「すっげぇ…」
観客席で切島は思わずそう呟いた。
一緒にいた期間は長くは無いが切島が今まで見てきた眞司はおとなしく、何時もおどおどしていた。それが、あれ程までに感情を剝き出しにし、クラスで一番の実力を持つ轟と互角の戦いを見せた。
あれを男らしいと言わずして何と言うのか!
「俺も負けてらんねぇな…じゃあ行ってくるわ!」
「切島、わかってると思うけど…」
「話しかけられても答えるな、だろ?サンキューな尾白」
「俺の事は貶されてもいいから、くれぐれも気を付けて」
「おう!」
切島の対戦相手は心操人使、尾白から心操の個性の事を教えてもらっていた。
出来れば試合前に保健室に送られた眞司の様子を見に行きたかったが、切島はこの次の第二試合に出なければならなかったので、後にすることにした。
客席からの歓声を浴びながら試合場に上ると、セメントスによって取り除かれた氷の跡が所々に見えた。
正面には心操が立っていた。
「切島鋭児郎、君は凄いよな…優れた個性を持って雄英ヒーロー科に入り、将来を約束され たも同然だ。きっと君みたいにチャンスをつかみ取れる人がトップヒーローになるんだろうな…」
心操からの突然のべた褒めに切島は警戒はするが悪い気はしなかった。
その傍らで、プレゼントマイクが試合開始の号令が出された。
「それに比べたらさっきの猿はプライドがどうとか言ってチャンスをドブに捨てるなんて馬鹿だと思わないか?」
「ッ………!!」
思わず否定しそうになったが尾白の言葉を思い出し、慌てて口を押え喋らないようにした。
「あれ、引っかからない?あの猿から言われたんだな?俺と喋るなって……おっとと…」
切島は構わず心操に近づき右ストレートを繰り出したが、心操はそれを両手で受け止め右に受け流した。
心操はそのまま距離を詰めて右フックを切島の鼻っ面に当てたが、それより早く硬化し逆に心操にダメージを与えた。
「痛ってて…手の骨が折れたかもしれないじゃないか、酷いな君は…手と言えば第一試合の彼、阿久津って言ったっけ?彼が障害物競争でB組の人に個性を使うところを見たよ。ろくな個性じゃないな、俺のより酷いよ…きっとズルして入学したんだろうな…それに多分、見えないところでは、女子に個性を使って楽しんでるんだろうな!」
頭がカッと熱くなり思わずそれに答えてしまった。
「あいつがそんな事するわけねぇだろ!!」
その時、殴りかかろうとした切島の動きがピタリと止まった。
「ようやく喋ってくれたか俺の勝ちだ…じゃあ振り向いてそのまま場外まで歩いていけ」
意識はしっかりしている筈なのに頭にはモヤがかかったようにぼんやりとし、体は勝手に動き足が場外に向かっていった。
(ああああああ!!!何勝手に歩いてんだよ俺の足!!ダチを馬鹿にされたまま終わって良いはずねえだろ!なのに何で!!)
いくら体を動かそうとしても無駄だった。
(あいつだって夢見てんだよ!だからこんな所でこんな奴に負けたくねぇ!!)
切島の足がゆっくりと場外に進んでいく中、足が滑り、頭を思いっきり地面にぶつけた。
いつの間にか硬化が解け、顔を起こすと額が割れて血があふれ出し、視界が真っ赤に染まった。
滑った場所を見てみるとそこにはセメントスが取り除き損ねた氷が光を反射しその存在を主張していた。
(阿久津が助けてくれた…)
血を手で拭いながら何故だかふと、そんな考えが頭をよぎった。
そして言った。
「俺は今から個性を使わねえ!だからお前も男らしく、正々堂々の殴り合いをしようぜ!」
そう言いながら近づいてくる切島に対して心操は先程と同じく鼻っ面に左ストレートを当てた。
確かな手ごたえがして今度は拳を痛めることはなかった。
心操が拳を放すとその下の切島の顔から鼻血が流れていた。そして言った。
「ほらな?」
「何を馬鹿なことを…かはッ!」
心操が言い終わる前に切島は彼の腹に一発入れた。
「これは尾白の分!」
次に彼の左手を取り、揃えた二本の指で腕を叩いた。
「それでこれが今俺を殴った分…」
拳を大きく振りかぶって思いっきりぶん殴った。
「そんでこれが阿久津の分だ!!」
切島は荒い息を整えながら、鼻血をぬぐい、怒りと憤りの入り混じった眼差しで心操を睨みつけた。
「お前さ…毎日ぶっ倒れるくらい走りこんだことあるか?」
「はぁ?」
「毎日倒れるくらい走って、練習して…運動が苦手な筈なのにそれでもヒーローになりたいって俺に見えないとこで泣いて…それでもって頑張り続けたことお前はあるのかよっ!」
心操の表情がわずかに曇った。
「毎日倒れるくらい走って、練習して、それでも届かねぇって思うことがあっても、それでも立ち上がるしかねぇんだよ!俺のダチは、そうやって自分の個性に負けないように戦ってきたんだ!!」
切島は拳を握り直すと、心操の胸ぐらを掴んでぐっと引き寄せた。
「お前が個性のせいで夢を諦めかけたって気持ちはわかる。けどな、俺のダチもそうだ!それでも、諦めずに戦い続けてんだよ!」
心操の顔に苦い表情が浮かぶ。切島の言葉が、
「俺もな、昔は弱ぇヤツだった。でも、変わるためにここにいる!お前だって、本気でヒーローになりてぇなら、こんな卑怯な手ばっか使ってんじゃねぇ!!」
切島が拳を振り上げた。
「こんなもんで夢を諦めてんじゃねぇええええ!!!」
切島の拳が心操の顔面に直撃した。心操の体が後ろに吹っ飛び、背中から地面に倒れた。
「普通科でも体育祭で結果を残せばヒーロー科に編入する事が出来る…」
口内を切ったのか口の端から血が流れていた。
血を拭いながら立ち上がりそう言った。
「わかんないだろうけど俺だって!…こんな個性でも夢見ちゃうんだよ!」
心操が切島に飛び掛かり殴りつけた。
またも顔面で受け止め、そして殴り返す。
心操が切島に飛び掛かり、猛然と殴りつけようとした瞬間、切島はすかさず身を低くして受け流して両手で彼の片腕をしっかりと捉えた。相手の勢いを利用するように、切島は素早く体を回転させながら、心操を自分の背中に引き寄せた。
「これで終わりだ!」
叫びと共に、切島は全身の力を込めた背負い投げ――流れるような動きで、心操を肩に担ぎ上げ、勢いよく地面へ叩きつけた。
心操は、空中であっけなく体勢を崩し、受け身も取れずに、激しい衝撃と共に背中から地面に叩きつけられた。
少しの静寂の後、切島は荒い息を吐きながら、拳を軽く握りしめた。
ミッドナイトの声が再び響いた。
「心操くん場外!!切島くん、二回戦進出!!」
切島が目をやると、彼の足が白線を越えて場外に飛び出していた。
観客席からは熱狂の歓声が沸き起こった。
「なぁ、大丈夫…」
切島が心操に手を差し出して起き上がるのを手伝おうとしたがその手を振り払われ、苦し気に一人で立ち上がり、退場しようとした時、観客席からC組のクラスメイトが心操を称える声や、個性を活かせないか検討する声が絶え間なく聞こえてきた。
それは心操だけではなく切島の耳にも届いていた。
「心操!さっきお前言ってたよな!?結果を出せばヒーロー科に編入できるって!」
心操が足を止め切島を振り返った。
彼は歓声に搔き消されないよう尚も大声で叫んだ
「俺、待ってるからな!絶対ヒーロー科来いよ!!」
心操は何も言わず軽く右手をあげて去っていった。
「絶対だかんな…」
惜しみない拍手と歓声の中でその声は誰の耳にも届くことは無かったが、その思いは必ず心操に届いていると切島は信じていた。
切島が保健室に向かったのは、二回戦が終わった後だった。
保健室に入ると、消毒液の独特の匂いが鼻を突いた。
ベッドに横たわる眞司は全身を管で繋がれ、静かに眠ってるようだった。
リカバリーガールの話では保温をしつつ、加温した輸液をしてそのうち目が覚めるとの事だった。
「阿久津……お前の試合、本当にカッコ良かったぜ」
備え付けの椅子に座り、切島は訥々と眞司に語り始めた。
「正直言うと俺さ、お前が轟に一瞬で負けると思っちまった……塾からの付き合いっだってのにな…だけどお前はさ、轟を相手にあれだけ立ち回ってよ…」
切島の声は何時しか押し殺したものになっていた。
「お前が何時も頑張ってん見てたのにさ…ダチなら勝つのを応援しなきゃいけねえのによぉ…カッコ悪いよな俺…」
「………そんな事ないよ…」
見ると、眞司は目を開け切島を見ていた。
「阿久津…お前起きてたのかよ!起きてたなら言えよ!」
「いや、切島くん急に語りだすから、ちょっと言い出しにくくって…」
「そうだぞ!俺も隣に誰か入って来たと思ったら急に語りだしでビックリだぜ!」
カーテンが勢いよく開き隣のベッドで寝ていた鉄哲が大声で言った。
「B組の……ってお前も聞いてんじゃねえよ!しかも何でここに居んだよ!!」
「仕方ねぇだろ!障害物競争でリタイアしちまったんだから!それにリカバリーガールからもう少し休んどけ言われたんだよ!」
「それよりも切島くん、試合どうだったの?」
「あぁ、一回戦は俺の勝ちで、二回戦が轟だった…瞬殺されたよ」
「そりゃあ、お前の個性じゃ轟には分が悪いよな」
鉄哲が苦笑いしながら言う。
「お前だって俺と同じで硬くなるだけなんだからさ。試合前から勝ち目はなかったんじゃねえの?」
「言ってくれるじゃねぇか…!」
切島は悔しそうに頭を掻きながらも、笑みを浮かべた。
「でもまあ、俺はやれるだけやったし、後悔はねぇよ。」
「」
鉄哲が力強く頷く。そのやり取りを眞司は微笑ましく眺めていた。
「ちょっとあんたら!保健室で騒ぐんじゃないよ!」
部屋の奥からリカバリーガールの厳しい声が響いた。
「あっ、やべっ!」
切島が慌てて口を塞ぐが、既に遅く、リカバリーガールはベッドの前まで来て、彼らを睨みつけた。
「ここは保健室だよ!大声を出して騒ぐところじゃあないよ!」
「す、すみません!」
鉄哲と切島が同時に頭を下げる。
「まったく…若いモンは元気すぎて困るね。。騒ぐ元気があるなら、さっさと出て行きな!それからあんたらはまだもう少し寝てな!」
「はい……」
リカバリーガールに杖で刺された眞司と鉄哲は、また大人しくベッドに潜り込んだ。
「じゃあ、阿久津、鉄哲、お大事に!また後でな!」
切島は慌てて保健室を後にした。
眞司はその様子を見ながら、静かに笑みを浮かべた。
「本当に賑やかだな…」
まだ少しぼんやりとした頭で、彼は二人の残した余韻を感じながら、もう一度目を閉じたのだった。
こうして眞司の体育祭は終わった。
更新が遅くなり申し訳ございません。
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