ラブライブ! Another 一つ屋根の下で 作:伊崎ハヤテ
そんなこんなでお待たせしました。七話目です。赤点とったらインターハイ等大会に出られないって話はスポ魂ではある話ですが、実際はどうなのだろうか。
「悠くん助けて!」
夏休みも目前に迫って、蜩が鳴き始めた夕方。穂乃果は居間に入って俺を見るなりすがり付いてきた。
「今度はどうしたんだ?」
苦笑いしながら彼女を見る。顔を上げた穂乃果の眼には涙が溜まっていた。
「このままじゃ穂乃果、ライブに出られないの!」
「ライブに出られない?」
その言葉に俺はどきりとした。ライブに向けて穂乃果は家でも練習をしてきた。自分の部屋や何故か俺の部屋でもダンスの練習をして、土日でも庭先で歌の練習だってしてきた。そんな人一倍努力してきた彼女が、どうして。
「それは私から説明しますね」
遅れて入って来た海未がため息をつきながら入って来た。今日は珍しくことりはいないようだ。
「ああ。頼む。穂乃果の説明じゃうまく状況を把握出来そうにないから」
俺の隣で穂乃果はどうしよう、どうしよう、と頭を抱えて悶えていた。
海未の話はこうだった。夏休み前の実力試験で赤点を取った者は集中補習を受けるらしい。夏休み前にライブを控えたμ’sは練習と試験を両方こなさなくてはならない。穂乃果を含めた数名のメンバーは学力の方には自信がないらしく、このままではライブに参加出来るメンバーは半減してしまう恐れがあるとのことだ。
「なるほどね。それで他のメンバーが手分けして教えようという訳だ」
「そういう訳なんです。ですが――」
海未は困ったように視線を穂乃果へと移す。穂乃果は居間の床をごろごろと転がっている。
「やーだー! 海未ちゃん厳しいんだもん! 悠くんに教えて欲しいのー!」
「と駄々をこねるので困っているんです」
彼女はため息を漏らす。が、すぐに気を引き締め凛とした表情で俺に告げる。
「駄々をこねる穂乃果は殴るなり〆るなりして何とか勉強させます。しかし私の得意な教科にも限界があります。そこで、ほんっっっっとうに不本意ではありますが、悠の力も貸して欲しいのです」
それだけ俺を頼るのが嫌なのか、渋い顔をされる。
苦笑いする俺を無視して海未は続ける。
「英語や古文等の私が教えられる教科は私が担当します。ですから悠はそれ以外の教科を教えてもらいたいのです。お願い出来ますか?」
俺はちらと穂乃果の方を見た。
「勉強したくないよぅ~。でも赤点とったら、ライブに出られないし~。う~ん……」
ライブに出られない、それが俺の中で大きく突っかかった。あれだけ練習した穂乃果が、俺の目の前で必死に練習した穂乃果の姿がライブで見られない。それは俺が今まで見てきた高坂 穂乃果を否定されるような気がして。
「わかった。俺も穂乃果にはライブに出てもらいたいからな。俺の教えられる教科であれば協力する」
俺の言葉を聞くなり、穂乃果は俺に突進してきた。
「え、悠くんが勉強教えてくれるの!? ありがとう~!」
「こら、穂乃果!」
抱きつく穂乃果を海未は引き剥がす。そして説教が始まる。
「まったく、あなたはいつも軽々と人に抱きついて! そもそも殿方に軽々しく触ってはいけません!」
「え~ん、悠くーん! 海未ちゃんが怖いよぉ~!」
穂乃果がぐずって泣き出しそうな子供のような眼で見てくる。ここで甘やかしてはいけないと少し慰めながらも突き放す。
「よしよし、怖かったろうに。だが今は海未ちゃんの言う事を聞いて、勉強しなさい」
「悠くんのおに~!」
「ライブに出たいんだろう? それ位は我慢しなさい」
「は~い……」
しゅんとする穂乃果の襟首を海未は掴む。
「さ、穂乃果、あなたの部屋で早速勉強開始ですよ」
「えぇ~!! 明日からじゃないの~?!」
「今日からです! いつやるのですか、今でしょう!」
「海未ちゃん、それってはや――」
「口答えしない! 行きますよ!」
「ちょ、引きずらないで海未ちゃん~! 悠く~ん……」
頑張れ、穂乃果。俺は胸の前で十字架を切って祈った。
俺の部屋の戸をノックする音が聞こえる。誰だろうかと戸を開けてみるとそこには海未の姿があった。
「悠、今日の勉強はここまでにします」
「お疲れ様。穂乃果は?」
俺の質問に彼女はふっと苦笑いしながら眼で穂乃果の部屋を指した。戸は開かれ、何かの声が聞こえる。
「ジョンくんはパイルさんに『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり』と言ってレ点を……」
部屋を覗くと机に突っ伏して謎の呪文を詠唱している穂乃果の姿が。
「なあ、訳のわからない言葉を羅列しているが、穂乃果は大丈夫なのか?」
そんなぼろぼろの彼女を指さし、海未に尋ねる。
「穂乃果なら大丈夫です。あれは睡眠学習です」
「肩をびくんびくんさせて女の子がしちゃいけないような顔をしているあれが、睡眠学習だと言えるのか!?」
「はい」
悪びれず言いやがった。こいつさては鬼か悪魔の類か?
「今日の所はこれ位にしておきます。一日に全部詰め込んでは穂乃果が持ちませんから」
海未は階段を下り玄関へと向かう。俺も彼女を見送る為にその背中を追いかける。
「それでは悠、他の教科はよろしくお願いします」
少し深めに頭を下げられる。いつも俺に辛く当っている彼女にこうやって頭下げられるのは、悪くなかった。
しかし顔を上げた海未は俺の襟を掴んだ。
「ですが! くれぐれも! くれぐれも穂乃果にいかがわしいことは教え込まないで下さいね!」
肩を掴まれ揺さぶられる。肩を掴む手の力の強さは尋常じゃない。
「いかがわしいことってなんだよ?」
俺の質問に彼女は喋り出す。
「保健体育の教科で『絵じゃわからないから実際にやってみようか』といかがわしいことをしたり、や美術の試験で『裸体をスケッチしようか』などと言って穂乃果を裸にしたり、生物では『文章じゃわからないから実際にやってみようか』といかがわしい行為に及んだり……」
「お前の方がいかがわしいじゃねーか! 保健と生物に至ってはネタが被ってるし!」
俺のツッコミなど聞かず彼女の暴走は続く。
「日本史では『春画を忠実に再現しようか』と穂乃果をいけない格好にさせたり、世界史では『ミロのヴィーナスの格好をしてみようか』と穂乃果を布一枚で――」
「いー加減にしろ」
ぽかりと彼女の頭を小突いてやる。
「はっ、私は何を?」
はっと憑き物が取れた様に辺りを見渡す。さっきのいかがわしいことの妄想ラッシュは、彼女の穂乃果にしたいことなのかも知れない。
「悠、私、何かいけないことを言ったような……」
「何も言ってないぞ。海未は何も言ってない」
ここは真実を教えない方がいいかもしれない。それが彼女の為にもなるはずだ。
「私も自分の勉強をしたいと思います。悠、あとはお願いしますね」
「ああ。海未も勉強頑張れよ」
笑顔で応えると、眼を細め、嫌な顔をしながら後ろを向いた。
「悠まで頼らなくてはならないとは、我ながら情けないです」
「本人の前で言うかフツ―」
海未は一人、自分の家へと帰っていった。
穂乃果の部屋に戻ると戸は開けっぱなしのままだった。
「穂乃果?」
声をかけながら入ると、彼女は寝息をたてていた。どうやらそのまま寝ちゃったみたいだ。
「お姉ちゃん、悠さん、ご飯だよ~!」
下から雪穂の声が聞こえる。もうそんな時間になったか。穂乃果を起こしてやるか。
「穂乃果、穂乃果」
肩を揺さぶる。しかし反応がない。
「おい、穂乃果。起きろって」
「うーん、パイルさんは……」
夢の中でも勉強しているのだろうか。なかなか起きない。よしここは一つ試してみるか。耳元に近寄り、大きく息を吸う。そして大きな声で叫んでみた。
「祇園精舎の!」
「鐘の声! 諸行無常の響きあり!」
穂乃果はがばりと起き上がるとそう叫んでいた。なんだかんだで身についているんだな。
「あれ? 悠くん?」
意識が覚醒した穂乃果は首を傾げている。俺は笑って彼女の肩を叩く。
「晩御飯だぞ」
その言葉に穂乃果の顔はぱぁっと明るくなった。
「ごはん! わーい、晩御飯だぁ! 穂乃果、勉強してお腹空いちゃった!」
ぴょんとジャンプして立ちあがると俺に笑いかける。
「悠くんも行こ!」
「ああ」
鼻唄を歌いながらはしゃぐ穂乃果の背中に声をかける。
「穂乃果」
「ん? なあに?」
「晩御飯食べたら日本史の勉強な」
その瞬間、穂乃果の顔は青に染まった。
「例えば1192年って数字にアンダーラインを引いて、鎌倉幕府成立を赤いシートで消せる赤いペンで書けば覚えるだろ?」
「おぉ~! そっか! 年号の数字を見ただけでどんな出来事が起きたかわかるね! そうやって覚えればいいんだ!」
「歴史は暗記だからな。覚え方を工夫すれば何とでもなる」
夕食後、俺の部屋で穂乃果はノートを広げている。勉強を教えているとい言うよりも、勉強の仕方を教えている感じだ。
「でも、鎌倉幕府って1192年って語呂になりやすい年にできたんだね~」
「まあ頼朝も語呂に合わせようとして成立させたわけじゃないけどな。そうだ、実は成立年は1192年じゃないって説があるんだってよ」
「え? そうなの!?」
穂乃果の顔がぎょっとする表情が、見ていて微笑ましい。
「さっき教えただろうけど、守護と地頭を設置した1185年って説がある。ほぼ全国に設置したからそれが頼朝の支配権が全国に広がったっていう説が――」
「んぁ~! 逆に解らなくなっちゃうよ~!」
穂乃果は頭を抱えて唸っていた。俺は彼女の頭を撫でる。
「ああ、ごめんな。テストを控えているのに逆に混乱させちゃったな」
「もう、ちょっとは勉強する穂乃果の事を考えてよ~」
頬を膨らませる穂乃果を見て俺は反省する。ごめん、と謝ると彼女の表情が和らいだ。
「でも、こんなに熱心に語る悠くん、初めて見たかも!」
「そうか? まあ俺は歴史が好きだからな。好きな事なら幾らでも語れるだろ? 穂乃果のスクールアイドルと同じさ」
「うん、そうだね」
穂乃果はにっこりと笑う。でもいつもの眩しい太陽みたいな笑顔とは少し違う気がして。
「やっぱり不安か?」
ノートを閉じて尋ねていた。
「え?」
聞かれた穂乃果は眼を丸くして驚いていた。
「顔に出てるぞ、自信ないんだろ? 試験」
「あはは、バレちゃったか」
穂乃果は頭に手を置き、力無く笑う。
「もしこの試験で赤点とっちゃったらどうしよう、もっとあの時、勉強しておけば、って考えると怖い、かな」
俯きながら話す穂乃果の顔は少し曇っていて。
「もしも――、ひあぁぁ!」
気がつけば穂乃果の両頬をつねっていた。むにーっと軽く伸ばしてやる。
「ひょっほ、ひゅうくん、痛いひょ~」
手をばたばたさせる穂乃果。もう頃合いかと離してやる。彼女は頬を手を当てて俺を睨む。
「もう、痛いじゃんか~!」
「眼が覚めたか?」
「え?」
穂乃果は首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「『もし』とか『れば』とかそんな風に考えても何も始まらないぞ。もし失敗したら、って考えてると、本当に失敗しちまうよ」
「……」
はっと眼を大きく見開く穂乃果。
「そうならない様に、穂乃果が後悔しない為にも、俺や海未がいるんだ。だから安心しろよ。俺達が傍で穂乃果を応援してやるからさ」
「悠くん……」
彼女の眼からはうるうると雫が滲んでいく。空の様に青い眼が揺らめいて、涙がはらりと一筋頬へ落ちる。そしてにこりと笑顔を見せてくれた。
「ありがとう! 応援してくれる悠くんの為にも穂乃果、頑張る! よーし、満点取るぞー!」
ふんっ、と鼻息荒げながら腕まくりをする。少しは元気になったみたいだ。
「その意気だ。満点は無理だろうけど、赤点とらないように頑張んないとな」
「もう、悠くん! 穂乃果のやる気を無くしたいのー!?」
その後も笑い合いながら勉強を続けた。一度穂乃果に勉強の仕方を教えれば彼女は黙々とノートとにらめっこしながら勉強をしていた。時折俺は彼女にアドバイスを送るだけになっていた。手持無沙汰になっていた俺は穂乃果の隣で本を読むことにした。
「……」
「……」
大分長い間沈黙が続いていたので隣の穂乃果へ視線を向ける。穂乃果はノートを取りながらもうつらうつらと頭を揺らしていた。
「穂乃果」
「ふぇ……?」
声をかけると眼を半開きにしながらこちらを見る。時計の針は午前12時を指していた。もうこんな時間か。
「今日はここまでにしとくか」
「ううん、あともうちょっと。まだまだ出来るよ~」
にへりと笑う穂乃果。
「そうか。くれぐれも無理はするなよ」
「うん……」
再び本に視線を戻す。暫くして肩に寄り掛かる、女の子特有の甘い香りと、感触。
「穂乃果?」
視線を感触の辺りに送ると、俺の肩を枕に寝息を立てる穂乃果の顔。
「すぅ、すぅ……」
寝息をたてる度に上下する肩。身じろぎする度に柔らかな感触が俺を襲う。
「穂乃果っ!」
「痛ぁっ!」
肩にある穂乃果の額にデコピンを一つ。すると穂乃果は叩かれた場所を抑えながら目覚めた。
「もう、酷いよ悠くん! 穂乃果勉強してたのにデコピンするなんて!!」
「何が『勉強してた』だ。俺の肩に寄り添って寝てただろうが」
「え、悠くんの肩に、穂乃果、が?」
瞬時に彼女の頬がかぁっと赤くなる。頬に手を当て、こちらをちらちらと見てくる。
「悠くんに寄り掛かって……、寝ちゃった……」
小さく呟いた穂乃果を見て、こちらの身体も熱くなる。心臓の鼓動が身体の中で木霊する。
「きょ、今日はもう遅いから、もう寝ろよ。試験まではまだ時間、あるんだろ?」
「う、うん……」
穂乃果は顔を伏せながら勉強道具を片づけて立ち上がる。
「じゃあ、また明日」
「ああ。明日な」
俺の部屋を出て俺に向かって笑いかける。俺もその笑顔に笑って答える。
「……」
「……」
会話も無く、見つめ合う。互いにさっきの状態が忘れられないらしく、ほぼ同時に顔を赤らめる。
「お、おやすみ!」
先に睨めっこに耐えられなくなったのは穂乃果の方だった。俺の返事も聞く暇も無く、自分の部屋へと消えて行った。俺は赤い顔のまま、戸を閉めた。
ばさり、と自分のベッドに寝転がる。見えるのは天井。高坂家の、今となっては俺の部屋の天井。そこに穂乃果の顔が浮かぶ。駄々をこねる穂乃果、眼をうるうるとさせる穂乃果、顔を赤らめた穂乃果。次々と浮かぶその表情に俺は心地よさを覚える。
不意に隣の部屋からバタバタと音が聞こえる。そしてその音と共に聞こえる穂乃果の声。
『どうしよう、穂乃果、悠くん、悠くんの肩で……っ! うひゃあぁ!』
聞いているこっちが恥ずかしくなる。聞こえてるぞ、と壁を叩いてやろうとするともう一つ声が聞こえてきた。
『もう、お姉ちゃん!! 夜遅くにうるさい!!』
『ごめんなさい……』
雪穂の声でしゅんとする穂乃果が眼に浮かぶ。少し微笑ましい。それから隣はうんともすんとも言わなくなった。
再び視線を天井に戻す。ふっと穂乃果の笑顔が電灯と被る。眩しくもほっとする笑顔。あいつといると、どうしてかこっちも笑顔になるもんな。
「そっか」
一人きりの部屋で呟く。俺は彼女の、穂乃果の笑顔が好きなんだな。それで、そんな笑顔をする穂乃果が、大好きなんだ。
途端に顔の熱さが蘇る。布団に包まって寝ようと試みたが、彼女の笑顔が脳裏に焼き付いていて眠れやしない。
その夜、俺は一睡も出来ずに過ごした。
冬コミの同人誌にて、風華チルヲ様のやらかし海未ちゃんに触れました。とても面白かったです。こんなにやらかしている海未ちゃんもありなんだな、と思いました。
今回はチル園田をリスペクトして海未ちゃんを書いてみました。確かに暴走する彼女を書くのは楽しい! ネタが思い付く限り、そんな海未ちゃんを書いていきたいと思います。
悠くんの台詞で「『もし』とか『れば』――」がありましたが、あれは僕が一番好きなアニメの台詞を少し変えて入れてみました。「彼女達を、好きなアニメの台詞で背中を押したい」と考えて文章にしてみました。実際にしてみると本当に難しいです。
ご意見ご感想、お待ちしてます。