シルファが城外でリーファと交戦を始めた頃、蓮夜と相対したゾルギアは、異空間から取り出した魔剣の柄に手をかけた。
譲れぬモノがあるならば、取るべき手段はただひとつしかない。
「──カァッ!」
抜き放ちざまに気合いとともに振り下ろされた魔剣。
繰り出された斬撃を、蓮夜は真半身になって躱したが剣尖から飛び出した斬閃が奔り、床を、壁を、その向こうを数十メートルまで叩き割った。
生半な剣士ではまず見れないほどの豪剣は、老いたるといえどゾルギアがひとかどの剣士であることの証明だ。
そう、ゾルギアは旧魔王派でも随一の剣腕を誇り、大戦期には『剣王』とまで名を知られる達人だった。
「若造にしては、身のこなしは悪くないな。だが、大戦を生き抜いた私から見ればどうということないわ!」
魔剣を構え、魔王にも劣らぬ気迫を放ってそう言い放つゾルギアに、蓮夜もまた魔槍を作り出して応えた。
「そんな俺に躱されるおまえの剣もまだまだだな」
ゾルギアは魔剣を手に力強く踏み込んだ。
「抜かすな小僧!」
突撃しながら長大な魔剣を片手で振るい、繰り出される無数の斬閃は、一撃一撃が昨今の若手上級悪魔程度ならば軽々と解体するほどの威力を秘めたものだ。
豪風じみた斬閃に対し、蓮夜もまた魔槍を振るって連続して刺突を繰り出して迎え撃つ。
魔槍と魔剣がぶつかり合い、激しい金属音が連続して打ち鳴らされる。
次々に繰り出される斬撃に、刺閃に、銀光が糸を引いていく。
刃と刃の衝突で生じた衝撃は鎌鼬に転化されて周囲に撒き散らされ、澪やイーシャに飛んでくるものは蓮夜があらかじめ張った結界に守られているが、それ以外の斬風は、屋敷を、屋敷の外を斬り裂いて突き進む。
「なかなかやるな若造! だが私を殺すにはまだまだ足りんぞ!」
言いながらもゾルギアは、同時に魔剣を振るう腕は止まらないどころか、ますます加速して斬撃の回転率を上げていく。
端から見ればさながら竜巻のような剣閃の嵐だ。
さすがは腐っても剣王として名を知られているだけの剣士。
ゾルギアの剣腕は最上級悪魔の眷属『騎士』にすら勝る。
だが、蓮夜の槍の腕もまた能力関係なしに卓越したものだった。
ゾルギアが竜巻ならば、蓮夜の刺突はまさに迅雷。
一直線に、横薙ぎに振り抜かれた鋭く力強い一閃は斬撃の嵐を押し返し、その向こうに居るゾルギアの鎧に真一文字の斬痕を刻み込んだ。
「ぬっ! やるな……しかし! 戦いはこれからだ!」
仕切り直しからの再び繰り広げられる超速剣舞。
天井や壁、蓮夜は魔法を使って空中すらも利用して上下左右、前後と自由自在に飛び回り、ときには相手の武器すらも足場に踏み台にしては刃を交え、この一帯の戦域に激しい金属音と火花が流星群のごとく散華する。
色彩入り乱れる超高速世界で数十数百、数千、万にも届きそうな武を交わすなか、澪は自らの意思を押し通す蓮夜の強さに対し強い憧れを抱き、見惚れていた。
次瞬、ひときわ強い打ち合いが行なわれ、轟音のような金属音と閃光に等しい火花が夜闇を染め上げるなか、両者は廃墟同然になった屋敷に距離を取って着地すると蓮夜は自然体に、ゾルギアは正眼に得物を構えて対峙する。
冷徹なまでに無表情の蓮夜は戦いに高揚した笑みを浮かべ、ゾルギアは戦いとその先の欲望に表情を歪め、両者は相手だけではなく、周囲のあらゆる変化に対応できるよう油断なく状況を観察していた。
だが──。
「……ぐ、ぬぅっ……! お、おのれっ……!」
不意に鎧が斬り裂かれて砕け散り、体に無数の斬痕が走ると鮮血を撒き散らしながらゾルギアが崩れ落ち、膝をついた。
対する蓮夜は、体どころか黒のロングコートにすら傷ひとつ負っておらず、夜風に吹かれながら静かに佇んでいた。
互角に見えてもやはり武の腕は蓮夜が上回っており、あの攻防のなかでゾルギアに無数の槍撃を打ち込んでいたのだ。
「なかなかやるではないかっ! だが、私の力はここからだ! 見るがいい、我が魔剣を!」
立ち上がったゾルギアは、突撃すると構え直した魔剣を振り下ろす。
蓮夜は、その一閃を魔槍で受けようとしたが、即座に防御を捨て回避に移った。
ゾルギアの魔剣は、蓮夜の魔槍を半ばから断ち斬った。
先ほどまでは打ち合っても問題なかったのだが、この結果に蓮夜はゾルギアの魔剣を見ればその立ち昇るオーラ量の増大を見抜いた。
「気づいたか? この魔剣は、私と同じで歪んでいてな。敵を斬り刻み、血と魔力を喰らわせてやっと本性を見せる。業腹だが、今回は私の血を吸わせたのだ」
「……なるほどな」
蓮夜は、新たに魔槍を創造しながらゾルギアの話を理解したようだった。
「さらにこれだけではないぞ!」
ゾルギアは、増大したオーラを纏った魔剣を手に突撃する。
蓮夜は、魔槍を振るって迎え撃つが──ゾルギアの姿が消失した。
蓮夜の自身の知覚、魔法知覚にすらまったく反応がない。
いま、ゾルギアは間違いなくこの場に存在しないのだ。
(転移魔法……いや、違う!)
蓮夜は、自らの肌に鋭く冷たい感覚が触れた瞬間、身を捻った。
鮮血が糸を引いて宙に舞い散った。
そう、攻撃されたのだ。
さらに続く攻撃の数々に蓮夜は、肌に何か──刃の感覚に身を躱し続ける。
そう言ってゾルギアの姿が現れた。
「よく私の技を躱す。私はな、己の存在を消し自在に空間を渡る能力を持つ……! あらゆる攻撃も結界もすり抜けることができるのだ。この能力ゆえに結界に守られていた成瀬澪を襲撃できのだ。この簡易版を配下にも持たせている」
それゆえにかつて結界をすり抜けて澪を襲撃し両親を殺し、配下に配布していた簡易版で蓮夜の認識阻害を破って澪が見つかったのだ。
この能力の厄介さは、こちら側からはあらゆる干渉ができず、向こうからは好きに干渉を受けるということだ。
(つまり、広範囲を攻撃しても意味がないどころか、こちらの視界が塞がるだけというわけか)
ゾルギアの厄介極まる能力に、蓮夜はそれでも冷静さを失わずに分析する。
「しかし、よく躱す。刃が肌に触れた瞬間に回避とは、たいした反応速度だ」
それでもゾルギアの魔剣は、僅かでも蓮夜を負傷させたことでさらにオーラを増大させている。
「さて、私の目的は貴様などではない。あくまでも成瀬澪を手にすることだ」
ゾルギアはそう言って嗜虐的な笑みを浮かべる。
その様子に蓮夜は軽く舌打ちする。
「澪! イーシャ!」
振り返りざまの蓮夜の呼びかけに、ふたりは答える余裕がない。
いま澪とイーシャは、ひとりの悪魔と相対していた。
ロングヘアーに両サイドを三つ編みにし、褐色肌で露出の多い衣装を身に纏う、グラマラスな女性の悪魔だ。
妖艶な桃色の髪と瞳を持ち、さらに夢魔の特徴である頭部には両角、背部には翼、そして尻尾も生えている。
その身に纏うオーラの質量は、上級以上のモノだった。
「──ファンタスマ。その女どもを捕らえよ」
「──はぁい、ゾルギアさまぁ」
ゾルギアの命令に女性悪魔──ファンタスマは応じた。
「させるか──」
「それは私のセリフだ!」
澪とイーシャを助けようとする蓮夜に、ゾルギアは魔剣で斬り込んだ。
蓮夜は魔槍でその一閃を受け止めた。
「あれはおまえの配下か!」
「そうだとも。あれは私の造った忠実な部下だ」
「造っただと?」
「そうだ。あれはもともと『アンナ』という名の弱小悪魔だったのだがな。それはたまらん体をしておる。だから側近として使えるように強力な夢魔を捕らえ、融合させたのだ。これで体も能力も私のために使えるというものだ」
ホムンクルスのようなものを想像していた蓮夜だったが、ゾルギアの語る真実はそんなものよりも遥かに胸糞が悪いものだった。
「おまえは、どれだけ他人の人生を弄べば気が済むんだ」
「くだらん。悪魔は元来他人を嘲弄するものだ」
蓮夜の言葉をゾルギアは鼻で笑った。
蓮夜はこれ以上は、ゾルギアの相手をせず、澪を助けようとするが──。
「蓮夜! こっちはだいじょうぶよ!」
その背中に澪から声がかかった。
「澪?」
「あたしたちはだいじょうぶ! これでもあんたの眷属になるんだから! これくらい自分たちで乗り越えてやるわ! だから蓮夜、お願い! あんたはゾルギアの奴を百回殺してやって!」
「わ、私も! 何ができるかわかりませんががんばりますっ!」
澪に続いてイーシャからも声が届いた。
「……わかった。そいつは任せる。だが何かあればすぐに言え。必ず助けてやるからな」
「うん!」
「はい!」
ゾルギアと打ち合いながら蓮夜が力強く言えば、澪とイーシャは嬉しそうに頷いた。
「ずいぶん余裕そうだな、小僧!」
「余裕がなくなるほどの戦いではないからな」
「ほざけっ!」
蓮夜とゾルギアの戦いは、さらに激化していった。
蓮夜とゾルギアの戦いの傍ら、澪とイーシャはファンタスマと呼ばれた女悪魔と立ち会っていた。
「あんた、なんでゾルギアのような最低な奴の言うこと聞いてるの? 聞く限りだと、かなり酷いことされてるみたいだけれど?」
「──封じられていたわたしをぉ、助けてくれたのがあのかたなんですよ〜。だからぁ、新たな体をもらった恩義がありますから〜」
澪の問いにファンタスマは、おっとりとした様子で答える。
「それって……その子の体を乗っ取ったってこと!?」
「そうともいえますね〜。アンナは、わたしがこの体に入った以来、深い眠りについているので」
「……なるほど。よぉくわかったわ。あんたにも遠慮なんていらないってね!」
悪びれた様子のないファンタスマに澪は、怒りの込もった瞳で睨めつけ、魔法を発動させた。
「危ないですよ〜? わたしはたしかに乗っ取ったカタチになりますが、アンナは生きてますからねぇ?」
強力な雷撃が放たれるが、ファンタスマは魔力障壁で防いでしまう。
「っ……卑怯者っ!」
「むしろ、あなたはなぜ見ず知らずの他人のためにそこまで〜?」
「別にっ! ただ、ゾルギアの被害者をこれ以上増やしたくないだけ!」
「ご立派ですね〜」
澪とファンタスマは、魔法で撃ち合い、障壁で防ぐ。
澪が雷を放てば、ファンタスマは純水で防ぎ、ファンタスマが風を放てば、澪が炎で焼き払った。
魔法や魔力の扱いはほぼ互角だった。
強力な夢魔であるファンタスマに、まだまだ未熟な澪が魔法戦をできるあたり、澪の素質の高さが窺える。
「面倒な子ですね〜。あなたを下手に傷つけたら怒られそうですからねぇ。あっちの殿方も強そうですし、早めに終わらせましょうかぁ」
そう言ったファンタスマは、舌を出した。
そこには魔方陣が浮かんでおり、妖しく光っている。
それはファンタスマの異能『妖舌』だった。
ファンタスマは、『妖舌』によって相手を強制的に白昼夢に堕とすことができるのだ。
「っ……や、やばっ……」
澪は立ちくらみを感じ、眠りに落ちそうになる。
「なかなか抵抗力がありますがぁ、おとなしく眠ってください〜。抵抗しなければ幸せな夢を見れますし、起きたときには、すべて終わっていますからぁ」
ファンタスマのそのセリフは、皮肉にも外で決着がついたシルファが直葉に言った言葉に似ていた。
(れん、や……)
眠気に抗いながら澪は、蓮夜の姿を視界に捉えて意識を繋ぎ止めていた。
「粘りますね〜。でも、無駄ですよぉ」
それを微笑とともにファンタスマは、『妖舌』にさらに力を込め、澪の意識を堕とす──。
「〜〜〜〜♪」
よりも早く、綺麗な歌声が響き渡った。
それはイーシャが歌う唄。
澪を支えるための歌だった。
「なっ、なにを……?!」
ファンタスマが困惑するなか、イーシャの歌声を背に受けた澪は、眠気がなくなっていた。
イーシャの歌は、ただの歌ではない。
さまざまなバフ効果をもたらす、特別なものだった。
『妖舌』の効果も中和されていき、やがて無効化されていく。
そして、そんなことは知らないファンタスマは、すでに澪の意識が復調していることにも気づかない。
「その歌をやめてください〜!」
ファンタスマはイーシャに『妖舌』を使うが、イーシャの歌声はファンタスマの魔力を浄化する。
イーシャに意識を向けているファンタスマは、さらに致命的なミスを犯してしまう。
すでに意識の混濁がなくなった澪が、強力な魔法を発動するために魔法力を溜めていることに気づけなかったのだ。
「っ!? しまっ──」
気づいたときには、時すでに遅し。
「遅い! これでも喰らいなさいっ!」
「きゃああっ!?」
澪が放った強力な雷撃は、ファンタスマの魔力障壁を突破した。
稲妻が直撃したファンタスマは、感電しながら衝撃に吹き飛んで壁に叩きつけられ、床に倒れ伏した。
ファンタスマは体も動かず、意識もすでにない。
澪とイーシャの勝利だった。
「はぁ、はぁ、やったわ……イーシャ、あたしたちの勝ちよ!」
「はい、澪さん!」
ハイタッチする澪とイーシャ。
ファンタスマの魔力を打ち消すのは、事前に打ち合わせしていたことだったのだ。
強力な魔力を持っているファンタスマに、まだまだ経験も実力も足りない澪は、苦戦ないし敗北するかもしれないと考えていた。
自分だけならばまだしも、イーシャを、そして蓮夜に迷惑をかけたくない澪は作戦を立て、見事にファンタスマを倒したのだ。
「……こいつも被害者だったのかしら」
澪はファンタスマを見下ろしてそう呟いた。
封印から目覚めさせられ、他者の体に入れられ、言うことを聞かされる。
そう考えるとファンタスマも被害者のように思えた。
もちろん、体を乗っ取られたアンナという悪魔がいちばんの被害者だが。
「──そう思うのなら……もう少し加減してほしかったですね〜」
と、声をかけたのは、倒れ伏したファンタスマだった。
「あんた、もう目が覚めたの!?」
「はい〜。あ、でも体は痺れて動かせません。だから魔法はもうやめてください。あなたたちの勝ちですよ〜」
驚きながらも魔方陣を展開する澪にファンタスマは、力なく微笑んだ。
その様子に本当に抵抗する力は残っていないことがわかる。
「……あんた、これからどうする気よ?」
「さあ〜? 負けてしまいましたし、あとはあちらの戦いの勝敗しだいですね〜」
落ち着いた澪の問いにファンタスマは、捉えどころのない笑みを浮かべてそう答えた。
「なら身の振りかたを考えときなさい。勝つのは蓮夜よ」
「──そうですか〜。ならそのときは、あのヒトに従いましょう」
迷いない澪の言葉にファンタスマは、小さく目を見開くも、最後には微笑んでそう呟いたのだった。
戦いの行方は、蓮夜とゾルギアに委ねられた。
To be continued
ファンタスマ、こういうキャラでよかったのかな?
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