※この作品はR-18です。

催眠玩具船団・オラクル   作:どろまみれ

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EP:0
00.ダーカーの巣


 

 

 00.

 

 

 自分はどこかに倒れているようだ、と気付いた。

 意識の端っこを掴んで離さずにいると、うっすらと世界が見えてくる。

 

 ……ひどい光景だ。

 

 頭の()地面(・・)にずっと、真っ黒と真っ赤が並んで、生えている。

 無数の闇。無数の暗さ。無数の害意が、宙の星を覆い隠すほどに増殖しているのだ。

 ならば自分が今転がっている地面は。肌に感じるのは、生暖かな雨と水たまり。これらもまた全て、ひどくグロテスクな赤色をまとっていた。

 

 まだ胸の中に、熱だけがある。しかし身体に力は入らない。

 右手には、剣と。頭の横に、何かの残骸がふたつ。

 

 ざあざあと雨は降る。

 

 しばらくすると視界は途切れ、音だけになってしまった。

 力尽きた自分に何かが這い寄ってくる、がさがさという不快な音。

 

 食われるか。一体何に。

 ……そういう心構えをしていると、音は途中で途切れた。

 

 ひとり。男の声がする。

 

「―― ほう? これはなかなか、面白い物をみつけられたみたいだ」

 

 男が腕を振るう音。風の音。

 自分の真上に影が落ちる。

 

「そうだね。回収しよう。ダーカーの巣窟を荒らしに来てみただけだったが……予想以上の成果と言えるだろうか」

 

 男が右手を鳴らすと再び、風が吹いた。

 浮遊感と共に力がどんどんと抜けてゆく。

 

「僕は今、デューマンの作成に少しばかり凝っている所でね。助手は幾らあっても、多すぎるという事はない」

 

 上機嫌な男の声が近づいて。

 宇宙を吹き渡る音がした。

 

「―― 散れ。クローンの解析はもう、終えている。君たちに興味はない」

 

 

 

 /

 

 

 

 男に回収されてから、どれくらいの時間がたっただろう。

 あれから目を覚ました自分(・・)は、培養液の中で過ごすハメになっていた。

 

「ふむ。今日も怪我の治療は良好のようだね、ヒース(・・・)

 

 透明な壁の向こうから。男が自分の名前を呼んだので、頷く。

 別段調子の悪い所はない。左右の指がまだ少し動きづらいが、日に日に良くなっている。

 

 ヒースクリフ。自分にはそういう名前が付けられた。

 自分と同時に回収された小型の隊員支援機 ―― マグ(・・)の中にあった記録と。半ば大破していた剣に記憶されていた銘から、そう付けたと聞かされた。

 

 自分に名をくれたこの男。

 やせ形だがスタイル良く、色白で尖り耳。目つきは鋭いが端正な顔をしていて……だというのに、落ち着きなく。長い手足を忙しなく動かし続けるその様は、奇人や変人といった呼称がよく似合ってしまう。

 

 男は自分が保護された、この研究施設 ―― 虚数機関(ヴォイド)の長。

 名を、ルーサーと言う。

 

「君の身体は小さい。データ的には幼年期のものだ。無理はしないでくれたまえ」

 

 ルーサーの量子タブレットを弄りながらの言葉に、またも頷く。

 どうやら自分の身体はかなり幼年のようで。傷を治癒させると同時に、無理のない程度に成長をさせてゆく必要があるのだそうだ。

 そもそも。無理をするも何も、培養液の中から出たことは未だない。

 

「ふふっ、それもそうか。……先に言っておこうか。この実験棟での治療には、まだまだ年単位での時間がかかる予定だ。なにしろ君の身体は特別製のようでね」

 

 青く光るタブレットの画面を見せてくる。

 上から下へ流れてゆく文字。自分にはよく判らない数値が、ぞろりと居並んでいる事が理解できる。

 

「君の身体は、僕が作ったデューマンではない。当然フォトナーでもなければ……そもそも、アークスの2世代ですらない。君は一体何なんだい? 面白い。面白いじゃあないか」

 

 どうやら自分の身体に、この男は興味があるようだ。

 

 あの日、ダーカーの巣で倒れていた自分を救ってもらった恩がある。

 ルーサーにはどれだけ調べてくれても良いということを伝えてあった。

 そうだ。むしろ調べてくれるとありがたい。

 

 ようやく感覚を取り戻した、右の拳を握ってみる。

 

 言葉とかは理解出来るというのに。

 自分は……ヒースクリフとは何者なのか。

 デューマンとは何か。アークスとは何か。

 そういう一切の記憶が、自分の中にはないのだから。

 

「その上、あの幾何学の巣に居たのだから、D因子が強いのかと思いきや……もっと別の、しかしダーカーと同じ。打破すべき、忌避すべき何かが混じり込んでいる。それがまた、面白い!」

 

 本当に楽しげな顔と身振りでルーサーは笑う。

 周囲に居た研究員はそんな彼をやや遠ざけながら、水色に光る機器を動かし続けている。

 

 いずれにせよここが自分にとって、しばらくの揺り籠となるだろう。

 快癒するまでは無理なく。目を閉じていようと思う。

 

「これでまた、造龍計画は前に進むだろうね……。ああ、楽しみだとも……!」

 

 

 

 /

 

 

 

 培養液の中で快癒を待つ数年の間。

 そういった基礎の諸々を、私は()から教わることとなった。 

 

 オラクルとは。

 全宇宙を巡る、惑星調査船団の名称である。

 

 アークスとは。

 オラクルにおいてダーカー殲滅を任務とする部隊である。

 

 ダーカーとは。

 調査惑星の先々で出会す、目的不明。しかしアークスに対して明確な敵意を持つエネミーである。

 

「―― どうでしょう。このデータベースで理解可能でしょうか、ヒース兄さま(・・・)

 

「グゥ、ゥ」

 

 青い髪をゆらして。小さく無愛想な妹が、ふいとこちらを見上げている。

 彼女の名はクーナ。隣に四つ足で座って居る()は、造龍のハドレッド。

 あの日の後。ルーサーが連れてきて、私の妹と弟だと紹介されたふたりである。

 

 なぜ妹なのか。

 ルーサーの言い分によればどうやら、私がここへ連れられてきた後に作られた姉弟であるらしい。

 

 自分自身のことすら定かではないのに兄妹が出来ても……とは思ったが。

 彼女たちが居てくれることは、今ではとても有り難く思っていたりする。

 

 日がな暇を持て余している私の所へ来ては、こうして授業をしてくれるのだ。

 

「では次に、アークスの現在史についての資料を……。……どうしましたか。何か、気になることがありますか」

 

 じっと資料を見つめていたこちらを気にかけてくれたのだろう。

 私はクーナに向かって、いやと首を振る。少しだけ違和感があっただけなのだ。

 

 頭痛ともに引っかかる、太陽系の名前だとか。ダーカーという存在に対する既視感だとか。

 そういうぼんやりとしていて、形のない感覚だ。だからこれらは気のせいだろうと結論づけておく。

 

「……そう、ですか。……。お疲れなのでしょう、兄さま。今日はもう、お休みになられては」

 

「グ、ァ」

 

 クーナだけでなく、その弟たるハドレッドまでもが心配そうな顔を向けてくれる。龍に心配をされるというのはおそらく……この研究所内で学んだ感覚からしても……奇妙な経験なのだろうけれども。妙に愛嬌のあるハドレッドにされているのでは、心地の悪さはまるでない。

 心配をさせてしまったか。申し訳ない。この身体はかなり治癒は進んでおり、四肢はおおよそ問題なく動かせるまでにはなっている。気分の不調も既にない。

 

 ただ、兄妹の言葉だ。甘えておくことにしよう。

 アークス史についての資料は明日、目覚めてから読んでみるよと返答する。

 

「それがいいでしょう。……私たちはこの後、二代目のカスラに呼ばれていますので、予定を繰り上げて向かうことにしようと思います。ではごきげんよう、ヒース兄さま」

 

「ガ」

 

 姉弟が仲良く、研究室の扉をくぐってゆく。

 その背中が見えなくなるまで、培養液の中から、手を振って見送った。

 

 

 

 /

 

 

 右手を握る。左手を握る。

 病衣の裾からはみでた両脚は、しっかりと身体を支えてくれる。

 強いて言えば伸びすぎた銀の髪が目を覆ってしまって、邪魔なくらいだろうか。

 

 結論から言って。

 私が培養液の中から出て歩くには、さらに数年がかかった。

 時間がかかったのはルーサーがかなり慎重に……身体の検査を行い。筋肉量を戻し。体内器官の調整などを行ったからだと説明も受けている。

 有り難いことだ。こうして動けるようになったのだから上々だろうと、私は思う。

 

「ではいよいよ君にも、虚数機関の一員として働いてもらうとしよう。ヒース」

 

 研究室の、特に奥まった一室。

 ルーサーは今日も……彼の思考の散らばりようを示すかのように、タブレットを数え切れないほど広げ散らかしながら。それでも嬉し気に言葉を投げかけてくれる。

 

 恩人にが恩を返したい。働くのも良いだろう。

 ただ。私は未だ、戦闘がどうこうという段階にすらないのだが。

 

「―― うん? ああ……そうか、そうか。身体も覚えていないのかい? 君には筋肉量も一般的な2世代アークス程度にはつけてみたんだが……ほら。あの剣も、脳ではなく人工知能を搭載したマグも、持っていたじゃあないか」

 

 ルーサーに問われるが、いや。結局思い出すことはなかったのだ。

 何度か脳裏を過ぎるものはある。しかしそれは形もつかみ所もない、靄以下の何かでしかない。

 首を振った私に、ルーサーはそうかと呟いて。

 

「君に希望はあるかい」

 

 即答する。

 自分自身は何者かなのか、を追いかけたい。

 

 脳裏に浮かんだのは最初の記憶。あの光景だ。

 自分はあれら、闇の底に棄てられていた。

 

 自分の中にある唯一の熱だ。

 ―― あれらを壊さ(・・)なければならない、と。

 脅迫染みた観念が今も胸の中で燻っている。

 

 答えた自分をみて。

 ルーサーは唇を引きつらせるように、嗤った。

 

「なら、アークスとしての研修から始める必要があるようだ。君の所属を……虚数機関に。研修生として、ねじ込んでと」

 

 指先ひとつ。それだけで、ルーサーはひょいひょいと物事を進めてしまう。

 前々から思っていたが、この男。オラクルの中でもかなりの権力を持っているようだ。

 

「ああ。そうだね。おかげで龍族とも不可侵。シオンには警戒をされてしまっている。……ただし僕には僕のやりたいことがある。それを叶えるまでは、止まらないとも」

 

 ふふと笑いながら、ルーサーは最後に指をはじく。

 

「ヒースクリフ、君は明日からアークス研修生としてキャンプに合流するんだ。戦闘についての教本は全て、君のプライベートシップに揃えてある。道中でダウンロードしてくれ」

 

 わかった。

 自分としてもまずは、ダーカーの巣に繋がる情報を得ておきたい。

 直接ダーカーと戦闘を行うことになっても、それはそれで構わない。

 

「決まりだ。……研修の中身は座学とキャンプと。それに実践まで、少人数のチームで行われる。ねじ込んだ配属先を教えておくよ。君の班のキャプテンは、ゲッテムハルト。かなり武闘派のアークスだそうだから、注意してくれたまえ」

 

 注意も何も。

 ルーサーの言い分からして、あくまで戦闘技能の確認が主であって。アークスとしての入隊が目的ではないだろう。

 ならば隊長がどれだけの人物であろうが関係はない。

 

「頭は十分回るようだ。その調子で研修を修めてしまうといい、ヒース」

 

 楽しそうだ。

 だからこちらもそんな期待を背に受けて。

 アークス研修へと臨む事にした。

 

 






・ルーサー
 虚数機関の所長。得意なテクニックは風。
 アークス上層部周りの実権を握っていたり、実は遥か昔から活動をしているフォトナーだったりする。
 男性キャラクターランキングにおいては仮面以外に追いつけるものはいないくらいの人気を誇る。一部界隈ではネタキャラと化している。全知。


・クーナ
 虚数機関所属の少女。
 本作では後発のアークスであり、妹となっている。


・ハドレッド
 クーナの弟。造龍とあるとおり四つ足の龍であり、人語を話すことは出来ない。
 原作中の事件が未だ起こっておらず、敵対はしていない。むしろ友好的である。

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