リーシャとの初夜が終わってから数日後、変わらず平和に過ごしている蓮夜は、深夜の黒崎家の自室で寛いでいた。
「……」
「──おや、レオンさま。何事かお悩みでしょうか?」
ブラックコーヒーを飲みながら黙っている蓮夜に、コーヒーと軽食を持ってきてくれたシルファが訊ねる。
「ん? ……ああ、平和だなと思ってな」
「ああ、なるほど。たしかに我々はメフィスト会長の占いをもとにこの町へとやって来ましたが、いまのところは特に何事もありませんね」
蓮夜の言葉にシルファは、頷いてそう返す。
四年前は、ラヴィニアの師の行方を探すため、名目はメフィストの依頼で『空蟬機関』や『オズ』に加えて堕天使サタナエルが率いていた『カオスをもたらす者たち』──『禍の団』なるものとの戦い、その過程でラヴィニアにもいろいろとあったのだがそれを考えればいまはあまりに平和だ。
「ですが、たしかこの町に堕天使が入ってきているのでしょう?」
しかし、シルファが言うような小さな懸念があるのも事実だ。
「ああ。四年前に俺やラヴィニアが戦ったサタナエルに比べたら、あまりに弱い下級堕天使が数名に、けっこうな数だがそれ以下の実力のはぐれ悪魔祓いだがな」
「現状をレオンさまは、どう見ておられるのでしょうか?」
「そうだな……何かしらのきっかけにこそなっても特に介入する必要はないと見ている。堕天使側は、ここがグレモリーの領地だと気づいていないような木っ端の集まりだし、そのグレモリーと、友好関係のシトリーも堕天使の侵入に気づいていない。低レベルな騒動にしかならん。関わる必要もその気もない。そういう契約だしな」
シルファの疑問に最後に取ってつけたように言い、蓮夜はそう断じた。
そう、現在駒王町には堕天使の一派が侵入している。
だが、四人居る堕天使も、それに従う悪魔祓いたちも全員が下級。
これでは、せいぜいがよくある勢力間の小競り合い程度にしか発展しない。
それもいまだにそのことに気づいていないグレモリーやシトリーが堕天使たちに気づいたらの話だ。
このレベルの者たちがやり合ったところで問題にすらならないだろうというのが蓮夜の見解だった。
蓮夜は、軽食のサンドイッチを食べながら言う。
「悪魔の存在に気づいていない以上、目的は別にあるんだろう。それを遂げたら勝手に去っていくだけだ」
「ちなみに堕天使の目的というのは?」
シルファの問いに蓮夜は、咀嚼していたサンドイッチをコーヒーで流し込みながら考えてから言う。
「……さぁな。組織として考えるなら、神器所有者の確保か排除だろう。だが、あの日和見のアザゼルがグレモリーや、シトリーの居る町にまで手を出すかは疑問が残るな」
四年前に遭遇した堕天使の長は、やりかたこそ賛否両論だが少なくとも積極的に争いを起こすような人物ではなかった、というのが蓮夜の見立てだ。
少なくとも父メフィストともいまだに合流があることから、リベラル派なのは間違いない。
「悪魔祓いだけでなく、堕天使たちもはぐれの可能性もあるのでしょうか?」
「……そうだな。そうなると組織とは別の思惑があるんだろう。それが何かまでは知らないし興味もないがな」
シルファの言う可能性は充分にあると蓮夜は思う。
しかし、そうなってくるとますます目的が読めない。
悪魔の根城があることにも気づいていないことを考えれば、はぐれであれ組織であれ指揮官としては、下も下。
その存在にすら気づけていないらしいグレモリーやシトリーは、それ以下。
あまりに低レベルすぎて逆に流れもわかりづらい。
(無知っていうのは、ある意味恐ろしいものだ)
このまま堕天使が目的を遂げるか、グレモリーやシトリーが排除するか、そんな瑣末な争いに蓮夜は興味がなかった。
蓮夜が気にしているのは、それとは別の可能性だ。
「……問題は、この堕天使たちが四年前の残党の類いかどうかだな」
「四年前と申しますと、貴方やラヴィニアが関わった『空蟬機関』や、『オズ』なる組織に関与していた、堕天使サタナエルの関係者……ということでしょうか?」
シルファの言葉に蓮夜は頷く。
いまは亡きサタナエルは、神器研究を推進するために非道なことを多くしてきた。
この堕天使たちもそんな元堕天使幹部に迎合した輩かもしれないのだ。
「サタナエルが起こした事件の数々は、さまざまな勢力を巻き込んで状況を混迷させた。目的によっては、この堕天使たちがそうならないとは言い切れない。実力的にないとは思うがな」
しかし、堕天使の特筆したところは、戦闘力よりも技術力、開発力の類いだと蓮夜は考える。
特に総督のアザゼルを筆頭に神器研究に関しては、どの勢力よりも抜きん出ているのだ。
「先んじて討ちますか?」
「……いや、契約もある。それにグレモリーやシトリーで対処できることに変わりはない。俺たちが出る幕はないさ」
鋭い視線で剣士の表情になったシルファが凛として言うが、蓮夜は思考も一瞬、退ける。
「いちおう監視用の魔法生物くらいは、飛ばしておくさ。連中の手に負えないとなったら契約どおりに介入させてもらう」
それ以上のことはしなくていいと蓮夜は言い、それよりも大切な話をする。
「それはそうと、澪や織姫、イーシャにはひとりでの外出は控えさせないとな。学生組は放課後も俺か、ふたりで一緒に帰ってもらわないと」
「……ええ、あのふたりは、まだ実戦からは縁遠いですからね。特に夜間は気をつけねばなりません。もちろん、日中も油断してはいけませんが……」
澪は、そもそも現状は戦いに深く関わらせない。
自衛手段こそ鍛えているが、まだ他の眷属のように引き連れるわけにはいかない。
これはイーシャも同様だ。
織姫は表立って戦わせるわけにもいかず、自衛以上の能力を求めていないが、それを加味してもまだまだ実戦経験は不足しており、はぐれ悪魔などを通して積ませているが町中での遭遇戦などは慣れていない。
蓮夜たち先達は、そのあたりを懸念していた。
不意を打たれたら誰もが力を発揮しづらいものだ。
「ああ。ラヴィニアたちには言ってあるが、シルファもあいつらを気にかけてやってくれ。もちろん、万が一はないだろうが自分の身を守ることが最優先だぞ?」
「はい、もちろんです。まあ、実際に手に負えない何かがあればそのときは、協力して切り抜けますが」
蓮夜にとって大切な眷属で女なように、ラヴィニアたちにとっても同じ眷属、あるいは同じ男を愛した者であり、妹や後輩のように想っているのだ。そのあたりに抜かりはない。
特にラヴィニアなどは、緊急避難用の魔方陣や蓮夜たちを召喚する魔方陣、緊急信号発信用の魔方陣なども渡していた。
「それならいいがな。全員類い稀な存在だ。それこそ俺に関わらなくとも何かしら大成していただろう。だというのに俺なんかとともに生きてくれると決意してくれたんだ。大切に育ててやらないとな」
「レオンさま。あまり己を卑下してはなりませんよ? 貴方さまの身は、もはや貴方さまひとりのものではないのですから」
蓮夜の言葉にシルファが厳しく言い含めた。
そうたしなめられ、蓮夜は己を思い直すように言う。
「っと、それは悪かったな。そういう意図はなかったんだが……いかんな。どうにも自分を低く見がちだ」
「それだけ蓮夜さんがみなを大切にしてくれていることには、私を含め眷属の誰もが理解しております。ですが、同時に私たちもまた貴方さまを大切に想っていることを忘れないでください」
「ああ、肝に銘じておこう」
頷く蓮夜に微笑を返すシルファ。
蓮夜としては、本当に自分を卑下したつもりはなく、単にラヴィニアたちがいい娘すぎたゆえに自分にはもったいないと考えただけだったのだが──。
(……それが無意識に卑下してたってことなんだろうな。いかんいかん。むしろそんな奴らが俺を選んでくれたことに自信を持たないとな)
「そういえば、レオンさまは部活動などはされないのでしょうか? せっかく日本のハイスクールに編入されたのですし、もっと学生生活を堪能してもよろしいのではないでしょうか?」
蓮夜が内心反省していると、シルファが空気を変えるためかそんなことを訊ねてきた。
「ん? ああ、いまのところやる気はないな。既存の部に入ることはもちろん、自分で部を設立する気はない。この町で悪魔稼業をしない以上、別に無理して学校で集まる必要はないからな。集まるだけなら家でいいし、必要なことも口頭やスマホ、念話で済むと考えればむしろ時間的に拘束されるだけだ」
部に入るにしろ設立するにしろ、表向きが部活動である以上は、何かしらの活動内容は必要になってくる。
部活動は興味ないわけではないがそれに時間を割くくらいなら、別のことをしたほうがいいというのが蓮夜の考えだった。
「なるほど、レオンさまらしいですね。ところで悪魔稼業で思い出したのですが、澪とエルファリアの調子はどうでしょうか? 私やラヴィニアが必要な教育はしたのですが……」
「ああ、問題ないぞ。ふたりの教育のおかげで順調だ」
シルファの懸念に心配無用と返す蓮夜。
実際に澪とエルファリアは、悪魔稼業もしっかりやっていた。
蓮夜たちは、リアスとの契約どおりに駒王町以外で悪魔召喚用のチラシを配り、活動している。
契約内容もそれぞれ違っていた。
ラヴィニアは、魔法使いとしての同業者に召喚されて魔法に関係する研究の手伝いやアドバイスをすることが多い。
シルファは、料理指導から討伐系の依頼まで比較的なんでも引き受けている。
逆にアスカやリーシャは、討伐系の依頼がほとんどだ。
エルファリアは面倒くさがり、澪は万が一もあるので、ネットを介しての契約のみ。
このように蓮夜眷属は、女の子を中心に依頼人が日本でも増えつつあった。
契約相手に男がいないのは、なんだかんだ過保護な蓮夜が単独での依頼で美少女であるラヴィニアたちを送り込む気がないからだ。
サキュバスのような性的なものを専用に受ける悪魔もおり、一般的な悪魔にはその手の依頼が来ないようになっているが念のためだ。
召喚された美少女を見てから願いを変えるなんてこともあるかもしれないのだから。
蓮夜は、人間の欲深さを、狡猾さを、決して侮っていないのだ。
対して蓮夜に寄せられる依頼は、滅多にない。
これは『王』を召喚するほどのことがまずないからだ。
それでもたまに召喚する者も現れるが、その場合はたいていが面倒な事態になる。
ちなみに依頼内容は、堕天使やはぐれ悪魔などに襲われている者からのSOS、呪いの解呪などの荒事に関するものがほとんどだった。
「では、本当にいまのところは何事もなく平和そのもの、っといったところでしょうか?」
「ああ。慌ただしくはあるが、楽しく平和な日々さ」
シルファの言うように結局のところその結論に落ち着くのだと、蓮夜は頷いて少し冷めたコーヒーを飲み干した。
To be continued
今回は現状の話であり、シルファとまったりした時間でした。たまにはこういう慌ただしくない話も書きたくなります。
それではまた次回!