催眠玩具船団・オラクル 作:どろまみれ
40.
虚数機関、奥の研究室。
ここは以前ルーサーの私室として扱われており、その中には、情報集積体が一杯に積み込まれていたのだが……今はそれら全てが色を亡くし。青く四角く佇んでいる。
ルーサーは私室の一角を進んで、奥へ。
足元に現われた階段を下っていったので、その後を追う。
ここから先は、自分は足の踏み入れたことのない区画だ。
らせん状にずぅっと降っていったところで、ルーサーが明かりを付けた。
白色の光りに照らされたのは ―― 謎の紋様が描かれた、長大な丸床。
丸床は波打つ水面の質感を伴って、ぷかりと上下に揺れている。
水面の下にはうぞうぞと、精子のような。プラナリアのような。原始生物じみた何かが、誰かを害するでもなく漂っている。
浮力も重力もない空間に投げ出されたような感触だ。いや。ここが元・虚数機関の建物内である以上、人工重力は正常に働いている。誤認でしかないのだが。
そんな空間の中央まで来ておいて。
ルーサーは2つ椅子を作り出し、その片方を自分へ勧めてよこした。
腰をかける。前を向く。
戦闘中だ。簡潔にお願いしたい、と伝える。
「了解したよ。……では始めようか」
ルーサーがすいと指を動かすと、中空にタブレットの一面が切り取られ映写された。
自分の身体と。そこから飛び出した、炎のような心臓。
「君は ―― ヒースクリフという人物は。アークス隊員
確信を持って、告げられた。
なるほど。思い当たる点はある。ただ先にルーサーがそうと考える理由を聞きたい。
「ああ。まず君は、ダーカーではありえない。フォトンを利用できているからだ。言い切れる理由はあって……そうだな。
なるほど……それは。
「だから戦闘力が段違いに落ちる。ダーカー側の動力源を利用して真似てはいるけれども、遠く及ばない。猿マネの駄作。失敗作というワケだ。その点君はテクニックを扱うことが出来る。今回の精査で回路はしっかり確認された。この点について、ダーカー産のものとは言い難い」
こちらが気にしている点から潰しに来てくれたのだろう。
無言で頷き、話を促す。
「では何故君が扱うテクニックには制限があるのか? ……まず君の肉体に、元があるという前提をするのだけれども」
ルーサーが次のデータを、新たなウィンドウで示した。
名前が
「そうだ。この6人については死体はおろか、死亡時に自動で転送されるアークスの量子タグすら見つかっていない。……つまりは『ダーカーに直接的に実験体にされた』と考えられている」
自分の胸元をみやる。
身体があった。有って当然の、身体が。
「それに加えて、君の特殊な回路の有様だ。……君が最初の頃にテクニックを手探りしていた頃、フォトン回路に
メルフォンシーナの報告書だろう。見覚えのある文章だ。
手元で広げたそれを横へずらして。
「その表現はおそらく正しい。―― 君の回路は、
思い切り。口の端を嗤わせて、ルーサーが告げた。
「君が蓋だと思っていたのは、底だ。注いでも注いでも漏れてゆくのは、天井だ。回路は逆流防止弁が、君に害成す向きで付いている。……だから
……なるほど。筋は通る。
何故逆さなのか、にはあまり意味がない。内臓逆位のようなものと考えておく。
しかしそこへ、自分は……ルーサーが言うところの「側副路」を通すことが出来る。
いや。出来てしまうのだ。
何故なら、肉体ではなく。フォトンを司る側 ――「魂が覚えているから」。
「そうとも。身体は覚えていなくても、君の
アークスという
ルーサーがウィンドウをひとつ閉じる。ぷつりと消えた代わりに、またひとつ。
「こちらは結論ではなく推論だが、逆さ回路にも一応の説はある。行方不明者の中でも最初にアブダクションに遭遇したアークス隊員が……第2世代の中では珍しく、法撃の全属性に適性があったようだ。その身体が元になったのだろう」
法撃全てに適性があって。
それが逆さにされたから、既存の六属性が使えない。
不幸中の不幸。
肉体の持ち主に対しての引け目はあれど、不満はないし持ちようもない。
いずれにせよだ。
身体の適性と、不相応な回路と、不自然なテクニック。
これらから、肉体と魂が別だという結論に行き着いたのだろう。ルーサーは。
しかし、その発想は……。
「ふむ? そうだね。だがそれは僕にとって思い当たって当然の発想でもある。何故ならば、今現在の僕が既に
両手を広げて、彼はこちらを見やる。
実例が目前にあったと言うことか。だとすれば自分はルーサーと同郷の……。
……ということでは、ないのだろう。
「はっはは! そうだとも、そうだとも。君がもしもフォトナーだったとすれば、僕は知っていて然るべき。現存する名前は全てマザーシップから引き揚げてあるが……けれど君の名前は、ない」
あけっぴろげに。
自身の出自や正体も隠そうとはせず……ただただ。こちらへ近付こうとするような意気込みで。知的好奇心と探究心だけを振りかざしながら、ルーサーは続ける。
彼はいつだってそうだった。
少なくとも自分に対しては、借りだとかそういうものに無頓着で。識ることこそが最高の宝であると、高らかに叫ぶ。
……返させてくれないのだ。借りを。
だというのに。
「だから、僕から君へひとつ。品を贈ろう。いや、返そうというのが適切かな? ……君から譲り受けていたマグの所有権を」
ルーサーの左上の空間に、ぷかり。
見慣れた「前腕から手のひらまで」が、量子と共に現われた。
「こちらも結論から言おう。回路を正常に扱えていない君の『内部的な能力』を発揮するには、おそらく膨大な演算能力が必要となる。本来であればマグなどでは対処しきれないが、このオル・ガを2基使用して並列処理を行えば……あるいは、と。僕は考えている」
こちらへ量子の水路で流されてきた……左腕を模したオル・ガを。右腕の横に並べ、滞空させておく。
ルーサーの役には立てただろうか。
「ああ。とても役立った。おかげで龍族は確保できて、僕は別口の演算装置を作り始めている。だからそれを返還することによる減算はない。君の力はやはり、君の元にあるべきだ。そうだろう?」
役立ったならば何よりだ。
自分は改めて登録を行うと、
これでより複雑な戦闘処理や自動管制なども、任せてしまって構わないだろう。
あるいは。訓練中に試して、一度も発動が成功していない
そう考えていると。
「ゆくのかい?」
楽しそうだ。
だからこちらは、至極仕事然とした対応で、そうだと返す。
「気をつけると良い。レギアスのヤツも、そろそろ到着する頃合いだろう。……妹はともかく、弟は今も元凶と戦闘中だ。追いたまえ。それと、建物の外に援軍を待たせてある。君の力になれと命令をしたよ」
楽しそうだ。
「それら全て。残された不明点である『君の魂の所在』を識るために、是非とも役立てるといい。僕は探求者の味方でいたいと思っている」
そうは言うが、自分の場合は特例だろう。
偶然興味を惹く境遇と、肉体と、時勢を持ち合わせていた。それだけだ。
「そうでもないさ。君をあの場で救おうと考えたのは、本当に気紛れでしかないんだよ。僕自身にとっても不思議なことにね。……ああ」
話題が転換される。
ルーサーが天を仰いだ。
「そして君が。真の意味で自由になるために ―― ダーカーの巣で命を救われた
爆発音が遠のいてゆく。時間が惜しい。
楽しそうでしかない彼を残し、自分は腰を上げた。
大剣はある。長杖もある。ボウガンも稼働可能。楯は多少傷があるが、それが仕事である。問題ない。
振り向く。
再び床を蹴って、走った。
「だから言おう。伝えよう。
階段をひととびに飛び昇りながら。
ルーサーの願いを、後ろ背に、聞き届けた。
・6人
アイン~ロク。
メッセージパックでのみ確認できる、アブダクション被害者。あの地で朽ち果てた人達。
ゲーム的にはメッセージパック(フィールド上でTipsなどを知らせてくれる、テキスト表示アイテム)でのみ確認できる人物。
本当に名前しかなく、各国の名前で1、2、3、4、5、6と連番になっている。
・フォトナー
作中では殆どがエーテル体として登場する、アークスを作った先人類。フォトンを使用してダーカーと戦える人種を作ることが目的だった。
惑星シオンが、とか。原初の闇に……とか。器を用意したせいで深遠なる闇が、とか。そういうおおよその元凶をも作り出してしまった奴ら。
ゲーム中で登場する場合は、創世器のバックアップ(演算役)をしていてその余りの人格が残されているとか。もしくはアカシックレコードの開示(オメガ突入)と共に掘り出されて不十分に具現化、みたいな人だけであり。実質的には滅んでいると言って良い。
プレイヤーからすれば本当に厄介毎を押し付けてきた奴らということにはなるが、ダーカー回りのあれこれを考えると間違いとは言い難いのが困る所。少なくとも思想は理解出来る範疇にあるし、自ら演算役に回って戦い続けるような選択をした者もいるため、不幸としか言いようがない。
・精子のような、プラナリアのような
……そうとしか言いようがない……。
強いて言えばカブトガニ。