催眠玩具船団・オラクル 作:どろまみれ
04.
翌週。3週目。
メルフォンシーナはどうやら、攻撃用途のテクニックの中では風属性が得意であるらしい。
「はい。……ヒース様は逆に、風には1番適性がありませんね」
ちらりとこちらの反応を窺いながら、彼女は言う。
どうやらこういった得意不得意にも、アークスの生まれた「世代」というのは関係してくるようだった。
これもまたルーサーの言。第三世代には他にも色々付与すると考えがあるようだ。……実際には第三世代というのはとっくの昔に生まれてはおり、あとは戦闘が可能な年齢にさえなれば実証できる、という段階ではあるのだが。
クラスの自由な変更だけでなくテクニックに関する才能も全て調整され……おおよそ全ての属性を扱えるようになって生まれてくる、アークス。
幾らオラクルという組織が卓越した科学力を持っているとしてもだ。戦闘のためというのが大きいとは言え、例えば、火などは自分で起こせて損はない。
自分でも火を起こせるけど道具でも良い、のと。
自分では火を起こせないから道具を使うしかない、のでは。明らかに後者は幅が狭まる。
「……ですがそれは、全てにおいて後発のアークスが優れている、という訳ではありません」
珍しくメルフォンシーナから反論が入った。
ここ2週間、教導を受けてきた自分からしてみれば。彼女は自らを「ゲッテムハルトの付属品」と称したようにいつも自分の意見は控えめで、客観的なものしか提示してこないことが多いのだが。
耳を傾ける。彼女の意見を聞いてみたい。
「いえ。統計上データとしては確かに汎用性は優れています。ですが、私個人の経験としてあるものは……私の
表情は固い。しかし言葉は明瞭だ。
ではメルフォンシーナは、姉とは世代を隔てたアークスなのか……という所までは、踏み込んで聞こうとは思わない。そもそも自分は第1世代と第2世代の差が判らないのだし。
ただ、判ることもある。
過去形だった。彼女はゲッテムハルトに恭順している。
ゲッテムハルトの大切な人は、故人。
この予測があたっていなければそれでいい。
自分の好奇心を抑えつつ。メルフォンシーナに相槌をうつ。そうなのか、と。
「はい。……話しすぎましたね。先に言っておきますが、別に、ゲッテムハルト様の前で私の姉について話さないで欲しい……などということもありません」
顔を読まれていたのだろう。これまた珍しいジト目の表情をいただいた。
ため息。
「はぁ。……ゲッテムハルト様は今更、私の姉の話をしたところで戻るようなお方ではありませんから。私はあの方についてゆき、待っているだけなのです」
成る程。
……酷い扱いを受けていると聞いたが。
「ゼノさん、エコーさん辺りから聞いているでしょうからね。ヒース様は」
その通りである。
短杖を腰に着け歩き始めた。メルフォンシーナについて行く形で並んで歩く。
「私にはどうするべきか判りません。ですが放っておくという選択肢もありません。……おかしいことは自覚しています。ですが……」
訓練室を抜ける。別段汗をかいたわけではないので、シャワールームに用はない。
廊下をふたつほど曲がれば、カフェ……のような喫茶室へと辿り着く。
座るよう促された。ドリンクを適当に頼んで、腰掛ける。
「私の事も話します。代わりに少しばかり、貴方のことも聞かせてください。その方が訓練の効率が良くなると判断しました」
髪の奥からの視線がいつもよりも鋭い。
単に休憩をはさむ、というわけではないのだろう。
「そうですね。……流石に調べさせてもらいました」
そう言って、メルフォンシーナは中空に水色の量子タブレットを展開させる。
こちらへ向ける。アークスのアーカイブに登録されている、自分のデータが表示されていた。
「所属は
自分自身ですら知らないデータが出てきたのは置いておくとして。
虚数機関は確かに、表に出せない研究施設なのだろう。予測もついていた。だが。
「アークスの上側が気付いているかは判りませんが。ヤーキス翁やクロトさんから推薦されてこられる方はそのほとんどが、諜報部や外宇宙探査部隊といった暗部に配属される人なのです。もしくはそこへ転属するための、ロンダリングか」
ヤーキスさんとやらを存じ上げすらしないのだが……それは、それは。
「そんな事情に加えて貴方自身も、フォースなのに大剣を扱い。テクニックへの適性は狭く。……ゲッテムハルト様でも見たことがないような、アークスの系統にない剣術を扱う。怪しすぎるでしょう。調べざるを得ません。……はぁ」
ため息がもうひとつ。
メルフォンシーナはこちらへ返答の間を持たせるため、ドリンクを1口含む。
……
ごくり。上を向いて、喉を艶めかしく動かして、嚥下する。
「……ぇほっ、ぇほっ。……アークスは何を考えてこんなドリンクを……」
ランダムドリンクを頼む方が悪い……と思うのは、流石に穿ちすぎだろうか。
あえて彼女の奇行には触れずにおいて、先ほどの話を続けることにする。
つまりは自分は何者か、と問われたのだ。
決まっている。それがわかれば苦労はしない。
自分もそれを追っている。記憶がないからだ。
「……」
懐疑の視線を向けられた。当然である。
一応の証拠は、ここにひとつだけ。頭の横で浮いていた「自分のマグ」を持ってきて、机の上でアクティブにした。
何かの腕のような形状をした、ちょっと不気味なマグ。
「これは……」
アクセス権限を一時的に渡すので、メルフォンシーナも接続してみて欲しい。
閲覧可能な範囲は流石に狭めるが……先週のデバフテクニックのこともある。このマグの中に詰められている知識は、自分にとってもブラックボックスのようなもの。
何分、容量が大き過ぎて検索がしきれない。
その上中身はてんでバラバラ、系統分けすらされていないのだ。
「……っ! ……えぇ。これは、大き過ぎます」
促され。マグに触れながら、メルフォンシーナは続ける。
「いいえ……いいえ。普通のマグは、こんな容量をもちません。小動物とは言え
……少し違う方向の突っ込みをされている。
通常のアークスのマグとは、やはり、違ったらしい。
「ハッキリ言います。このマグが持つデータ容量とメモリは、私たちが通常携行するマグとは一線を画しています。……龍族のもつ有機ユニットに近い……いえ。もっと自律しているような……とにかく。こんな機能を持たせることは通常、ありません。ありえません」
なるほど。それは、アークスが持つ技術から見ても?
「はい。オーパーツ……とまでは言いませんが。シップ1艦かそれ以上を管理し、動かすことも出来るレベルの容量とメモリです。この中の情報を全て把握するのは……個人の力では、不可能でしょう」
そもそもこのマグの中に、自分自身の詳細なデータがないことだけは確認済みである。
……ちなみにアークスシップを丸ごと管理し、というのは。艦内にある居住区に済む一般アークスらなども含むため。それこそかなりの高性能である必要がある。
通常は管理者を置いて面倒をみるような、そういう類いの高レベルぶりだ。
「……。……」
しばらく黙って、情報を漁っているメルフォンシーナの横顔を見やる。
手のひらの上にマグを乗せ、髪の奥の瞳を輝かせている ―― ゲッテムハルトの付属物。
「……。……なるほど。いえ。確かに貴方の言うことは、確かなようです。私が知らないアークス……では、ないですね。別の星系の戦闘部隊というか。そういうものについての汎用的なデータが含まれているようで」
付属物か。
矜持に反する呼び名ではある。
「……理解しました。確かに貴方には幼少時、医療機関に運び込まれるより前の記憶がないのでしょう。財団持ちのヤーキス翁は、往々にしてそういう孤児を引き取ることでも有名ですし……理屈は合います。疑ってしまい、申し訳ありませんでした」
ぺこり。付属物が頭を下げる。
こちらとしても気分を害してはいないので、謝罪をもらう必要はない。
「そういってくださると、助かります。……お返しになるかはわかりませんが、ひとつだけ。私が拾った情報の中に、このマグの
わきわきと動く
「はい。このマグの名前は……オル・ガ。脳ではなくAIを搭載された、新機軸のマグであるようです。形状形式で言えば、シャトやオパオパを開発された部門からの作であると記載されていました」
そうなのか。オル・ガ。
これらもまたルーサーによって情報は弄られているのだろうが……。彼女が納得のいく形でまとまったならば、良いことだろう。
マグを再び定位置で浮遊させる。
周囲を回るように浮いて……ぽすり。かなりの検索を行ったからか、すぐにパワーダウンしてしまった。他マグよりも機能が大きいと言うことは、余計にエネルギーを食うということでもある。仕方があるまい。
……それにしても。だらり、ぐでり。
よりにもよって自分の頭の上に、よりかかるように落ちなくても良いとは思うのだが。
「……ふふっ」
がばり。
珍しい音が聞こえたので、慌てて正面を見る。
いつものメルフォンシーナだ。頬の位置も変わらず、視線は前髪で覆われている。
「では、ドリンクを飲んだら午後の分の実戦訓練へ移行しましょう。続けて防具側、ユニットの調整なども行いますのでモノメイトの携行をお忘れなく」
席を立つ。
自分もドリンクを飲み干して。先だった彼女の後背を追った。
・風属性の武器
旧シリーズには風と言う属性のないものもあり、「属性なし」に該当するアイコンが鮮やかな緑色をしていたことから、自虐や嘲笑の意味を込めてこう呼ばれていた。
宇宙吹き渡る風……か……。
・マグ
アークスの支援機器。通常は内部に情報処理のための小型生物の脳を搭載している。
アイテムを投与してレベリングできる。必殺技があったりする。