もうひとつの構想途中のほうは、こちらがある程度落ち着いたら真剣に考えてみようかなと思います。そのときはまたご協力いただくかもしれませんが、よろしくお願いします。
それでは、お楽しみください。
〝灰色の魔術師〟の本部をあとにした蓮夜は、はぐれ魔法使いが逃げ込んだという某国のとある大森林。その入口を訪れていた。
事前の情報では、この奥には過疎化が進み、廃村が残っているらしい。蓮夜は、そこにはぐれ魔法使いが潜伏していると考えていた。
手荷物はなく、これから戦いに赴くとは思えない軽装の蓮夜だが、躊躇いも気負いもなく、昼間でも薄暗く見える森のなかへと足を踏み入れるのだった。
§
明らかに獣の縄張りに見える道や茂みを避け、蓮夜は陽の光も遮るほどに高く聳え立つ木々が生い茂る只中を力強い足取りで進んでいく。
鳥獣などの気配はあるが、不思議と息を潜めているのが感じられた。まるで何かに怯えているかのようだ。
(それだけ、禁制品が危険ってことか)
そう考える蓮夜だが、それだけでなく彼自身の存在にも怯えているため、嵐が過ぎ去るのを待つかのように鳥獣たちは気配を消しているのだった。
目的地を目指して迷いなく進んでいた蓮夜だったが、何かを感じ取ったかのように不意に足を止める。
(……誰だ? はぐれ魔法使い、ではないな。かといって、その使い魔の類いでもない)
気配の消し方、位置取りなど、情報にあるはぐれ魔法使いの力量ではあり得ない。
(向こうも、こちらが気づいたことに気づいているな)
そこもまた相手の力量の高さを表していた。
位置は、蓮夜から斜め右の木々の傍。木立ちの裏に隠れてこちらの様子を窺っていた。
蓮夜は、自然体で進み、不意に足を止めて振り返った。
「……どこの誰かは知らないが、なんの用だ? 敵なら容赦しないが、そうでないならお互い干渉しないでおこう」
蓮夜が木々の向こうへとそう声をかけると、その気配の主は木立ちの陰から出てきた。
その者は小柄で華奢だった。ローブを羽織り、フードを被っていて顔や体は見えないが、おそらく女性であろう特有の起伏が見られた。
蓮夜と十メートル以上の距離で相対するその者は、フードの奥から蓮夜の姿を、顔を入念に窺っているようだった。
「姿を現したということは、敵対の意思はないということか? それならお互いここで別れ──」
「──レンヤ?」
蓮夜の言葉を途中で遮り、その者は名前を口にした。
「……どこかで会ったことがあったか?」
信じられない、といった様子の相手に蓮夜は訝しげに眉を寄せ、目を細めた。
おそらく彼女であろう相手の声色に込められた感情にふつふつと湧き上がる喜びを感じ取ったから──だけではない。
その声音に蓮夜のほうも聞き覚えがあったからだ。
「……その声、まさか」
「やっぱり! やっぱりレンヤだ!」
蓮夜の様子に確信したのか、その者は一も二もなく駆け出した。
そして、あと数メートルの距離も我慢できないと飛びついてきた彼女を、蓮夜は抱き留めた。
その拍子にフードが取れ、なかに収められていた水色の長い髪が露わになる。
「レンヤ! レンヤ! 会いたかった!」
そう言って抱きしめ、胸板に顔を埋める彼女。その顔を見るまでもなく、蓮夜はその正体に確信を以って名前を呼ぶ。
「──エルファリア……エルフィ」
エルファリア──愛称のエルフィと呼ばれた彼女は、顔を上げるとその蒼色の瞳で蓮夜を見つめ、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「うん! そうだよ。久しぶり、レンヤ。また会えてほんとに嬉しい!」
その言葉どおり、喜色満面といった様子のエルファリアは、再び蓮夜の胸板に顔を埋め、存在を確かめるようにスリスリと頬擦りする。
──エルファリア。エルファリア・セルフォルト。
蓮夜だけが呼ぶことを許されている愛称は、エルフィ。ふたりは、幼馴染だった。
蓮夜とエルファリアの関係の始まりは、ふたりが生まれた頃にまで遡る。
名うての魔法使いの両親の元に生まれたエルファリアだが、物心つく前に両親がはぐれ魔法使いに殺されてしまう。
エルファリアはあわやというところで、出産祝いに駆けつけたメフィストに間一髪で助けられて無事だった。
エルファリアを保護したメフィストは、昔から交流のあった彼女の両親のこともあってどの道に進ませるのが幸せか悩み、赤ん坊のときからわかる魔法力の高さから少なくともその力を御せるまでは育て、それから道を選ばせようと決意する。それからは、蓮夜とともに育てられるようになった。
そのことは、すぐに正しかったとわかる。
ある日、当時二歳だったエルファリアは、見たこともない魔法を使っていた。エルファリアはたった二歳で新しい魔法を感覚で造り出すほどのあり得ないくらいの魔法の才能を持っていたのだ。
理論を理解し通っていなければ成立しない魔術や魔法。それを感覚だけで発動できるのは、頭に超が十個は付くほどの天才のみに許された所業だった。
それは、蓮夜とラヴィニアに勝るとも劣らない才能。メフィストは、慎重にエルファリアを育てた。
蓮夜とエルファリアは、そんなこととは関係なしに仲良く育っていった。
しかし、エルファリアと蓮夜が出会いしばらくのときが経ち、ふたりはすっかり仲良くなっていったある日、ひとつめの転機が訪れた。
蓮夜が母親とともに命の危機に陥り、間一髪で助けられたことだ。
クー・フーリンに弟子入りした蓮夜は、日々修業が厳しくなっていくにつれてなかなかエルファリアに会えなくなっていたのだ。そのことにエルファリアは不機嫌になっていた。
そんなある日、ふたつめの転機が訪れる。
修業がひと段落した蓮夜と久しぶりに会うことができたエルファリアは、蓮夜に甘えていた。
久しぶりとあって蓮夜にわがままを言い、少し遠くにでかけることになった。
しかし、そこではぐれ魔法使いの実験から逃げたした魔獣に襲われてしまう。
エルファリアは、倒そうとするがその魔獣は魔法を跳ね返す能力を実験で与えられていて返り討ちにされてしまう。それを見た蓮夜が魔獣を倒そうとするもまだ手に余る相手だったが、傷つけながらもなんとか勝利を収めた。
だが自分の無茶で大好きな蓮夜が自分のせいで傷つき、自分では蓮夜を助けられなかったことにエルファリアは、大きなショックを受ける。
エルファリアは、自身の慢心と未熟のせいで蓮夜をそんな目に遭わせてしまったことを後悔する。
エルファリアは二度とこんなことを起こさないようにするため、次があるなら蓮夜の力になれるようにと慢心を捨てて協会を離れ、ひとり修業の旅に出ていたのだ。
あれから数年、こうして蓮夜とエルファリアは再会を果たしたのだ。
「〜〜〜〜♪」
エルファリアは、上機嫌で蓮夜の左腕に自らの腕を絡めて寄り添っていた。数年ぶりの再会とあって、片時も離れたくないといった様子だった。
「ああ、エルフィ?」
「うん? なぁに、レンヤ?」
「いや、エルフィはなんでこんなところに来たんだ?」
「え? 私? えっと……あ、そうだ。ここに逃げ込んだっていうはぐれ悪魔を追ってきたの」
蓮夜の問いにあまりの嬉しさから目的を忘れていたらしい。エルファリアは、蓮夜を見上げてそう言った。
「はぐれ悪魔? ……はぐれ悪魔まで逃げ込んでいるのか」
「はぐれ悪魔までって、どういうことレンヤ?」
「ああ、実はな────」
不思議そうに首を傾げるエルファリアに、蓮夜は自分がここへ来た事情を説明した。
「そうなんだ……なら、一緒に協力しよ?」
「いいのか?」
「うん! 私も〝灰色の魔術師〟に所属しているし、何よりレンヤと一緒がいい! 私がレンヤを守れるくらい強くなったってところ、貴方に見てほしいの」
エルファリアの提案に蓮夜は、断る理由はないなと頷く。
「ああ、わかった。よろしく頼む、エルフィ」
「うんっ! ふふふ。レンヤと一緒〜」
エルファリアは、ほんとに嬉しそうに蓮夜の左腕を抱きしめ、頭を肩に寄り掛からせる。
「……エルフィ。そろそろ目的地も近い。何があるかわからないから、できたら離れてほしいんだが」
「むぅ……いや」
「用事が終わったら、またくっついていいから。な?」
「……わかった。なら我慢する」
不満そうなエルファリアは、ほんとに渋々と蓮夜から離れた。
久しぶりに会った幼馴染の女の子特有の柔らかさ──特に豊かに実っている双乳から解放され、少し安堵する蓮夜。どうにも集中が乱される。
もちろん、嫌なわけではない。その逆だ。誤魔化しも勘違いのしようもないほどに自分を慕っていることが如実にわかる、かわいい幼馴染の女の子に密着され、その柔肌の感触に男として突き動かされないはずがない。
だが、いまはそんな場合ではないとしっかりと自重しているだけだった。あれ以上、あの豊かで柔らかい胸の感触に挟まれていては、違う意味で戦闘不能になり、違う意味で臨戦態勢に入ってしまうところだ。
ちなみに、敵地の只中でふたりは油断しているように見えるがまったくそんなことはない。
ふたりとも、魔法による気配の探知網は張り巡らせているし、魔法障壁も常に展開している。
さらには、蓮夜は持ち前の鍛え抜かれた戦闘勘がある。
これら二重三重の警戒を潜り抜けることは不可能に近く、仮に突破しても不可視の障壁に阻まれ、それを破壊してもそこまでのタイムラグがあればふたりは反応する。どうあっても正面から戦う以外にないのだ。
そうこうしているうちに、人気がなく広がる森の木々のなかに、過疎化し廃村となった村が見えてきた。
見れば廃村に結界が張られており、景色と一体化していた。これでは、ある程度の感覚を持っていない者はここに辿り着くことも、気づくこともできなかっただろう。
「レンヤ。これからどうするの?」
「ああ、そうだな────」
エルファリアの問いに蓮夜が考えをまとめようとしたときだった。
──異音が響き渡った。
羽音だ。
鳥のような優雅さや力強さのあるものではなく、不快感を誘う振動のような羽ばたき音。その出どころに視線を向ければ、そこには無数の蜂が飛んでいた。
「これって使い魔だよね?」
「だろうな」
エルファリアの言うようにこの蜂の群体は、はぐれ魔法使いかはぐれ悪魔の使い魔だった。
「……これは」
この状況に蓮夜は眉を顰める。蜂の大群から魔法力を感じたからだ。
使い魔にしては魔法力が強すぎるのだ。
とりあえずはと、蓮夜は火炎魔法を撃ち出した。強力な熱量が蜂を焼き払うのだが──
「消えた……?」
エルファリアの言うようにそれは、焼滅したというよりかは蜂の大群は幻のように消え去った。
「幻術だったのかな」
確かに幻を見せる術は存在する。しかし、先ほどの蜂の大群は魔法力も気配も感じられた。蓮夜には幻術の類いとは思えない。
「──追っ手か。ここを嗅ぎつけるとは……褒めてやろう」
不意にそんな言葉とともに闇の向こうからひとつの人影が姿を見せる。
真っ黒なローブを着て、フードを被った、メガネを掛けたひとりの男だった。その周囲には無数の蜂が飛び交っており、先ほどの大群も彼が操っていたものだと推測できる。
「だが愚かだな。所詮は僕の力を認めなかった無知な協会の人間だ!」
「レンヤ。あの人がはぐれ魔法使いなんでしょ? なら早く終わらせて帰ろうよ。久しぶりに会えたんだし、話したいことがいっぱいあるの!」
「聞けよ! イチャつきやがってっ! このリア充がよぉ!」
まったく興味なさそうなエルファリアに、はぐれ魔法使いは激昂する。
自分は、協会で誰からも認められず、疎まれているというのに目の前の男はイケメンで、おまけにかわいい女の子まで連れている。その落差に圧倒的な劣等感を抱いていた。
しかし、それもそのはず。蓮夜は、事前情報でこのはぐれ魔法使いの研究内容を知っていた。
このはぐれ魔法使いは、自分がモテないことを、バカにされるのを他人の所為にし、全人類隷属化の研究をしていたのだ。
男は労働力、女は性奴隷。そういった階級を位置付け、自分にとって都合のいい世の中にしようとしていたのだ。
「あまり大物ぶらなくていい。器の小ささが滲み出ているからな。そんなことより、おまえが協会から盗んだものを出せ。そうしたら、楽に殺してやる」
「ば、ば、バカにしやがって! め、め、目にもの見せてやるからな!」
蓮夜の言葉に口角泡を飛ばさんばかりに怒鳴るはぐれ魔法使いは、魔方陣を展開した。
魔法力が充填された召喚の魔方陣から一匹の蟲を出現する。
それは自然界に存在し得ない蟲だが、あえて言うならヘラクレスオオカブトが近いか。
しかし、角は刃のようであり、翅も大きく、鋼のように硬質な体は人を乗せられるほどはある。
「やれぇっ! その男を殺せぇ! ヒヒヒッ。男を殺してそこのかわいい女の子は僕のモノに──」
はぐれ魔法使いの命を受けた異形のヘラクレスオオカブトが飛翔する。その速さは音速を上回るほどで、生半可な者では、咄嗟には反応できなかったが──
「……危なかったな」
瞬時に反応した蓮夜がエルファリアをお姫様抱っこで抱え、異形のヘラクレスオオカブトの直線上から退避する。久しぶりに再会した大好きな幼馴染の男の子から感じた男らしい力強さにエルファリアは、胸が高鳴るのを感じた。
突撃を回避されたヘラクレスオオカブトは旋回し、再び狙いを定めるように滞空する。
見れば蟲の異形が突破した軌道にあった木々や地面は、鋭利な刃物で斬り裂かれたように真っ二つになり、周囲は巻き起こったソニックブームによって粉砕されている。どうやらあの刃のような角は見かけ倒しではなく、その速度も音速を超えているようだ。
「いまのを躱すか。おまえが何者かは知らないけど、大したものだな」
はぐれ魔法使いが感心したようにそう口にすると、再び異形のヘラクレスオオカブトを嗾ける所作をする。
「……」
自慢ではないが〝灰色の魔術師〟で蓮夜は、有名な魔法使いだ。それを知らないとなると、よっぽどの末端だけ。つまりは、大したことない存在だけだった。
対する蓮夜は、エルファリア下ろして二歩前に出ると、彼女を背に庇うように異形の蟲と対峙したが────
「待ってレンヤ」
エルファリアに止められた。
「──エルフィ?」
「私に任せて。私は、もうレンヤに守られてばかりの存在じゃない」
訝しげな蓮夜にそう告げたエルファリアが、蓮夜より前に出た。
「そうか……なら任せた」
「うん、任された!」
「いちいちイチャつくなぁ! 僕の前でイチャつくなぁ!」
幼馴染を信じて任せた蓮夜。
幼馴染の信頼に応えようとするエルファリア。
ふたりのやり取りに激昂するはぐれ魔法は、異形のヘラクレスオオカブトを背後に従える。
「女の子、それも魔法使いに僕の飛刀蟲を止められるものかぁ! 絶対に、絶対に、絶対にだ! 魔法の発動速度なんて間に合うものかぁ! かわいいからって調子に乗るなよぉ! 打ちのめして僕の最初の奴隷にしてやる!」
はぐれ魔法使いは、その無謀のツケを償わせようとヘラクレスオオカブト──飛刀蟲を差し向けた。
音速を超えて迫る蟲の異形。迎撃以前に反応は不可能に思えたが、エルフィは容易く対応して見せる。
「──〝凍てつく氷柩〟」
ほぼ挙動なしに発動した氷の魔法が冷気の風を吹かせる。
極北の風に晒された飛刀蟲は、その全身を氷の柩に閉じ込められるようにして凍てつかせて墜落。地に叩きつけられた衝撃で粉々に砕け散った。
「なっ、んだとぉ……っ!」
その光景に──否、エルファリアの技を前にはぐれ魔法使いは感情を露わにする。それは憤り、固執、妄執といった負の念だ。
「腕を上げたな、エルフィ」
「ふふふ。ありがとう、レンヤ」
「……ふっ、はは、ははははははっ!」
蓮夜とエルファリアのやり取りに、はぐれ魔法使いは大笑する。
どこまでも自分をコケにされ、感情が振り切れているのだ。
ましてや蓮夜とエルファリアにそんな意図がないというのも余計に腹立たしい。ふたりには、はぐれ魔法使いなど眼中にないのだ。仕事だから仕方なく戦っているだけという事務的なものだ。
「そういえば、ここにはぐれ悪魔が逃げ込んでこなかったか?」
「はぐれ悪魔? ああ、なんか偉そうに居座ってたからね。僕が始末してやったさ」
蓮夜の問いにはぐれ魔法使いは、嘲るように言う。どうやらはぐれ同士、徒党を組むことなく殺し合いになったようだ。
「だ、そうだ。エルフィ。いちおうの確認は必要だが、あとはこいつを片付けるだけのようだな」
「うん、レンヤ! 早く終わりそうでよかったね」
「バカにしやがってぇ! こうなったら、目にモノ見せてやるぅ!」
はぐれ魔法使いから分かたれた魔法力が彼の隣に集まり、何かを形作り始めるのだった。
END
というわけでエルファリアが登場です。タグに関しては、ネタバレ防止のため明日に改めて追加したいと思います。
あと、いま書いたら更新を繰り返していますが、そろそろストックを用意していくべきかもしれませんね。
というわけでストック貯めをしていこうかと思います。……ストックって何話くらい貯めるものなんでしょうね?
コメント、評価、お気に入り登録などよろしくお願いいたします!
それではまた、ストックが貯まった頃にお会いしましょう!