「ルナ、大丈夫……!?」
戦いが終わった。
その場に倒れ込むルナジリオに、リヒトは慌てて駆け寄る。
「げほっ、げほ──ええ、ご心配……なく……」
返り血と自らの血で真っ赤になった顔。険しい瞳に、心臓の悲鳴を表しているかのような荒い息。
彼女の疲労たっぷりの顔つきに胸が締め付けられる。あんな戦いをして大丈夫なはずがない。あれは人の戦い方ではなかった。不死身の怪物の戦闘だ。
肉体的疲労、精神的な苦痛は計り知れなかった。
それでもリヒトに出来ることはこうやって声を掛ける事しか出来ない。
なんとも無力だった。
「お怪我は、ありませんか……?」
「うん……うん、僕は怪我してないよ……」
「良かった、です……」
ルナジリオはそれを聞いて微笑むと、ぐったりと身体の力を抜いて口を閉ざした。意識はありそうだが、もうこれ以上は喋るのも無理といった具合だ。
リヒトが震える手で「ありがとう」と頭を撫でる。今はとにかく休ませる必要があった。
そうしてルナジリオを見守っていると、男の死体を漁っていたフゥリィが戻って来た。
その手には例のハンマーだ。
「坊や、これ……」
「うん……」
手に取ってみて、確信する。
これはMOD武器だ。
リヒトがネットから落としてインストールした、本来『OFS』には存在しない武器である。
それを、恐らくNPCであったであろう山賊が持っていた。
「そうか……拾われちゃうのか……NPCにも……」
リヒトはおぼろげながら、彼がこの武器を手にした流れを理解する。
MOD武器を追加すると、基本的にはゲーム世界の何処かに新たに追加される宝箱から入手出来るようになる。元々のゲームに無い物なので、プレイヤーが手に入れる手段も追加する必要があるためだ。
本来であればその宝箱からプレイヤー以外がMOD武器を入手する事はない。というよりも、宝箱をNPCは開けない。何故なら、『NPCである敵キャラクターや味方キャラクターは、プレイヤーへのご褒美である宝箱を勝手に開けたりはしない』からだ。初めてやるRPGで、見つける宝箱がことごとく誰かに全部開けられている状態だったら、それは面白くはないだろう。
だが、ルナジリオを筆頭に、この世界のNPC達には今や意思がある。何故かは分からないが、人格があるのだ。
ならば無警戒に置かれているそれらの宝箱を、誰がそのままにしておくというのだろう。
「変なの入れてないと良いけど……入れたMOD全部は覚えてないよ……」
リヒトは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。MOD武器とは、何度も言うがゲームに元々ないものである。つまりゲームバランスなども考慮されていないことが多い。
ならばこのハンマーみたいに……いや、それ以上にバランスを壊す武器が、この世界にあってもおかしくないのだ。
最強と思われるルナジリオ達を容易く倒す、そんな武器だって幾らでもあるかもしれない。しかもそれを、『一般人』が拾うこともあるのだ。
今更ながら、この世界が本当に恐ろしい世界だと気がつく。NPC達が自由に動き回ると、こうなってしまうのだ、と。
ーーーーーーー
ルナジリオは丸一日寝込んだ。
リヒト達は山賊が住み着いていたと思われる洞窟内で彼女を休ませるために二晩ほど過ごすと、ゆっくりとラマンドラへの帰路に着いた。
あまりに壮絶な戦いだったため、すっかり心配症になってしまったリヒトは事あるごとにルナジリオに気を遣った。
「痛いところはない?」、「喉乾いてない?」、「僕にして欲しいことがあったらなんでも言って」など、まるで初めて出来た恋人が風邪を引いた時のようだった。
「マスター、私は大丈夫ですから、あまり気にせずとも……」
「そうよ、戦士なんだからこれくらい普通よね」
「だ、だめだよ、僕の大事なルナなんだから! ルナには元気で居て欲しいんだ……!」
「マスター……♡」
リヒトの過保護生活は、結局ルナジリオが満足に動けるようになるまで三日ほど続いた。
その間、普段の性欲魔神は完全に鳴りを潜め、恋人の無事を祈るように健気に尽くすリヒト。それは二人からしても、逆にリヒトの方が過労死してしまうのではないかと心配になる程だった。
進行スピードも微々たるもので、行きよりもだいぶ時間が掛かってしまっているが、リヒトはそんな事はどうでも良かった。大事なルナジリオが心配でたまらなかったのだ。
やがて、ルナジリオも歩けるようになると、リヒトはほっと一息をついた。
特にふらつく事もなく街道を進むルナジリオ。彼女が本当に回復したと分かると、リヒトは心の底から安心した。
「良かったぁ、もう大丈夫そうだね……」
「ふふ、ご心配をおかけしました、マスター♡」
気が抜けたのか、その日の陽が沈む頃には焚き火の前で眠ってしまうリヒト。彼自身も慣れないことだらけで、ルナジリオが回復した分かると一気に疲れが出たようだった。
「すぅ……すぅ……」
パチパチと、火が弾ける音がする。夜風が頬を撫で、夜空の星々が三人を見下ろしていた。
美女達はリヒトの頭を撫でながら、お互いに目配せする。
「おい、痴女──分かっているな?」
「ええ、よく分かったわ──優しい坊やに二度こんな顔はさせないわ」
固い表情で、フゥリィは厳重に頷いた。それは後悔の色が滲み出る顔だった。
ルナジリオもそれに同意だった。
「そうだ、絶対に傷を作るな……それが無理なら隠し通せ。たとえ心臓が貫かれていても、隠し通して隠し通して──マスターに気付かれない所で静かに死ね」
ノーとは言わせない、重苦しい圧を掛けてくるルナジリオ。それはどこまでも深い忠誠心から生み出された、彼女にとって絶対の正解。リヒトを悲しませてはならぬと改めて誓う、一人の女戦士の覚悟だった。
気圧されるようにフゥリィは静かに頷く。
「最後くらい、坊やの顔を見ながら逝きたいものだけれど……」
「私達はこの御方の創造物……悲しませることなどあってはならない。マスターの身を護る事は大前提だが、それが叶わぬのなら命を捨てろ。そして悲しませることなく死ぬのだ。分かったな?」
「……分かったわ。貴方もね」
「当たり前だ」
二人はお互いに頷きあう。それはリヒトに作られた者達として、当たり前の忠誠だった。
彼女達はそれが正解だと信じていた。
……リヒトが聞けば、絶対に拒否していた二人の忠誠だった。
「──それにしても、これはなんなんだ?」
ルナジリオはリヒトの腰にぶら下げてある、金色のハンマーに目を向ける。圧倒的な力を発していたその鎚は、今やただの豪華な大工道具にしか見えない。
しかし実態は、雷を操り、剣撃を弾く、最強の武器だった。
「坊やは何か知っているようだったわね。少なくとも五分耐えれば勝機がある、と案を出してくれたのは坊やよ」
「なんだと? 持久戦はお前の思い付きかと思っていたが……流石はマスターだな、私達が及ばない知識をお待ちとは……いや、私達を作ったのだから、それも当然か」
うんうんと誇らしげに頷く女戦士。
しかし共に戦った魔術師の方はというと、何かを思案するように顎に手を当てた。
「坊やったらこの武器の効果の詳細、それに持続時間まで知っていたみたいなの。そしてその言葉の通り、あの男は戦闘は大したことなかったのに、貴方の攻撃を防ぐのは上手だった……私から見ると、貴方の『剣』は正直お手上げってくらいの段階なのだけれど、そこはどう思ったのかしら?」
「いや、その分析で合っているぞ。あれも武器の効果によるものだろう、まるで動きに自分の意思がなかった。むしろ意思を持つことが枷になると思っているような身のこなしだったな。そういう意味では使い慣れていそうではあったが……そうか、マスターが対策を知っていて助かったな」
「違う、言いたいことはそうじゃない」とフゥリィは首を横に振った。
そして、自身の考えを口にする。
「『これ』、坊やが作ったんじゃないのかしら……だって見たことも聞いたこともないわよ、自動迎撃に、魔術耐性。それに天から雷を落とす武器なんて……私も職業柄、符呪された魔道具には詳しいけれど……はっきり言って神話の世界の武器だわ」
「確かに、これがあまりに人知を超越した武器であることは私にも分かる……とすると、マスターの目的はこれなのか?」
ルナジリオは思い返す。リヒトとあったあの日、彼は気がついたらここにいた、と言っていた。そして次の日、少年はまるでそこにあることが分かっているかのように、自らの装備をぽつんと置かれた木箱から取り出していた。
何かを隠しているか。或いはルナジリオの知らない何かを知っているのは確実だった。
あれも、もし少年が求めていた装備だとしたら──
「まさか、幾つもあるのか──?」
同じ事を考えていたらしいフゥリィも、こくりと頷く。
「その可能性は高いわね……私達と一緒に暮らしたいというのも本心なのでしょうけど……坊やは自分で作った装備の数々を、何か理由があって隠したんだわ。そして、時が来てしまった」
「この場合の時が来たというのは、もしもの時の備えが本当に必要になってしまったという意味よ」とフゥリィは付け足した。
ルナジリオも、なるほどな、とリヒトの行動を思い返す。
「……何者かの妨害があったと考えるべきだな。或いは現在進行形で受けているか。でなければ私達を作った創造主様が、このようなか弱いお姿で一人きりという自体にはならないだろう」
「ええ、その妨害によって、隠されていた武器も、あのような山賊達の手に渡ってしまった……憶測に過ぎないけれど、坊やの態度から察するに、意図していない相手の手に渡ってしまったのは事実のはずよ」
二人は気持ちよさそうに寝ている少年を改めて見つめる。
「私達で力になれるだろうか」
珍しく弱気な発言をする女戦士に、フゥリィは肩を叩いた。
「たとえ私達が力不足だったとして、坊やを見捨てるの?」
それこそ「まさか」だと、ルナジリオが鼻で笑った。
「……ありえない。私は地獄だろうとマスターについていくさ」
「なら──その心配は意味のないことよ。選択肢なんて、ないんだから」
「そうだな……」
二人の『創造物』は、お互いを認め合うように手を合わせた。
「後ろは任せた、フゥリィ」
「ええ、任されました、ルナジリオ」
ーーーーーーー
ラマンドラまでの帰り道は、行きと同じように特筆するべきことはなかった。
ただ、我慢していたリヒトの性欲が爆発したのは言うまでもない。
そうして、想定よりもかなり遅れてラマンドラの街の目前まで迫ったところで──
「──あれは、なんだ?」
「何かしらね、凄い魔力よ……」
──街のそばに出現した、つい先日までなかったはずの巨大な門を目にする。
門と表現したのは、他に言い表しようのない形をしていたからに他ならない。
とてつもなく巨大だった。
地面から生えた一対のドス黒い角が三、四十メートルはありそうな高さまで伸びていた。触れるもの全てを拒絶するかの如く、至る所に刺々しい突起が生え揃っていて、それらの先端からは、見るものを不快にするような赤い液体が滴っていた。
その大きな二本の角の間には、二つを繋げるように濃い紫色の光の線が幾重にも張り巡らされていた。それらは、まるで空想状の巨人の眼球のような模様を作り、浮かび上がっている。
──そして、その光の中から、翼の生えた黒い男達が飛翔しながら飛び出してくる。
何人も、何人も。
まるで異世界からの侵略者達だった。
「──『ゲート』だ」
リヒトは一人、『OFS』を知るものとして、ゲームが始まった事を理解する。
メインクエストが、始まった。