今後もこういう感じで敵としてヒロインを出したいときもありますね。
この作品内では『シルファ=ラングリス』ではなく『シルファ・ラングリス』と表記しています。
「んほぉおっ! い、イキますっ! 先にイクことをお許しくださいっ、ゾルギアさまぁ!」
とある屋敷にて金髪の美女が淫らに体を跳ねさせた。
色欲の権化、ゾルギア・アスモデウスは、複数の美女を侍らじ、弄びながらも苛立ちを隠せないでいた。
(……どうなっているのだ。なぜ、人間界で働かせている下僕どもと誰ひとり連絡がつかない)
新たな女を仕入れるために連絡を入れたが、誰ひとり応じることがないのだ。
「あんっ、ゾルギアさまぁ」
「もっとお触りくださいっ」
湧き立つ苛立ちを紛らわすように傍らの黒髪と青髪の美女ふたりの乳房を乱暴に揉みしだきながら、ゾルギアは言い知れない不穏を感じていた。
(久しく感じて──いや、あのとき以来か)
ゾルギアの脳裏に手に入れようとして、自らの手を逃れた女──成瀬澪を思い浮かべた。
容姿、スタイル、能力、どれも己のモノとしようとした美少女。
同時にそれを逃した最大にして唯一の原因について、嫌でも思い出させる。
(レオンハルト・フェレス……! あの若造めっ、まったくもって忌々しい! 次があるのならば、必ずやこの手で殺し、成瀬澪の居場所も吐かせてやる……! いいや、吐かせたうえで奴の目の前で成瀬澪を犯し、たっぷり躾けて快楽に染まるさまを見せつけてから殺してやろう!)
複数の美女を犯しながら、昏い欲望を滾らせているときだった。
ゾルギアのもとに連絡用魔方陣が通じたのだ。
それもオープンなものではなく、秘匿用──つまりは、女どもの仕入れ先からだった。
「遅いぞ、何をしておった? 貴様、私をここまで待たせるなどいつからそんな偉くなった? どいつもこいつも役に立たぬクズめっ」
ゾルギアは、罵りを口にして僅かに溜飲が下がったのか、さらに深く溜め息をついて落ち着きを取り戻し、それでもなお滲む怒気を声音に乗せて言う。
「それで、私の連絡に即座に出れなかった言い訳を聞こうか」
しかし、ゾルギアの詰問に対し、応答はなかった。
それを腹立たしく思い、ゾルギアは魔力を体から滲ませる。
「どうした? なぜ黙っておる? 望みなら、そのまま一生口を聞けなくして──」
『──ずいぶんと苛立っているじゃないか、ゾルギア』
返ってきたのは、聞き覚えのない不遜な声音。
あまりの態度にゾルギアは、殺意が魔力に転化しその身から滾らせる。
「貴様……何奴だ?」
『さてな。俺の正体よりも知りたいのは、いま何が起こっているのかじゃないか?』
ゾルギアの気の弱い者なら聞くだけで心臓が止まりそうな怒気に怯むことなく、声の主はそう問いかけてきた。
『おまえの人攫い組織は、俺が壊滅させた』
「──馬鹿な。貴様のごとき若造にそんな真似ができるはずが……いや、待て。貴様……よもやレオンハルト・フェレスか?」
『ほう、耄碌した色ボケジジイかと思ったが、存外に察しがいいじゃないか』
侮りはなく、本気でそう思っていたのか、あるいは嘲っているのかは判断できなかったが──ゾルギアは後者と判断した──声の主……黒崎蓮夜は、冷静な声音でそう言った。
「やはりかっ……小僧。貴様、またもや私の邪魔をするか!」
『いいや、違うな。ゾルギア。おまえが俺に……俺たちに喧嘩を売ったのさ』
「なんだと? 貴様……よもや成瀬澪もともおるのか?」
『ああ。おまえのせいでな。俺は、今回もあいつを守る。そのためにおまえを殺す』
身のほど知らずな跳ねっ返りの絵空事にしか聞こえなかったのだろう。
ゾルギアは、クッと口元を嗜虐的に歪める。
「笑わせるな。貴様のような青二才が、このゾルギアを殺すだと? 身のほどを知れこわっぱが。メフィストの輩の倅だろうが、このゾルギア・アスモデウスに敵うと思ったか?」
『語るに落ちたな、ゾルギア。旧魔王の血族だからといって、俺に敵うと思っているのか? だいたい敵うかどうかだと? そこが違う』
蓮夜は、まるで怯まずに堂々と言い切る。
『俺は、おまえを殺すつもりなんだよ、ゾルギア・アスモデウス』
「……よく吠えた。望みどおり殺してやろう。どこに居る? よもやそこまで言って逃げようなどと思っておらんだろうな?」
『ああ、それはな……』
蓮夜は、そこで言葉を切る。ゾルギアが訝しんでいると──。
「もうここに来てるんだよ、ゾルギア」
ゾルギアの耳に思念会話ではない、肉声が届いた。
「なにぃっ!?」
これには、さしものゾルギアも驚愕を露わにし、ベッドから立ち上がった。
見れば部屋の扉を開け放ち、佇んでいるのは、データ上でしか見たことのない黒髪碧眼の青年──黒崎蓮夜。
その傍らには、自分が欲してやまない、赤い髪の美少女──成瀬澪と、見たことはないが美しい金髪の美女──イーシャの姿があった。
「こうして直接対峙するのは、これが初めてだな、ゾルギア? そしてこれが最後になる」
「それは、こちらのセリフだ。よもや成瀬澪を連れて、おめおめと私の元に現れるとはな! 見張りの兵士たちはどうした?」
「俺たちがここに居ることが答えになっているだろう」
「そうか。であればここで貴様を殺し、そこな教会の女ともども快楽に染め、堕としてくれよう!」
「「「「きゃあっ!?」」」」
不遜な言動の蓮夜に怒りを超え、愉悦すら感じたゾルギアは、全身から衝撃波を放ってベッドと美女たちをまとめて吹き飛ばし、魔力で戦装束へと換装を済ませた。
「ゾルギア……っ! お母さん、お父さんの仇っ!」
「クックックッ。怒りに歪む顔もなお美しい。その表情が私の与える快楽に染まるのがいまから楽しみだ」
澪の怒気をかわいいものと受け流したゾルギアは、次にイーシャへと目を向けた。
「そこな教会の女も楽しみにしていろ。なぜ教会の女が悪魔とともに居るのか、などと野暮なことは訊かぬ。神に仕えるばかりでは得られぬ悦楽をくれてやろう」
「いいいいけませんっ! そういうことは愛し合う者同士がですねぇ!」
この部屋に来たときから、顔を澪とは違う意味で真っ赤にしているイーシャは、そう言って拒否する。
目がグルグルと回っているあたり、どうにも貞節で貞淑な教会の者には刺激がいろいろと強かったようだ。
「そのためにも、まずは貴様を叩き伏せねばな。すぐには殺さんぞ? 貴様の前で女どもを犯し、このゾルギアに逆らったことを後悔させてやるわ。ついでに偽りの魔王どもへの対抗策に聖槍もいただくとしよう」
「取らぬ狸の皮算用とは、まさにおまえのためにあるようなものだな、ゾルギア。せいぜい気張れよ。いま、おまえは今際の際に立っているんだぞ?」
互いの殺意、怒気、魔力が舌戦のさなかも高まり続け、やがて弾けた。
事前に打ち合わせしていたとおり、澪はイーシャとともに後ろに下がった。
すべては、蓮夜の戦いを見守るため。自らの復讐、その趨勢を託したのだ。
理由は単純に蓮夜が、澪がゾルギアと直接対決することを禁じたためだ。
『本気で言ってるの? あたしにお父さんとお母さんの敵討ちをするなって』
『ああ、そうだ。ゾルギアは、あれで老獪な悪魔だ。いまのおまえでは、危険すぎる。俺にすべて任せろ。その代わり必ずゾルギアに報いは受けさせる』
『でも……』
『澪。これは俺のわがままだ。あんな奴とおまえを向かい合わせたくない。ゾルギアを殺しても、おまえの記憶に根深く残るだろう。そんなのは、俺が許さん』
『な、なによそれ……ま、まさかヤキモチかしら?』
『そうだが?』
『っ……もうっ、バカ……』
そんなやり取りがあり、澪は蓮夜にすべてを託した。自分のすべては、蓮夜のモノだと自覚させられたからだ。
「蓮夜……」
「だいじょうぶですよ、澪さん」
「イーシャ……」
そうはいっても心配げに戦いを見守る澪の肩を、イーシャがそっと触れた。
「私は、蓮夜さんのことを詳しく知りませんが……澪さんのことを大切にしているのはわかります。だから、きっと澪さんのために勝って戻ってきます」
「イーシャ……そうね。でも、少し間違っているわ」
「澪さん?」
訝しむイーシャに澪は、ツンっと澄ました顔で言う。
「蓮夜は……あいつは、あたしのためだけじゃない。あんたのためにも戦っているのよ」
「澪さん……は、はい、私も蓮夜さんが勝つことを信じ、祈ります」
「それはやめてあげなさい」
自分も蓮夜も祈られたりしたら頭が痛くなると、澪はイーシャをそっと押し留めた。
§
「──さて、レオンさまはそろそろあの色ボケ悪魔と対峙された頃合いでしょうか」
蓮夜が澪とイーシャを連れてゾルギアの居城へ乗り込んだなか、閉じる城門を背に跳ね橋の真ん中に立つのは、銀色のポニーテールが美しいメイド──シルファ・ラングリスだった。
澪とイーシャを保護した蓮夜はゾルギアを討ちに行くことを決めた際、眷属で動ける者のなかからシルファを同行させたのだ。
連絡が入って相変わらず何かしらのことの渦中にいる主人に、シルファは「仕方ないヒト」ですねと嘆息しながらも我こそはと応じたのだ。
戦の準備を整え、そして蓮夜たちを先へ行かせ、この場を預かったシルファの目的は、主人の戦いに余計な横槍を入れさせないようにその背後を守ることだった。
すでに居城には蓮夜の結界が張られ、外部からの転移の類いは阻まれており、なかへ入るには結界を破ってからしか物理的にも魔法的にも侵入不可となっている。
主人が負けるなどとはわずかにも思っていないシルファは、その背を城へと向けたまま正面を見据えた。
蓮夜がシルファなら問題ないと背中を任せたように、シルファも蓮夜の勝利を疑うことなく背中を預けたのだ。
そのシルファの足元は、まさに死屍累々の様相を呈していた。
身のほど知らずにもゾルギアの配下の悪魔たちがシルファに挑み、斬って捨てられたのだ。
「さて、まだやりますか?」
両手に握った剣を振って血を払い、橋に半円を描いた。
「おのれっ、たかが人間からの成り損ない風情がっ!」
成り上がりでらなく成り損ないと、転生悪魔を悪魔と認めず、『旧魔王派』の悪魔が悪罵を放つがその程度ではシルファを揺るがすことなどできない。
旧魔王派の悪魔たちは、自慢の魔力を放つもシルファはそれらも剣で斬って捨てた。
「なるほど。この威力ですか」
そればかりか威力を把握したシルファは剣身の腹で魔力弾を打ち据え、相手へと跳ね返してすらみせる。
「なっ!?」
「バカな!?」
「い、いったいどんな魔法をっ!?」
旧魔王派の悪魔たちは、蜻蛉返りしてきた自らの魔力弾に撃たれ、断末魔とととに息絶えていく。
「この程度ですか。所詮はすでに衰退した旧魔王の一派ですね」
魔王も上級以上の悪魔も多くの実力者は、旧態も現在も関係なく多くが先の戦で命を落としている。
これがいまの旧魔王派の実力なのだ。
それこそ剣技を魔法と勘違いする程度の……。
(とはいえ上級も少なからずいるでしょうし、油断は禁物ですね)
シルファは心持ちを引き締め、二刀を構え直した。
(この剣もいい剣ではありますが、全力で振るえるのはそう多くないでしょうし)
シルファの剣技に耐えられる剣は、この世に少ない。
全力で振るえるのは、名剣でも数回が限度だ。
「くっ……こうなったら……おい、あれを出せ!」
「あれですか!? よ、よろしいのですか? ゾルギア侯の許しもなく勝手に使っても……」
「普段からいろいろと使ってるだろ! 業腹だがいまはあの女を殺すことが先決だ! これ以上無駄に消耗する前にやれ!」
「は、はいっ!」
何やら騒々しくなる相手にシルファは、冷たく澄んだ瞳を向けていた。
「ハハハっ! いまに見ていろよメイド風情がっ! 同族同士適当に潰し合──ぴぎゃっ!?」
勝手に勝ち誇る旧魔王派の悪魔に対し、シルファは斬撃を飛ばしてその首を落とした。
(まったく、どれだけ見下せば気が済むのでしょう)
人間、メイド、転生悪魔と立て続けに見下され、シルファが蓮夜のために磨いているすべてに唾を吐きかけられたことに苛立ち、遠間から首を断ったのだ。
(さて、とはいえ……相手も何やら切り札を切った様子。気を引き締めましょう)
剣を構え、油断なく正面を見据えるシルファの視界には、旧魔王派の悪魔たちの集団の向こうから何者かが歩いてくるのが映っていた。
(……彼女、強いですね。少なくとも旧魔王派の悪魔たちよりはずっと)
その人物を見たシルファは、そう判断した。
長い金色の髪を頭の後ろで結い上げ、耳は長く、緑の軽装は動きやすさを重視している。
(エルフ、ですか? いえ、それにしては顔つきは妖精よりも人間……それも日本人寄りに見えます。混血、でしょうか?)
シルファがそう考えていると、他の旧魔王派の悪魔が得意げに語りだす。
「こいつは人間さ! それも奴隷商人から新たに仕入れた神器所有者のな!」
(なるほど……肉体の変化は神器の影響ですか。ほんとに聞きもしないうちから勝手に喋ってくれるのは、旧魔王派のある意味唯一の長所ですね。増長しているからか隠さず、誇るようにして種明かしをしてくれます)
礼に斬撃を飛ばして首を刎ねたシルファは、あらためてその少女に問いかける。
「貴女、お名前は?」
「──……名前……あたしは……あたしは、リーファ」
憔悴した様子で少女は『リーファ』と名乗った。
顔つきは日本人なためそれが本名とは思えないのだが……。
(──様子を見る限り、考えるのも口にするのも悍ましい目に遭わされたのでしょうね。同じ女として同情します)
見たところ十代の少女であるリーファは、年頃の女の子として大切なものをいろいろと踏み躙られてきたのだろう。
それを逃避するために別の名前を名乗り、別人になることで本来の自分を守っているのかもしれない。
「私は……いえ、レオンさまは負けません。ですから貴女も信じて剣を引いてはくださいませんか?」
「……無理よ。あの男には……ゾルギアさまには誰も敵わない」
シルファの言葉にリーファは、力なくかぶりをふり、腰の長剣を鞘から抜き放った。
目を凝らせば剣身に気流を纏っているように見える。
「それは……」
「これがあたしの神器、っていうやつみたい。風を操る種族へ変身する剣……『風精の妖剣』」
わざわざ能力を教えるのはなぜなのか。
答えを出すよりも速く、リーファが踏み込んだ。
まさに風のように疾く距離を詰めたリーファは、シルファへと斬りかかった。
しかし、シルファはその速度に反応し、回避すると返すように双剣を交差するように振るう。
リーファはそれを軽やかに躱し、素早く移動する。
シルファはそれに容易く追随した。
神器を使っているリーファに対し、シルファは魔力も魔法も気も使っていなかった。
正確には使えないのだ。
魔力や魔法力は雀の涙ほどしかなく、基本魔法を一度使えば魔力切れ、魔法力切れを起こす。
その状態は意識が朦朧とするため、シルファは魔力や魔法を使うことはない。
気も才能がないため使用することはなかった。
だのにリーファと互角の速度を誇っている。
そう、まさに恐ろしいのは、シルファは人間の頃から超常の力もなく最上級クラスとも互角以上に戦えるということだ。
吊り橋の上をふたつの影が奔った。
ふたつの疾影は、地上を、ときに建造物の壁を、はては空中すら足場に変え、全身を躍動させながら無音かつ無拍子で高速で駆け抜ける。
空気を切って流れる景色は瞬きの間に移り変わり、残影を引き連れたその超高速は達人にすら視認を許さない縮地の妙技だ。
直線軌道で自らに迫る長剣の一撃を、シルファは銀色の髪を靡かせ、銀光煌めく刃を持つ双剣を横薙ぎに払って弾き返す。
それに連動して転身し、遠心力を上乗せして再度双剣を薙ぎ払い、左方向から迫る緑風を纏うリーファを斬り払った。
そのまま疾走を止めると、全方位を埋め尽くす無数の人影の迎撃に移行する。
リーファは、縮地を駆使して四方八方から斬りかかる。
無数の人影と錯覚しているのは、彼女が緩急を織り交ぜた高速移動によって生み出した残像。
それらが縦横無尽に、超高速でシルファへ四方八方から迫る。 ただの残像と侮るなかれ。
一撃一撃は軽いが、風に乗ったそれは当たれば充分に必倒を狙えるものだ。
防御すれば衝撃に晒され、回避すれば徐々に連続する攻撃に隙が生まれていき、さながら詰め将棋のごとくいつかは王手を取られるだろう。
さらには時間をかければ橋を駆け抜けられ、旧魔王派の悪魔たちに居城へ突入されるかもしれない。
(レオンさまの結界を破れるとは思えませんが)
シルファはそう独白する。
ゆえに必然として選択肢は迎撃。
乱舞する残像に対して、シルファが連続した手首の返しで放つのは剣閃の連撃。
前後左右、上下から斜線に至るまで走る銀閃が閃けば、それは難攻不落の迎撃要塞と化す。
咲き誇る斬撃の華は鋭利なまでの剣速を伴ってリーファを容易く捉えては、矢継ぎ早に斬り裂いていき、乱舞する双剣の切っ先より放たれた斬撃波が第二陣、第三陣と続く残像を両断して止まらない。
──そこへ落ちる緑風の重撃。 一条の閃光が鉄槌と化してシルファへ落ちれば、極大の轟音と衝撃が迸る。
先の残像突撃はすべてこのために。
本当の狙いは、シルファもヒトであるがゆえに人体の構造上必ず起こる挙動──技後硬直を誘発させるためのものだった。
ならば迎撃しなければいいという話だが、それでは結局のところ残像の軍勢に呑み込まれるため、結果としては同じことである。
謂わばこれはどの選択肢を選び取ろうとも一撃が必中となる手であった。
真に防御及び回避が不可となった状態で頭上から落ちたリーファ。
風で足場を作って踏み込みの勢いを重力と自重で加速させての大剣による一閃。
大上段から振り下ろされた一刀はシルファを打ち据え──否、違う。
「──っ!」
碧眼を見開けば、眼下にはシルファの姿はなかった。
そう、リーファが狙ったのはシルファではなくその残像だったのだ。
──ラングリス流縮地術 『空蝉』。
対象を誤認させたシルファは、鋭利な一刀を避けてみせたのだ。
シルファは、呆然とするリーファへと踏み込みからの銀光一閃。
死に体を晒すリーファへ迫る一刀。
予想外の回避によって生じた反動で技後硬直を誘発され返されたリーファに、その逆撃を躱す術はなかった。
あわや一刀の下に打ち払われるかに思えた刹那──。
リーファは、無駄のない動きで受け流してみせた。
そう、リーファにはまだ余力があったのだ。
そのことに誰よりも驚いているのはリーファ自身だった。
「……よい動きです」
シルファもそう称賛した。
いまのリーファの動きは、彼女本来のものだ。
何も知らない少女だったときに打ち込んでいた剣道の動き。
リーファの剣だ。
追い詰められて無意識に体が動いたのだろう。
「貴女は、真っ直ぐに剣の道に打ち込んできたのですね」
「──……そっか……あたし、まだ自分を失くしてなんて……いなかったんだ」
戦いを経てリーファは、シルファの言葉の意味を理解し、その瞳に光が戻った。
「あたしは……あたしの本当の名前は桐ヶ谷直葉。もしあなたがあたしに勝てたら、さっきあなたが言っていたこと。信じてもいいです」
自分に勝てないような者があの老獪の悪魔に敵うとは思えない。
リーファ──直葉は、シルファにそう告げた。
「かまいません。勝つのは私ですから」
蓮夜を信じ切っているシルファは当然と頷く。
その様子に直葉は、微笑を浮かべた。
「…………」
「…………」
両者剣を構えて視線を交わす。
張り詰めた糸のような空気が漂い、仕掛けどきを見計らうふたりは──。
まったくの同時に踏み込んだ。
リーファは、真っ直ぐ振り上げてからの振り下ろし。
剣道で言う面を狙う斬撃は、いままでのどの一閃よりも研ぎ澄まされていた。
「──ラングリス流双剣術、二虎双牙!」
対するシルファの二刀を同時に叩きつける斬撃は、直葉の一閃よりもなお速く、力強くその身に届いた。
「……負け、ちゃったなぁ」
仰向けに倒れ、紫色の空を見上げる直葉は悔しそうに、それでいて清々しく嬉しそうに呟いた。
直葉に斬撃が命中する瞬間、シルファは剣を返して腹でその身を打った。
斬られこそしなかったが、それでも充分な打撃は直葉の弱っていた体を打ちのめした。
「はい、私の勝ちです。約束ですよ。貴女はそのまま我が主の勝利を信じ、いまは眠ってください。目を覚ましたとき、きっと悪夢は終わっています」
「──はい…………ありがとう」
シルファの言葉に直葉は、安堵し久しぶりにゆっくり眠りに落ちた。
「──さて……」
シルファは居城を一瞥する。
まだ結界は解けていない。
蓮夜の戦いは終わっていないのだ。
「ご武運を、レオンさま」
そう呟いたシルファは、正面に視線を向ける。
切り札の直葉が負け、悪態をついている旧魔王派の悪魔たちへ向かってシルファは、初めて自分から斬り込んだ。
直葉の件に対する報復もあり、その斬撃は苛烈を極めた。
そのパワー、スピード、ディフェンス、テクニック、どれもが高水準でまとまっているシルファの剣舞を止められる者などおらず、数分後には立っていたのは銀のメイドただひとりだった。
To be continued
シルファは、まだ昇格もしてないし武器も彼女に適したものをまだ手に入れておらず、まだまだ原作の序盤程度の力しか出していませんが、それでも最上級悪魔の騎士と比べても遜色なしだったりします。もちろん、例のあれもまだ未使用です。
ちなみにシルファを連れてくるようにしたのは、蓮夜は『王』なのに単独行動が多いかなと思ったためです。
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