「親分、久々のお客人ですぜ」
ミヒリ山の中腹──山中に住み着く山賊達の寝ぐらである洞窟の中で、下卑た笑いを浮かべるのは革鎧に身を包んだ細身の男だった。
蝋燭の火だけが頼りの、薄暗い空間。視線の方向には当然、彼の──いや、彼等の首領を務める男の姿があった。
「──それで相手は? 帝国軍か? それとも商人か?」
山賊達の
「女です。それもとびっきりの女が二人……ガキが一人別にいますが、そっちはさっさと『売っぱらちまいましょう』。ありゃあ良い女ですぜ、親分も満足すると思います」
「女が二人、ガキ一人……帝国軍も寄り付かなくなったこの山に……? そいつらの格好は?」
「一人は普通の女戦士って感じでしたが、もう一人がとんでもねぇスキモノでした。おっぱいもまんこも丸出しみたいなもんで、乳首をぺらっぺらの布きれで隠した変態で……もしかしたら、『
親分は手下の言葉をとり合わない。それどころかフケまみれの頭を掻きむしって、息を荒くする。
「おいおいおいおい……念のため聞くが、その変態ってのは髪が青くなかったか?」
手下は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で、「へぇ、その通りです」と返答した。
「──馬鹿野郎、そりゃ『群青のフゥリィ』だ! 帝国の馬鹿ども、『Sランク』冒険者連れてきやがった!!!」
手下を押しのけて、洞窟から出る。
「野郎ども、敵だ──!!」
山中に響き渡るような野太い声が、ヒステリックにこだました。
ーーーーーーー
フゥリィの尻を撫で回しながら、ゆっくりと道なりに歩いていく。
目的地の山はもう目前というところだった。眼前の斜面には木々が生い茂り、今から日暮れまでに登り切るのは難しそうな山である。
「──マスター」
ふわりと風がリヒトの髪を持ち上げた。
声と共に、いつの間にかリヒトの前にルナジリオが背を向けて立ち塞がっていた。手には漆黒の大剣を持ち、足元には数本の矢が散らばっている。
ピリついた雰囲気を感じた。
「痴女、見えるか? ──山の中、ここから二百メートルくらいだ」
「こういう時くらい、名前で呼んでもらえるかしら……まぁ良いわ、『落雷』」
「……?」
リヒトには何が起こっているのか分からない。ただ、ルナジリオの言葉通り、木々の生えた山の少し登ったあたりを見ていると──空から青白い落雷が降り注いだ。
轟音と共に、微かに男達の悲鳴が聞こえる。
これは、もしかしなくとも──
「……戦闘、始まってるの?」
「うーん、そうといえばそうなんだけれどね……ちょっと拍子抜けかもしれないわね」
「だな。マスターにかっこいい姿を見せるはずが、そもそも相手にすらならない」
リヒトは遅まきながら状況を理解する。
リヒトが気が付かないうちに、山賊達に既に矢で狙撃されていたのだ。
ルナジリオは何一つ慌てることなくそれらの矢を弾き落とすと、冷静に弾道から位置を予測。フゥリィが予測地点に攻撃を仕掛けたというところだろう。
あまりの切り替えの速さ。そしてあまりのやり取りのテンポの良さに、リヒトはゾクリとしてしまう。
リヒトは依頼場所が目の前だというのに、呑気に歩く事しかしてなかった。ここが危険地帯という意識が全くなかった。
しかし二人は違う。リヒトの疲労を気遣い、時には乳やら尻やらを揉まれるセクハラを受けながらも、常時辺りを警戒していたのだ。
自分が場違いな事に、ようやく気がついてしまう。
しかしもう遅い。
「「「うおおおっー!」」」
「わっ……!?」
付近の茂みから、汚らしい男達が剣を持って突っ込んでくる。形も色も様々な剣が、ルナジリオ目掛けて振るわれる。
「危な──い──?」
咄嗟に声をあげるが、ルナジリオの対処はそれ以上に早かった。
一閃。まさにそれだけだった。
巨大な大剣を軽々しく片手で振るうと、五人ほどいた山賊達の頭が例外なく斬り飛ばされていた。空中にギャグみたいなスピードで頭部が飛んで、落ちて、地面に転がる。
あまりの力量の差に、乾いた笑いが生まれる。圧倒的すぎる。
「……大半は射撃要員だったのかしら?」
「詰めてくる敵の少なさからして、間違いなさそうだ。魔術師と戦士相手というなら、まぁ常套手段だろう──奴ら一撃で後衛を吹き飛ばされるとは考えてなかったようだ」
「はぁ、せっかく坊やに良いところを見せようと──まぁいいわ。早く主犯格を見つけましょう」
二人は何事もなかったかのように構えを解くと、ズカズカと死体の横を通り過ぎて歩いて行く。
リヒトはいまだ身体が硬直していて、歩く事さえ出来なかった。
何が、援護射撃なら出来るかも、だ。
こんな様では、恐らく正面から襲われても何も出来なかった。
怖くて、どうしたら良いのか分からなくて。それ以上にいつ戦闘になっていたのかもまるっきり理解していなくて。
レベルの差を痛感する。二人は、あまりに遠い存在だった。
せめて、身体を動かせるようにならないと──
「『神の怒り』!」
「──っ!?」
不意に、リヒトの真横に轟音が鳴り響く。
どがん、と、雷でも落ちてきたような衝撃。リヒトは吹き飛ばされるようにして転がった。
──なに、今の……!?
耳がキーンとして、眩暈がする。前後不覚とはこの事で、立ち上がることもできず、呆然と付近を見回す。
「──ちっ、的が小せぇから外しちまった」
先ほど山賊達が待ち伏せていた茂みとは真反対の場所から、大きな男が姿を表す。右手には金色に輝く、ハンマーのような武器を持っていた。
リヒトはぼんやりとした頭でそれを注視する。
その武器に見覚えがある気がして、それを必死に思い出す。
「──お前ぇぇぇっ、マスターによくもぉっ!!」
憤怒の形相を浮かべたルナジリオが、十メートルくらいあった距離をひとっ飛びで詰めると、大剣を男に叩きつけた。
凄まじい脚力だった。人間とは思えない。
「おっと、あぶねぇなっ──!
男はあっさり斬られるかと思いきや、攻撃を見切ったようにハンマーの平らな部分で斬撃を受け流し、ルナジリオの腹部に拳を捩じ込む。
流れるような動作だ。
「っ、ぁっ──らぁっ!」
彼女はその拳を受けながら、お返しとばかりに空いた左手で顔面を殴り返す。男はなんとか避けたものの、たたらを踏んで後退する。
ルナジリオは追い討ちを掛けようとして──ぴたりとその足が止まった。
「なに……あれ……」
素人のリヒトにも分かるくらい、山賊の持つハンマーに力が集まっていた。周囲の空間を歪ませるような強い魔力。電流がばちばちと男の周りに走り、息苦しくなるような重圧がリヒト達を押し潰す。
あれは、あの武器は──
「──『神の怒り』」
「むっ──!?」
男が
光の発生源は、ぶ厚い雲に覆われた空からだった。
「──っ、がぁぁぁぁぁぁぁっ……!!?」
どがぁぁんっ。
轟音が鳴り響いた。
ルナジリオはたっぷりと稲妻を浴びると、剣を取り落として膝をつく。
肉の焦げた臭いがした。
「嘘でしょ……」
リヒトは驚いて息を呑む。
ルナジリオが膝をついた事。
雷が落ちてきた事。
そして何よりも、あの男の持つ武器に驚いていた。
あれは、リヒトの記憶が間違っていなければ、『このゲームに元々存在しない』武器である。
この世界に存在しない──つまり、ルナジリオ達と同じだ。
あの武器はMODで追加された物だ。
「はーっはっはっ、『Sランク』も大したことねぇな!」
不細工な巨漢が、勝ち誇ったようにハンマーを天に突き上げた。まるで自分が世界の覇者とでも言いたげな表情である。
そんな事を当然二人が許すはずもない。
「『落雷』」
男の頭に、今度は青く輝く雷が落とされる。立場が逆転し、今度は男が消し炭になるように思えた。
しかし現実は違った。雷は男から弾かれるように拡散して、周囲に散らばる。効果はまるでないように見えた。
事実、男は自らの無傷をアピールするように、腕をぐるぐる回している。
「雷耐性? いえ、違うわね、無効化……? ──分からないわね。ごめんなさい坊や、遅れたわ」
音もなくリヒトのそばに立ったフゥリィが、リヒトに手を貸す。視線は男から外すことはせず、警戒心をあらわにしていた。
ふわりと乳首を隠す前掛けがめくりあがり、乳首が見えてしまっていた。思わず目を奪われながら、それどころではないと頭を振る。
彼女の手を借りて立ち上がりながら、リヒトの脳はフル回転していた。
あの武器の能力は確か──
「電気どころか魔術は効かないはず……」
「坊や、あれ知ってるの? ──ってそれより、魔術が効かないって本当なの?」
ここに来て、珍しく焦った表情を浮かべるフゥリィ。自らの武器が全て効かないとすれば、恐るべき強敵だと思ったのだろう。
しかし、リヒトの説明はまだ終わっていなかった。
「クールタイムがあったような気が、する、多分……五分くらい強くて……クールタイムは二分から三分くらい──うーん、だったような気がする」
うろ覚えなのはあまりに膨大な数のmodを入れているため、いちいち全ての機能を把握していないからだ。これでもリヒトにしては覚えている方だった。
「ごめん、これくらいしか」と申し訳なさそうに頭を下げると、フゥリィはとんでもないと首を左右に振った。
「要は五分耐えれば、あれは使えなくなるのね? 物理攻撃は有効?」
「効果が切れていれば大丈夫だと思う。逆に言うと今は何をしても駄目かな、武器の力で何もしなくても防御されちゃうと思う」
「分かったわ、ありがとう坊や──これであいつを殺せるわね」
フゥリィは「ここでじっとしてて」とリヒトを置き去りにすると、膝をついてうずくまるルナジリオに駆け寄った。
「ふんっ、二人がかりでも俺様には勝てねぇよ」
「さて、どうかしら……ルナジリオ、五分耐えなさい」
「ああ!? ──ちっ……まぁ、そう言うなら分かったが……身体が痺れて言うことを聞かん」
「『治癒』──これで動けるでしょ。さて、あいつの時間残り四分ってところかしら」
治療が満足に終わらないうちに、ルナジリオが飛び掛かる。
「──はぁっ!」
「おっとっと! だから俺様には効かねえっての!!」
しかし彼には剣筋が見えているのか、或いは武器の力によるものか。先程のように斬撃を逸らされると、ハンマーに宿った雷撃ごと顔面にぶち当てられる。
ルナジリオの身体が宙を舞った。常人なら頭がかち割れていそうなフルスイングだった。
──それから、戦いが始まった。
「『治癒』──ほら寝てないでさっさと行きなさい」
「ぐっ、くそっ、非常に癪だが……仕方ない──っ!」
「うおっ、この女っ……!?」
遠距離から治癒魔術を掛け続けるフゥリィ。白く暖かい光がルナジリオを包み込む。
さながらゾンビ戦法とでも言うべきか。要はルナジリオは肉壁にしたゴリ押し戦法だった。
ルナジリオは激痛を噛み殺して、何度も何度も奴に剣を振るう。効かないと分かっていても、斬りかかる。
フゥリィは遠くから、ひたすら肉壁を回復し続ける。本当に単純な戦法だ。
「舐め、やがってぇ!」
いい加減二人が何をするのか悟った山賊も、ターゲットをルナジリオから、後ろで支援するフゥリィに変えようとしていた。
しかしそれを、文字通り『無限の体力』を持つルナジリオが防ぐ。
「『治癒』」
「おぉっ──!」
「『治癒』」
「ぉっ、おおっ……!!」
「『治癒』──『治癒』──『治癒』──ああもう、『治癒』『治癒』『治癒』『治癒』『治癒』『治癒』ッ!!!」
「ぐ、おおおおぁぁぁぁぁぁぁっ──!!!」
まさしく凶戦士。
倒しても倒しても何事もなかったように立ち上がり、切り掛かってくる化け物……相手にはそう見えていたはずだ。
距離を取ろうにも、魔術師から倒そうとしても、その全てが類稀なる身体能力のルナジリオに中止される。
地面を血みどろにしながら、何度も何度も立ち上がる。見ていて痛々しいほどだが、効果はてきめん。明確に追い詰められているのはルナジリオではなく、奴の方だった。
「くっ、もう残り時間が……!?」
「さっさと、死ねぇぇぇぇっ──!!!」
暴力の塊が、無敵の男を殴りつける。
もはや野獣と変わらないルナジリオが──結局そのまま、相手の時間切れまで粘り勝ちをした。
「『神の怒り』──何!? 出ないっ!?」
「好き放題、してくれたなぁぁぁぁぁっ──!!!!!」
男の一瞬の隙を付き、ルナジリオが走り抜けた。
肩からバッサリと袈裟斬りされた山賊は、臓物をこぼしながら、地に伏した。