【原作完結】僕の脊髄ぶっこ抜きアカデミア【オリジナルストーリー開始】 作:ぶっこ抜きデク
緑谷出久が、藤見露召呂と個性伸ばし訓練を行っている同時刻……。
轟焦凍は、この合同合宿一週間目の土曜日を、気分転換に費やす事にした。決して強者の余裕や、驕りというわけではない……ただ、何となく今はゆっくりしたいなと思ってそうしたのだ。
何故かは分からない……ただ、ふとモヤつくのだ。昨日の合同訓練で、花霞桜にいい様にやられてから……だがそれは、決して悔しさや自らの至らなさからではなかった。
轟は施設内を散歩しながら、ふと右の手のひらを見る。母の氷の個性を宿した右半身だ、この個性で今日まで様々なヴィランと対峙してきたし、訓練も受けて強くなった。
神野でも、兄の荼毘を倒した……。
そして左手に目を移す、父から受け継いだ炎の個性を宿した左半身。緑谷出久と対峙するまで、使わないと決めていた力も……乗り越えて、受け入れて、使い始めた筈だった。
この父の炎があるからこそ、より強い冷気を、母の氷があるからこそ、より強い炎を操れる。そうして荼毘に打ち勝ち、家族の問題にも蹴りをつけて超えた筈だった。
だが……花霞桜との組手で、轟は最後に右手の拳を握った際止まってしまった。
「……もう超えたと思ったのにな」
その右の拳を、放とうとした矢先。目の前でフラッシュバックがあの時起こっていたのだ。
幼少の時……父、エンデヴァーの狂気に当てられ、精神が狂ってしまった母に、左の目の周辺へ熱湯を掛けられた時の事を。
轟焦凍は、それで母を恨む事は決してしなかった。悪いのはエンデヴァー、父である轟炎司であると理解しているし、父も受け入れている。
しかし……そこではない。
家族の問題ではなかった。
轟焦凍の手を止めたのは、もっと単純なもの。その幼少に刻まれたトラウマが、轟焦凍の動きを止めたのだ。
『女性恐怖症』である。
この日まで決して、その兆候は彼には無かった。というのも、幸運な事に……訓練等はあれど、轟焦凍が超えてきた様々な戦いや、インターンでのヴィラン対峙含め……"女性ヴィラン"と拮抗した戦闘は無かったからだ。
ヒーロー訓練の際は、あくまで訓練というのもあり加減はできるし、共に歩んできた仲というのもあった。
インターンを含めたヴィラン退治では、そもそも轟焦凍の、氷の個性を超えて接近戦や追い詰める様な相手は稀も稀、即座に勝負がついてしまっていたのもある。
だが……この合同訓練で出会った、花霞桜は違った。あの幻覚の個性、それに見事な近接戦闘に轟は追い詰められた。
つまり、この日まで彼もまた『女性恐怖症』は自覚すらしていなかったし、自覚できる場面も相手も居なかったのだ、全くの幸運というやつである。誰も責められない程の、気付くのも難しい綻びが昨日初めて露呈したのだ。
「……これ、どうしたらいいんだろうな」
今の今まで、まさかこんな事で自分の手が止まるなんて無かった。だから、轟焦凍は悩んだ……この事を誰に話せばいいのだろうかと。そんな呟きを、聞いていたらしいこの男が、背後より彼に声をかけてきたのであった。
「轟くぅん」
「うおっ!?」
びくぅうん!と思わず跳ねる様な震えを見せながら、轟焦凍は振り返った。そして視界に現れたのは、誠刃の校長である姫鷹志鬼であった。
「いやごめんねぇ、背後から声かぁけちゃって……驚かせて、しまったぁ」
「い、いえ全然」
老体で杖付く姫鷹は、それでも巨躯だ。背筋を伸ばしたら父エンデヴァー程はあるかもしれない姫鷹が、音も無しに背後まで接近されたら流石にその圧に驚かされる。
さて、そんな姫鷹……しばらく彼を見つめてから右手でベンチを指差し、轟に言ったのだ。
「どうだい、よかったらコーヒーでもお茶でも奢るから、話をしないかな?」
引退した老体のヒーローからの誘いに、轟は何かあるのかと身構えはしたが、好意を無碍にできないので、姫鷹に付き合う事にした。
500mlペットボトルの麦茶を、姫鷹から受け取り轟はいただきますとボトルを一度向けて頭を下げてキャップを開けて飲んだ。夏にしては今日は涼しい昼間だが、やはり沁みる冷たさと澄んだ味だなと轟は一息吐いた。
「まぁそれでぇ、話をと行きたいがぁ……ちょっと踏み入る話にもなるなからぁ、嫌なら拒否してくれたまえよ?私も全てを知っているわけではぁないならなぁ……」
「いえ、大丈夫です」
「そうかぁ……」
姫鷹は缶コーヒーを傾けて飲み、それから話をする前に前置きをした。ちょっと君に踏み入った話にもなるからと、拒否する権利は君にあるからと、そう言われた轟ではあったが、家族の話はもう解決したから言われても別にと姫鷹に返した。
「轟くん……キミはぁ……女性に対して恐怖を抱いている、そうだね?」
「…………」
「昨日、うちの花霞くんとの組手で何となくでぇ感じたがぁ……いつから自覚があったのかなぁ?」
やはり見抜かれていたのだろう、だからあの時と目に入ってくれたのかと轟は、少し喉に言葉が詰まった。すっといえるかと思ったら、そうでは無かった……まだ自分の中に、杭として刺さっているのだろうと理解する。
一年前なら、あんたらに関係ないだろと突っぱねたかもしれない。だが今は違う、轟は意を決して……大人である姫鷹へ胸中を吐いた。
「普通に個性で、戦う分にはまだ何も感じなかったんですけど……花霞さんとの組手の最後、拳を振るおうとした時……頭に、浮かんで……」
「浮かんだ……とは……」
「……母さんを責める父の顔と、俺に熱湯を掛けた母の眼差し……です……」
トラウマのフラッシュバックが、あの時浮かんだのだと語る轟に、姫鷹は成る程と頷いた。この時、姫鷹はやはり個性婚、それにより荼毘を産み出したエンデヴァーに対して、引退した先達の身ではあるがやはり腑が煮えくりかえる怒りを感じていた。
1人のヒーローの狂気が、この次代を行く才能を願いながらも潰そうとしている事実。解決はしても傷跡の深さのなんたる業かと思いながら、姫鷹はそれらを全て飲み込みながら話を続けた。
「つまり……キミは女性に対して、やがて自分も父の様な事をやらかしかねないと、過去が頭に浮かんでしまって、手が止まったと」
「あ……!」
姫鷹より、そのトラウマの全容を言い当てられて轟は理解した。
轟焦凍が抱えていたのは、女性への恐怖ではなかった。それはもう、母との繋がりを取り戻して治りつつある。
轟が恐怖していたのは『父』の方だ。
やがて、その個性が母の様な女性を作るのではないかと、父エンデヴァーの母に対する姿が、いずれ自分自身になるのではないかと、そう考えてしまい手が止まったのだと、轟は納得した。
「難儀なものよな……エンデヴァーめ、我が子にこれ程の傷を残そうとは」
飲み込んでいた怒りが、少し込み上がり出てしまうくらいに姫鷹は、轟焦凍の現状とトラウマに痛々しさを感じてならなかった。
「だがぁ……そのトラウマを克服しなければぁ、いずれキミは殉職しような……男性ヒーローが女性ヴィランと対峙した際の殉職率はぁ、これまた高い傾向がぁあるのを知っているかい?」
「そうなんですか?」
「ハニートラップ、さらにはぁ最後の判断を誤りぃ隙を突かれたヒーローも多い……男で、ヒーローである以上……女性に手をあげるという倫理観に苦しむ者がなぁ」
むしろそれが当たり前だからタチが悪い、と姫鷹は補足した。
決して轟だけではない、男性プロヒーローが、女性ヴィランと対峙した際に、倫理観から力を行使できず、戦う事が出来ずに殉職した例は多々あるのだと姫鷹は語る。
だが、プロヒーローとして活動する以上は避けられないケースである。もしもそのトラウマを放っておけば、やがてある日その場面に直面すれば死ぬだろうなと、姫鷹は語った。
「……ここから、俺はどうしたらいいでしょうか、姫鷹先生」
それを言い当てられ、理解して、轟は逆上や否定をせずに、ただ尋ねた。このトラウマを克服するにはどうしたらと……姫鷹は缶コーヒーを飲み干して轟に答えた。
「二つある……一つは……非情になる事だな、キミの父の様に……ヴィランはヴィランと……」
姫鷹が提示した答えは二つ、その一つが『非情』になる事であると姫鷹は言う。
「仕事と割り切り、性別も年齢も関係なく、ただ悪を討つ為力を行使する……父エンデヴァーのように、そしてぇ……キミのクラスメイトの緑谷くんや、爆豪くんのように……ね?」
引退したかつての父は、敵と見れば誰であれ容赦なくその力を振るった。だからこそ、無力な民衆を守り抜いてきた。その実力は本物で、検挙率ならばオールマイトを超えていたのを轟焦凍は知っている。
クラスメイトの2人もまた、そのあたりの割り切りはつけているのだろう。ヴィランの時点で性別は関係あるかと考える爆豪に、倫理も常識も知らぬと血に染まってでも皆を守ろうとする緑谷……自分も、そうならなければいけないのかと、握っていたペットボトルに力が入り中の麦茶がゆっくり凍りつつあった。
「だが、私はその必要はないと思っているよ、轟くん?」
「えっ……」
「キミのトラウマも、そのフラッシュバックも……生来の優しさから来たものだ、キミにはぁ、慈愛の心がある」
姫鷹は、その一つ目の提案を否定した。キミはそうなる必要は無いと……そうして姫鷹は立ち上がるや、首をくいと動かした。
「来なさい、キミにはもう一つの手段の方が似合っている、父とは違う優しさを持つキミならばね?」
杖をつきながら歩き出した姫鷹に、轟は慌てて立ち上がり、その背中について歩いた。