催眠玩具船団・オラクル 作:どろまみれ
05.
研修の最終、4週目。
メルフォンシーナが巨大なホログラム ―― ロックベアへ
「……死になさい!」
物騒な言葉と共に、ロックベアの顔面を捉える位置に風が渦巻いて、切り裂いた。
エネミーの意識がそちらへ向いた。今だろう。接近。
「トドメを!」
地面を蹴り大剣を突き出す。
自分はロックベアの視界の外から ―― 裏拳で放たれた拳を、大剣でいなすように斬り払った。
ドシィィン、という重量級の音。
こちらの2倍はあるようなロックベアの体勢が大きく崩れていた。そもそも攻撃のために拳を振り回しては倒れているような、アンバランスさを持つ原生生物だ。こうなるのは当然と言える。
自分はロックベアの身体の上に着地。大剣の持ち手を素早く入れ替えて、頭。突き立てた。
VR生成物のため血は出ない。
代わりに青い結晶が弾けるようなエフェクトが散って、
大剣を背負う。
息をひとつ吐いて振り向くと。
「―― VRロックベアの消滅を確認。これにて訓練は終了です。おめでとうございます、ヒース様。全行程の終了です」
そう。4週目……アークス研修の最終行程。その最後のプログラムが、星固有の大型生物。ロックベアの討伐であったらしい。
自分の場合は始めから、このロックベアなどよりずっと凶暴な……ゲッテムハルト隊長と手合わせをしていたのだ。既に合格をもらっているとはいえ、通常の行程を修了できたというのは自信になる。
少なくとも自分がアークス戦闘部隊に求められる最低限の戦闘能力を保持していると、名実ともに証明できたのだから。
「そうですね。テクニックはデバフのみ。フォトンアーツは使えない。それでもロックベアの討伐は難なくこなせるというならば、十分でしょう」
ついでにメルフォンシーナからもお墨付きをもらってしまった。
ありがたいことだ。彼女の支援にもお礼を言いながら、ふたりで訓練室を出る事にした。
さて。これにてアークスとしての研修は修了である。
とはいえゲッテムハルト隊長からも、メルフォンシーナからも、多くの課題をもらっている。自分のアークスシップに帰投してからも、やるべきことは山積みだ。
武器を量子化し。訓練用シップの作戦室へ移動し終えると。
「―― では、これを。アークス上層部からジグさんへの、正式な紹介状です」
メルフォンシーナから1枚の書類(量子)が手渡された。
マグ内に格納し、展開する。言われたとおりの紹介状だ。名義がゲッテムハルトではなくレギアスとなっているあたり、あの日……1週目にゲッテムハルトから合格をもらった時点で、手配を済ませていたのだろう。日付がそうなっている。
レギアスは六芒均衡という位置に属する、アークスのトップ6みたいな役割の人だ。お偉いさんである。
「はい。レギアスさん名義にした方が、おそらくジグさんへの通りは良いと思われますので。……ジグさんは現在、少々熱量は失っているにしても……武器の鍛冶を行うことが出来る、数少ない技術の継承者です。ヒース様専用の楯の作成や、フォースに合った大剣の調整に役立ってくれるでしょう」
そう。まずは武器の調整。
楯は確かに。自分は持った方がいいだろうと、ここ数日の訓練から実感が出来ていた。どうも自分の身体は、楯がある事を前提に動いていたらしい。
ない物を作る、のは大変ではあるだろう。色々と、上への通しとかそういうのが。
しかしまずは相談してみなくては始まらないのである。
……ちなみにジグさんはどんな人なのだろうか。
「……現代では唯一、創世器の調整が可能なキャストのお方です。同時に、企業に頼らないオリジナルの武器を作るには、彼を通さなくては許可が下りないと聞いています」
なるほど。つまりは鍛冶のお偉いさん、だ。
ちなみに創世器とは他の武器とは一線を画した、戦術級の戦果をもたらすことの出来るオートクチュール武器のことを指す。素材も持ち主も選ぶ必要があり、殆どの場合はコストがリターンに見合わないため、数は作られていないとか。
ダーカーは数で攻めてくるエネミーである。
アークスも最低限、数が必要なのだ。
「とにかく。そちらの紹介状があれば、
次に。
メルフォンシーナは机の上にもうひとつ、紹介状を並べて見せた。
封を見る。宛先は「クラリスクレイス」。
またもお偉いさん。彼女も先に挙げた六芒均衡、そのひとりだ。
「こちらも私から。ヒース様のデバフテクニックについて上層部へ報告をしましたところ、クラリスクレイスさんから、是非とも見せて欲しい……と返答をもらいまして。面会を取り付けることが出来ました」
メルフォンシーナは仕事が出来る。率直な感想である。
「……これは私の見立てなだけで、可能性の話ではあるのですが。貴方は別の……アークスの本流ではない、別系統のテクニックが扱えるのでは?」
……そうだろうな、とは自分も思う。
それを探す手段がないので困っていたが。クラリスクレイスは六芒均衡の中でも、フォース……強力無比なテクニックを駆使するアークスだ。相談先としてこれ以上の人物はない。
「万年戦闘状態であるアークスにおいて、新たにテクニックが開発されるということは珍しくありません。六芒の彼女は特に、開発に余念がないと聞きます。力を借りてみてはいかがでしょう」
そうしよう。ありがとう。
彼女に再び礼を言って、ふたつの紹介状をしまい込む。
……そして最後に。
机に置かれたのは、
「これは私ではなく、ゲッテムハルト様からです。髪が長くて邪魔そうだから切っておけと。……ついでにヒースクリフ様のマイルーム権限を付与できるキーにもなりますので、ご活用ください」
アークスには個人ごとに、シップの居住区内に自由に扱えるマイルームが与えられる。正隊員としての資格を得たので、この際に渡しておくということだろう。
ハサミの方がついでだとは思うのだが、実際に髪は長い。後で切ろう。予定を追加しておく。
「では。明日早朝に帰還のための入港許可を申請しておきました。プライベートシップで、いつでも自由にご帰還ください」
最後の最後まで、手続き関係を済ませておいてくれたようだ。
本当にありがとう。ならば明日はメルフォンシーナには会えないということか。
改めて、挨拶を済ませておくことにする。自分はここで多くのことを学ぶことができた。……ふたりとも、次の任務などは決まっていたりするのだろうか。
「私は……ゲッテムハルト様がいるナベリウスへ向かいます」
後を追って、という意味なのだろう。メルフォンシーナはふいと視線を落として、悩むことはないと言い切った。
……最後に自分からも、少しだけ。
この訓練の恩は、アークスとしての働きで返すのが1番だろう。そうするとして。
感想を返しておく。自分から見たメルフォンシーナは「ゲッテムハルトの付属品」ではなかったと。
「……? いえ。でも、私は……」
付属品はついて回るだけだ。書類仕事や手続きの代わりをすることは、出来ないだろう。
どちらかというと従者、という言い分が正しいように思う。
「……」
それをゲッテムハルトが許すかは、また別の話だが。
そもそも彼は、彼女の同伴を嫌がっていた……ようにも見えた。部屋にも入れていなかった辺り。関係をどうこうしようとは思わない。自分が決めることではないからだ。
ただ、物には肉なんてついていない。有機的な動きもしないのである。
彼女は一度、悩むように目を伏せて。
「……お気遣いは、ありがたく受け取っておくことにします」
そういう結論にするようだ。
なら自分としてはこれ以上言うこともない。
ありがとう。
何度も重ねてそう伝え、次の日。虚数機関を抱えるアークスシップへと帰投した。
・VRシステム
ホログラムでエネミーを再現し、アークス各位が戦闘訓練を行う事の出来るシステム。
こちらの時間における時系列的には、かなり後発で導入されたシステムだが、どう考えても初期からあった方が便利。
・創星器
今宇宙の超初期の時点から作成が確認されている、戦術級かそれ以上の威力・性能・効果を持つ武器のこと。
昔のものは素材としてフォトナーが必要で、近現代に移るにつれて、同性能のものをフォトナーなどの犠牲無く作成できるようになったとされているそうです。