催眠玩具船団・オラクル 作:どろまみれ
02.
訓練室の無機質な床を、力の限り蹴って前へ出る。
立ち向かうのは自分の身の丈をはるかに超える
左から右へ。走った分の体重を乗せて大剣を振るう。
男は構えることはせず、切り結ぶことすらせず。上半身を逸らすことで一撃目を避けてみせた。
想定内。
振るった勢いに任せ、左へ走り抜けようとして……。
「ぬりぃ」
ゲッテムハルトが無造作に突き出した拳に押し出される。
バランスは保てない。横転する。なんとか大剣を離さないまま、足に力を入れ。
地面に左手をついて。
立ち上が、
「おせぇ」
蹴足。
左肩から吹き飛ぶような勢いで、フロアの奥へと転がってしまった。
床の上を1バウンド、2バウンド。
右足、左脚、左の掌で地面をかく。
……受け身は取れた。2撃とも、芯をくうような打撃ではない。
おかげで距離も取れたため、大剣を上段に構えつつも、今度こそ立ち上がる。
ゲッテムハルトはどうやら、自分を蹴り飛ばした位置から動いてはいないようだ。
首をごきりとならし。
「テメェ、やっぱりフォトン・アーツも使えねぇんじゃねぇか」
ご明察。その通りである。
フォトン・アーツはアークスという集団が教練によって体系化させた、「各武器で最も効率の良い攻撃運動」である。武器毎の必殺技というわけだ。
ただし自分は、それもまたテクニック同様に使用できていない。フォトンの充填・発散の流れが一般的なアークスとは大きくかけ離れているのだそうだ。自分の身体はルーサーが言うところの「特別製」なのだろう。
悪い意味での特別製ではあるが、まぁ、やりようは幾らでもある。
ゲッテムハルトにはまだ少し様子を見ていて欲しい。じろりと睨み据えながら、大剣を正眼に構えた。
「ちっ。……さっさと、終わるんじゃあ……ねェぞっ!!」
心底渋い顔をしたゲッテムハルトが始めて構えた。
半身。拳。徒手空拳か。
視界の外 ―― フック。
「らぁ!」
刀身を身に寄せながら流す。
続いて蹴り。手首を回して鍔と腹を正面に向け、身体全体で受け流す。
がつり。凄まじい衝撃と共に再び飛ばされる……が、今度は衝撃をいなしきった。
剣先を向ける。
顔を上げる。
目前、ゲッテムハルト。
「殺す気ぃ!」
真ん前。拳。
「あんのかぁっ」
踵落し。
次の裏拳 ―― を、読んで。
「テメェはよっ! ハァッ!!」
先置いていた刀身は、自分の倍はあるんじゃないかという速度の拳に、あっけなく振り払われてしまった。
再びの仕切り直し。一通りの連撃を防いで見せた自分を、ゲッテムハルトは睨んだままだ。
「……嫌なリズムで剣振るじゃねぇか」
まだ打ち合って間もないというのに、どうやら自分の剣を見切ろうとしているらしい。流石に戦闘力を評価されているアークスの戦士である。
テクニックは使えない。フォトン・アーツは使えない。
……それでも自分には、剣を振るうだけの腕があった。あった
知識と身体の記憶の中だけに在る、私の流派。
この身体では再現が不完全な、実直でなんの捻りもない ―― 剣の振り方。
これらは「剣術」としか形容しようのない、アークスという組織の外に在る剣だ。
私の身体と、私のマグだけが知っていた。プライベートシップ内で「体系化されたアークスの体術」を閲覧した際に……フォトン・アーツというデータベースは、私には扱えないと気づき。その後の少ない時間でなんとか身体に馴染ませた、即席の剣。
忘れられなかった、のではない。
かつての剣技とは比べようもない。デッドコピー。ぼろぼろで見窄らしい残りカス。
ただ、判ることもある。
確信はもてていなかったが、これで確定だろう。
少なくともどうやら自分は、剣を扱う者であったことは間違いない。
「他にも技はあんのかよ? ……オラァッ!」
構えたこちらへ、ゲッテムハルトは興味を持ってくれたようだ。
先ほどよりも楽しげな様子で、その拳を振るってくれる。
筋骨隆々な彼の拳は鋭く、歩法は自在。未だ小さな自分の身体では、こうして捌くのが精一杯。
直撃は勿論のこと、衝撃を真正面から受ける回数は減らさなければならない。
「シィッ……」
伸びるジャブ。躱したところに逆の拳。
……フォトンをまとって、飛ぶ拳!
狙い所だ。前兆の拳を ―― 左の腕で受けて。
「……食らえ、死ね、くたばれ、
右片手で掴んだ大剣を、先を、伸ば、
殺、
―― ガァンッ!
橙色の炸裂音。
果たして届いたのか。届かなかったのか。
自分はここで意識を手放してしまったので、覚えていない。
/
「―― おい、ヒース。テメェは除隊だ」
翌日。目を覚ましすぐに隊長室へと呼ばれた自分に、ゲッテムハルトはそう告げた。
そうか。手応えはあったのだが仕方有るまい。
自分がすぐに礼をして、踵を返そうとすると。
「研修生の部隊なんぞに……特にオレの場所に、テメェはいらねぇ。なるべく早く現場に出て、1匹でも多くダーカーを殺してろ」
……踏み出そうとした足を止めて、ゲッテムハルトへ向き直る。
研修云々をすっ飛ばし、戦闘部隊としての立場をもらえるということだろうか。
自分がここへ来てから、未だ1週。スピード合格に過ぎないだろうか。
「オレに一撃入れやがった。十分だろ。フォトン・アーツが使えなくても、テクニックなんざなくても……ダーカーは殴りゃあ死ぬんだからよ」
そういうと、ゲッテムハルトは自分の脇腹を指さしてみせる。
既に戦闘服は修繕され、そこには傷のひとつも残されていないが……成る程。自分は床を舐める前に、彼に剣を届かせていたのだろう。
それで合格ということか。ありがたくはある。
……ちなみにアークスの規定としてはそれで良いのだろうか。
「約束だ。オレから一筆書いてやる。……つっても最終試験は1ヶ月の研修を終えてから、って規定はある。面倒くせぇ。試験は合格したってことにしてやるから、あと3週間ここで適当に訓練してろ」
本当に面倒くさそうな表情をしている。
まぁ、彼の立場を考えてみれば、こうして私に合格をくれただけでも十分に面倒を見てくれた方だろう。
頭を下げることにする。
頭を上げると。
「ひとつだけアドバイスをくれてやる。その方が面白くなりそうだ。……ヒース、テメェは楯を持て」
ゲッテムハルトはこちらの左腕を睨むように見つめながら……口の端だけで、笑った。
闘志を隠そうともしていない。研究に没頭している間のルーサーによく似ている、実に楽しそうな表情だ。
しかし……楯。
身を守るために有用な気はするが、現在のアークスには採用されていない武器種だ。
なぜそれを自分に勧めるのだろうか。
「テメェの剣が最後にオレを貫かなかったのは、カウンターの拳を受け切れてなかったからだ。気付いてねぇのか? オマエはあの時、防御のために左腕を構えやがった……その大剣を
そう言われれば。
無意識ではあった……し。楯がどうこうというよりは、一撃を防御して彼の勢いを利用して差し込まなければ、攻撃力を出せなかったというだけだ。
ただ、無意識に防御を選んだという部分には意味がある。それもまた自分の身体が覚えていたということだ。アークスシップに戻ったら考えてみよう。そう思う。
教えてくれたゲッテムハルトにお礼を言う。
彼は頷きも返しもせず、そのまま隊長席に再び座り。引き出しから件の書類を引き出して、とてつもなく乱暴な筆跡でサインを始めた。
顔を書類に落とし、筆も止めないまま。
「オレは別の星……ナベリウス辺りに、原生生物とダーカーを殺しにいく。その間、テメェには別の教官をつけてやる」
ほう。意外な発言だ。
適当に訓練をしていろ、の中身までくれるのだという。3週間は確かに長いので、教官が居てくれればありがたいのは確かである。
「オレが求めるのは殺し合い。闘争だ。……それは別にダーカーだろうが、成長したテメェだろうが、構わねぇんだよ」
こちらをじろりと睨め付けて。ゲッテムハルトは椅子から立ち上がると……大きく息を吸った。
書き終えた書類を(しれっと3週間後に出すつもりなのだろう)引き出しに入れ直して。
声を荒げる。
「―― シーィィィナぁぁぁああぁあああああ!!」
「はい」
がちゃり。
彼の呼び出しから秒も待たず、隊長室の扉が開いた。
ひとりの女性が姿を現す。
彼女はゲッテムハルトの側へ歩み寄るようなこともせず。自分より前へ出ることもせず。
「私はゲッテムハルト様の、付属物。隊長指示で、僭越ながら貴方への指導を担当させていただきます。……メルフォンシーナ、とお呼びください」
生気の乏しい顔で、そう言った。
・楯
昔はあったシステム。左手に装備し、防御行動をとることが出来る。
PSO2では武器アクションという武器毎の固有動作に複合されたため、オミットされた。
とはいえ無いのは不便。
・フォトン・アーツ
必殺技。PSО2内では武器毎に設定されており、PPを消費してこれを繰り出す。
基本的にこれを使わないと火力を出すことは出来ない。
・アタック、へビィアタック、エクストラアタック
昔のPSOで搭載されていた行動。