ラブライブ! Another 一つ屋根の下で 作:伊崎ハヤテ
そんなことよりも、十話目。どうぞ。
会場は熱気に溢れていた。彼女達の舞う姿に、発せられる歌声に。俺はそれに反応するでもなくただただ立ちつくすだけだった。俺の目線の先にはこれまで一緒に暮らしてきた女の子が一人。
高坂 穂乃果。俺の前じゃ駄々をこねたり、顔を赤らめたりするあいつがあんなにも踊って、歌って、皆を感動させている。合の手入れて盛り上がっている。
ここにいる連中に、「あのセンターで踊っている奴、俺と一緒に暮らしてるんだぜ」って言ったらどんな反応するだろうか。きっと驚くだろうな。
なぁ穂乃果。そこからも聞こえるだろ? 皆のこの声が。お前の、お前達の努力が、この歓声に繋がったんだ。何も不安なことなんて無いじゃないか。
俺はきらきらと輝くような笑顔で踊る彼女から、眼が離せなかった。
「お、悠さん」
ライブが終わった後、会場を跡にした俺に声がかけられた。
「伍原か」
振り返ると長身の男が一人。御握り屋の跡取り息子の伍原が立っていた。
「悠さんも、ライブを見てたんで?」
「も、ってことは君もか?」
「ええ、まぁ、ね」
伍原は照れながら俺の隣に並ぶ。
「悠さんは、穂乃果を見に来たんすね?」
「そうだな、アイツがドジ踏まないように、ってとこかな? そういう伍原は?」
「俺は、見て下さいって頼まれて見に来たってとこっすかね。あと……」
「あと?」
伍原は視線を外すと少し考えて、笑いかける。
「御握りを届けにって感じっすね」
「なんだそれ」
彼の答えに俺の口元が緩む。暫く笑い合って学院内を歩く。暫く沈黙が続いていたが、俺から口を開いた。
「凄かったな、ライブ」
「ええ」
眼を瞑ると浮かび上がる、彼女達のダンス、笑顔。どれも輝いていて、見ているこっちも昂揚感を感じた。
「穂乃果、彼女達は、自分の学校を廃校にさせたくないから集まったみたいっすね」
「よく知ってるな。穂乃果から聞いたのか?」
「ええ、そんなとこ、ですかね」
竹を割ったような性格なはずの彼にしては珍しく歯切れの悪い受け答えだった。
「見ていると、廃校を何とかしたいって思うんすけど、オレに何が出来ますかね」
ぽつりと彼は言った。確かに俺達は高校生とは言え、この音ノ木坂学院は女子高だ。俺達がどうにか出来る問題ではない。
でも、それでも。
「彼女達を、応援すればいいんじゃないかな」
「え?」
伍原が俺に視線を向ける。俺は自分でも確認するように言葉を繋げていく。
「確かに俺達はここの廃校問題に直接は介入出来ない。だけど、それを何とかしたいって精一杯頑張っている彼女達に精一杯応援して支えることは出来ると思うぞ」
「精一杯応援して、支える……」
彼も言葉を反芻する。何か思い当たる節があるのだろう。
「そう。その声援を受けてより一層アイツ等は輝けると思う。その輝きが、この学校を救うんじゃないかな」
「……」
伍原は空を仰ぎ見ながら聞いていると、いきなり吹きだした。
「悠さん、ちょっと台詞が臭いっすよ」
「確かにな」
吹きだして互いに笑い合う。笑いの波が過ぎ去ると彼は吹っ切れたような表情をしてた。
「そうっすね。オレらにはオレらなりの支え方があるってことっすね」
「そういうことだ。俺と伍原でも支え方は違うだろうしな」
「そうっすね」
よし、と彼は頷くと校門の方向を指さした。
「オレ、連れと会うんですけど、悠さんはどうします?」
指さす方向には俺と同じ制服の男が二人。一人はヘッドホン、もう一人はギターケースを抱えている。
「いや、俺はやることがあるから」
「そうっすか。連れもファンで、紹介したかったんすけど、予定があるなら仕方ないっすね」
「誘ってくれてありがとな。また今度紹介してくれ」
うっす、と伍原は会釈すると友人の方へ走っていった。
「よし」
俺は心を決めると再び校舎の方へ歩き出した。
「とは言ったものの……」
俺はため息をつきながら校内を彷徨っていた。穂乃果がどこにいるのかさっぱり見当がつかない。まだ見学の人がいるからいいけど、このままじゃ不審者扱いされ兼ねない。
「穂乃果なら……」
少し眼を瞑り、思考を巡らす。穂乃果だったらどうするか。ライブが終わり、成功した昂揚感を持った場合どこに足を向けるか。
「あそこかな」
眼を見開き、俺は足をライブ会場に向けた。
「やっぱりな」
会場に着くなり俺は頬を緩ませた。観客席だった所に佇むサイドポニー。高坂 穂乃果は少し呆けた表情で自分達が踊っていた舞台を見つめている。ちょっと脅かしてやるか。
ゆっくりと近づいていく。彼女はライブに思いを馳せているのか、全く気付かない。
何て言ってやろうかな。「ライブ、よかったぞ」じゃありきたりだしな。
「あ」
なんて考えていると穂乃果の視線がこちらを向く。少し眼を見開いて俺を見つめている。
「よ、穂乃果」
「……」
「ライブ、よ――」
「悠くぅーん!」
こっちが言いきる前に穂乃果はこちらに駆け寄って体当たりするように抱きついてきた。強い衝撃と共に柔らかさが俺を襲う。
「お、おい穂乃果――」
「怖かったよぉ! いつステップ踏み違えるか、歌詞を忘れるんじゃないか、すっごく怖かったんだよぉ~!」
そう言いながら訴える彼女の瞳にはじわりと涙が満ちていて。
「穂乃果なら大丈夫だって言っただろ。何の為にお守りを渡したと思ってんだ」
「それでも怖かったの~!」
そっか。観客やメンバーの前では全力で頑張って不安な姿を見せないだけで、本当は不安で怖かったんだな。
皆を笑顔にするスクールアイドルは、俺の前じゃただの一人の女の子なんだ。
俺は抱きついてくる穂乃果の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だ。穂乃果はちゃんと踊れてた。歌えてた。俺が保証する」
「うん、ありがとう……」
穂乃果は涙を少し残したまま笑う。俺は、弱い面ももっている彼女を支えたいって思えた。
「穂乃果、あのさ――」
「ぴゃあぁぁぁぁぁー!」
突然鼓膜を劈くような絶叫が木霊した。俺達はびっくりしてお互いの身体を離す。どこの誰だと絶叫の源へと視線を向ける。
「花陽、ちゃん?」
穂乃果の声に声の主をよく見た。あの子もステージで踊ってたな。花陽と呼ばれた子は身体をかたかたと震わせている。
「ほ、穂乃果ちゃんが男の人に抱き寄せられて、あ、あ、誰か助けてー!」
しまった。穂乃果を抱きしめている俺を不審者と勘違いしているみたいだ。
「違うの、花陽ちゃ――」
「穂乃果の貞操が危ないと聞いて!」
穂乃果の言葉を遮りながら花陽の隣に長髪の女の子がすっ飛んできた。間違いない、あれは海未だ。
「待ってよ海未ちゃ――」
遅れてやってきたことりも俺達を見てぴたりと動きを止める。そしてにこりと笑顔を向ける。俺にはその笑顔が何故か恐ろしかった。
『ニャ?! 穂乃果ちゃんから離れろー!』
『落ち着きなさい凛。ちょっとそこの人、生徒会室まで来て貰えますか?』
『絵里、生徒会室に連れて行くよりも警察に通報したほうがいいんじゃない?』
『にこも真姫ちゃんにさんせ~い!』
『くすくす♪ なんか大変なことになってるやん』
それから次々と他のメンバーがやって来た。まずい、このままでは俺は不審者になってしまう。
「待ってみんな! 違うの!」
隣で穂乃果がメンバーに向かって叫ぶ。そうか、俺を居候だと説明してくれるんだな。
「違うって何が違うの穂乃果?」
「うん、絵里ちゃん、この人はね――」
助かった。これで俺は不審者と勘違いされずに――
「穂乃果の彼氏なの!」
「ぶっ!」
思わず吹いてしまった。今、なんて言った? 彼氏って、彼氏?!
「穂乃果、悠……」
海未からとてつもない圧力を感じる。その雰囲気に穂乃果も自分が何を言ったのか察したようだ。
「説明して、貰えますか?」
彼女の笑顔から一瞬にして身体全体の汗腺が開いた。汗がとめどなく流れる。それは穂乃果も同じで。
「ゆ、悠くん……」
どうしよう、と身体を震わせながら視線を向けてくる。どうしようと考えている間にも海未は笑顔を崩さないまま近づいてくる。今とるべき行動は一つ。俺は穂乃果の手を取った。そして足に力を入れる。
「逃げるぞ!」
「うん!」
穂乃果も俺の手をぎゅっと握って走り始める。そして全力でその場から逃げだした。
「逃がしません!」
一瞬で笑顔を般若の面に変えると海未は追いかけ始めた。他のメンバーも待て~、と後に続く。
「ごめんなさい~!」
穂乃果は謝罪しながらも俺と走る。俺達はひたすらに走った。
「海未が尋常じゃない速さで追っかけてくるんだが!」
「海未ちゃん弓道部と剣道部かけもちしてたから~!」
俺達は必死になって走った。
「もう、いないか……?」
「うん、たぶん、平気……」
互いに息を乱して足を止める。気付けば神田明神に辿り着いていた。境内はこの時間には珍しく閑散としている。
「ここまで来ればもう大丈夫だろ」
「……」
「穂乃果?」
彼女は顔を赤らめながら視線を落とす。視線の先には俺と繋いだ手。それを見て頬に熱を感じた。
「ご、ごめん」
「待って!」
手を離そうとすると穂乃果はその手をぎゅっと握った。そのまま上目遣いで俺を見つめる。
「あのさ、悠くん。約束、覚えてる?」
「ああ。もちろんだ」
「だから、穂乃果、言うね?」
恥ずかしそうにもじもじとする。いつもの元気な彼女とは違った一面にドキドキする。
「あのね、実は穂乃果、初恋ってしたことないんだ」
えへへと穂乃果は苦笑いする。伍原等の男の幼なじみに対してはそんな感情を抱いていないのか。
「悠くんに初めて会った時、ぶつかったあの時に、ね。穂乃果の心臓はすっごくドキドキしたんだ」
あの時の出会いを思い出しているのか、遠い目をしている。握った手から心臓の脈動が聞こえる気がする。これが自分のなのか、彼女のなのか、よくわからなかった。
「一緒に過ごし始めて、色んな事があって、悠くんの傍にいるとドキドキが止まらなかったんだ。隠すの大変だったんだよ?」
少し拗ねた様子で笑いかける。あれで隠していたらしい。そう思うと笑いがこみあげてきたが、そこはぐっと我慢する。
「悠くんが穂乃果のアイドル活動を応援してくれるって聞いた時、すっごく嬉しかったんだ。練習で起こった出来事や、愚痴ばっか聞かせてたけど、悠くんは嫌な顔一つしないで聞いてくれた」
今度はにこりと微笑む。
「ダンスの練習してる時、『悠くんはどうしてるんだろうな』って考えると胸がきゅっと切なくなったりもしたんだ。そのせいで『緊張感がない』って海未ちゃんや絵里ちゃんに叱られたこともあったよ」
申し訳なさそうにする穂乃果。しかしすぐに笑顔になる。頬を赤らめながら繋いだ手を少し高く上げる。
「練習にも身が入らない位、穂乃果の頭の中は、悠くんでいっぱいになっちゃった」
とろんとした表情で俺を見つめる。俺もその眼差しに惹かれたようになって眼が離せない。
「この町も、スクールアイドルも大事で大好きなんだけど――」
一度視線を外し、戸惑う様子を見せる。でも覚悟を決めたのか視線を元に戻す。
「悠くんの事は、同じ位に、ううん、それ以上に大好きなの!」
大好き、その言葉に俺の鼓動は最高潮にまで達した。穂乃果の言葉とこの脈動以外の音は何一つ聞こえない。
「返事をして欲しいわけじゃないの。ただ、穂乃果の気持ちを聞いてもらいたくて――」
「馬鹿」
「ふぇ!?」
俺は穂乃果を抱きしめていた。抱きしめて解る、穂乃果の鼓動。どっくんどっくんと脈動している。
「俺だって好きだ」
「え?」
身体を離し、両肩に手を置く。穂乃果は驚いたような表情をしている。
「相談役になって、穂乃果ともっと一緒に過ごす時間が多くなって、俺はお前の笑顔が、お前が好きになったんだ」
「悠、くん……?」
学院で俺に泣きついてきた穂乃果を見て、覚悟が決まった。その覚悟を言葉にしていく。
「俺はこれからは、相談役としてだけじゃなく、一人の男として穂乃果を支えたい。だから――」
すっと息を吸う。じっと彼女の瞳を見つめる。
「俺と付き合ってくれ」
その言葉を聞いた穂乃果は瞳をうるうるとさせた。にこりと笑うと一筋、雫が落ちた。
「はい!」
元気な返事と共に俺の胸へ飛び込んできた。俺も嬉しくって再び彼女を抱きしめる。
「穂乃果……」
「悠くん……」
お互いに見つめ合って顔を近づけていく。唇と唇が触れあう。その瞬間に甘い何かが俺を支配した。もう心臓の音しか聞こえない。
どれ位重ね合わせていただろうか。一分、数十秒か、どちらからともなく唇を離す。
「はは」
「えへへ」
俺達は笑顔で見つめ合う。もう一度キスをしようかと眼を瞑ろうとしたその時。
「ほぉのかぁ! ゆうぅ!」
ドスのきいた、それでいて凛とした声。間違いない、あれは海未の声だ。
「げ、見つかった!」
「どうしよう、悠くん!」
海未の後ろには先程のメンバーも控えている。このまま捕まればタダじゃ済まない。俺は恋人の手を握った。
「こうなりゃ家に逃げるぞ!」
「うん!」
「まぁちなさいぃ! せぇつめいしなさいぃ!」
二人で全速力で駆け抜ける。海未はそれをひたすら追いかける。
「全速力だ! 捕まったら俺は生け作りにされちまう!」
「そんな! 穂乃果、せっかく悠くんと恋人になれたのにお別れなんてやだよ!」
「だったら走るぞ! 俺達の家へ!」
「うんっ!」
穂乃果の太陽みたいな笑顔に俺も笑顔で走りだす。
ここから始まるんだ。俺と穂乃果の、新しい日々が。
えみつん、ゆっくり身体を癒して下さい。それまで僕らファンは待ってますよ。
この作品書いていて何か違和感を感じると思ったら、台詞で始まってないんだこれ。
穂乃果が悠に泣きつくシーン、二期九話のほのえりを彷彿としました。そっか、俺は、悠は、彼女の立ち位地まで奪ってしまったのか。
でも穂乃果の恋人になるってことは、海未ちゃん同様、他のメンバーがやっていたであろう役目を全て奪うってことなんだろうな。それが正しいのか、間違っているのか、僕には判断出来ません。
まあ薄い本にある、モブ彼氏との馴れ初めの一例として気楽に読んでもらえるのが一番ですかね。
SIDにて、「穂乃果は初恋をしたことがない」と書いてあったので、悠に対しては初めからベタ惚れにさせてました。タイトルも思いっきり狙ってます。今後もこういったネタを仕込んでいく予定です。
しかし凛推しの筈なのに、気がつけば凛編よりも話数が多くなってしまった。凛ちゃん、非力な私を許してくれ。
これで書きたいことの五分の三位だからな。穂乃果はこういったエピソードを妄想しやすい、いい子です。
ご意見ご感想お待ちしています。