「──それで、分かったのかい?」
夜明け。街を照らす朝日に目を細めながら、マザーは側に立つアーコに声を掛ける。
太陽の光が陰気な部屋の中を照らす。
話しかけられたアーコはというと、マザーの机に我が物顔で腰掛けていた。彼女は朝日に目を細めながら、勿体ぶるように「片方はね〜」と気さくに返した。
「どっちだい?」
「女の方。マザーも別大陸の話は知ってるっすよね? そっちの方の冒険者で『神剣』ってのがいるらしいっす」
「ふん──随分大層な名前じゃないか」
マザーは懐から葉巻を取り出すと、鼻で笑いながらそれを咥える。
アーコは即座に自らの人差し指を差し出すと、その先端にぽっと小さな炎を出現させた。
「『火炎』──で、それが大袈裟でもないらしいっすよ。なんでも、そっちの大陸の神様を七匹も斬っちゃったとか……まー元々生贄取ったり虐殺したりのこわーい神様だったらしいっすけど。んで、そいつらをぶっ殺して、ついたあだ名が──」
「──『神剣』ねぇ。まぁあの力量を見せられれば頷かざるを得ないね」
葉巻の煙を吐き出しながら、老婆はやれやれと首を振った。脳裏には巨人をバターのように切り裂く女戦士の後ろ姿が浮かんでいた。
数々の冒険者を相手にしてきたマザーには、あれが人の領域を飛び越えた者の力である事は分かりきっていた。
「……で、少年の方は分からなかったのかい?」
「なーんもなし。まだあの年だし、どっかの組織に秘匿されてた可能性が高いっすね。多分あの悪魔達を見越して用意してた組織の秘密兵器ってところじゃないっすか? じゃないと都合良すぎっす」
「……で、予測通り悪魔達が活性化して、表に出ざるを得なくなったと。能力の程は分からないとはいえ、あの『群青』とその『神剣』とやらを同時に口説き落とす手腕はなんだか末恐ろしいもんだね」
「あの二人の性癖にたまたまぶっ刺さった可能性も全然あるつすけどねー……あ、そうそう、坊ちゃんの方なんですけど、今街でなんて呼ばれ出したか知ってるっすか?」
「ん?」とマザーが片眉を上げる。ここ最近ランドラマは、この街を救った『救世主』達の話題で持ちきりだ。二つ名が付くのも時間の問題だった。
アーコは人の悪そうな笑みを浮かべてマザーの目を見つめた。
「──『勇者』、らしいっすよ」
「ふふふ、良い二つ名じゃないか。アーコ、引き続きごまをすっておくんだよ……『勇者』御用達の娼館なんて、そうそうなれないよ」
ーーーーーーー
三日前には壊滅の危機に陥っていたランドラマも、今や普段の華やかさ──淫猥さを取り戻していた。冒険者達は鼻の下を伸ばして娼婦達と触れ合い、その娼婦達も普段の商売を安心して再開していた。
色々なごたつきが片付き始めて、街のシステムはようやく復活した。そんな中、リヒト達は遅れながら山賊討伐の報酬を貰いに、冒険者ギルドに足を運んでいた。
「ありがとうございます、お三方が居なければどうなっていたか……」
ギルドの役員からは大変に感謝され、先日の悪魔騒ぎも加味して報酬の増額。更にはリヒトとルナジリオのランクをすぐに『Sランク』に昇格するとの報告を受けた。
もっとも、リヒト達は既に別口で『マザー』から沢山の報酬を貰っている。宿代や娼婦代はしばらく困らないようにはなっているのだが──ありがたいので黙って受け取っておいた。
それから役員とは少しやり取りを行って解散になった。向こうもまだ十分忙しい様子だった。リヒト達が辿り着く前に冒険者が大量に死んでしまったので、その辺りの都合をつける必要があるらしい。
流石にリヒトが手伝えるものではない。せめてもの罪滅ぼしに何か手頃な依頼はないかと、依頼板を確認する。
「うーん、更新されてないね。やっぱり忙しいんだね」
依頼は先日確認した時から大した変わっていなかった。今は悪魔騒ぎの後処理もあり、手が回っていないのだろう。
リヒトは仕方なくギルドを後にした。もっとも、『マザー』より決して少なくはない報酬は貰っているし、宿代もタダにしてくれるという太っ腹対応だった。今のところ急いで依頼を受ける必要はなかった。
更にはその間、以前リヒトが借りた宿に住まわせて貰えるらしい。至れり尽くせりだ。
早く帰ってあの広いベッドの上で、二人を抱こうと考えていたリヒトだった。
「──失礼、君が噂の『勇者』殿かな?」
「はい、そうですけど……?」
冒険者ギルドを出ると、美しい声をした青年が声を掛けてきた。
振り返ると、そこに純白の鎧を纏った聖騎士がいた。
もちろん超有名キャラクターだったので、即座に彼が誰なのかリヒトは気がつく。
「初めまして、僕はシリウス。僕も冒険者なんだけれど、この街を救ってくれた君に是非ともお礼がしたくてね」
シリウスと名乗った青年は「ありがとう」と、さらさらの金髪を揺らして頭を下げてくる。
リヒトは「とんでもないです」と頭を上げるようにお願いした。
「僕なんか全然……街の人達や、仲間のおかげです……」
「そうかい? ふふ、優しい人なんだね」
そう言って男女を魅了する笑顔を振りまくイケメン。リヒトには無いはずの架空の子宮がきゅんとした。
彼は『聖夜のシリウス』。ゲーム内でも屈指の実力者であり人格者である。何よりも高いカリスマ性があった。
リヒトは『OFS』内でも屈指の人気を誇る彼にそこまで褒められるとは思わず、わたわたと手を振りながら「は、はい……」と特に言葉も返せなかった。
近くで見ると、その中性的な顔立ちは男のリヒトでさえもどきりとしてしまう。目鼻立ちの華やかさは、かっこいいと美しいが見事に同居していた。
リヒトの様子を見て、フゥリィが間に入ってくれる。
「シリウス、お久しぶりね。もしかして、近かったのかしら?」
「久しぶりだね、フゥリィ。うん、お察しの通り、僕もあの大きな──『ゲート』? を遠くから目にして、急いで駆けつけたんだけどね。その頃には『勇者』殿がすべて解決済み──でも、この街が無事で良かった」
彼は改めてリヒトに頭を下げると、「あまり時間を取るのも悪いから」と足早に去っていく。
リヒトは緊張しながら、彼が見えなくなるまで後ろ姿を見つめていた。
「……マスター、知っているのか?」
リヒトの態度を見て不思議に思ったらしいルナジリオ。リヒトは「うん」と頷いた。
「──知ってる。強いんだよね」
「『聖夜のシリウス』。有名な『Sランク』ね。案外私達が骨を折る必要なかったのかしら?」
フゥリィの言葉にリヒトは心の中で「そうだよ」と返答する。
本来のゲームの流れなら、このランドラマを襲う悪魔達は全て彼の手によって滅ぼされる。公式チートキャラであり、こと戦闘においては本当に作中で上から数えるレベルのキャラクターだ。実はメインクエストである一つ目のゲート攻略──つまり先日起こった悪魔騒動は、彼の力を借りてゲートを破壊するだけである。また、このイベント自体を無理やり無視しても、後日勝手に彼が解決していたりする。
あまりの強さと人の良さから最強の聖人などとプレイヤー達に表される人物だ。
……本来ならランドラマに依頼を受けにくるはずなのだが、この街の今の状態を考えると彼のキャラクター性とは合わない。もしかしてこの世界の変化に合わせて意外と変態になってしまったのでないかと思ってしまうリヒトだった。
或いは聖人と呼ばれる彼だからこそ、この街に『合わなく』なってしまい、足が遠のいていたとか。ランドラマは今やとんでもない街なので、理解できなくはない。
「……まぁいいや、行こうか、二人とも」
「「はい♡」」
リヒトは二人の手を握ると、宿に帰る。
時刻は昼間も良いところだが、そんなことは関係なくリヒトの雄は昂っていた。
二人の手の感触をにぎにぎと確かめながら、リヒトは幸せそうに微笑んだ。これは少年が辛い人生を乗り越えて、やっと手に入れた幸福だった。
だからこそリヒトは、今を懸命に味わっていた。
「あのガキ……ぜってぇ許さねぇ……」
──その背後に、少年を睨み付ける男の姿があった。