催眠玩具船団・オラクル 作:どろまみれ
39.
アークスシップ256番艦 ―― ベスタの街並みが、燃えている。
昔にあったテミスのダーカー襲撃も、このような光景だったのだろうか。
ならばやはり。ダーカーによる襲撃は、地獄という他に言い表しようがない。
いつもの穏やかさは消え去り、警報と砲撃音。
街並みからせり出した対空砲が空をゆく無数の虫型ダーカーを打ち落とさんと飛び交い……路面を走ってきたアークス製の装甲車が、対地砲撃を行っている。
ダーカーの側も負けじと、サプライシップの1機を目に留めて。群がって熱殺蜂球……ではないが。無数のエルアーダが貼り付いて、そのまま爆散させてしまった。
見ての通り。戦闘員が常駐していない艦であっても、戦闘に対する備えはしてあるようだ。
住民の避難も迅速で、少なくとも視界内には見当たらない。以前の襲撃を経たアークスの側も、対策を講じていないという訳では無いようだ。その点については少しばかり安心する。
ただ、だからといって万端という訳でも無い。
非戦闘員の死体が、あちこちに転がっている。炎に吹かれ忙しなく移動する風が頬に触れ、べたつく感触を残して不快さを増してゆく。ダーカーの側は死骸が残らないため判らないが……周囲には黒い粒子がこびりついたように滞留していた。
以前のアムドゥスキアおよびリリーパで感じたのと同様の空気が重い様子を、今回は最も濃く感じる。
首謀がいる。
そういうことだろう。
私も全装備品の携帯を確認し、停泊のためのホテルを発った。
久し振りの大規模戦闘ではあるが、外回りだろうと鈍らない程度には訓練を続けていた……し。任務も小規模なものを定期的に受けていた。戦闘勘も鈍らせてはいない。
通信機を見る。管制官の介入は始まっているようだが、上位のアークスが優先だ。自分は後。
考えよう。アークスシップ・ベスタの全域マップを見るに、ダーカーの集団は至極単純に北東から順に。目に付いた場所から侵攻を開始している。
次に最初に爆破のあった位置を見る。管制塔だ。アークスが防備を増したように、ダーカーの側も襲撃すべき場所を学んだということなのだろう。おかげで実際に指示系統の混乱は起きている。
自分に出来ることは何か。考える。
……考えている内に、思い至った。
やはりこれは、ルーサーからの「連絡」なのだろうと。
あの男はアークスを裏から作り上げた人物だ。
当人は、恐らくアークスではない。これまでに集めた情報を統合すれば、先人類たる「フォトナー」あたりだろうと目星をつけている。
今回のこれは、つまり以前に彼が語っていた「虚数機関の事故」だ。アークスを全面的に滅ぼすつもりは、ないだろう。とはいえこの256番艦は廃棄される結末も見えている。
つまりは。自分がやるべき事は、可能な限りの遭遇戦。
虚数機関の元施設へ向かうこと。ルーサーに出会うこと。自分を知ること。
そして襲撃の首謀者を打倒……とまではいかずとも。情報収集が出来れば、上々だろう。
目的は定まった。足裏にフォトンを巡らし、蹴る。
多数の黒煙があがる街中を。まずは、北東へ向かって、駆けた。
/
防護壁、隔壁が出現したことによって主要な通路が
おかげで銃座や装甲車によるダーカーの迎撃が成功しているようだ。
隔壁を蹴り上がり、主要路の上。ビルや市街の屋上を駆けながら戦況を観察する。
「――
「まずは地上のダガンを叩け! 次にエルアーダだ! 対空砲撃、緩めるな! カルターゴに対する機動戦はアークスに任せる他ない!!」
的確な指示を飛ばす陸軍部隊長の手助けに、目前に
『ザンバ』を一閃。カルターゴは裏を取る他ないため、もう少し減らしておくべきだろう。
眼下でこちらへ敬礼をくれた部隊長に目線で返答を返して、もう1体。ヘイトを引き受けてくれた装甲車を足蹴に跳躍。カルターゴを斬り捨ててから、次のブロックへと向かった。
戦火は北東へ近付くほど酷くなる。
……どうやら押されているようだ。じりじりとこちらへ、砲撃音が後退しているのが聞こえている。
標識を蹴って反対側のビルへ飛び乗った。屋上を転がって受け身をとり、再び北へと走る。
赤色の空にいくつか、フォトンの水色が瞬いた。どうやらそろそろアークスの増援部隊も到着を始めたようだ。
同時に。ぶわっ。
ダーカーの側も応戦。残弾を一気に投入したようで……再び空には、無数の虫たちが飛来した。
『―― こちら管制官ブリギッタ。アークス隊員ヒースクリフ、応答を』
どうやらこちらの順番となったらしい。
自分も走りながら通信に応じた。ブリギッタ。聞き覚えのある名前だ……と考えながら、管制官の指示を待つ。
『隊員ヒースクリフには、そのまま遊撃戦を続行して貰えればと思います。……現在は目的地がおありでしょうか』
こちらのログを辿ったのだろう。惑星リリーパでもそうだったが、ブリギッタは優秀な管制官であるようだ。
目的を告げる。北東ポイントF-1において、
と、そこまで言い訳をした所で。
『了解しました。ポイントF-1までのルートを3つほど提示しておきます。隔壁などにより区域が複雑化しているため、参考としてください。また目的地周辺にシップ内の常設探査機を利用したソナーを走らせました。これで最新の状態でエネミーマーカーが表示されると思います。……ご武運を。ご家族の無事を、祈っています』
単独行動を許してくれた上に、リソースまで割いてくれたようだ。
ブリギッタへ礼を言う。すると。
『いえ。……また××分後に、北東側にはアークスの最大戦力である六芒の一、レギアスが転送予定となっています。ダーカー側を挟撃・掃討する算段です。よろしければ利用して上手く立ち回ってくださいね』
頷く。再び前を向いて後、通信を切断した。
走る。走る。
走っていると、目的地たる建物が見えてきた。
以前には展開されていた周囲一帯の量子迷彩は剥げ落ち。
ボロボロの、穴あきの、傾きかけの……虚数機関の存在していた建物が。
勢いのまま、ビルの端を蹴った。
……周囲を見回す。
内部が剥き出しになり、建材が散らばり。いつかのような静謐さは微塵も感じられなくなってはいるが、確かに虚数機関の建物だ。
その内の、自分が治療を受けた、始まりの部屋だ。
そこに、その男はいつかと同じく。
足を組んで……中空に組み立てた、フォトン色の
薄く浮かんだ笑みと。
怪しく興味に満ちた眼は変わりなく、あの頃のまま。
ルーサー。
「―― よく来てくれた。では約束通り、君に教えよう。僕が知り得た限りの、ヒースクリフという男の組成をね」
爆撃音が聞こえている。悲鳴が響いている。
油の臭いと、脂のべたつきと、対空砲撃の硝煙の臭い。
……床には全裸の義妹が転がっている。
そちらは一瞥をくれて、そのまま。ルーサーの後を追って、研究室の奥へと進んだ。
・ブリギッタ
エピソード3までよくよくプレイヤーの管制官を担当していた人の、ツインテールの方。
台詞は結構直球で、別の方の管制官のようにツンデレ姉御肌だったりもしない。良くも悪くも。
・市街地
実は緊急クエストやイベントクエストで普通に戦闘の舞台に何度もなっている場所。
襲撃は1回ではない、という辺りまでは公式。
・アークス256番艦、ベスタ
オリジナル。通例に倣って適当な小惑星の名前を持ってきました。
・装甲車
本当にある。多分フォトンを含んだ弾頭の開発だとか、アークス以外でもこういうのを活用出来るとか、そういうのはこの辺りの設定を鑑みた私の所感です。
ただ、作中でそう描写したように、明らかに機動力が足りていないと思うのですが……。
隔壁閉鎖とかやる市街地に配備するものでもないですし。あとダーカー相手に通用するんですかそれ。どうみても爆散してますけど。