またもお待たせいたしました。
今回はエロなしです。
提督と教官 - 女教師は空想上の生き物です -
チュンチュンという鳥のさえずりで目を覚ます。
ベッドの上からカーテンを見やると、向こう側がほのかに白み始めていた。
……総員起こしまでは、あと一時間ほどか。
ノソノソと身体を起こし、伸びを一つ。
すっかり冷え切った執務室の空気が、裸の上半身をチクチクと刺してきた。
全裸で寝ることがデフォルトになってしまった自分にとって、この時期の朝の冷え込みはとても堪える。
暖房も、あるにはあるが……。
四六時中つけていられるほど、まだ
出来るところから節約をしなくてはならないのだ。
そんなことを考えながら、執務室を眺める。
今日は外せない予定が控えている。
新規艦娘の着任である。
ありがたいことに、出嫁鎮守府は満員御礼……。
今日は練習巡洋艦娘が一名に、駆逐艦娘が四名と、かなりの大所帯が来てくれることとなっていた。
───なっているのだが……。
正直、自分は未だ乗り気になれなかった。
はっきり言って、練習巡洋艦がいる時点できな臭い。
練習巡洋艦とは、まだ正式に鎮守府へ配属されていない艦娘たちに戦術や兵装の運用、さらには義務教育レベルの基礎学習まで叩き込む、いわば『先生』のような艦種だ。
通常、彼女たちは士官学校に所属しており、普通の鎮守府に着任することなどまずない。
───まあ、ウチは"普通"ではないのだけれども。
それはさておき……。
若干のきな臭さを感じてはいたが、最初は「たまにはそういうこともあるか」と流していた。
ところが待てど暮らせど続報が来なかった。
不安に思った自分が大本営に問い合わせてみれば、足柄や金剛のときにはあった煩雑な手続きが一切なく、着任に関するほとんどが大本営主導で行われていたことが分かった。
仕事が減るのは大歓迎だが、これは流石に怪しいと言わざるを得ないだろう。
さらに大淀に調べてもらうと、正式な着任は練習巡洋艦一名のみで、駆逐艦四名は"訓練生"として"転校"という形で当鎮守府に籍を置くことになっていたのである。
人間で言えば、義務教育途中の子供たちをラブホテルに放り込んで「そこで勉強しなさい」と言っているようなものである。
───自分の鎮守府をラブホテル呼ばわりするのは気が引けるが、悲しいことに事実は事実だ。
だから着任当日になっても、未だ「こんなことは認められない」という気持ちがどうしても拭えないのだった。
───欠伸が漏れる。
思考に耽っている内に、睡魔が復活してしまったようだ。
おまけに、ここ数日は毎晩毎晩とっかえひっかえだったせいで、ろくに寝る暇もなかったのである。
そう思うと、つい布団が恋しくなってしまう。
───いや、起きなければ。
…………。
………。
……。
思考が鈍っていく。
まぶたが、重い。
……少し……だけ、なら……。
這いよる欲望には勝てず。
ばさり、と毛布を頭まで被る。
先程まで、暖かに身体を包み込んでくれていた布団は、朝の空気を取り込み、少しばかりひんやりとしてしまっていた。
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やあ諸君、提督だ。
突然だが、今日もまた忙しい。
理由は言うまい。
時刻は既に正午……。
二度寝を決め込んでいたところ、本日付の書類を届けてくれた大淀に起こされ、コッテリと叱られたのが一時間ほど前といったところだ。
今は、急ピッチで今日の着任までに片を付けておかねばならない書類を処理している。
"提督"という役職に就いたものの、数カ月前までは士官学校の生徒だった。
それも正規に卒業したわけではなく、訳も分からず連れてこられた身だ。
提督になってからは、夜を共にした艦娘が起こしてくれることが当たり前になっていて、完全に油断していた。
だがまあ……言い訳はしない。
いつまでも母親に起こされている子供のようでは、提督失格だろう。
まだ学生気分が抜け切っていなかったようだ。
ピシャリ、と頬を叩く。
朝はあれほど寒かった執務室も、昼の柔らかな陽射しで、いくらか過ごしやすい気温になっていた。
そんな昼寝日和の空気に負けぬよう、身体をダンボール机へ向け───
───コンコン。
ノックの音で我に返る。
ふと壁掛け時計を見れば、もう着任予定時刻になっていた。
結局、書類は六割ほどしか終わらなかったが、もはや仕方ない。
書きかけの書類をダンボール書類入れにしっかりとしまい、「どうぞ」と声をかける。
「失礼します。」
ドアの向こうから、凛とした声が響、く……?
……どこかで聞いたことがあるような───
「《起立ッ!!》」
───その号令を聞いた瞬間、考えるよりも先に体が反応する。
「《敬礼ッ!!》」
本来、待つ側であるはずの
おかしいと思う暇もなく、身体が勝手に動き出す。
ガチャリ、とドアが開き、一人の女性がゆっくりと入室してくる。
その姿を見て、置き去りにされていた思考がようやく追い付いた。
な、な、な……何故、教官がここにぃ?!?!?!
「あら、勝手に卒業してしまってから数カ月…。
魅力的な艦娘たちに囲まれ、私のことなど、とうに忘れてしまった思っていたのですが……。
厳しく指導した甲斐があった……ということでしょうか?」
いやいや、忘れられるはずがない!!
目の前にいらっしゃる銀縁眼鏡の美女は、自分の士官学校での教官──『香取』その人だった。
最初は、「あんな美人に教えてもらえるなんて、俺達ラッキーだな(笑)」と仲間内で浮かれていたのが懐かしい。
次の日には、そんなことを言える奴は一人もいなくなっていた。
……というか話す気力がある奴すら居なくなった。
それほどの鬼教官なのだ!!
特にあの『号令』は"絶対"で、あの人に命令をされると、意志に反して身体が勝手に動いてしまうのである。
初めて"アレ"を掛けられたときは、小便をチビるかと思ったものだ……。
あまりの効力に、士官学校内では「香取教官は催眠術を使えるのでは?」と噂されていた。
流石にファンタジーの世界ではあるまいし、そんなことはありえないとは思うが───
───いや、今はそんなことどうでもいい!!
練習巡洋艦としては引退したとおっしゃっていた教官が、何故ここにっ?!
「ええ、その質問はもっともです。
一つずつ説明しましょう。」
動揺するこちらをよそに、香取教官は落ち着いた口調で続ける。
「以前お話しした通り、私は練習巡洋艦を引退し、士官学校で提督候補生を指導していました。
ですが、少し……"躾"が厳しすぎたようで。
最終的に残った生徒はアナタ一人となり、結果的に専属教師のようになってしまいました。」
教官には悪いが、あれは『厳しい』なんて生ぬるい言葉で済むモノではなかったぞ……。
明らかに人間を対象とした訓練ではなかった……。
自分?
自分は『ここで諦めたら、艦娘に逢えない』と言い聞かせていたら、自然と身体が動いていた。
火事場の馬鹿力という奴だ。
「ええ、その点は申し訳なく思っています。
実は、士官学校の教官というのは初めての任務で……。
つい艦娘用のカリキュラムをそのまま適用してしまった部分がありました。
それに『香取』としての生を受けてから、ずっと艦娘に囲まれた生活でしたから…。
人間の男性を指導するなど初めての経験だったもので……。」
それは初耳だ。
あの"圧"から勝手にベテランだと思い込んでいたが、まさか新任教師だったとは……。
「あとは思わぬ"拾い物"を見つけてしまったことで、指導に『熱』が───」
香取教官がボソボソと何かを言う。
しかし、声がどんどん尻すぼみになってしまったせいで、後半の部分が全く聞こえなかった。
気になって聞き返してみるものの、「なんでもありません!!」と、大きな声でごまかされてしまう。
「───オホンッ!!
話を戻しますが、アナタは私が受け持っていた唯一の生徒でした。
そんなアナタが突然卒業をしたことで、私は仕事がなくなってしまったんです。
その後、しばらく暇を持て余していたのですが……。
ある時、大本営から直接、練習巡洋艦として復帰するよう命じられたのです。
今回の任務は、共に参りました駆逐艦訓練生四名の教導艦として、この出嫁鎮守府に着任することになっています。」
大本営から直接?!
これは相当に厄介な臭いがするな……。
練習巡洋艦は通常、所属する学校の指示で動くはずなのだが……。
だが、それよりも何よりも──訓練生のことだ。
なぜ訓練生が来るのか。
なぜ引退したはずの教官が選ばれたのか。
なぜこの鎮守府なのか。
香取教官の着任というビッグニュースのせいですっかり忘れていたが、聞かねばなるまい。
「落ち着いてください、提督。
疑問をお持ちになられるのは当然の事です。
ですが感情的になっては艦隊指揮に影響が出ると教えたはずですよ。」
自分は至って冷静だ。
大本営は何も教えてはくれない。
調べても情報は出てこない。
なら、教官に聞くしかないだろう。
答えて欲しい……お願いだ!!
「はあ……本当に艦娘のこととなると、我慢がきかないんですから……。」
恥も外聞もなく頭を下げる自分を見て、香取教官は小さくため息をついた。
「仕方のない人ですね……。
では実際に教室に行きましょうか。
こういうことは、会って話すのが一番です。」
そう言って、教官は微笑んだ。
本当はここで全部説明してほしかったが……
しかし、いずれはこの鎮守府の提督として挨拶しなくてはと思っていた。
それが今になっただけだ。
自分が無言で頷くと、教官が「ああ、そうだ」と思い出したかのように口を開く。
「その前に、改めて自己紹介をしましょうか?
"お久しぶり"です、提督。
練習巡洋艦、香取です。
艦隊の練度向上から、生活指導まで……。
何でもお任せください。
心配しないで?
色々と優しく、指導させて頂きますから。」
教官のタレ気味の目が細まり、口元に笑みを浮かべる。
それに対して自分は───
自分が、この出嫁鎮守府の提督、です……だ。
よ、よろしく。
───と、ぎこちない挨拶を返す。
威厳もへったくれもないが、仕方ないと思いたい。
だって相手は教官だ。
数カ月前まで通っていた学校の担任が部下になったとしたら、誰だってこうなるだろう?!
呑気にそんなことを考えていると、ふと強い視線を感じることに気づく。
何かと思い、教官の方を見ると、銀縁眼鏡の奥から翡翠色の瞳がジッとこちらを見据えていた。
口元には笑みを湛えているが、目が全く笑っていない。
恐る恐る視線を辿ってみると───
寝癖を直す暇も無く、ボサボサの髪
急いで着たせいで、シワの寄った制服
ダンボール箱に突っ込まれた書きかけの書類。
───へと突き刺さっていた。
「それと……特にアナタには、生活指導が必要なようですね。」
…………。
「艦娘達とは良好な関係を結べているようですが、あまりだらしのない姿を見せると、失望されてしまいますよ?」
………。
……はい。
こうして香取型練習巡洋艦一番艦『香取』が戦列に加わったのだった。
改めまして、またも長らくお待たせしてしまい申し訳ありません……。
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