──ランドラマ城、大会議室。
ランドラマの中央に位置する小さな城の大部屋にて、街の兵士と冒険者達が二十人ほど卓を囲んで集まっていた。
テーブルの上に置かれているのは、街の全体図を表す簡易な地図だった。建造物など細かいものは一切記されていないため、『この襲撃』のせいで必要に応じて突貫工事で作成されたのは、誰の目にも明らかだった。
「失礼しますっ!」
大きな声で、兵士の一人が室内に足を踏み入れる。室内の男達の視線を一手に受けながらも、目的の人物を見つけ出すと一目散に駆け寄り耳打ちする。
「……ああっ、くそっ、やっぱり逃げやがった!」
中央に位置する、衛兵の鎧を身につけた男が机を叩きつけた。彼は街の警護を任された、言わば兵士長とも呼べる存在だった。
そんな彼の耳に知らされたのは、領主が街を捨ててさっさと逃げたという事実だった。
比喩ではなく、この街が滅びるかもしれないこの一大事にである。
兵士長から怒りとやるせなさが湧いて出た。どうしようもない怒りだった。
付近の者たちは、そのやり取りを諦めの表情で見ている。誰しもが、そうなる事を見越していたかのようだった。
誰も領主になど期待していなかった。
この街はそもそも、そんな存在に力を借りて存在しているわけではない。ランドラマは、多くの魅力的な娼婦達と、彼女達の母とも呼べる存在がこの街の象徴なのだ。
「──兵士長、ここは貴方を
「……かたじけない、冒険者ギルド長」
即座に流れを変えたのは、近くで成り行きを見守っていた冒険者ギルドの禿頭の役員だった。
正確には冒険者ギルドの
その中の一人が頷き、テーブルの地図に印を加えていく。
「じゃ、始めますがね……まず、皆さんも目にしたと思いますが、ここに突然アレが出てきました」
そう言って大きな目玉を、丁度街の入り口とは正反対の位置に書き込む。距離としてはそう遠くない。目測で三十分掛からないくらいの距離だ。
その両脇には、二本の棘のような柱を描く。見ようによっては、何かの門のように見えた。
「なんで出てきたとか、誰が出したとか、そういう情報は一切ないし、今はそれどころじゃないです」
男は言う。あの建造物は、なんの前兆もなく、誰の力も借りず、突如としてあの場所に出現したのだと。
周りの男達はそんな嘘みたいな話を、重々しい顔つきで頷いた。誰しもが目にした事実だったからだ。
「──で、その中から、飛行系の魔物が出てきました……ウチのメンバーの一人が言うには悪魔だそうです」
続いて。羽の生えた棒人間が、何匹も目玉の周りに書き加えられた。
「悪魔……」
「やはりか……」
悪魔という名前が出たにも関わらず、どよめきは少なかった。皆、一目でも奴らを見た瞬間に脳裏に浮かぶ名前だったからだ。
悪魔とは、言ってしまえば上位の魔物である。この世界で魔物とは元々魔力を帯びた獣などを指す言葉だが、悪魔は加えてその魔力の力を使うことが出来る存在だ。
まず間違いなく、それらの討伐となると『Aランク』から『Sランク』に匹敵する依頼の難易度となるだろう。
「そいつらの強さは軽く見積もっても一匹当たり『Aランク』相当です。俺らとは違う『Aランク』パーティが、三人がかりで一匹仕留めたって話ですが、代わりに二人死にました」
「嘘だろ……」
「それじゃあどうしようもないぞ……!」
男の報告に、今度は声を上げる者達が複数。察してはいたが、現実として言葉で突き付けられると理解を拒むような内容だったためだ。
この街の防衛機構は、冒険者達に依存していると言っても良い。衛兵達の士気も低く、その代わりを勤めているような部分も多分にある。
街に普段から身を置いている冒険者は『Aランク』パーティが五つ。これでも他の地方都市に比べればあり得ないと言って良いほどの数の多さだ。加えてそれより下のB、C、Dと続くランクの冒険者パーティは数え切れないほどだ。いかにこの街が男達にとって魅力あふれる街かを示していた。
そんな五つも『Aランク』パーティがいるのにもかかわらず、この街の上空を覆い隠すような数の悪魔に対して、五匹くらい倒すのがせいぜいだと言われたのだ。特に衛兵達の絶望の声は死を受け入れているような暗さがあった。
更に説明が続く。
「──で、ここからが妙な話なんですがね、知っての通り奴ら、まだ攻め込んで来てません。こっちは散々弓なり魔術なりで攻撃してんですがね」
男は幾つかの悪魔の姿を、街の上に書き込んだ。そして街の中に悪魔から伸びる矢印を描き、その上にばつ印を置いた。
「……何故なんだ?」
「まぁ、何かを待っているんじゃないでしょうか……少なくとも理由の一つとして挙げられるのは巨人でしょう」
兵士長の問いに、新しい情報で答える。
地図には羽の生えた棒人間より三倍くらいありそうな大きさの黒塗りの人間が、街の周りを取り囲んでいた。
「あれがなんなのかは知りませんが、ちんこだけ体毛で隠した黒い影みたいな巨人が、街に近づいてます。動きはとろいですが、後ニ十分もあれば、橋に──つまり街の正面に辿り着くでしょうね……そうなれば、上下から攻め込まれる」
「絶望的だな……」
兵士長の疲弊した声に、「ええ、全くです」と男も残念そうに返答した。
「……ギルド長、今からでは『Sランク』を呼ぶのは無理なのか?」
半ば諦め切った声に、ギルド長側も苦笑いする。
「よしんば、呼べたとして、彼らが着く頃には街に人間は残っていないでしょう。一応、つい先日までは『群青』がおりましたが……帰ってこないところを見ると何かあったのでしょうね」
「『群青』、か。彼女がいれば、どうにかなるか?」
そんなものは分からないと答えたくなるところだったが、実際のところ彼女に縋るしかない。ギルドの役員は苦々しい顔で頷く。
「……街の人々を逃す時間は稼いでくれるかと」
兵士長と目を合わせ、互いに頷く。
つまり打てる手というものは一つしかなく、救いが来るまでとにかく耐えるしかないのだ。かの名高い『群青』が、無事にこの街に辿り着くまで。
「──っ、『群青』様のパーティがお見えになりした!」
タイミングを測ったかのように、扉の外から衛兵の声が聞こえた。
ーーーーーーー
会議室の中はむさ苦しい男達でいっぱいだった。
リヒトはこの街にいる大半が乳丸出しの娼婦だと思っていたので、こんなにも男がいた事に面食らった。
「それで、どうなっているの?」
先陣を切って、フゥリィが部屋の中央に向かう。普段の柔らかな声とは違い、よく通る声音だった。
冒険者達の群れが、地割れでも起きたかのように左右に開いて道を譲る。
リヒトとルナジリオは、フゥリィの後に静かに付き従った。自分が場違いな場所にいると自然に感じてしまう。
「……どうやってここに」
信じられないような目つきでフゥリィを見たのは、この街の兵士長らしき人物だった。
フゥリィは彼に対して、なんて事ないように「飛んできただけよ」と答えた。
「悪魔達は……?」
「流石に全部は始末してないわ。上から入る時に邪魔だったから数匹消し炭にしたくらいよ」
リヒトはつい数分前の出来事を思い出す。
「街の人達を守らないと」と、完全におっぱいを触った事のある娼婦達だけを頭に浮かべていた少年。危機に瀕した街の外からどうにかして中に入ろうと提案したのはリヒトだった。
二人は主の命令とあれば断る理由もないので頷いた。
そして正門が閉ざされているところをみると、フゥリィの魔術で街の上空を埋め尽くす悪魔達を焼き尽くしながら、ルナジリオに二人を抱えてもらって飛び込んだのであった。
後は付近の衛兵に声を掛けて、会議室に大急ぎで通されて今に至る。
「おお、悪魔達を倒せるのか……!」
「『Sランク』は伊達じゃないな!」
付近の兵士達が、にわかに活気立つ。それは、絶望的な現状に差し込んだ一筋の光に他ならなかった。
だが、そんな男達にフゥリィは釘を刺す。
「言っておくけれど、私でも無限に魔術を撃てるわけじゃないわ。向こうがどれくらいいるのかも不明な状況で、何発も何発も大魔術を使えないのよ」
「……その通りだ」
『Sランク』冒険者、『群青のフゥリィ』の言葉に兵士長は頷いた。
そして、彼が考えていた計画を伝えようとする。
「『群青』殿、率直に聞くが、どれくらいの時間を稼げる? ──街の
「そうねぇ──」
兵士長の真摯な言葉に答えたのは、フゥリィではなく、新たな乱入者だった。
「──馬鹿を言わないでおくれ。この街の娘達が、外で生きていけるものか」