目の前の女医は二人に頭を下げた。
「ありがとうございます、実は相談したくても事件というわけではないので迷っていたんです」
悩んでいたが、知り合いの刑事さんがいるので、よかったら聞いてみるだけでも、自分が話してみるからと言われたのだという。
「本当に来てくださるとは思わなくて」
女医の言葉に話してくださいませんかと三浦は安心させるように笑いかけた。
「事件を未然に防ぐのも我々、警察の仕事です」
女医はほっとしたようだ、突然、刑事が二人も尋ねてきたのだから無理もないだろう。
「実は病院に来る男性のことなんですが」
話を聞くうちに伊丹の表情が少しずつ険しくなっていく、自分は最初、そうは思わなかったと言いながら女医は言葉を続けた。
「気が短いというか、短気な性格だと思ったんです、でも、あるとき」
女医の話を聞いていた三浦と伊丹の顔が少しずつ変わっていく。
「その人が気をつけたほうがいいと言いまして」
伊丹は尋ねた、それはどういう意味でしょうと。
「その人の犬が以前、警察で働いていて詳しいことは、そのときは何も、でも、そう言った男性の表情が、なんとなく、その」
女医は三浦の顔を見ながら、今度は伊丹に視線を向けた、二人が自分の話を聞いて、どう思っているか不安になったのかもしれない。
「正直、こんなことを警察に相談するのは」
事件が起きた訳ではない、だが。
「先生、あのことも話したほうがいいんじゃないですか」
そばにいた若い男性、看護師が声をかけた。
なんだろう、気になるな、話してくださいと伊丹が聞くと、その人物は待合室の他の客に話しかけていたのだという。
「最初はペットの話なんですが、だんだんと飼い主のことに趣味とか、それだけではなく、一度、受付に、さっきの人は近所に住んでいるのとか聞くんです、それも女性ばかり」
「それは」
「勿論、プライベートなことですから、でも」
言葉が途切れた、そのとき、先生の女性の看護師が先生と入ってきた。
「あの人、また来てます」
女医はデスクのパソコンのキーボードを押した、するとモニターに待合室の様子が映し出された。
鮮明な画像に伊丹と三浦の視線は釘付けになる、だが、それだけではない。
「美也、さんっっ」
伊丹の口から出てきた名前に三浦も、はっとしてパソコンのモニターを見る。
男が彼女の隣に座り話しかけている。
モニターを見ていた伊丹はむっとした顔つきで、そばの三浦に声をかけようとした。
だが、言葉が出ない、それは三浦の表情で、伊丹は再び、モニターに視線を向けた。
「すみません、あの男性の名前は」
女医が即答すると三浦は小声で名前を呟いた、だが、その表情が少しずつ変わりはじめた。
「あいつ、そうだ、確か」
「偶然、出会ったことにするんだ」
彼女を家まで送れて言われて伊丹は分かったと頷いた。
「気になることがある、調べてくる」
病院から出て、しばらく歩いたところで伊丹は声をかけた。
「伊丹さん、どうしたんです」
驚いた彼女に昼飯を食べ損ねて、この近くでさっき食事をすませたんですよと言いながら、彼女の持っているバッグを見ながら貸してくださいと声をかけた。
「家まで送りますよと」
「いいんですか、仕事の途中では」
「一息ついたところなんです、休憩も必要ですからね」
「あの、三浦さんから聞いてるかもしれませんが」
もしかして、この事かと思いながら伊丹は足を止めた。
「美也さん、遠慮しないでください、実は」
伊丹は説明しようとして、ふと足を止めた。
(いや、今ここでは言わないほうが)
するとクリスマスはと彼女が遠慮がちに尋ねてきた。
「忙しいですよね、人が大勢で年末も近いですし」
伊丹は、はっとした、家族や恋人の恒例行事だ。
予定は未定、そんな言葉が頭の中ををよぎる、去年は、その前は、ゆっくりと家で過ごしたか、とんでもない。
寝正月なんて夢だ、寒いのに街中を歩き回っていたことを思い出す、それも事件の後始末でだ。
「実は私、クリスマス企画で動画の撮影という話があって、だから日を外して良かったら家で食事、鍋でもいかがですか」
「いいんですか」
「ただクリスマス過ぎたら大雪になるかもしれないって、だから、伊丹さんの都合が良ければ泊まりの用意とかも」
その言葉に、どきりとする、いや、都心、街中は数センチ、雪が積もっただけでも大渋滞で事故が起きたりする。
「そ、そうですねっ、交通も渋滞しそうですし、美也さんさえよければ」
未成年、子供ではないんだ、クリスマスでなくても泊まりで過ごすのは大人だからだ。
内心、浮かれ気分になる伊丹だったが、それは数時間後に別の不安に変わってしまった。
署に戻るとしばらくして、三浦も戻ってきた。
「薬物、ですか」
頷く三浦は犬の飼い主に会ってきたという。
「麻薬捜査の探知犬だ、引退しているが、今でも、非常勤として」
(引退とは言わないだろっっ、それはっっ)
ほんの少し前までクリスマス後の予定を考えていた伊丹の気分はわずかに沈んで、いや、ブラックになってしまった。
「あの男の兄が薬物中毒で捕まったことがある、療養所に出たり入ったり、繰り返しだ、それとストーカー、婦女暴行、これは被害者が訴えを取り下げて」
伊丹の顔が暗く額の皺が深くなったのはいうまでもない。