確率の見える世界 〜あの子とエッチできる確率は○○%!?〜 作:tomoki/名和朋樹
特別編1ー1 加賀崎彩音①
夏の日差しもキツくなってきたある日に、彩音は喫茶店の一画に座って向かいに座る男を睨みつける。
この場の空気は見るからに修羅場。
それを作り出したのは彩音の方であった。
「だからー。別れようって言ってるの。もう流石に我慢の限界なの」
真剣な別れ話をしているのに、肘をテーブルにつきながらヘラヘラしている、彩音の彼氏である
その態度はいかがなものなのかと彩音は腹を立てる。
「は?だからなんで別れるんだよ。俺達めっちゃラブラブじゃん」
海斗は鈍感か無能か。
二人の関係はラブラブという言葉とは程遠いことに気づいていなかった。
それどころか首をすくめ、あたかも自分には悪いところはないというような態度を表明している。
「てか、彩音まじで俺と別れるつもりなの?」
「だからさっきから言ってるでしょ。もう海斗のこと彼氏としても、そもそも男としても見られないの。自己中で何やっても自分が正しいと思ってて、私のことを考えてるふりだけして全然考えてない。そういうところ全部無理」
「は?彩音、お前何様?」
海斗から吐かれた言葉の一つ一つが彩音の心を一つ一つ苛立たせる。
「あんたこそ何様よ」
「てかまじで俺別れんの無理だから。だって、お前俺の彼女だし」
彩音は、なぜこんな奴と付き合ってしまったのか、自分の恋愛観すら憎んでしまうほどだった。
そしてこう心の中で呟く。
十年前の自分へ。
憧れたキラキラした恋愛なんて出来っこないから。
今からでも諦めなさいってね。
「だから何度も言ってるでしょ。海斗は全然連絡返してくれない癖に、私にはすぐ連絡返すように言ってくるし、
デートとか言いながら、最近はずっと家ばっかで、スマホを見るのをやめてやっと口を開けばヤろうとか、自分勝手で全然私のことを考えてくれてないでしょ」
「いや意味分からんし。俺彩音のために色々してるじゃん」
「そういうのが自己中なんだってば。昔は楽しかったよ、海斗といるときはずっと。でもさ最近は家で身体ばっか求めてきて、自分の欲求を満たすだけの道具にしか見て無いんでしょ?違う?」
海斗は何かを言いたそうな顔をしているが一向に話そうとしなかった。
それに目が少し泳いでいる。
図星だ。
それと同時に彩音の心も急速に冷めていく。
「もう私は海斗の彼女じゃないから。わかったらもうこの話は終わり。お金払っとくから帰って」
ほんと世界のゴミのような男。
さっさと目の前から消えてほしい。
「は?いやだから俺別れたくねえんだけど」
「話聞いてた?じゃあ私が帰るから」
彩音は勢いよく席から立ち上がる。
海斗がはっきり言って話が通じない相手だと見限っていたのだ。
海斗は咄嗟のことに驚いたような表情を見せたのも束の間、引き止めるように彩音の腕を掴んで離さない。
「は?まだ話終わってないだろ。何勝手に帰ろうとしてんだよ」
半ば犯罪とも見て取れるこの状態を少し離れたテーブルの方から視線を向ける男女二人組がいた。
そこに彩音が視線を送ると、向こうからもアイコンタクトが返ってくる。
それと同時に向こうのテーブルから一人の男が立ち上がり、そして彩音たちの元へ堂々と歩いてくる。
「あやねちゃん。そろそろお話は終わった?それとも今からが本番だったりする?」
その声は彩音という女の子に対して、どこか安心感と胸の高鳴りを覚えさせるような声だった。
いたって普通の声。
でも私の心がトロンとときめく、そんな声なのは間違いないのだ。
私の目にはもうクズ彼氏の姿は映ってない。
見かけはごく普通の高校生なのに、謎の自信とオーラを纏っているその男に彩音の視線が集中していた。
◇
私の名前は
松崎第一高校という普通の公立高校に通う1年生。
私の特徴は、いたって普通ということ。
身長もクラスで真ん中くらいだし、学力も真ん中くらい。
運動神経も平均の出来だし、自分の顔も美人でもなければブスでもない……と思ってる、かな?
胸も……平均くらいだとは思ってるけど……もっと欲しいかも。
そんな私にはずっと一緒に居るような幼馴染――――海斗という男の子がいた。
家が近くで幼稚園からの腐れ縁ってやつかなー。
私の一つ年上で、一人っ子だった私にとってのお兄ちゃん的存在。
面倒見のいい性格でいつも一緒に遊んでくれて、勉強もできるからよく宿題を教えてもらってたなー。
多分面倒見てくれてなかったら、今くらいのレベルまで勉強ができるようになってなかったんじゃないかなーと思う。
そんな彼のことを、私は「おにいちゃん」と呼んでいた。
今思えば可愛い呼び方。
そして「おにいちゃん。おにいちゃん」って後ろをぴょこぴょことついていく私のことを「あやね。あやね」と呼んで妹のように扱ってくれていた。
向こうも一人っ子だったから、無意識のうちに兄妹に憧れてたのかもねー。
幼稚園の頃から、小学校、中学校と進学してもずっと半歩後ろを歩き続けていた。
登下校も一緒で遊ぶのも帰るのも一緒。
時々2人で出掛けたりもした。
おにいちゃん大好きっ子だった私は、少しでも一緒に居たいと思っていたのかもしれない。
ずっと一歩前に居てくれて、引っ張ってくれるかっこいい男の子。
そんなおにいちゃんに私は恋をした。
恋愛ということを理解して憧れた瞬間から、私が恋をしていたのは必然だった。
でも年を経ていって、見た目も性格も緩やかに変わっていったとしても幼馴染で兄妹のような関係から進展するのはなかなか難しかった。
学校では付き合ってるの?って聞かれた回数なんて数えられないほどあるのに、あくまで幼馴染の仲良しだからって。
それに学年が一つ離れているから、海斗が高校に進学してしまったら一緒に居る時間は急激に無くなってしまう。
焦った私は彼の中学の卒業式の日、満開の桜の木の下で人目もはばからずに告白した。
そして彼から学ランの第二ボタンをもらった。
そのボタンは今でも大切に保管してある。
舞い上がってた私は、そのあとの春休み中ずっと浮かれていた。
家族ぐるみの付き合いだったから親たちからも祝福された。
幼馴染からカップルになったことで、2人のお出かけはデートへと名前を変えた。
あの頃の私はデートって響きだけでにやけてしまっていた。
していること自体はあまり変わらないのにね。
私たちは彼の16歳の誕生日の夜に私たちは身体も結ばれた。
初めてはとっても痛かった。けど幸せだった。
今まで兄妹のように接していた私たちだったから、その行為自体に興奮してしまって、終わった後はずっと頭がポーっとしてしまっていた。
海斗も初めてのようだったけど、私以上に満足そうな顔をしていたのが印象的だった。
そんな顔を見るだけで私も嬉しくなっていた。
ただそれが運命の歯車が狂い始めた瞬間だったんだと今更ながら思う。
最初は海斗がリードしてデートプランとかを考えていたけど、段々と私から誘わないとデートしてくれなくなってしまった。
理由は簡単。
外に出ずに家にずっと居ようとするから。
家に居ないとできないから。
そして家に行くたびに身体を重ね合う日々。
中学生や高校生のカップルによくありそうな、家でエッチしようっていうのを自然と受け入れてしまっていて、そんな日々がずっと続いていった。
もちろん私だってそういうのに興味ないわけじゃなかったし、ある意味憧れでもあったけれども。
けど現実としてはこれが本当に嫌だったのには理由がある。
彼とのエッチが全く気持ちよくなかった。
ただ痛いだけ。
最初は痛いのが当たり前なのは知っていた。
身体の中に異物が入ってくるんだよ。
痛いに決まってる。
でも覚悟だってできていた。
痛みは私が大人になる過程だと信じてた。
けど気づけばそれが快楽に変わってくれると思っていたのに。
何度やっても挿れられる瞬間からずっと痛いだけ。
いくら愛する人が相手でも、その行為が痛くて満足できないのは、私にとって大きなストレスになっていた。
そしていつからかエッチをするのも面倒になってきたし、彼とするエッチが作業のように思い始めてしまった。
私が張り裂ける痛みをひたすらに我慢して、好きな人の気持ちよさそうな顔を見る作業。
海斗のためなら我慢しようって思っていたけど、回数を重ねるごとにそれすら嫌になる。
気づけば作業を超えて、私はただの道具なんじゃないかという疑問が沸き起こる。
都合のいい穴だとしか思われてない。
好きとか愛してるとかそういうものじゃない、ただの性欲処理のための存在。
ちゃんと私のことを見てくれていたなら、痛い思いを必死に堪えている私に気づいてくれるはず。
昔の優しくてかっこいいおにいちゃんなら絶対に気づいていた。
十年以上にわたって燃え上がった恋心は、一瞬にして燃え尽きた。
◇
「お前何者だ?は?なるほどね。彩音の新しい彼氏だろお前。人の女奪って何しに来たんだよ」
海斗は割って入ってきたその男の胸倉を掴みながら声を荒げる。
公共の場でそんなイキるのかっこ悪いなと冷めた目で見つめる彩音。
急な乱入者の登場に、二人の姿はあまりにも対照的だった。
「すいませんが僕はあやねさんから頼まれて、念のために傍にいただけですよ」
それに対して胸倉を掴まれた方は騒ぎ立てることもなく、全く表情を変えずに堂々とした振る舞いを見せる。
七三分けの髪形にきちっとセットされ、白のTシャツに黒のシャツを羽織り、黒のテーパードパンツを合わせていて、スタイリッシュなようで知的な雰囲気もあるその立ち姿。
いつもの制服とは似ても似つかぬ、彩音ですら想像できなかった意外なかっこよさを持つその男はこう続けた。
「それにあやねさんの新しい彼氏なら、女の子連れては来ないでしょう」
彩音が三度少し離れたテーブルに視線を送ると親友の姿を捉えた。
同じクラスで同じ部活の学校で一番仲のいい女の子のまりなと、その兄のあつし。
この2人こそが彩音と海斗のいざこざを少し離れた位置から監視していた張本人だった。
私が彼氏と別れることに決めてから、この話の証人になってもらうのと、もしものことがあるといけないと考え、2人を呼んでいたのだ。
「あ?お前二股か?こんな奴の方が好きなのか!?」
海斗はあつしの胸倉を掴んでいた手を放し、彩音の右腕を無理やり掴みなおす。
どうやら怒りの矛先を彩音に向け始めたらしい。
ただ触られている感覚すら嫌悪感へと変換されている彩音の脳は、一瞬のうちに拒絶反応を向けて、自分の左腕を全力で振って、掴んできた海斗の手首を思い切り手の甲で叩いた。
ゴンと鈍い音が付近に鳴り響く。
「何か勘違いしているようだから言っておくけど、そもそも付き合ってないから。だけどあなたみたいな最低な男の100倍は魅力的だよ」
海斗がうろたえるような表情をしていたのを見た彩音は、その顔に無性に苛立ち、痛がってる海斗の腕を360度捻り、そして吐き捨てる。
「じゃあこれで会うのは最後だから。さようなら私の
彩音から千円札を適当に放り投げられた後、海斗は急に現れた男に腕を絡ませ、腕組みしながら喫茶店の出口へ向かう彼女、いや彼女だったその女の姿を呆然と見ていた。
気づけばもう一つの腕には妹と呼ばれた女の子も抱きついているのを見て、根本的に負けを悟ってしまい、テーブルに突っ伏すほかなかった。
その後なんとかヨリを戻せないかと彼女の家に会いに行こうと思っていたのだが、いつの間にかその考えすら頭から消滅していた。
とっくの前から海斗への興味も好意も無くなっていた彩音は、彼へ見せつけるようにあつしに引っ付いて離れない。
そして気づけばまりなも逆の腕に引っ付いていた。
そんな様子を見て、本当の兄妹のくせに大胆だなぁって彩音は思っていた。
そしてこんなことを気兼ねなくできるいい兄妹の関係だなぁとも。
彩音にとっての兄であった海斗が、結局のところあの体たらくであっただけに、その想いは彼女の中で一層強くなっていた。
「じゃあ
「今回だけだからな。あんまりこの能力使いたくないんだからさ」
「まーまーそう言わないでさー、あやねのこと助けるつもりでやっといてよー。このままだとあいつにストーカーされちゃう」
彩音は胸を押し当て、出来る限りの色目を使い、自分の中の最大限に可愛くおにいさん――あつしにおねだりした。
「わかったわかった。『1か月以内にあの男とあやねちゃんが会う確率』を―0%―にしとくよ。100%操作できるようになったら期間無制限で掛け直そう」
これで彩音の中で海斗とのつながりは完全に消滅させることができたということになる。
「おにいさんありがとうーー!!これでエッチ下手くそ最悪男の顔見なくて済むわー。おにいさんお礼のキスいる?」
「別にいらないけ――――んんん……?」
彩音は今一番好きな人であるおにいさんが、彼女の方を向いた瞬間に無理やり唇を奪いさる。
あつしは目を非常に大きく見開いて、彩音のほうを見ている。
突然のキスが終わると、あつしは目を閉じたまま手首で口元を拭っていた。
そんな様子を見ていた彩音は彼のことを少し可愛く思い、そしてまりなへドヤ顔でアピールしていた。
先に今日の最初のおにいさんの唇奪ってやったんだって。
「もう!あやねちゃんばっかりずるいっ。まりなともしてよーー」
「はいはい。ここ公共の場だからやめようね」
まりなはいじけたようにあつしの手をぐいぐいと引っ張っているが、あつしがそれに応じる雰囲気はなかった。
そんな様子を見ていた彩音。
おにいさんは優しくて4人の女の子それぞれを平等に、それぞれを一番のように扱ってくれる。
けどね、この唇にじんわりと残る柔らかい感触は、今は私だけのもの。
そう思うとちょっぴり優越感に浸ってしまう。
「ごめんねまりなちゃん。今日は私と一緒に居てくれることになってるから、せいぜい家でお留守番よろしくねー」
そしてそんなモテモテなおにいさんを独り占めできるとなったら、煽っちゃっても仕方ないもん。
「ぐぅぅぅぅ。4人で話し合って決めたから仕方ないけど……腹立つ!おにいちゃん!ちゃんと早く帰ってきてよ!」
「わかってるわかってる。ちゃんとまりなも家で抱いてあげるから」
まりなはおにいさんにナデナデされるだけで、蕩けた表情をしている。
あつしはちゃんと兄として妹の扱いを心得ていた。
その小動物のような可愛さに引き寄せられ、彩音も頭を撫でようとするのだが、それは許容できなかったのかデコピンされた。悲しい。
「じゃあおにいさん行きましょ。まりなちゃんはまた学校でね!」
今度は小動物のように睨むまりなは置きざりにされ、あつしと彩音は2人デートへと繰り出す。
といっても目的地は駅近くのラブホテルなのであるが。
街中を2人並んで歩きながら、彩音は心臓をこれ以上ないほどに動かしていた。
今から私の意中の人に抱いてもらえるんだ。
私はね、おにいさんと居るときが一番女の子として居られるの。