足が動かない。
体が寒い。
どうして今、僕が地面に倒れているのかわからなかった。
遠くで出久くんと爆豪くんが何か叫んでいるけどぼんやりとしか聞こえない。
僅かに顔を上げると僕に伸ばされた手が見えた。
個性”デスアクメ”これが僕、阿久津眞司に名付けられた個性の名前だった。
「おかあさんっ!ぼくのて!にぎって!」
病院で検査を受けるしばらく前から母さんは僕の手を握ってくれなくなった。
僕が何とか手を握って欲しくて手取ろうとしたら母さんから頬を打たれた。
「私に触らないで!」
打たれた僕は突然の事に泣いてしまった。母さんは、はっとして泣く僕を抱きしめ慰めてくれた。
「ごめんね...!悪いお母さんを許して」
それだけで僕は嬉しくて泣き止んだ。でも本当はちゃんと母さんに手を握って欲しかった。
僕の個性”デスアクメ”は手を握った相手を強制的に性的絶頂をもたらすというものだった。最低値は10倍、最高値は計測者の命の危険の為、計測不可との事だった。
そして僕の個性は常時発動型。個性を制御出来なければ一生専用の遮断手袋を着け続けなければいけない。
幼い僕にはお医者さんの言っている事の意味が分からず、父さんと母さんの顔を見ていた。
お医者さんの説明を受けた母さんは口を手で抑え、父さんはそんな母さんを抱きしめていた。二人共その顔は青ざめていたのを僕はよく覚えている。
「てぶくろいや!はずしたい!」
「ちゃんと手袋を着けなさい!あなただけじゃなくて周りのお友達の為にも着けないと駄目なのっ!」
検査の日から母さんは怒ることが多くなった。
今思うと母さんは僕の為を思って怒っていた事が分かったけど。 幼い僕には理解出来なかった。
僕は他人と触れ合うのが好きだったみたいだ。だから直接触れ合えない手袋が邪魔で邪魔で仕方なかった。
小学校に上がった時に僕は初めて母さんの言い付けを破った。
休み時間に同じクラスの旋回くんと一緒にジャングルジムを登った時に事件は起こった。
ほんの軽い気持ちだった。
僕はただ登る時に手袋を着けていると滑ると思って、手袋を外してしまった。旋回くんがジャングルジムから滑って落ちそうになってしまったのを見て僕はその手を取ってしまった。
「〜〜〜〜〜❤❤❤❤❤」
突然、旋回くんは体を痙攣させ絶叫し、僕は旋回くんと一緒にジャングルジムから落ちてしまった。
周りにはクラスの子や先生が集まり、旋回くんは救急車に乗せられていった。
父さんと母さんが旋回くんの両親や先生に何度も何度も頭を下げていたのが忘れられない。
旋回くんは昏睡状態になった事を先生が言っていんた。
それからは僕はクラスのいじめの対象になった。
みんなが僕を無視し、話す事があっても一言二言だけ。先生に何を言ってもよそよそしく、誰も僕を助けてはくれなかった。
父さんは家に帰ってくることが少なくなった。
母さんは仕事が忙しくなる、そう言って僕を強く抱きしめてくれた。そして家から居なくなった。
10歳の誕生日、僕が学校から帰るとリビングのテーブルの上に箱が置かれていた。そして箱にはメモ書きが貼り付けられていて、
「これをお前にやる」
僕は初めて父さんから誕生日プレゼントを貰った。
プレゼントは僕の個性を遮断する手袋だった。説明書には手袋内外を自動で綺麗にしてくれると書いてあった。
旋回くんの件以降、父さんは僕に冷たくなった。だから誕生日プレゼントは嬉しかった。父さんは僕の誕生日を覚えててくれた。またこれで父さんと仲良く出来る。そう思った。
日が変わっても父さんが帰ってくることは無く、父さんはめったに家に帰ってくることは無かった。
「君が阿久津眞司君だね。はじめまして、今日からよろしくね」
ある時から僕は塾に通う事になった。
お金なら心配は無かった。毎月父さんがお金を振り込んで来てくれていたから。
僕には夢があった。ヒーローになるという夢が。それは母さんがプロヒーローだというのもある。けど、僕はただどうしようもなくヒーローになる事に憧れていた。
「阿久津君は、どうして皆と何時も離れてるのかな?」
ある日先生は僕にそう尋ねてきた。
「だってその方が誰かを傷つける事がないから…」
塾に入ってから僕はずっと一人で居た。皆僕の個性の事を知らない。だから僕が一人で居れば誰かが僕の為に苦しむ事が無い。
「阿久津君…先生はね、君がここに来てからずっと君を見てた。君は何時も寂しそうな目をしてた。僕は君の個性の事も君の過去の事も聞いてる、だから人と触れ合うことが怖いこともわかるよ…でもね君のその手袋は君のお父さんが君がまた人と触れ合えるようにと思って作った物なんだ。それにもしも君がつらい思いをした時は…」
先生はそう言って、僕を思いっきり抱き締めてくれた。
「やめて先生…僕に触ると…」
「大丈夫だよ。僕がいる」
僕は泣いて笑った。
中学に上がってもおれに対するイジメは無くならなかった。
塾の先生がある時、俺に尋ねてきた。
「阿久津君、君はどんなヒーローを目指しているのかな?」
「わから…ないです…」
「ごめんね、君を困らせるつもりで聞いた訳じゃないんだ。ただ…君がヒーローになった時、何かに迷った時に君の原初に…オリジンを思い出せればまた頑張れる人は多いからね。でもすぐに決めなくてもいいよ。これからまだ時間は沢山あるからね」
先生は親身になって俺の話を聞いてくれた。すっかり人付き合いが苦手になっていたおれは不思議と先生には、自分の事を素直に話せた。
「そういえば君は雄英高校を受験するって言ってたよね。あそこにいる彼、切島君って子だけど彼も雄英高校を希望してるからもしかしたら君と気が合うかもしれないよ。」
先生に言われるがまま
「切島君、さっき君と同じ雄英高校を目指している阿久津眞志郎君。二人で仲良く切磋琢磨していってね」
「俺は切島鋭児郎!よろしくな阿久津!」
切島くんはそう言って握手しようとして手を伸ばしてきた。咄嗟に先生は俺と切島くんの間に入り、
「あぁ、切島君。阿久津君はあまり握手が好きじゃないんだ。だから…」
先生は切島くんの腕を取り自分の腕とぶつけた。
「彼と挨拶をする時はこうやって挨拶しようね。この方が格好良くて君も好きでしょ」
「わかりました!よろしくな阿久津!」
切島くんはそう言って俺にタッチしやすいように腕を差し出してきた。
「よろしく…!」
おれに初めて友達が出来た。
「なあ阿久津、俺の特訓に付合ってくれねぇか?」
塾の帰り道、切島くんは唐突に俺に持ち掛けてきた。
塾の近くの河川敷に移動しながらおれは切島くんに尋ねた。
「特訓って何をするの?」
「雄英の入試って実技試験もあるだろ?だからそれ対策でさ俺を殴って欲しいんだ」
「殴るってそんな… 」
おれは思わず自分の手を見た。
「…俺さ、同じ中学の女子が脅されてるの見て怖くて、一歩も動けなかったんだ…だから俺は情けねー俺を変えてぇんだ!」
「わかった、何をすればいい?」
「話が早くて助かるぜ!」
それからの切島くんとおれは塾が終わると毎日河川敷に行き日が暮れるまで特訓を続けた。
「阿久津はさ、バトルスタイルってどうすんだ?」
その事は以前から考えていた、おれの手では人を助ける事は出来ない…だから、
「今のところ蹴りを主体に考えてるよ」
足ならば個性による事故を防げるはずだ。
「だから切島くん、今日から蹴りに行くね」
「おうよっ!任せときな阿久津!」
そう言って切島くんは腕を挙げた。俺は自分の腕を彼の腕にぶつけた。
切島くんとの特訓の後は毎日の自主トレ、日が変わるまで勉強を続けた。
玄関からドアの開く音がする。おれは勉強をする手を止め、玄関に向かうと父さんが帰ってきていた。
「あの…父さん…!」
父さんが帰ってくることは月に一度あれば良いほうだった。帰ってきたとしても父さんがおれに声を掛けることは無く、軽く一瞥してすぐに出ていくだけだった。
ある日、切島くんと特訓終わりの帰り道、好きなヒーローは誰かと言う話が持ち上がった。
「俺は断然、紅頼雄斗だな!あの男気溢れる姿に俺は憧れてんだ!阿久津は誰が好きなんだ?」
「おれはホークスかな…」
「ホークスか、最近有名になってきてるよな。カッコいいよな速すぎる男!!って謳い文句。俺もあんな二つ名が欲しいぜ」
「……あのさ、切島くん。実は相談したい事があるんだ…」
「何だよ水くせえな、俺に遠慮なく言ってくれ!」
俺は切島くんに俺の考えを伝えた。
「それいいな!早速今からやろうぜ!!」
「今からだと帰るのが遅くなるよ!?」
「善は急げだぜ阿久津!」
切島くんはおれの腕を取り駆けて行った。
夕日に照らされた彼の髪は赤く輝いて見えた。
それからはあっという間に月日は流れ、2月26日雄英高校入試の日が来た。
「切島くん…緊張してる?」
「全然!……も筆記はちょっと嫌かな…」
おれ達は雄英高校の入試会場まで来た。
「じゃあ俺の席あっちだからまた後でな!」
「また後で」
切島くんと別れ、自分の席に着くと切島くんが見えた。様子を見ていると真剣な面持ちだった。
程なくしてプレゼントマイクによる入試説明が始まった。
実技試験は塾で教えて貰った通り、演習場に配置された仮想敵を行動不能にしポイントを稼ぐというものだった。
試験説明終了後、受験生はバスに乗り、演習場に向かった。
「阿久津もこっちもだったんだな。ところで脚はどうだ?」
「切島くんのお陰でバッチリだよ」
数ヶ月前、おれが切島くんに相談したのはおれの装備についてだった。
おれの戦い方は足をメインに使ったものだけど、しばらく切島くんを相手に蹴り続けていると流石に俺も鍛えていたとはいえ個性が強化された切島くんを蹴るのはおれも痛い。その為に足を保護する為の装備が必要になっていた。だから切島くんに手伝って貰い、靴に装着可能なアイアンソール、それに膝と脛を守る為のプロテクターも作った。材料は粗大ごみの日に拾った鉄鍋を利用した。
これを使いこなす為に朝夜毎日15Km走り。切島くんとの特訓では様々な体勢やステップ。とにかく試験に合格する為に出来ることは何でもした。
受験生全員声の方に顔を向けるとプレゼントマイクが
「ハイッスタート」
それを聞きおれは一気に駆け出した。切島くんと点を取り合わない様にすぐにおれは彼から離れて一人で行動する事にした。
何回か角を曲がった時、目の前に仮想敵が現れた。一足で距離を詰め膝蹴りで頭部を破壊した。破壊した仮想敵を踏み台にして後方にいた仮想敵に踵落としを入れた。
そのままおれは順調に2点に狙いを定めて得点を稼いでいく。
仮想敵20体を破壊したあたりで突然地響きが聞こえた。そう思うとビルを超える高さの巨大な仮想敵が現れ、その拳で地面を殴りつけた。地面が割れ、瓦礫が降り注ぐ。皆が逃げる中、少し前を走っていた人の頭上に瓦礫が落ちそうになっているのを見ておれは咄嗟に飛び跳ね瓦礫を蹴り砕いた。
「大丈夫!?」
「ウチは大丈夫!ごめん、ありがとう!」
その人はそのまま走り去って行った。
おれは背後の巨大ロボットの方を振り返ると、思わず目を奪われた。誰かが突然ロボットに対して跳躍し、そして一撃で破壊したからだ。
「試験終了〜!」
プレゼントマイクの声と共に終了のサイレンが鳴り響いた。
入試試験から一週間が経ち、おれは今、塾へと走っていた。
何時も塾へ通ってる道なのに塾が遠く感じる。数年前に比べて遥かに体力は付いた筈なのに無駄に息が荒い。
塾に着くと靴を履き替えることすらもどかしくておれは土足のまま塾の廊下を走っていた。
おれは職員室のドアを開けようとしたら先にドアが開き、そこには先生が立っていた。
「どうしたんだい阿久津君?今日塾はお休みだけど…」
「先生!おれ受かりました!雄英に受かったんです!!」
先生は一瞬ポカンとした顔をしてしたが、手に持っていた教科書を落として俺に抱きついた。
「良かったね阿久津君。君なら絶対に合格するって信じてたよ」
「先生やめて下さい...!おれ、ハグは嫌いなんですよ…」
おれは知らず知らず涙声になっていた。
「いや…僕は好きだよ。だって君がどんな顔をしてるのか僕は知らなくてすむからね」
先生の声も震えていた。
「君は必ずヒーローになれる」
先生はおれと初めて会った時の様に力強く抱き締め、おれは先生の肩に顔を埋めて泣いていた。