催眠玩具船団・オラクル 作:どろまみれ
35.
ルーサーからの依頼を、結局自分は請け負った。
最終的な決定を後押ししてくれた理由はいくつかあるのだが。
「―― では本日から諜報部に所属していただきます。よろしくお願いしますね、ヒースクリフさん」
目前。
頭の直径をふた回りは越えている巨大な帽子を被り。サングラス。白と黒を基調としフォース然とした中性的な戦闘衣に身を包んだニューマンの男 ―― カスラが、そこに立っていた。
そう。自分の目的はあくまでアークスでの活動範囲を広げること。部署を転々とするのは、キャリアアップには適さないかも知れないが……自分にとっては好都合なのである。
加えて、こうしてカスラと接点を持てるのも好都合。
六芒均衡の三英雄。二代目のカスラ、その当人が細く長い足を組み。長くはない緑の髪を、尖った耳の上で一度だけ払ってから、続ける。
「とはいえヒースクリフさんにしてもらうようなお仕事は、本当に付き人くらいですね。私たち研究室の分野ではないので、それは本当に助かるのも事実なのですが」
言い方も、仕草も。
どこかルーサーの雰囲気を感じるな、というのが率直な感想だった。
「……ああ。成る程、失念していました。あなたはルーサー直属の旗下にあるのでしたね、ヒースクリフさん。そういう方に付き人だなんて仕事を頼むのは、確かに失礼にはなるのでしょうが……」
わざとらしく大仰に。腕を広げて仰ぎ……最後にきちりと姿勢を整えてから、こちらに謝罪を挟む。
カスラはそういう人と成りなのだろう。似ているなと思っただけで他意はない。仕事についても自分が興味があるから話を聞きに来たのだ。
誤解を与えてしまった。申し訳ない。こちらからも謝罪を返し、仕事の話に戻そうと切り出した。
幾つか聞いておかなければならないことがある。
まず、アイドルとはどういう仕事なのだろうか。
「言葉通りの偶像です。アークスの士気を上げるための娯楽のひとつ、といえば伝わるでしょうか? 女性を歌って、踊らせて。可愛らしい衣装で着飾らせ、アークス公認で持ち上げる。以前であればあまり注目も浴びなかったかも知れませんが……そうですね」
ちらり、とサングラスの下からこちらを見やる。
反応を探られている……ので、続けるよう視線で促した。
「どうやらあなたにとっては、あまり関係がないようですね。失礼しました。こちらも無駄に飾り立てるのはやめましょう。率直に言えば、今の性欲を煽られた状態のアークスであれば、アイドルとか言う分野にも飛びついてくれるでしょう……という算段です」
成る程。倫理レベルを低下させ、浸透させたタイミングだからこそか。
とても効果的だろう。同意できる。異議はない。
では次に、自分の仕事内容について。
六芒均衡の三英雄、カスラでは戦力が不足しているということなのだろうか。それとも単純に人手が足りないということなのだろうか。
「……。……いえ、人手の方ですね。主な理由は。クーナをアイドルとして動かす以上、その指揮は私が直接執らなければなりません。とすると、彼女と共に行動をしてくれる人材が不足します。ただでさえ諜報部は小さな部署ですからね」
当然だ。不満はない。
カスラは諜報部ではない、ということなのだろう。やはり虚数機関絡みなのだろうか。
「そうですね。私は造龍計画の指揮も執っていました。……手間が省けましたね。ちなみにこれらを、顛末含めてあなたにお伝えしておこうと思っています」
造龍計画。
自分が治療を終えた際には既に終了していた……クーナや、その弟龍たるハドレッドを生みだした計画だと聞いている。
聞いても良いものなのだろうか。
「今回の依頼の報酬のひとつとして、ですね。金銭に加えて、あなたへこれら計画の詳細を禁止項目なく開示する……というものにしようと思っていました。どうでしょう? ちなみにお断りして貰っても構いません。その場合は金銭が増えるだけですが」
受けよう。
自分が拾われた機関にも……妹と弟がどうして出来上がったのかにも。
そして、ルーサーが手を入れた計画にも興味がある。自分に繋がるものがあるかも知れない、とも思う。
「決まりですね。では明日から君はクーナが行うデビューイベントの外回りに帯同してください。
カスラは報酬を目の前に提示してから、最も困難な部分をぽんと置いて断りづらくしてみせた。
構わないだろう。装備品も全てジグさんによって整備済み。今の自分にはアークスに関する知見が不足しているのだし、そもそも訓練の時間がないわけでもない。
早速と準備を始めるため、まずはマイルームで荷物をまとめる事にした。
/
出立前に。
クラリスクレイスに任務が入ったことを伝える。
「―― 構わんぞ! ギ・ディーガの所感は今度に聞こうと思っている。それよりもオススメのシップやスポットを覚えてきて、今度私に教えるとよいっ!!」
帰ってきたばかりのゼノとエコーにも、伝える。
「―― そうか。いや、俺の都合で振り回しておいてすまねぇな。ヒース。外回り、頑張って来いよな! 稼いだら美味いもん奢ってくれよ!!」
「―― ゼノってば……。まぁ、あたしもゼノも頑張るから。あんたは言わなくても頑張るでしょうけど……死なない程度に頑張りなさいよ?」
最後にシップ内でも仲良くしてくれたレダとマールーにも、伝える。
「―― お~。引っ張りだこじゃね~か、ヒース! 六芒均衡ご用達だなんて、将来の隊長候補ってやつか~? おれも鼻が高いぜ~。……ま、お前が選んだんだろうしな。応援してるぜ~!」
「―― うん。ふぁいと」
行きがけに出会ったオーザにも、伝える。
「そうか。帰ってきたら、またオレとも任務に行こう!」
探してもパティとティアには出会えなかったが、まぁ、彼女らは
虚数機関と絡んでいるうちに、出会えることもあるだろう。そう決めて、各シップを繋いでいる往還船……ではなく。カスラが用意をしてくれた、移動用途のプライベートシップへと乗り込んだ。
自動操縦の船の中。他に人はおらず。窓の外に広がるのは、ダークマターと星の光景。
しっかり窓際に身を寄せた隣の席には、いつもの調子のクーナがいた。彼女がこれからアイドルとして担ぎ上げられるのだから、当然ではある。
「……沢山の人と出会ってきたのですね、兄さまは」
酷くクールな彼女の問いかけに、答える。
ああ。沢山の人と関わることが出来たよ、と。
とはいえだ。
仕事の話で申し訳ないが、ひとつだけ聞いておきたい。アイドルとは歌って踊り媚びるのが仕事であると聞いた。この調子の妹に務まるのだろうか。
「それは大丈夫です。わたしは
そう言うと、クーナはすっと姿を消し……次に姿を現したとき。
「―― じゃぁ~んっ! どう? どうかな、お兄ちゃんっ! これがあたしのアイドル姿だよ~。似合ってる?」
格好、外見、人柄。その全てをがらっと変えて見せていた。
髪色は元来の青から替わって、差し色だった赤橙色に。表情は眼をぱちっと開いて明るく、にこやかに。本日は始めから
要するに、明るい物になっていた。変わっていないのはツインテールくらいのものだろう。別人だ。カスラやクーナが考えるアイドル調というものが、これなのだろうか。
「そうみたいだね~。隠密行動とか、諜報活動をしていない時は……こっちのあたしでいると面倒なことにならないかなぁって思うんだ。お兄ちゃんも、ヨロシクね?」
承った。
……ちなみにどういう理由。どういう理屈で、こうも人柄を変えているのだろう。
そう尋ねると、妹は少しだけ眉を下げ。口を結んでから。
「……どうせこれから。カスラに説明を受けるって聞いてるもんね。その前にあたしから説明しちゃおっか。造龍計画。あたしとハドレッドは、それぞれ別の目的のために作られたんだ」
それは察していた。
人と龍である。試すのならば、種族が違う方が好ましい。
「だね。ハドレッドが別次元の龍を模した、高次基幹生命の研究。あたしが……突然変異じゃない意図的な第3世代アークスの製造と、そのフォトン傾向を創世器の適応に全振り出来ないかっていう人体実験 ―― その素体だった」
成功品がふたり、というわけか。
「そうだね。まとめて造龍計画、って呼ばれちゃってるのは……始めにGoサインを出したカスラの計画に。横からルーサーが手を出して、分野が増えちゃったからだよ」
成る程。お題目として掲げられていたデューマンの製造は、やはり看板だけだったのだろう。
「まぁ、実際にそっちもやっていたみたいだけどね。ルーサーがゴミ箱にしていた惑星ウォパルの海底なんて、結構すごい生態になっちゃってたし……。でもそれはあくまでお遊びくらいの感覚だと思う」
ルーサーにとってお遊びであっても、アークスには十分に価値があったということだ。
それがクーナの変わり様に繋がるのだろうか。
「うん。……創世器との適合率を上げるためにね。人体とエーテル体を分離する、っていう手段を試したんだ。カスラとルーサーは。創世器の素材になるフォトナーは、例外なく
フォトナー。アークスを創った古代人だと認識しているが……。
なんとなく話が見えてきた。続きを促す。
「あたしはこの透明化出来る
理解した……と、思うが。もう少しすりあわせたい。
その分離実験によって直接的に人格が増えた、のだろうか。
「う~ん……ちょっと説明が難しいんだよね~。簡単に言えば、わたしは
一応の筋は通った。過不足ない。
それでも暗殺者にアイドルをやらせるというのは、正直に言ってマイナスしかなく意味が判らないが……。
問題はそのターゲットだ。
「それはまだ判らないんだ~。あたしは被験体の中でも特に能力が低かったほうだから、訓練は沢山積んだけど……誰かを暗殺しろ、っていう依頼はまだ受けたことがないんだよ。諜報ばっかり。お兄ちゃん、安心した?」
どうだろう。
つまりこれから誰かを、のために育成しているということでもある。
「そうかもね~。でも、このお仕事はわたしにも沢山メリットがあるからね~。機関がなくなった後の居場所になるし~、お金も沢山貰えるみたいだし。……それに、こっちのあたしを出せる! だって元のお仕事だと、こういう話し方は……流石にちょっとね~」
それはそうだ。彼女の感覚は正しい。
いずれにせよ、カスラ側の都合も。妹の都合も理解は出来た。受け入れた上でやっているならば、自分としても問題は無い。
「だね~。……そうそう。その被験体の中でも特に能力が低かったっていう
言って、クーナは元のシップがある方角。遙か宇宙の向こう側へと視線を飛ばした。
付き人である。アイドルである。彼女にとって大切な弟は機関に残したままだが、また会える日は来るだろう。
……感慨に浸っていると。くるり。
「……でね。な~んで、お兄ちゃんには透刃マイの効果、ないんだろうね~? 透明も、忘却も……。ねぇ、なんで?」
妹からの詰問に諸手を挙げて、首を振る。存じ上げない。
……そう。以前に手合わせした時。もっと遡って培養液の中に居た時から。自分は透明のままのクーナを認識できていたのだ。
どうやら本来はそんなことはないらしい。
創世器としての力は確かな物。原因は自分のほうにあるようだ。
そこで今回の依頼の報酬として、ルーサーへそれら自分の「新たな
成長した上。フォトン回路が構成をされた上で、再度の検査をお願いしたのである。
クーナの活動に付き合いながら、適宜。小分けに実施をしてもらう予定だ。
これについても成果が上がると嬉しい……と。多少は思っていたりする。
「ま、いっか! お兄ちゃんと活動出来るのは、嬉しいもんね~。シップ毎に一ヶ月だから、1年くらいは一緒かな?」
指を折り数える妹の……正確には
推進剤が噴かれる音。疑似重力が解かれてゆく感覚。窓の外の景色が、微細ながらに遠ざかってゆく。
長期の遠征とは言え。
自分にとっても楽しみな日々が、始まった。
・クーナ
本編では1章のラストで登場。
人気アイドルと始末屋の二面性をもつNPCであり、運営的な側面としてはアイドルとしての彼女を利用した「擬似的な3Dライブ」をゲーム内で実施していた。
ストーリー的には「主人公(プレイヤー)と密な関係のある初の女性NPC」であり、カップリングも見られる……が。「人気投票3位の常連」という悲しい歴史も持っていたりする。
ちなみに注意。
造龍計画での被験体として彼女が居た理由や、人格回りの話は二次創作としての解釈ですので、あしからず。『原作本来のものではありません』。
……とはいえ「そうではない」とも明記されてはいないはずですが……。
作中では創世器との適合云々と書いてますが、これはあくまでクーナの中で理由として設けられている部分です。ルーサー的にはもうちょいあります。六芒の均衡を崩すための零、のやつですね
ここと「六芒の零」回りの設定は、かなりぼんやりとさせられている部分です。
小説として描くためにある程度は明示しますが、あてにしないでくださいね。2回言いました。
しかし始末屋とアイドルを兼業させるのは原作通りで嘘偽りありません(えぇ。
まぁ、対象が1匹だけですからね。始末とは言っても。
・カスラ
二代目。法撃を放つ渦巻き貝のタリス、燐具フローレンベルクを持っている。
陰険というか、うさんくさいというか。術策が得意な策謀家としての描写が強い。
この時点での所属は不明だが、造龍計画は彼が発進させたというのはゲーム内で発言が成されている。
もの凄くネタバレをしてしまうと、初代のクローン。
初代の人は乗っ取られました。
・義妹
ここでわざわざ「義理の」という接頭語(語弊)が付くと言うことは……?