですかー!」
「ち、違う!」
俺は慌てて大声を出し、菜摘の言うことを否定した。柊はオロオロとするだけで、何も言うことが出来ていない。菜摘はこちらに走り寄ってきて、俺の胸をポカポカと叩いた。
「バカバカ! センパイのバカ!」
「ちょ、ちょっと待て! 違うんだ!」
「何が違うって言うんですか! この浮気者!」
菜摘は目にうっすら涙を浮かべている。ど、どうしたものか……。対応に困っていると、柊がいくらか落ち着いたようで、助け舟を出してくれた。
「菜摘さん、話を聞いてください! 本当に違うんです!」
「えっ? センパイ、どういうことですか?」
「……その、とりあえず上がっていくか?」
***
「げ、下宿!?」
「はい。春くんは、家が遠い私のために格安で部屋を貸してくれているんです」
「そういうことだ。別に恋人だから同棲しているわけじゃない」
俺と柊は菜摘を食卓に招き入れ、ことの経緯を説明した。あんなことをしておいて「恋人じゃない」と言い張るのも問題がある気がするが、今はそういうことにしておくしかない。
「すいません。私、つい早とちりを……」
「まあ、俺たちも悪いんだ。誤解を招くようなことをして」
「はい。申し訳ありません、菜摘さん」
俺たちは一緒に頭を下げた。菜摘はあんぐりと口を開けていたが、ようやく理解したのか、湯呑みのお茶をぐいと飲んだ。
「それにしても、こんな普通のマンションで下宿なんて……」
「どのみちちょっと普通じゃないよな」
「しかも女の子を住まわせるなんて、センパイも隅に置けませんね~?」
菜摘はいつもの調子に戻り、またニヤニヤとした(腹の立つ)表情をしていた。ひとまず誤解が解けたなら良かった。……昨日の今日で「俺たち何もありません」って面をするのも罪悪感があるけど、そんなこと正直に言えるわけもないし。
「……ところで、なんで菜摘はうちのマンションの前にいたんだ?」
「えっ!?」
気になっていたことを聞いただけなのだが、菜摘は動揺のあまりお茶をこぼしてしまっていた。心配になるくらいの慌てっぷりで、いろいろと言い訳を並べ始める。
「あああ、あれは駅に行く途中でたまたま春センパイを見かけて!」
「うちのマンション、駅とは反対方向だぞ」
「いや、そのっ、だからあっ……!」
その様子を見て、柊はくすりと笑っていた。駅と言えば、そろそろ終電の時間じゃないか。菜摘にはちゃんと帰ってもらわないと。
「菜摘、もう遅いしそろそろ帰ったら? 駅まで送っていくよ」
「えっ?」
俺の言葉を聞き、菜摘は黙り込んでしまった。俺と柊は不思議に思い、顔を見合わせる。どうしたもんかと困っていると、俯いたままの菜摘が口を開いた。
「……私、帰りたくないんです」
「はっ?」
「春センパイだって分かってるじゃないですか。私、親と仲悪いんで」
「……そうだったな」
高校時代、俺がコイツに付きっ切りだったのは仕事を教えるためだけじゃない。……生徒会以外のことも、いろいろと世話を焼いていたからだ。菜摘は柊の方をちらりと見て、悲し気に言葉を紡いでいく。
「柊さんは羨ましいなあ。春センパイと一緒に住んで、絶対楽しいに決まってるじゃないですか」
「そ、そうですね」
「本当は大学に入ったら一人暮らししたかったんですよ? でも、家を出るなら生活費は自分で何とかしろって言われるし。金持ちのくせにケチなんですよ、うちの親。私も春センパイの家に――」
「分かった、分かったから! ……もう何も言うな、菜摘」
これ以上悲しい顔を見たくなくて、俺は菜摘を制止した。当の菜摘は俯いたまま動かない。俺は柊の肩をちょんちょんと叩き、菜摘に気づかれないようにそっと耳打ちした。
「……ど、どうする?」
「どうするって、ここは春くんの家じゃないですか。春くんが決めることですよ」
「そうだけどさ。……お前はどう思うかなって」
「……」
柊はしばらく何も言わずに考え込んでいた。まだ二部屋も余っているし、個人的には菜摘を住まわせても良いと思っている。けど――先に住み始めたのは柊だ。もし嫌だと言うなら、諦めるしかない。
「春くん。……正直、イエスかノーかで言えばノーです。せっかくあなたと仲良くなっていたのに、他の女の子が住むのは嫌です」
「そうだよな。すまんな、こんなこと聞いて」
「でも――助けを求めている後輩を見捨てる、そんなあなたを見る方がもっと嫌なんです!」
「へっ?」
柊は俺の目をまっすぐ見て、さらに話を続ける。
「菜摘さんはあんなに春くんを慕っているんです。そんな子が困っているなら、助けてあげるのが春くんでしょう?」
「柊……」
柊は優しく微笑み、静かに頷いてくれた。……本当は嫌なのに、俺の背中を押してくれようとしているなんて。柊は俺のことを「良い人」だと言ってくれたけど、俺からしたら柊の方がよっぽど良い人だ。
「ありがとう、柊」
俺は柊に礼を言って、菜摘の方を向いた。目元に流れる涙をそっと拭いてやり、優しく声を掛けてやる。
「菜摘。……うちに住むか?」
「えっ?」
次の瞬間、菜摘の表情が一気に晴れ渡っていった。涙がすっと引っ込んでいき、ぶつかりそうなほど身を乗り出してくる。
「いいんですか!? 本当に!?」
「別に構わないよ。菜摘だってその方がいいんだろう?」
「もちろんです! 春センパイ、本当にありがとうございます!」
菜摘は俺の手を掴んでブンブンと振っていた。柊は優しく微笑んだまま、俺たちの様子を見守ってくれている。……本当にありがとな。
「よし、決まりだな。とりあえず今日は家に帰って、近いうちに――」
「春くん、もう電車は終わっちゃいましたよ」
「えっ?」
時計を見ると、いつの間にかかなり時間が進んでいた。しまった、うっかりしてた!
「いいですよ、センパイ! もう今日から入居します!」
「ええええっ!?」
「だってどうせ帰れないし! 親になんか言われても気にしないんで!」
菜摘はいつもの調子を取り戻しており、俺はやや圧倒されつつあった。こうして、俺たちは新たに三人での共同生活をスタートさせたのである――