その日、
「もしもし、阿久津くん?今ね近所に美味しいクレープ屋さんが来てるんだけど一緒に食べに行かない?待ち合わせ時間は14時頃でいいかな?」
「うん、じゃあそれで。また後でね!」
葉隠がそう言うと彼は二つ返事で了承してくれた。
ここ最近は学校が休みの日は、よく葉隠が眞司を遊びに誘っていた。
鏡の前に立ち服装をチェックする。ガーリー系のワンピースに小さめの白いリュックを背負う。見えない事が彼女のアイデンティティではあるが、それでも彼女はオシャレには人一倍気を使う。
服装に問題が無いことを確認する。ふと、喉が乾いている事に気づき、部屋を出てキッチンに行き、水を飲んだ。
家の中には葉隠以外に人の気配はなく、耳をすますと冷蔵庫の駆動音だけが聞こえた。
たまたまタイミングが悪く、両親は仕事の都合で帰るのは明日になると言っていた。
(もしかしたら、阿久津くんと
その考えがふっと浮かぶと、頬にじんわりと熱がこもる。
ごくり、と冷たい水を飲み干し、少しだけ落ち着きを取り戻そうとした。しかし、高鳴る胸の音はなかなか静まってくれない。ふと壁の時計に目をやると、思ったよりも針が進んでいることに気づく。
「うわっ、もうこんな時間!?」
急に現実に戻されたような感覚で、慌ててリビングに置かれている鏡の前に駆け寄る。もう一度、髪型、服装、全体のバランスをチェックしていると、ワンピースの袖から微かに下着の色がチラリと見えるのに気がついた。それは高校生が着るには
家を出て待ち合わせ場所に向かうと、眞司はすでに来ていた。
手を軽く振ってくれるその仕草が、なんだかやけに落ち着いていて、そしてカッコよく見えた。
「どうしたの…?」
少しぼうっとした葉隠に眞司は少し、心配した顔で彼女を見つめた。
「ううん!……早いね阿久津くんは!」
そう声をかけると、彼は少し首を傾げて「そっちこそ!」と返した。
たわいのないやりとりなのに、なんとなく嬉しい。
「葉隠さんの行きたいクレープ屋さんって何処にあるの?」
「ちょっと行った商店街の先に今来てるんだって」
そうして二人で商店街を歩いている内に話題は自然と職場体験で行くヒーロー事務所の話になった。
「そう言えば阿久津くんって何処の事務所に行くの?」
「おれ?おれはホークスの事務所から指名が来てたから彼の所に行こうかなって」
「えー!ホークスって言ったらNo3じゃん!そんな人が指名してくれたんだ!?」
「うん!ホークスはおれにとって憧れだからさ、本当に嬉しいんだ!」
普段はどこか遠慮がちに笑う彼が、この時ばかりは心の底から楽しそうに笑っていた。
その無防備な笑顔に、葉隠は思わずドキリとした。
「…あのさ、阿久津くん…今日このあと、もし良かったら…」
「あれ、葉隠さんに阿久津くん」
麗日はTシャツにジャージのショートパンツというラフな格好だった。
「こんな所で会うなんて奇遇だね。麗日さんはどうしてここに?もしかして麗日さんもクレープを食べに来たの?」
「ううん、今日ここのスーパーでセールがあるんよ」と片手に持っていたスーパーのチラシを見せた。チラシには大きな文字で特売と書かれていた。「二人はどうしたん?」
「これから葉隠さんと一緒にクレープを食べに行くんだけど麗日さんも一緒に食べに行かない?」
麗日は目を丸くして眞司を見上げた。彼女には贅沢品であるクレープ、しかも人の奢りで食べられる機会は滅多にない。喜びと同時に、申し訳ないような気持ちが湧き上がる。
「うん、もちろん! みんなで食べた方が美味しいし!」
眞司はにこやかに答える。その優しさに、葉隠は胸の奥がきゅっとなるのを感じた。麗日も少し迷った様子だったが、結局眞司の好意に甘えることにした。
「ほ、ほんなら、お邪魔します…!」
3人は連れ立って商店街のアーケードを抜ける。賑やかな声や、美味しそうな匂いが漂ってくる。クレープ屋のキッチンカーは、すぐに発見できた。色とりどりのメニューが並び、甘い香りが辺りに広がっている。
「うわあ、どれも美味しそう!」
麗日が目を輝かせる。葉隠も、何にしようかと眞司と麗日の間を飛び回るようにしてメニューを見ていた。
「葉隠さんは何にするの?」
「うーん…どうしようかなあ。阿久津くんは何にするの?」
「おれは…生クリームチョコソースかな」
「あ、それ美味しいやつ!」
麗日が身を乗り出す。
「麗日さんは何にするか決まった?」
「私は…この、いちご大福風もちもちクレープ、気になるなあ…でも、ちょっと高いかも…」
麗日がメニューの隅を指差す。それを見て眞司はすぐに「わかった、じゃあ買ってくるね」と言うと、注文の列に並んだ。葉隠と麗日は少し離れたところで、クレープ屋の様子を眺めながら待つことにした。
眞司がクレープ屋のキッチンカーから戻ると早速、葉隠に“ブルーベリーレアチーズクレープ“を渡した。
「……えへへ~悪いね~、またおごってもらっちゃって♪」
葉隠は精一杯、普段通りの様子を振る舞うがそんな彼女の心情に眞司は気付くことは無かった。
「ううん、全然気にしないで。それでこっちが麗日さんの」
抹茶クリームが載せられたクレープを麗日に渡そうとした。
「阿久津くんええの!?私もおごってもらって!!?」
「うん、みんなで食べたほうが美味しいし!」
そう言って眞司は麗日にクレープを手渡そうとしたが受け取るのに躊躇した。なぜならそれは彼女の普段の食費、約5食分に相当したからだ。麗日はそのクレープの値段を見て気が遠くなりかけた。
「ほんまにええの!?」
「おれが勝手に買っただけだから。それにおれじゃあ二つも食べれそうにないから…そういう事にしておいて」
「それじゃあその……いただきます」
眞司は彼女にクレープを渡すとキッチンカーに戻り自分の分を受け取りに行った。
麗日のクレープは、”いちご大福風もちもちクレープ”だった。
思い切って一口齧ると、クレープの上には抹茶が混ぜられたほろ苦い生クリーム、二口目にはこしあんとのしっとりとした甘さが、口の中を幸福に満たしていく。しかしやや重くなりがちな甘さを、苺の程よい酸味が全体を引き締める。そして求肥のもちもちとした食感とボリュームが胃を満たしていった。
「うんまぁ〜!!」
実家を離れ、一人暮らしをして嗜好品断ちをしている上に、普段から訓練を続けている麗日にとって、このクレープの甘味は暴力的とも言えた。
眞司も戻り、椅子に座ると早速自分のクレープを食べ始めた。彼が頼んだのは生クリームにチョコソースがトッピングされたシンプルなものだった。
「あっ、阿久津くん手袋にクリーム付いてるよ」
食べ慣れていない為にクリームが左手の手袋に垂れてしまっていた。
「え?本当だ…葉隠さん、悪いけどおれのクレープ持ってもらっていい?」
「うんいいよ~」
手袋を外し、取り出したハンカチで丁寧に拭う。
眞司は時々考える。この手袋は父と眞司を繋いでくれる数少ない物だ。もしこれが無くなったらどうなるのだろうか、と。
「葉隠さんもう大丈夫。ありがとう…あっ!」
眞司はポケットにハンカチを仕舞い、素手の左手でクレープを受け取ろうとし、葉隠の指先が微かに手に触れて弾かれた様に手を引っ込めた。
「葉隠さん大丈夫!!?」
眞司の個性“デスアクメ“は常時発動型。相手の手に触れると性的な絶頂が訪れる。それは彼の意思とは無関係に発動し、まだ個性の制御が出来ていなかった。
だがそれ以上に人から嫌われるのが怖かった。
「う、うん……大丈夫……はい、これ!…あとごめん、私用事思い出したから帰るね!」
「え、急にどうしたの葉隠さん…?」
突然の事に思わず渡されたクレープが手をすり抜ける様に地面に落ちていった。
「ちょっと葉隠さん!」
肩に触れようとする眞司の手を葉隠は振り払い言った。
「私に触らないで!!」
その言葉に眞司は固まってしまった。それはかつて彼の母が言い放った言葉だったからだ。
葉隠はハッとして言い繕うようにして、
「ごめんね、また学校でね!」
そして眞司と麗日の前から走り去ってしまった。
「どうしたんやろ…葉隠さん…」
「僕の…せいだ…」
眞司はうずくまる様に椅子に座り、自分の手を見つめた。視線を少し逸らすと地面には、見捨てられた様に落ちてるクレープを、彼はただ見つめた。
そんな彼に麗日は、どんな言葉をかけてあげればいいのか分からなかった。
(…オナニーしたい)
葉隠は半分いたずらのつもりでわざと眞司の指先に触れた。だがその瞬間、全身に電流のような快感が走り、どうしようもない情欲が胸の奥から湧き上がった。彼女の心は一瞬でかき乱され、いたずら心は脆くも崩れ去った。
(…こんなつもりじゃなかったのに。阿久津くんのこと、嫌いじゃないのに…でも…ダメ。我慢できない…早く家に帰らないと!!)
眞司の手を振り払ったのは、ただその場から逃げ出したかったからだ。欲情した顔を見られたくなかった。たとえ彼女の表情が、透明な存在ゆえに誰にも見えなかったとしても。だが今、葉隠の頭を支配しているのは、ただ一つ、抑えきれない衝動だった。
(オナニーしたいオナニーしたいオナニーしたいオナニーしたいオナニーしたいオナニーしたいオナニーしたいオナニーしたい!オナニーしたい!オナニーしたい!オナニーしたい!!)
家に着くなり、葉隠は靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上がって自分の部屋に飛び込んだ。ドアを勢いよく閉め、カーテンを引くと、部屋は薄暗い密室と化した。彼女の手は震えながらスパッツに伸び、すでに愛液が染み出し、太ももを濡らしていた。透明な身体でも、クリトリスの存在感は痛いほどに主張していた。外気に触れただけで、火照った身体は簡単に達し、潮が勢いよく噴き出した。
「イッぐ!!♡♡」
両親が不在の家は、彼女の嬌声を吸い込むだけの静寂に包まれていた。だからこそ、葉隠は遠慮なく声を上げることができた。だが、その一度の絶頂では、彼女の燃えるような欲望を鎮めるには到底足りなかった。
彼女の手はワンピースの上から胸に伸び、貪るように揉みしだいた。指が乳首を捉え、捏ねくり回すたびに、鋭い快感が全身を突き抜ける。
「すごい…こんなの初めて…♡」
我慢できず、葉隠はワンピースを脱ぎ捨て、ベッドに突っ伏した。頭の片隅では、こんなはずじゃなかったと冷静な自分が囁いていた。眞司の手に触れたことなんて、笑いものだと軽く流したかった。だが、その想いは無残にも崩れ、ワンピースは彼女とベッドの間でぐしゃぐしゃに丸まっていた。
「しん、じ…くん…♡」
葉隠の指は、まるで自分の意志とは別に動くかのように、敏感になった身体の輪郭をなぞった。シーツが熱い肌に擦れるたび、電流のような快感が全身を駆け巡る。眞司の名前を口にするたびに、抑え込んでいた想いが溢れ出し、彼女の理性を溶かしていく。
「しんじ…くん…っ、こんなの…っ、だめなのに…♡」
声は部屋の静寂を破り、彼女の欲望をむき出しにした。指先は、濡れた下腹部に滑り込み、クリトリスを優しく、しかし確実に刺激する。そこはすでに熱く、まるで彼女の欲望そのものが形を取ったかのように脈打っていた。
(どうして…こんなに、気持ちいいの…? 眞司くんのせい? 私のせい?)
頭の片隅で疑問が浮かんでは消えるが、すぐに快楽の波に飲み込まれる。彼女はベッドの上で身をよじらせ、シーツを握り潰しながら、もう片方の手で胸を強く揉みしだいた。乳首は硬く尖り、軽くつまむだけで鋭い快感が全身を突き抜ける。
「んっ…はぁ…っ、しんじくん…見てて…♡」
まるで眞司がそこにいるかのように、彼女は彼の名前を呼びながら自分を慰めた。想像の中で、眞司の視線が彼女の火照った身体を這う。それだけで、彼女の身体はさらに敏感になり、愛液が太ももを伝ってシーツに染みを作った。
(こんなこと…考えちゃダメなのに…でも、止められない…!)
指の動きが速くなり、リズミカルにクリトリスを擦るたびに、嬌声が部屋に響く。絶頂が近づくにつれ、呼吸は乱れ、身体は弓なりにしなる。
「しんじくん…! もう…っ、また…イクッ…!♡」
一際高い声を上げ、葉隠の身体がびくんと跳ねた。足がピンと伸び、強烈な快感が全身を駆け抜ける。潮が勢いよく噴き出し、ベッドをさらに濡らした。身体は欲望の熱に震え、まるでその存在を主張するように脈打っていた。
だが、絶頂の波が引いた瞬間、彼女の心に虚しさが押し寄せた。部屋の薄暗さの中、時計の針が20時を過ぎているのに気づく。遠くで虫の鳴き声が聞こえ、彼女の心臓の鼓動だけが耳に響く。欲望の熱は、まるで嘘のように消え去り、後に残ったのは重い空虚感だけだった。
(…何やってるんだろ、私…)
葉隠はベッドに倒れ込み、シーツを握りしめた。眞司の笑顔が、頭の奥で鮮やかに蘇る。クレープ屋での彼の無防備な笑み、ホークスの事務所の話で目を輝かせていたあの瞬間。それを思い出すたび、胸が締め付けられるように痛んだ。
「阿久津くんに…ひどいこと、言っちゃったな…」
呟いた声は、誰もいない部屋に虚しく響いた。葉隠は身体を丸め、眠りにつこうとした。だが、頭の中では、眞司の笑顔と、あの触れた瞬間の熱が、繰り返し彼女を苛んだ。部屋の空気はまだ彼女の熱気を帯びていたが、心は冷たく沈んでいく。
やがて、疲れ果てた彼女は、薄暗い部屋の中で、静かに目を閉じた。明日の学校で、眞司にどう向き合えばいいのか、彼女には答えが見つからなかった。
彼こと永瀬治は現在受け持っている生徒達の成績、個性等を鑑みてそれぞれが志望するヒーロー校対策のカリキュラムを組み立てていた。
毎年多くの生徒が希望校を提出するが断トツで多いのはやはり雄英高校だった。
しかも今年は彼の教え子が二人も雄英に合格していることから年の頭から彼に担当をお願いしたいという生徒が後を絶たず、可能な限り生徒を受け入れ、それでも溢れた生徒は彼からも積極的に指導をする様にしていた。
キーボードを叩く手を止めふと、永瀬はこの間見た雄英体育祭を思い出していた。
二人ともよく頑張っていた。特に眞司は普段の穏やかな性質から戦いに向いていないと思っていたがそれも杞憂だなと思い、あれなら将来ヒーローとしてもやっていけそうだと感じた。
時計を見るとそろそろ日が変わりそうな時間だったのでパソコンを閉じ、職員室の電気を消して部屋を出た。
エントランスに着くと守衛が守衛室から出て来てエントランスのソファを指差し永瀬に小声で言った。
「永瀬先生、今年雄英に入った子さっきからずっとあそこにいるよ!」
永瀬が目をやるとそこにはうずくまる様にソファに座っていた。
「阿久津君、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「……先生…おれ…」
何かあったのだと永瀬は感じた。
「その前にまずは場所を移そうか。ここじゃあ守衛さんに迷惑がかかるからね」
先生の視線の先を見ると守衛が苦笑いをして手を振っていた。
二人の足は自然と河川敷に向かい、堤防で腰を下ろした。そこは中学の時、眞司が切島と一緒に訓練をしていた場所だ。
遠くに街明かりが見えるが川はまるで黒い絵の具を塗りたくった様に黒く、何の音もせず、風は凪、辺りは静かだった。
街灯は遠く、薄ぼんやりとした影が二人を覆っていた。
眞司は先生にここ最近の近況、模擬戦やヴィランの襲撃、体育祭、そして今日の事を話した。
「先生、おれ……分からなくなったんですよ…初めて先生に会った時に先生はおれにヒーローになれるって言ってくれたのに…なのにおれ…ヒーローになれないんじゃないのかなって思うと怖くて…」
永瀬は、眞司の言葉に静かに耳を傾けていた。その言葉が、かつての自分と重なるようで、胸の奥が締め付けられる。どう言葉を返せば、この真っ直ぐな少年の心を、これ以上傷つけずに済むだろうか。僅かな沈黙の後、永瀬は、自らの過去と向き合うように、ゆっくりと口を開いた。
「……そう、か。君は今、そんな風に感じているんだね。その言葉に、どう返せばいいか、私も悩んでしまうな……でも、君だけじゃない。実はね、私も、数年前に個性が無くなっちゃったんだ」
「そうだったんですか…!?でもどうして無個性になったんですか?」
「うん、何年か前に私がしばらく休んでいた事があったよね?」
永瀬に言われて眞司は思い出した。その当時はまだ切島と出会う前でしばらく先生が休んでいて寂しい思いをした事を。
「その時にアレと遭遇したんだ…」
「アレ…ですか…?」
「……こうゆうヒーローに関わる仕事をしているとね、ヒーロー界隈の噂が耳に入る時もあるんだ。ある時を境に個性を失った人の話がね…6年前を最後に聞かなくなったけどアレが私の前に現れた時は『まさか私の番か!?』って思ったね!あれは驚いた!!」
そう戯けるように言って笑う素振りを見せるがその手は震えていた。
「先生……」
眞司を見て微笑み、震えを抑える為に手を組んだ。それは恐怖を抑え込んでる様にも見えた。
「……もう何年も経つけど今でもたまに夢に見るし、こうやって話しているだけでも正直怖い……まさに悪の帝王、影の支配者、恐怖の象徴…」
震える彼の手に眞司が手を重ねた。少しでも先生の恐怖を和らげられればと思って。
だが、それがかえって彼の恐怖を増大させた。
彼の脳裏に数年前の記憶が瞬時に蘇った。
帰り道、ヴィランに追いかけられ、路地裏の隅に追い込まれた瞬間、黒い霧が背後に現れた。気がつけば、見知らぬ倉庫の様な場所に居た。
辺りを見渡したが薄暗く、遠くで何か機械が作動している様な音が響き、それが彼の想像力を刺激した。その機械音が足音と共に近づいてくるではないか。
恐怖を抑え、相手を見た。すると
「やあ、初めまして。ずぅっと君の事を探していたよ」
そして怯える手を取り言った。
「さぁ、君の個性を貰おうか」
気がついた時は病院のベッドの上に居た。
医者からは路地裏に倒れているところをヒーローに発見され、運んでもらったと聞いたがそれを何処か他人事の様な気持ちで聞いていた。
悪い夢から覚めた様な気分だった。
しかしそれは夢では無かった事が様々な検査を受けてわかった。
身体に異常は無く、健康そのものだったが血液検査をしたところ個性因子が体から全く検出されなかった。
彼は無個性になった。
恐怖を顔に出さないように意識して眞司の顔を見ようとした。するとその時1台の車が堤防を走り去り、ライトが眞司の顔を照らした。
目の錯覚か、それともトラウマの影響か、眞司の顔があの男の顔に見えた。
このまま叫び声を上げて手を振り払い今すぐにでも逃げ出したかった。しかし同時に考えた。「もし、今ここで逃げてしまったら彼の心はもう取り返しの付かないことになる」と。
「先生…!!」
彼は眞司を抱き締めた。今の顔を眞司に見られたくは無かった。
「……ありがとう、阿久津君。君のおかげで私も勇気が出てきたよ…やっぱり君は良いヒーローになれるよ。止まってもいい、悩んでもいい、誰かに助けを求めてもいい。君は今も震えている私に手を伸ばしてくれた優しい人だ……だから君は君のままで君の望むままのヒーローになればいい。」
「ありがとうございます……先生…」
どちらともなく自然と二人の体が離れた。
「さあ、そろそろ帰ろうか。こんな時間に一人でいると警察に補導されてしまう。家の近くまで送ろう」
「わかりました……そう言えば先生の個性って何だったんですか?」
「あぁ、私の個性はね…」
永瀬はふと思った、個性が無くなったせいで最近は怪我の治りが遅い。
「“超再生“だよ」
止まっていた時が動き出したかの様に一陣の風が吹いた。
葉隠IFはまたそのうち書きます。
評価と感想を頂けると嬉しいです。