昼前だろうか、ぼんやりと目が覚めた。夢うつつの中、昨夜の記憶が断片的によみがえる。社長との行為、その快楽。
「うぅん……」
まぶたがすごく重い。なんだか心地いい痛みみたいなものが、まだ体に残っている。
目を開けずに手を伸ばすと、シーツがぐっしょり濡れてる。それに……ゴムの感触。避妊具が散らばってるみたい。昨夜、何回くらいしたんだろう。
ふと、風を感じる。窓が開いてるのかな。心地よい風が部屋中を流れてる。昨夜の匂いは、もう残ってない。
社長に気に入られただろうか……。そう考えてる自分にちょっとゾッとする。
でも、必要なことだ。あの人はご主人様で、私はおもちゃ。せめて……社長が飽きるまでは、この関係を保たなきゃ───グゥ〜。
……前言撤回。私はおもちゃではなく人間なんだから、お腹はすくし、眠くもなる。
社長……まだ寝てるのかな。今のうちにお風呂にでも入ってこようかな……。
「ん……」
「動くな」
ハッとして目を開ける。
「あ……」
社長がいた。きっちりとした服装で、椅子に座ってこっちを見てる。
……あれ? 手元に大きなスケッチブック。高価そうな鉛筆を持って、何かを描いてる。
「すみません、起きました」
社長がスケッチブックをめくる。
「どうだ、良い夢見れたか?」
「……はい、とても素敵な夢を……」
「だろうな。いい顔をしてた」
目が合うと、社長がうっすら笑う。でも、すぐに真剣な顔つきに戻って、スケッチを再開する。
私を……描いてるのかな。
「社長、もしかして今……」
「見りゃあわかるだろ」
いつもあるトゲみたいなものが、今日はない。
「はい……あの……」
「動くな」
また怒られた。でも、不思議と不快感はない。むしろ……嬉しいかも。
「昨日な。お前はもう逆らったり逃げたりしないだろうって、感じたんだ。だから描いた。それで今、お前が……どう感じてたかってのが、ぼんやり浮かんできてな。それを絵にした」
社長がスケッチブックをめくり、見せてくれる。
私が絵になってる。木炭で描かれた私の寝顔が、そこに。
「どうだ、上手いだろ」
「……はい」
社長の絵はとても繊細で……『私』が今にも動き出しそうだ。線一本一本の強弱が、その息遣いを感じさせてくれる。
「お前はホント、絵に描いたような美人だよ」
「ありが……」
「昔はな、画家になりたかったんだ」
突然の告白に、私は言葉が出なかった。
「でも、会社を継げって。夢、諦めさせられたんだよ───死んじまった姉さんの代わりに」
社長の声に、悔しさが滲んでた。手元の鉛筆を強く握りしめる社長の指が、白くなっている。
お姉さんがいたなんて、知らなかった。社長から家族の話を聞いたことがないし、そのお姉さんの話も聞いてない。
「そうだったんですね……」
思わず、優しい声で返してしまう。なんだか、社長が弟とダブって見えたのだ。
布団の中で少し体を起こそうとすると、社長が手で制してきた。
「起きるな、寝てろ」
そう言ってから、少し自嘲気味に笑う。
「疲れてるだろ、オレに嬲られて」
「いえ……そんな……」
「いい、寝てろ」
社長はまた絵を描き始めた。私は言われるまま、布団に潜って横になった。
「あの……私、どうでしたか?」
「何がだ」
「その……昨日の私は……」
「あぁ、最高だったよ」
鉛筆が紙の上を滑る音だけが聞こえる。
最高……最高か。私も、最高のセックスができたと思う。きっかけが最悪だったことと未来が暗いことを除けば、最高の時間だった。
「オレのこと、憎いだろ」
「……そんな」
「ウソつくな。オレは人でなしだ」
「そんなこと……ありません」
「オレは人間じゃない。父さんの絵なんだ」
思わず布団をぎゅっと掴んでしまう。なに。なんのつもりなの。
「海外に留学させられてた時……こっそり絵の勉強をしたんだ。ルーブルとか行ってな。昼間は経営の勉強して、夜は寝る間も惜しんで描いてた」
そっか。社長は……23歳で私より二つ年下の高島リョウは、私に甘えようとしているんだ。
「でも、帰国したら全部取り上げられた。それからだ。オレは絵になったんだ。父さんや会社の連中が好き放題デザインを変えられる絵にな」
社長のスケッチブックに……私が描かれていく。
「それからは大変だったよ。気ぃ狂いそうだった」
鉛筆の芯が折れて、床で跳ねる。私はそれを拾おうとして、布団から出る。
「社長……」
社長の目に、深い悲しみが浮かんでる。
胸が締め付けられるような感覚……思わず手を伸ばしかけて、途中で止めた。
「でも、だからって女の子を脅して憂さ晴らしなんて、最低だよ?」
ハッとする。私、社長を叱っちゃった……? 慌てて口を手で覆う。
一瞬の沈黙。社長の表情が、ゆっくりと変わっていく。
「……お前も俺をデザインしたいのか」
社長の声が静かな怒りに満ちてて、私は思わず身を縮める。失敗した。なんだか、彼が実の弟みたいな気分になっちゃって、それで……。
社長の目がギラギラしてる。私、どうなっちゃうんだろう。
「あ、あの……」
「……描く側と描かれる側の立場ってもんを教えてやる」
その言葉に背筋が凍る。
「契約の内容をもう一度言ってみろ」
震える声で、私は契約の内容を復唱する。
「一つ、社長の性的要求に無条件で応じます。二つ、体のどの部分も社長の自由にお任せします……」
社長が立ち上がって近づいてくる。
怖い……。でも、不思議なことに、彼への嫌悪感や憎しみは消えてる。むしろ……。
「三つ、社長……リョウ君以外の男性と親しい接触をしません……」
思わず社長の名前を呼んでしまった。唇を噛んで、なんとか口を閉じる。
社長の目が大きく見開かれた。
「な……何だって?」
驚きと戸惑い、そして何か別の感情が社長の顔に浮かぶ。
「あ、あの……」
言葉に詰まる。でも、もう後戻りはできない。
「リョウ君……私、あなたの絵になってあげる」
自分の口から出た言葉に、驚く。でも、嘘じゃない。本当にそう思ってる。
社長……いや、リョウ君の表情が、複雑に変わっていく。
「……そうかよ」
「そうだよ、リョウ君」
「ぜんぶ描き換えられても文句言うなよ」
私の手が、リョウ君の手に触れる。ビクッとして引っ込めようとするけど、リョウ君が強く握ってくる。
「言え。私をデザインして、ってな」
私は……リョウ君と目を合わせる。
いったい、私はどんな「絵」にされてしまうんだろう。
「私を、デザインして」
リョウ君の目がギラリと光る。
私にとって、全てを塗り替える新しい朝が来たのだ。
(続く)