娼館『ロクサーヌ』の
『神剣のルナジリオ』。
『群青のフゥリィ』。
このランドラマの街で知らぬ者はいない、勇者一行の二人である。
「──それで、情報は?」
フゥリィはマザーの眼前に腰掛けると、乳首の見えそうな前掛けを揺らして、ゆっくりと相対する彼女を見つめた。
その表情はいつになく真剣で、常に余裕を見せる彼女にしてはいささか様子が違った。
マザーは頷くと、小さな皮袋を机の上に置いた。かちゃりと中に入っているであろう金属がなる。
「まず、昨日うちの娘の一人が街中で殺された。名前はテイター、この街は二年目ってとこだったね……現場にはこれが落ちていたそうだ」
「それが何か関係あるのかしら?」
「落ち着きなよ、『群青』。焦ったって『勇者』は見つからないよ」
「──!」
マザーの言葉に、口を閉ざしていたルナジリオが反応する。
拳を振り上げて、そのまま机に叩きつけた。
机の脚部分が爆ぜて、ぽかりと拳が当たった部分が抜け落ちる。
木片が部屋の四方に散らばった。
「──」
マザーは流石の胆力で動じず、迷惑そうな顔でルナジリオに目を向けた。
次いで、フゥリィを睨みつける。本来であればルナジリオを諌めるのはフゥリィの役回りであるからだ。
しかしそのフゥリィも今や冷静さを欠いていた。表情には「続き早く」としか書かれていない。
「はぁ……続けるよ」
嘆息して、マザーは続きを話し出した。
「露店の奴らによると、そのテイターが最後に『勇者』と会っていたそうだよ。些細を聞き出そうにも、死んじまってるがね……」
「……誰が後ろにいるのか、分からないの?」
「さぁてね。ただ、この街で坊やを憎んでいる奴なんて想像できないね。そもそもあの子の事を悪魔騒動以前に知っていた奴なんて居やしないよ。やっかみで何かあった線もあるが……まず間違いなく元からあの子の『敵』だった奴の仕業なんじゃないかい?」
「──敵か」
「──敵、ねぇ」
二人は先日の山賊退治の際に思い当たった、リヒトの『敵』を想像する。少なくとも悪魔騒動でこの街の人間を守った功績は大きいため、街の人間による犯行は薄そう、という読みは正しそうだ。
そうなると、元々彼の『敵』だった存在によって連れ去られたという推理が一番、少年が消えてしまった理由として納得が行くものだった。
「ま、死体が上がってこないってことは生きてはいるだろうね……」
マザーの気休めにもならない言葉を無視しながら、二人は立ち上がった。たいした情報ではなかった。ここに用はもうない。
「お待ち。これは『勇者』が買って行ったそうだよ、持っていきな」
焦りからか、ろくに中の確認もしようとしないフゥリィに、マザーは親切から皮袋の正体を明かした。
「そうですか」
フゥリィはテーブルの上に置かれた袋を手に取るとマザーに背を向ける。
早くリヒトを探しに行かなければ。あの愛しの『創造主様』を、この手に取り戻さなければ。
二人の『Sランク』冒険者が、爆発しそうな怒りを滲ませていた。
「何か掴めたら教えてやるから、あんた達も探しといで」
触らぬ神に祟りなしと、マザーはそれ以上言葉を掛けることはしなかった。
ーーーーーーー
通りに出ると、ランドラマ特有の『女性にしか分からない甘い匂い』が鼻に付いた。
行き交う男性客達は気にした様子もなく、それよりも通りで立ち止まる絶世の美女二人組──ルナジリオとフゥリィをジロジロと舐め回すように見つめていた。
ルナジリオは視線を無視しながら、フゥリィから皮袋を掴み取る
袋の中身はピアスだった。
「マスター、こういう趣味だったのか。命令して頂ければ私が用意を出来たのだが……」
中を確認したルナジリオが、悔しそうにそれを握りしめる。
それから、表情なんて抜け落ちた顔でフゥリィを見た。
「──ひとまず片っ端からこの街の住人を殺し回れば『敵』とやらが出てくるんじゃないか? さっさと殺そう」
「それで出てくる確証があるなら。ええ、即座にでも皆殺しにするわ──でもそうじゃない以上、無駄よ」
物騒な提案に首を振りつつ、フゥリィは頭を巡らせる。
リヒトが姿を消したのはつい昨日の事だ。
何やら一人で済ませたい用事があるということで単独行動をしていた少年。二人からしてみれば少年の企みなど一瞬で看破していたが、愛する人にそう言われてしまえば大人しく帰りを待つのが妻としての勤めであった。いつの間にか妻になった事実は、今のところ二人の頭の中だけである。
しかし、待てども待てども愛する少年は帰ってこない。日が暮れた辺りで、二人はようやくリヒトが何かに巻き込まれたのではないかと捜索を始めた。
それから丸一日。昼夜問わず創造物達は街を駆けずり回ったが、あの可愛らしい少年の姿はどこにも無かった。
「……それに、どこまでマザーの言葉を信じればいいのかも分からないわ。私達を取り込みたいようにも見えるけど、得体の知れない『勇者』をどこまで信じるつもりなのか分からないわ。案外、私達の情報も売られていたりしてね」
「──殺すか?」
「まだよ。確証が取れたら殺しましょう。でもその前にまずは坊やを見つけないと」
フゥリィの言葉に「道理だな」とルナジリオも頷く。
「案はあるのか?」
「もしこれが、坊やの『敵』によるものであれば、想像もつかない手段で坊やを無力化されている可能性があるわ……でも逆に、これが人の手による犯行であれば……目星はつくわ」
頼もしい言葉だったが、ルナジリオは生憎と彼女を褒めてやるほど余裕がなかった。
もちろん、フゥリィもまたルナジリオからの言葉など求めていない。求めているのは最愛の人ただ一人である。
だから二人は、あくまでも冷静に話を進める。
「マザーの話だとこの街にはマスターを恨む輩はいないとの事だが?」
「ええ、そうでしょうね。たった一人を除いて、ね……思い出しなさい、ルナジリオ。坊やはこの街に来て、一体何人と話したかしらね。多分数えるほどよ……さて、その中で一人、怪しい男がいたわね」
フゥリィが言い終わると、ぶわっとルナジリオの身体から殺気が漏れる。
周囲にいた人間が、ばたばたとその圧力だけで気を失って倒れていった。
「──あの男か、殺す」
ルナジリオの脳内に、黒髪の男が浮かんでいた。
ダイバー。
愛するマスターに敵意を向けた、愚かで許し難い──愚物だ。
「ええ、殺しましょう。探して、坊やの事を聞いて──それから殺しましょう。許されるはずもないのだから」
フゥリィも珍しく表情を消し、同じ男を思い浮かべていた。
二人は能面のような表情で、ランドラマの街を歩いた。
目的地は不明だが、彼女達はたった一人の男を探すために、手段を選ばないつもりだった。
そして、何があっても、愛するリヒトを探し出すつもりだった。
『創造物』達の決意が、まさに濃厚な殺意となって街中に撒き散らされていた。
ーーーーーーー
「さむ、い……」
頬を撫でる冷気に、自然と目を覚ます。
凍える手、震える脚。顔の感覚なんてまるでない。
ガタガタと振動が伝わって、身体が跳ねる。
何が起こったのか分からないまま、リヒトはゆっくりと瞼を持ち上げた。
「……」
光は馬車の背面から入ってくる、白い日光だけだ。それも直接ではなく、辺りの雪面に反射した冷たい日光だった。
煙のような冷気が、そこから入り込んでくる。それは正面に進む馬車に置き去りにされるようにして、しゅるしゅると外に逃げては、また執念深く馬車内に侵入してきていた。
「ど……こ……?」
リヒトの言葉は果たして音になったのだろうか。喉は張り付き、身体は衰弱していた。
カタカタと身が震える。手も足も顔も、感覚がない。よく見れば上半身を隠すボロ切れ一枚だけの姿で、素足やら腕は外気に晒されている。長時間このままだったようで、どうしようもなく凍えていた。
寒い。
明確に死に向かって進まされているような気分だった。なのに何も抵抗できない。冷蔵庫の中に詰められたみたいに、静かに死を迎えるのかもしれない。
死が迫ってきていた。『また』あの身体が動かなくなっていく感覚が、すぐそばに来ている。
逃げられない、死が。すぐそこに。
「るな……ふぅりぃ……会いたいよ……」
脳裏に浮かんだ愛する女性達。今この場には彼女達はいない。それがどうしようもなく胸を締め付ける。
唐突に奪われた幸福。やっと掴んだ幸せだった。なのにこんなにもあっさりと、残酷に奪い去られる物なのだろうか。
では自分はなんのためにこの世界に来たのか。彼女達と共に幸せに暮らすためではなかったのか。
悔しくて、悲しくて、涙が止まらない。その涙もすぐに凍りついていく。
このまま、カチコチに凍り付いて、死んでしまうのだろう。最悪の気分だ。
「……でも……会えて、よかった……なぁ……」
暗い気分の中、それでも思い出せる記憶の中の幸せは彼女達が占めていた。
彼女達とのエッチな日々はもちろんの事、毎日の食事、旅の最中の会話。そして愛を囁き合う関係性。
……何より、彼女達を『作っていた』その時から、リヒトは幸せだった。
最後に夢のような時間を過ごせた。
そう思うと、悪くなかったのかもしれない。
一度生を諦めた少年は、現状を悲しむことはせず、幸せな記憶を抱えたまま死ぬことに決めた。
もう何も後悔はない。幸せだった。幸せな日々だった。
心残りがあるとすれば、それは……
「……みんなで、家、住みたかったなぁ」
ぽろぽろと涙の粒が溢れる。半ばホテル住まいだったが、それとは別に誰にも邪魔されずに三人で暮らしてみたかった。
きっと今よりも、もっと素敵な日々だったに違いない。
それがリヒトには、悔しかった。
「悔しいなぁ……悔しいよぉ……」
力の入らない腕で拳を握りしめる。
しかし、何も起こりはしない。もはや少年に出来ることは死を待つ事だけだった。
「──お前、まだ子供だな……大丈夫か?」
薄れゆく意識の中、耳心地の良い女性の声が聞こえてきた。
落ち着いたアルトボイスの発生源に、なんとか顔を向ける。
馬車の中は、リヒトと同様に死にかけた顔をした男達が何人も座り込んでいた。皆リヒトよりも布の面積が少なく、股間の部分しか隠されていない。
そんな中、比較的リヒトに近い場所に一人の女性がいた。性別故に贔屓されているのか、上半身と下半身をすっぽり覆うような灰色の布地を巻いている。女性と分かったのは単純に声と、胸元をこんもりと持ち上げる身体つきからだった。
ターバンのように布を巻いた顔から、琥珀色の瞳がリヒトを捉えていた。
「──そんな……嘘だろ……」
女性は信じられないような声を上げつつ、むくりと体を起こすと、四つん這いでリヒトのもとに近づいた。
彼女の暖かい手のひらが、頬に押し付けられる。
「冷めてぇ……顔色も真っ青だ……まずい、早くしないと死んじまう……!」
リヒトの状態に気がついたらしい女性は、すぐに少年を抱き抱えると、自らが座り込んでいた出入り口よりも離れた場所に運び込む。
そしてそのまま、自らのボロボロの装衣を引っ張ると、頭から飲み込むようにすぽっとリヒトに被せた。
狭苦しい布の中で、人肌の温もりがリヒトに押し付けられる。
「うおぉっ、つめてぇっ! くそっ、死ぬなよ、頼むっ……」
女性は渾身の力でリヒトを抱きしめる。
それはもはや願うような声で、ひたすらに自らの体温を分け与えた。
自らを危機に晒す献身。それでも女性は必死だった。
「頼むから、生きてくれ……お願いだ……」
彼女は必死だった。
そんな必死さが通用したのか、徐々にリヒトの体温が戻っていく。
リヒトの顔に、柔らかな双球がむにむにと素肌のまま押し付けられていた。豊満な柔らかさと、かぐわしい雌の臭いの充満した空間に、リヒトは徐々に自身の身体に血が通い始めるのを体感していた。
それは、死神に心臓を掴まれかけているリヒトにとって、救いの手──或いは救いのおっぱいだった
女性がぎくりと動きを止めた。
「……お前……まさかこの状況で──ちんぽ勃ってるのか?」