「阿久津、昼飯を買ってきたからお前も食うか?」
眞司と常闇は体育祭のドラフトでホークスから指名がかかったヒーロー事務所は博多にある。そのため他のクラスメイト達と別れてそれぞれの職場体験先へ向かった。
眞司の瞳には車窓から流れる景色が映っていたが、その実、何も見てはいなかった。
葉隠の件があり、気落ちしていた眞司だったが、永瀬と会うことで多少の元気を貰うことが出来た。それでも今もなお、その心は沈んだままだった。
気が付けば何時の間にか常闇は新幹線が停車した僅かな時間の間に新神戸でたこ飯弁当を買っていた。
「ありがとう…」
「そうか…」
常闇はそれ以上言うこと無く、また眞司の隣に座り、クラスメイト達と別れた時を思い返した。
「そういや常闇、お前ってホークスの行くんだっけ?」
相澤から職場体験の注意事項を受け、解散する時に切島から声をかけられた。
「そうだが、それがどうした?」
「阿久津の事なんだけどさ、ちょっと気に掛けてやってくれねえか?」
「構わないが、何故だ?」
「いや、何でか知らないけどアイツちょっと前から落ち込んでるみたいだからさ」
「わかった、可能限り気にはしておく」
「悪いな」
常闇が雄英に入学してからの眞司の印象は物静かで控えめな印象だったが、体育祭のガチンコ勝負では目を見張るものがあった。しかし、今の眞司の姿からはあの時の覇気は全く感じられなかった。
改めて眞司を見るとタコ飯の蓋を何度も開けたり閉じたりを繰り返し、ようやく箸を持ったかと思えば、具のタコやアナゴを箸で摘んでは離しを繰り返し、ようやく食べ始めたかと思えば異常に遅く、博多駅に着くと同時にようやく食べ終わった。
福岡に到着し、事務所に着くとホークス事務所のサイドキックから更衣室に案内され職場体験中使うロッカーをあてがわれた。
眞司は更衣室で早々とコスチュームに着替え終わり、常闇の着替えを待ちながらマスクを撫でる。
マスクの表面はゆで玉子の様につるりとしていたがゆで玉子と違いその色は黒く、鏡のように眞司の顔を写した。
そこに反射して見えるのは沈痛な面持ちでいる自分の顔だった。
(情けないなぁ…僕は…)
その時、唐突に更衣室の扉が開き、そこから赤い翼と黄色いジャケットが見えた。
それはNo.3ヒーロー、ホークスだった。
ホークスの姿を見るなり眞司は慌てて手に持っていたマスクを顔に装着した。
「どうもどうも始めまして。俺の事務所に来てくれたね。歓迎するよ。」
「よろしくお願いします!!」
眞司の突然とも言える挨拶に常闇もホークスも思わず目を丸くした。
「元気があっていいね。んじゃあ早速だけどパトロールに行こっか」
雛鳥が親鳥に付いて歩くように、眞司と常闇の順でホークスの後を追う。
すると、常闇が眞司の背中を見て言った。
「阿久津、お前のジャケット…」
「うん、ホークスが憧れだしジャケットもそれっぽくしたんだけど、本人を前にしたらちょっと恥ずかしくなってきた…」
「いや、お前によく似合ってると思う」
「なになに?二人して何の話してんの?」
目を離した一瞬の間に前を歩いていた筈のホークスは二人の間に立っていた。
「ホークス!」
二人の声が自然と重なった。
「お!阿久津くん、このジャケットってひょっとして俺のヤツに似せたのかな?」
「そ、そうです!」
「よく見れば色も剛翼によく似せてある。ただ色はもうほんの少し濃くした方が色合いが良くなって剛翼に似てくるよ」
「そうですか…?」
はにかんだ様に答える眞司を見て常闇は少しだけほっとしたが、その姿に一抹の違和感を感じたがそれを具体的に言葉にする事が出来なかった。
そんな常闇の考えを掻き消すようにサイドキックがホークスのもとに駆け付けるや否や、ホークスは近くの窓から飛び出していった。
「二人とも!いきなりで悪いけど強盗事件が発生したから着いてきて!」
「はい!」「わかりました!」
サイドキックの後を追い、二人は駆け出していった。
「遅いですって」
ホークスの活躍は圧巻と言うしか無かった。
犯罪発生の報と同時に飛び出して行き、眞司と常闇、そしてサイドキックが駆けつける頃には既に犯人の制圧が完了していた。
サイドキックの一人が強盗を拘束しながら言う。
「常闇くん、阿久津くん、俺らサイドキックはコイツの後始末ね」
「ホークスは速すぎるけんね」
「やけん、この形が一番効率的とよ」
二人は顔を一瞬見合わせて答えた。
「「追います」」
だが二人は何処まで走ってもホークスに追いつく事は出来なかった。
「ホークス、何故今回俺達に声を掛けたんだ」
職場体験も二日目に入り、その日も街で起きた大小様々な犯罪をホークスが一人で片付けてしまった。
そしてその日の職場体験が終わり、ホークスが夜勤担当のサイドキックと談笑している所に常闇は声をかけた。
「常闇くんに関しては鳥仲間。阿久津くんは俺のファンだから」
「お巫山戯で…?」
剛翼の一枚羽を弄びながらおどけた様に言うホークスに対し、常闇の声には僅かに苛立っているように聞こえた。
「いーや常闇くん2割、阿久津くん1割で本音。半分は1年A組の人から話を聞きたくて。君らを襲った敵連合とかいうチンピラのね。んでどうせなら、俺について来れそうな優秀な人って事で」
弄んでいた一枚羽を眞司に向け言う。
「特に阿久津くんなんて、そのチンピラのトップを追い払ったって小耳に挟んだからね。是非とも聞いてみたかったんだ。それでどうだった、その彼の印象は?」
少し考えて眞司は答えた。
「…おれには、彼が寂しそうに見えました…」
「へぇ、寂しそう…その心は?」
「心はって言われてましても…そう思っただけなのでそれ以上は何とも…」
「ふ〜ん……常闇くんの方は?」
眞司の答えにホークスはそれ以上の興味を持たなかったのか、話題を常闇に向けた。
「俺の所見を述べるのであれば、良く言えば統率の取れていない愚連隊、悪く言えば烏合の衆に思えました」
「成程、そっか……あと、二人には来てもらってすぐで悪いんだけど明日出張に行くんだけど付いて来るかい?」
「どういう事ですか?」「何処に行くのですか?」
二人の声が重なった。
「保須に行く。ヒーロー殺しに会いにね」
ホークスはニヤリと笑いながらそう言った。
時間は少し遡り職場体験初日、エンデヴァーは簡単な案件は全てサイドキックに任せていた。
彼は社長室で息子の焦凍の到着を待ちながら深い思考の海に沈んでいた。
雄英体育祭で焦凍はようやく、
両方の個性を使いこなせれば、あのオールマイトをも凌ぐ最高のヒーローに焦凍はなる事が出来る。
しかし体育祭以降、それが本当に正しい事だったのか考える時間が増えてきた。
“エンデヴァー“として動いている時は大丈夫だった。目の前の倒すべき敵ヴィランと救うべき市民に集中していればいい。だが“轟炎司“として生きている時は絶えず苦悩が付き纏った。
そんな中、時々もしかしたらと夢想する、もし燈矢が死ぬ事が無く、もしも冷が心を壊さなかったら、そして、自分がちゃんと家族に向き合えていたら、と。
子供達がヒーローになり、自分の事務所で共に切磋琢磨し、サイドキックとして一緒に敵ヴィランと戦うのだ!
そしてゆくゆくは子供達の誰かに事務所を譲り自分は冬美と一緒に穏やかな隠居生活を始めるのもいいだろう。たまには家族と旅行に出かけるのも良さそうだ。子供達全員は無理だろうが、それでも燈矢や焦凍を何とか苦心して誘う。
旅行先で燈矢と焦凍が冬美と夏雄、事務所の皆に渡す土産を選んでいる最中、恥ずかしながら彼は冷に語りかける。
「今まで苦労をかけてすまなかった。お前さえ良ければこれからも俺と一緒に居てくれ」
冷は初めて微笑んでくれた時と同じ顔でこう言うのだ。
「はい」と、
それは考えるだけで甘美で至福、極上の美酒にも似た心地よい妄想だった。
だがそれが訪れる事は決して無い。
ありえない。
燈矢、エンデヴァーの最初の子供であり、瀬古杜岳の山火事で亡くなった。あの日、瀬古杜岳に行ってさえという後悔が胸を抉る。
それにしてもマネージメントガール、あの女は何処でそれを知ったのか疑問だったが、なんてことはない、当時瀬古杜岳の火事は一時新聞やニュースで取り上げられた。恐らくそこから調査して自分に辿り着いたのだろうと見当を付けた。
何時もそうだ、飄々とした態度で人の心を見透かしたように言葉を操り正論と詭弁で心を抉ってくる。
そしてあの女の息子、阿久津眞司。純朴そうだが内に熱いものを秘めた少年だった。もしかしたら焦凍も彼の様に育ったのかと思うと胸が締め付けられた。
だが今の焦凍を育てたのは自分なのだ。
ならば自分は間違っていたのか?
オールマイトという壁を超える為に研鑽を積んでいく程にその壁が大きくなる。
だから俺は…
「おーい、エンデヴァー!焦凍くん来てるから通すぞ?」
バーニンの何時もの様に乱暴に扉を叩き顔を覗かせてくる。
その音でようやく意識が身体に戻ってきた。
「あ、あぁ……バーニンか…頼む、通してくれ」
「はいよ!あとさエンデヴァー…」
バーニンは扉を閉めようとしたが、振り返り、エンデヴァーに言った。
「最近悩んでるみたいだけど、話くらいなら聞くからさ…あんたのサイドキックなんだからさ!」
閉じた扉に向かって誰にも聞かれないように「ありがとう」と呟いた。
少しして焦凍が部屋に入ってきた。
「よく、来たな焦凍」
捻れきった関係を修復するのは簡単では無いだろう。出来るのだろうか?そんな事が。だが何もしないままでは何も変わらないから彼は焦凍に尋ねた。
「なあ焦凍………お前の好きな物はなんだ?」
唐突にエンデヴァーからそんな事を聞かれたせいか怪訝な顔をしたが、その口から出たのは彼の予想していたものとは違った。
「じゃあお前はどうなんだよ」
「なに…?」
予想外の返答に思わず生返事で返してしまった。
「クラスの奴に言われたんだ。何も知らないのに何でそんな事言えるんだよって。だから考えてみた。俺はお前を今でも憎んでる……けど憎んでるだけじゃ前に進めないって思った……だからまずお前の事を知ってみようと思った」
「………くず餅だ」
「へぇ、何か意外」
「お前はどうなんだ焦凍?」
「俺はそばが好きだ」
「そばか…なら近くに良い店を知ってから近い内に行ってみるか」
何でもいい、まずは一歩を踏み出さねばとエンデヴァーは心の中で誓った。
眞司達はホークスの引率のもと、保須に向かった。
「俺は街の様子を観てくるから、その間は自由時間って事でゆっくりしてていいよ」
保須に到着し、駅を出るなりホークスはそう言って空に舞い上がった。
眞司がしばらくベンチに座って空を飛ぶホークスを眺めていると、常闇は缶ココアを持って来た。
「飲むか?」
「うん、ありがとう。でも言ってくれたら僕が買ったのに」
「いや、ここは俺に奢らせてくれ………なぁ阿久津、今のところホークスから何か学べたか?」
「わからない。常闇くんの方は?」
「俺もだ…一体全体、俺達は何の為に呼ばれたのか甚だ疑問だ……俺達は伝書鳩じゃないんだぞ…!」
そう言って常闇は缶を強く握り締め、缶がへこむ音が聞こえる。
「……でもホークスは僕達にも想像もつかない事を考えているのかもしれない…まぁ、わからないけどね」
ふと空を見上げると何時の間にか空の色は橙色から紺色に変わりかけていた。それに合わせるように常闇も顔を上げた。
「逢魔ヶ時…か、ヒーロー殺しが動くとすればそろそろかもしれんな…」
街灯に明かりが灯りはじめ、仕事帰りの人が徐々に増えてゆく。そんな人達がヒーローコスチューム姿の二人を物珍しそうな目で見るのはある意味で、当たり前の事だった。
人からあまり注目される事に慣れていない眞司は膝に置いていたマスクを装着した。
その時、近くに停車していた車に何かが落ちて来る激しい音が聞こえた。
「脳無!でもっ…以前のとは違う!」
襲撃に来た脳無とは体格も色も違った。肌は青白く、手足はやけに長かった。だが共通しているのは何処を見ているのかわからないギョロリとした目と剥き出しにされた脳だった。
「黒影ダークシャドウ!」
「アイヨ!」
常闇の内から飛び出した
力比べは互角に見えたが均衡が崩れればすぐにでも押し倒されそうだった。
眞司は常闇を援護するべく脳無の左脇腹に全力の上段蹴りを叩き込んだ。
蹴りは脇腹に深く食い込み肋骨が折れる嫌な感触がした。
「なっ…!」
脳無は一切怯まず、それどころか更に勢いを増して常闇を襲う。
「二人共早く逃げて!!」
「そうしたいのは…やまやまだが…」
「ゴメン…フミカゲ!チカラガデナイ!」
近くで車が爆発し、立ち上る炎が
脳無に力負けし、
眞司は次の蹴りを入れようとしたが、ヒョロリとした長い足が眞司に当てられ、逆に蹴飛ばされ、転がされた。
眞司には見えなかったが脳無の両目はバラバラに動き、右目は常闇を見て、左目は眞司を捉えていた。
脳無の歪な指が伸ばされ、常闇の顔に手をかける。
「常闇くん!」
その時、幾十の赤い閃光が脳無を襲い、脳無の動きが止まった一瞬の間に常闇の体がふわりと浮き、眞司の近くに移動した。
脳無に目をやると、指、手首、腕から血が吹き出していた。
二人が顔を上げると赤い羽根が辺りに舞っていた。
「二人共お待たせ!怪我は無い?」
「「ホークス!!」」
ホークスが翼を羽ばたかせ、ゆっくりと地面に降り立ち、眞司達と脳無の間に立った。
「っと、効きが悪いな…痛覚が無いのか?取り敢えず危ないから二人は下がってサイドキックと一緒に避難誘導しておいて。こっちは俺の仕事だから」
「ホークス危ない!」
ホークスは眞司達に体を向け脳無の方を見ていなかった。それを脳無は隙と見たのか標的をホークスに変える。
脳無は手がまともに動かない為か、左腕を鞭の様にしならせ彼に当てようとした。
しかしその腕は不自然な軌道を描いて、ホークスの斜め上に逸れた。気付けば彼の手には大羽根が握られていた。それで脳無の攻撃を逸らしたのだと眞司は悟った。
それにしても速すぎる男、ホークス。彼の速さは桁違いだった。
予備動作の一つもなく羽の一振りで脳無の腕を容易く払い除けてしまった。
ホークスから離れたサイドキックの手伝いをしていると、唐突に二人のスマホが通知音を響かせた。
「緑谷くんからだ」
スマホを取り出した眞司が見た連絡には座標だけが記されていた。
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