「──歩け」
生気の抜け落ちたような声で、見知らぬ男に暗闇を歩かされる。
素足が伝える足場の冷たさは、ここがざらついた岩場であることを示していた。
リヒトは倒れまいと力を込めて、ふらふらと他の奴隷達の後に続いていく。
視界は薄暗く、頼りない松明が壁に掛けられているのが辛うじて分かるくらいだ。目が慣れていないのも相まって、暗闇と言い換えても遜色ない。
「……はぁ……はぁ」
体力の戻らぬリヒトには、ただ歩くだけでも大変だった。おまけに体温は下がり、ろくな衣類も与えられていない。冗談ではなく、いつ凍死してもおかしくなかった。
また、暗闇は平衡感覚を鈍らせてくる。歩けているかどうか怪しいものだった。
「おい、お前はこっちだ」
「うわっ……!?」
脇道から細い男の腕が伸びてくる。
胸ぐらを掴まれると、そのまま列から離れて、ぐいぐいと引っ張られながら何処かに連れて行かれる。
この期に及んで何をしようというのか。そもそも彼らは誰なのか。ここは何処なのか。リヒトには皆目検討がつかなかった。
彼らはダイバーの手下なのだろうか。それにしては彼の姿は見えない。
どちらかというと──まるで売り払われて奴隷にされたような感じだった。
「ここだ」
暫く歩かされると、雰囲気の違う部屋に案内される。
暑い。外とは違う熱気が満ちている。
カンカンと、鉄を打つ音が聞こえた。
中は息をするのも熱いくらいの熱気に満ちていた。
赤く光り輝く溶けた鉄が、石釜のような炉に滴っている。
数名の男達が、難しい顔で小槌を振るい、鍛造を行っている。なんとなく鍛治をしていることは見て取れた。
「……あ」
中央には、馬車の中で一緒になった女性がいた。
美しい女性だった。
乳褐色の肌がよく似合う、勇ましくも色っぽい美女だ。白銀の短髪と、琥珀色の大きな瞳が特徴的だった。
顔立ちは鋭く、そして整っている。リヒトは『懐かしさ』を覚え──同時に困惑もしていた。
何故ここに彼女が居るのか。理解できなかった。
「やるならさっさとやれよ」
美しい低音の声音で、吐き捨てるように男達を見上げる。何者にも屈しない凛々しい眼差しは、どこか余裕すらあった。
「……そうさせてもらおう」
炉の近くにいた男の一人が、頷いて立ち上がる。手には火かき棒のような細長い棒状の物を持っていた。
あれは──焼印だ。
ようやくリヒトにも、これから何が起こるか読み取れた。
喉が引き攣る。あれが全くの他人事ではない事実に、足がすくんだ。
「──動くなよ」
二人ほど更に男達が女性を取り囲むと、両手で押さえつけた。そして彼女の肉体を隠す布地を無理やり剥がす。
「おおっと、随分と……良い身体してるな……」
「ちっ……」
中から現れたの、凄まじく肉感的な女体だった。
細っこい肩幅からは想像も出来ないくらい下品に膨らんだ爆乳。鍛え抜かれた腹筋や大腿四頭筋に挟まれたムチムチの尻肉。女性的な柔らかさと戦士のような筋肉を融合させた、完璧な肉体美。
リヒトは辛い状況にあるにもかかわらず、見惚れてしまった。
「それじゃあ、いくぞ──」
真っ赤に熱された鉄の塊が、彼女の右肩に押し付けられる。
「ぎぃっ──!!?」
叫び声を押し殺して、がくがくと身体を震わせる。肉が焼ける音がした。
男はぐりぐりと焼きごてを念入りに押し当てると、ゆっくりと彼女を裁縫した。右肩には鳥の羽でばつ印の模様が刻まれている。恐らく奴隷を表す模様なのだろう。
彼女は荒い息を吐きながら、ごろんとその場に転がっていた。
「次はお前だ」
男はリヒトを指差した。
連動して、付近の男たちがリヒトを拘束する。彼女とは違い肩が露出しているので布切れを剥がされるという事はなかった。
リヒトは恐怖のあまり、カチカチと歯を鳴らした。
来る。来る。あれが来る。あれが肩に押し付けられる。
「──いくぞ」
何の躊躇もなく、男が焼きごてをリヒトの右肩に押し付けた。
「がぁぁぁぉぁぉぁぁぁっ──!!!!!?」
リヒトは叫んだ。
叫んで叫んで、叫び散らかした。
喉が潰れるが、構やしない。そんな事はどうでもいい。
想像を絶する痛み、熱さ。マグマの中に右腕を溶かして突っ込んでいるような激痛。
それが右腕に押し付けられていた。
「良い声で鳴くな」
じゅうじゅうと灼熱の音が耳元で鳴った。
リヒトは神経が焼き切れるような音を耳にしながら、視界がばちばちと明滅する。
「──」
極度の疲労、ストレス。そして絶大なる痛みに耐えきれず、リヒトはあっさりと意識を手放した。
ーーーーーーー
「──い、おい……大丈夫か……?」
ゆさゆさと身体を揺らされて、リヒトは意識を取り戻す。
後頭部にはむっちりとした生脚の感触。瞼を持ち上げると、豊満な下乳の谷間から、美しい女性が心配そうに見下ろしていた。
先程の褐色美人である。何もかも衣類を剥がされて全裸だ。ミルクチョコレート色の乳肌の先端に、ぷっくりと膨らむピンク色の乳輪と乳首がいやらしかった。
「うん……大丈夫……」
「おい、無理すんな……」
彼女の手を借りて、上体を起こす。
辺りは洞穴のようなゴツゴツした壁で、そこに無理やり鋼鉄の檻を付け加えたような形をしていた。暗いが、先ほどの部屋からそう遠くないらしく、間接照明のように炉の光が遠くから伸びていた。
そのおかげもあってかあまり寒くはなかった。
「……ハバキ、どうして君がここ──」
「待った」
リヒトが疑問を口にすると、その言葉を遮るように彼女が手をかざした。
初対面であるにもかかわらず名を呼ばれた事に対しても動じず、何かを確かめるような視線で少年を見つめている。
「一つ確認したい……お前は、アタシを『作った奴』なのか?」
まるで余命宣告を受けるような面持ちで、彼女はリヒトを見つめた。
リヒトは困惑しながらも、こくんと頷く。
「うん、そうだよ……初めまして、だね。僕はリヒト──君を作ったのは僕だ」
「──はは、マジかよ……本当に……本当に居たんだ……アタシを作った奴が……!」
その途端、彼女は感極まったようにリヒトの小さな身体を抱きしめた。
豊満な乳房がむにむにと押し付けられて、リヒトは「こんなタイミングで勃起するのはまずい!」と無心で堪える。
彼女は啜り泣くような声をあげ、神に感謝する声音で「生きていて良かった」と呟いた。
「お前の顔を見た時、もしかしたらって……でも、もう死にかけてて、アタシにはどうしようもなくて……」
「うん、大丈夫……」
「こいつなんだ、こいつに違いないって、顔を見るたびに胸が締め付けられて……頼むから死なないでって……」
「おかげで助かったよ、ありがとう……」
リヒトはサラサラの手触りの短髪を撫でながら、彼女──ハバキが落ち着くまで待ってあげた。
ここにいるはずのない彼女が、『何故ここにいるのか』。『何故この世界にいるのか』。その答えを持っていたら良いなと考えながら、リヒトはまた自らが作り上げたキャラクターに会えた事を喜んでいた。
「──ぐすっ……すまねぇ……もう大丈夫だからよ……」
五分ほど経つと、ようやく感情がおさまってきたらしい彼女が瞼を擦った。開いた目には、琥珀色の意志の強そうな眼差しが宿っている。
改めて『創造物』の忠誠心の高さに驚きながら、「気にしないで」と優しく諭す。これがルナジリオであればどうなっていたことか、考えたくもなかった。
「綺麗」
改めて至近距離で彼女の美しさを目撃する。
切れ長なまつ毛に、整った目鼻立ち。眉毛の一本一本から小鼻、唇に至るまで完璧な美しさ、カッコ良さ、女性らしさ──そして、いやらしさ。イケメンでありながら、美女でもある。中性的でありながら、見ているとしゃぶりつきたくなるような雌の匂いがぷんぷんしている。
ツンツンと短めに切られた短髪は雑に切り揃えられた割には不思議と様になっていて、こめかみから垂らしている一房の編み込みが彼女の女性らしさとワイルドさを見事に調和させている。
彼女の名前はハバキ。リヒトが作り上げた、三人目の『MODキャラクター』であった。