翌朝、リヒト達はランドラマ内の冒険者ギルドに向かった。
本当はもっと宿で美女達を味わいたかったが、街に来た本来の目的は冒険者となってお金を稼ぐ事である。
その意味も昨日フゥリィが大盤振る舞いしたせいで見失いかけているが、フゥリィ曰くいつまでもは続かないとの事。極楽はそう長くはなかった。
詳しく聞けばリヒトに見栄を張るために少し無理をして貸切をしたという話だった。フゥリィが珍しく申し訳なさそうに肩を落としていた。
リヒトはそんな事で怒ったりはしないよと、慌てて落ち込まないようにフゥリィを励ました。そもそも彼女が稼いだお金である、何をしようが自由だろう。そこまで制作者として彼女達を支配するつもりはなかった。
だが、その後「言い訳じゃないのよ」と前置きしてフゥリィから告げられた、家を手に入れるというのは中々ハードルが高い、と言う話は少年にとって少しだけ驚く話だった。同時に「ゲームではそういえばそうだった」と妙な納得感もあった。
リヒトの考える「ラブラブ一軒家生活」は、長く細く続けるような生活を夢見ているが、この世界ではその土地に先祖代々住み着いている家系等でなければ家を手にするのは難しいらしい。リヒトの記憶でもゲーム内でも正攻法で自分の家を手にするのには膨大な時間が掛かり、とにかくお金が必要だった。それを現実に置き換えると、尚の事大変なのだろう。
そういう訳もあってそう簡単には手に入らないものだし、ひとまずはパッと使ってしまったというのがフゥリィの言だった。先々のことを考えているようで意外と大胆な人だった。
無論、あばら屋であればどうにか都合を付けることも可能かもしれないが、それはルナジリオとフゥリィが断固として許容しなかった。リヒトをそんな所に住まわせるわけにはいかないと頑なであった。
結論として、やはり地味に稼ぐしかないらしい。
当初の予定通り冒険者になるのだ。
どのみち二人と冒険者として旅をしてみたいとも思っていたため、リヒト自身遠回りとは梅雨ほども感じていない。加えてフゥリィは名の知れた冒険者である。稼ぎが少なく、日々飢えるという心配もないだろう。
「ふむ、随分と雰囲気が違いますね」
「ほんとだね」
娼婦達が集う街の入り口から中心街を離れ、少し歩くとそこは商業地区だった。
商業地区とは言っても、おしゃれなレストランなどはあまり見受けられない。どちらかと言うと、無骨な店構えの武具店と、雑貨店がちらほら見えるだけだった。後は目的地である冒険者ギルドがある。
フゥリィ曰く、この街はどこに行くにも絶対に娼婦通りを通る必要があるため、自制のできない冒険者などはこの街に入ったら最後、依頼で稼ぎ、報告して、その金で女遊びをするのループに入ってしまうそうだ。
蟻地獄のような恐ろしい街だった。
「まぁ、まだ坊やが好きな女の子を買えるだけの手持ちはあるからあまり気にしなくてもいいわよ」
「いや、いいよ……」
忠誠心と愛情の乗算で、フゥリィにめちゃくちゃ甘やかされるリヒト。「いやいや、お金は貯めておかないと……」とどうにか鋼の理性で以って誘惑を断ち切るが、長く続けばぐらつきそうな誘惑だった。
リヒトは首を振りながら、フゥリィの案内に従って冒険者ギルドの扉を開けた。
室内は簡素なもので、四人掛けのテーブルが幾つかあり、後は受付嬢が立つカウンターと、依頼が貼り付けられているボードが壁際にあるくらいだ。
中には十人ほどの冒険者と思われる男女がいた。男女比としては八対二くらいだった。皆各々の剣や弓を背中に掛けて、どんな依頼を受けるか吟味している。
リヒトは体質もあって部活に入ったことは無いが、部室ってこんな臭いなんだろうなと汗臭さに苦笑いした。
「おい……あれ、『群青』だろ……?」
「ああ、何回か見たことあるぜ、あのドスケベ魔術師……相変わらず凄い身体だな……」
冒険者達は二度見するように室内に入ってきたリヒト達──正確にはフゥリィに注目していた。
話によると彼女は『Sランク』──ゲーム内での冒険者ギルドの待遇レベルとしては最大の冒険者だった。簡単に言えば超高難易度の依頼をこなす、冒険者のエキスパートだ。
『Sランク』は本当に一握りの冒険者しかおらず、ましてや魔術師のフゥリィが仲間も作らずソロで到達したとあって、『群青』の名は広く知れ渡っていた。
……通常のゲームプレイでも結構簡単に行き着くものだが、その時も似たような反応をされる。この世界での『Sランク』とは、世界で活躍するスポーツ選手とか、それ以上の名声を得られるのである。
「これは『群青』様、本日はどのようなご用件で?」
受付まで直線で向かうと、恭しく職員が頭を下げた。
フゥリィは頷く。
「後ろの二人の冒険者登録とパーティ登録ね。お願い出来るかしら?」
「かしこまりました……パーティ登録ですか?」
「ええ、そうよ。何か問題が?」
「ええと……しょ、少々お待ちください……!」
受付嬢は驚愕と真顔の半分くらいの顔で固まると、逃げるような早さでカウンターの裏側に消えていった。
フゥリィの問いに対しての返答はなかったが、明らかに問題がありそうな態度だった。
これはただでは登録させてもらえなそうだ。こんなイベントもゲーム内では存在しないが、現実に捉え直すと組織を経営する以上何かしら問題が起こったのだろう。
「──お、お待たせしました、すみません少し細かい話ですので奥の客間で説明させて頂きます……」
五分と経たず戻ってきた受付嬢に奥の部屋に通される。フゥリィの計画だと、登録してすぐに依頼を受けてみるという話だったが、この分だとスムーズにはいかなそうだ。
「……ごめんなさい、坊や。ちょっと時間がかかりそうね」
「ずっとソロだったんでしょ? 色々パーティを組むに当たって規約とあるんじゃないかな」
「痴女のくせに勝手に『Sランク』とやらになるからだな……全く、マスターの時間を無駄にするんじゃない」
「いや、昨日の宿とか明らかにフゥリィのおかげだし……気にしないでね。お風呂とか気持ちよかったよ」
「ふふ、ありがとう、坊や」
リヒトを挟んで三人は仲良く手を繋ぎながら、客間へと向かった。
ーーーーーーー
重役そうな禿頭の男に告げられたのは、冒険者登録は出来るが、『Sランク』である『群青のフゥリィ』とはパーティは組めないという内容だった。不正なランク上げを筆頭に諸々の冒険者ルールに抵触してしまうからである。
リヒトは「まぁそうだろうなぁ」と頷くところだったが、隣のフゥリィは素直に引き下がりはしなかった。何やら冒険者ギルドには借りがあるはずだの、今後の『群青』名指しの依頼を一つ無料で受けるだのと交渉し、結果としてあれよあれよという間にリヒトとルナジリオは『Aランク』冒険者としてギルドに登録されていた。ランク差が一つであれば、パーティを組むのには問題ないらしい。
オンラインゲームみたいだなと、ゲームに対して身も蓋もない事を思う。
同時に、『Aランク』になった実感が全く湧かなかった。リヒトはまだ依頼を一つもこなしていないからだ。
とはいえ、それはこの『身体』の話。ゲームでは依頼は何百とクリアした事はあるし、大まかな流れや種類などは分かる。依頼をこなしていけば実力もついていくだろう。
リヒト達は客間から出ると、三人で相談して一つの依頼を受けた。
内容はラマンドラから南東の山に住み着く山賊団の討伐である。難度としてはこちらも『Aランク』。かなり高難易度だ。
本当はもう少し簡単な依頼から始めたかったリヒトだが、ルナジリオ達はリヒトに戦わせるつもりは毛頭ないから安心してくれと胸を張り、この依頼を選択した。
実際、リヒトは戦力には数えられないだろうと自分自身実感していたし、何より『Sランク』のフゥリィが「余裕」と言うのであれば、従うほかなかった。
ちなみに報酬としては五百ゴールド。アーコを一日買う計算で考えると五日である。高いのか安いのかはリヒトにはわからなかった。ただ自分が一般的な冒険者だとして、命懸けで山賊団を退治してアーコが五日しか買えないのは割に合わないなとは思った。
「人狩り……?」
リヒトはルナジリオ達には納得した顔を見せていたが、一方で気になる張り紙を見つけていた。近頃ランドラマ近辺で人々が消え、奴隷となって売られている、との情報だった。
ゲーム内のフレーバーテキストとしても見覚えのないものだ。こんな物騒な名詞は出てこなかった気がする。
膨大な世界観の『OFS』のその全てを把握しているわけではないリヒトには、せいぜいこんなのあったっけと疑問に思う程度ではあったが、妙に引っ掛かった。
リヒトは頭の片隅に留めておくことにした。
今後も致命的な『知らない』ものが出てこないとも限らない。もっとも、すでにこの世界を生きる上で知らない事だらけのリヒトにしてみれば、今のところはなんとかなっているし「まぁ大丈夫か」と深くは考えなかったが。
「──お、珍しい、『群青』じゃねぇか」
冒険者ギルドを出ると、一人の男が声を掛けてきた。
黒髪の男だった。襟足の長い髪型で、かなりの長身だ。
全身を真っ黒い革装備で統一し、腰には短剣と片手剣を一箇所にまとめてぶら下げている。
右目の部分に大きな傷跡があるが、顔立ちとしては悪くない。むしろかっこいいまである。無精髭がよく似合っていた。
リヒトは彼を見て、「あれ?」と首を傾げた。どこかで見た事あるような男だった。
「あら……ダイバーだったかしら、何か用?」
フゥリィが眉根を寄せながら、ゆっくりとリヒトの前に経つ。どうやらリヒトに相手をさせたくない様子。
しかしダイバーと呼ばれた男は、そんな狙いなどお見通しとばかりにリヒトに目を向けた。
下卑た笑いは、リヒトの背筋を凍らせた。
「なんだぁ、このガキは。おいおい、まさか『群青』様ともあろうお方が、こんなガキとパーティを組んだわけじゃねぇよなぁ?」
「はっはっはっ」と耳を塞ぎたくなるような害意に満ちた笑い声が通りに響いた。
リヒトの身が縮こまる。
こういう男を下品な大人とでも言えば良いのか。近くにいるだけで身がすくむ感覚に陥る。
なんだか、怖い人だった。
「貴様、マスターを愚弄するか。その舌切り落とすぞ」
背中の大剣に手をかけながら、ルナジリオも男の前に立ち塞がる。しかしダイバーはどこ吹く風で、むしろ「ひゅー」と口笛を吹きながら、舐め回すようにルナジリオの身体付きを下から上に眺めた。
コートの中に隠された、たわわな爆乳に、女性器が見えてしまいそうな股間部分。高身長で筋肉質ながらもあまりにいやらしい身体つきだ。
「こりゃまた、すげぇ美人だな……ま、こっちとパーティを組むのは分かるぜ『群青』。こっちはおめぇに釣り合ってる、俺も認めてやるよ」
「だが」とわざわざ言葉を区切って、それからリヒトの方に視線をやった。
「このクソガキはなんだ。ペットか? 家畜か? 非常食か? そうじゃなかったら──なんで俺様の女のそばにいる?」
ギョロリと、爬虫類のような目玉がリヒトを睨んだ。冷たく、怒気の孕んだ、恐ろしい視線。
リヒトは声を上げないようにするのが精一杯だった。生まれて初めてぶつけられる殺意に、腰が抜けそうになる。
逃げ出しそうになったリヒトだが、フゥリィが盾になるように立ち塞がった。
「──誰が、『俺様の女』、なのかしら?」
フゥリィは真顔になると、ダイバーに手のひらを向けた。さながら銃口を向けるような形で、ダイバーに敵意を向ける。
ダイバーの目の色が変わった。明確に怯えの色が浮かび上がる。
「な、なぁ、おい、待てって……俺はお前のためを思って──」
しかし、フゥリィの耳には届かない。それどころか、怒りの炎に燃料を注ぐような行為だった。
底冷えするような怒りが、フゥリィを包み込む。魔力の高まりが彼女の髪をなびかせて、瞳が青く輝く。
「『俺様の女』、ですって……? 坊やに作られたこの私が、お前のような掃き溜めのクズのゴミの、女……?? もっと笑える冗談を勉強しなさい、ダイバー──『麻痺』」
「がっ……ぁっ……!?」
フゥリィは手から稲妻のような雷撃を放った。
男は突然体勢を崩すと、その場に倒れ込む。受け身も何も取れず、まるで全身が氷漬けになったように、音を立てて倒れた。
『麻痺』。文字通り相手を麻痺させ、動けなくする魔術だ。ゲームでもシュールな魔法として有名だが、現実で目の当たりにするとそれ以上に違和感しかなく、パントマイムか何かを見ているようだった。
不自然な格好で倒れるダイバーを見下しながら、フゥリィは凍てつくような吐息を吐く。
「命は助けてあげる、でも次に私の愛しい坊やを見下したら──殺すわ。絶対に、徹底的に、残虐に」
「ぁ、ぐっ、くそっ……!」
ダイバーはもがく事すらできず、血走った目でフゥリィを見上げた。
それから視線を下げ、まるで脳に焼き付けるみたいに熱心にリヒトの顔を見つめた。
「その顔、覚えたぜ……」
リヒトはどきりと心臓を跳ね上げた。まるで呪い殺すような瞳だったからだ。
それからリヒトは、逃げるように二人のお尻に隠れてその場を後にした。
街から出ても、嫌な汗が止まらなかった。