確率の見える世界 〜あの子とエッチできる確率は○○%!?〜 作:tomoki/名和朋樹
【2023年7月23日】
家から3分も歩けば見えてくるこれといって特徴のないごく普通の一軒家。
10年以上も訪れているこの場所は懐かしくもあり、ほんの少し寂しさも覚える。
隣に止まる赤の軽自動車はさやかの母親が乗っていたはず。
アポ無しで来てしまったのだが、とりあえず誰も出ないという状況にはならなさそうだ。
ゆっくりとインターホンのボタンを押し込んで、家の中からピンポーンという音が聞こえる。
『はい。どちら様でしょうか?』
「あ、紫門です。お久しぶりです」
『あつし君!あらお久しぶり。ちょっと待ってね』
少しの間があり、玄関のドアの鍵が開く音がした。
「あらあらあつし君、お久しぶりじゃない?さぁさぁ上がってちょうだい」
「ありがとうございます。お邪魔します」
昔から変わらない彼女のお母さんの笑顔にほっと一息つきながら、家に上がる。
急な訪問でありながら、何不自由なく迎え入れてくれた。
それが昔の思い出を彷彿とさせるようで俺は嬉しかった。
木の板が並べられたその廊下を進むとこれまた見覚えのあるリビングが出迎えてくれた。
1年経っても、何年経ってもその様相は変わらない。
「コーヒーかオレンジジュースか、どっちがいい?」
「コーヒーでお願いします。それより……」
「そうね。飲み物入れておくからね」
階段を上り2階へ進む。
上の2部屋はさやかとたくみの部屋だ。
廊下を進むと見えてくる2つの扉。
左側がたくみの部屋で、右側がさやかの部屋。
左の部屋では何度も何度も遊んでいた記憶こそあれど、右の部屋にはあまり入ったことは無い。
それは女の子だから?
なんとなく入ってはいけないような気すらする。
ただ、今はそんなことを言っている場合じゃない。
少しばかりの好奇心と、彼女が今の姿になったその原因のひとかけらでも見つかればいい。
そう思い俺は右の扉へと手を伸ばすのだった。
「相変わらず綺麗な部屋だな」
急に性格の荒れた人間が過ごしているとは思えないくらいに整理整頓が行き渡り、白とピンクを基調にした可愛らしい内装に小物が多く置いてあり女の子らしさ全開の部屋だ。
そんな部屋の机の上に置かれていたのはイルカの模様があしらわれたシャープペンシルだ。
「懐かしいな、これ」
そう呟いて手に取ったそれは少し塗装が剥げていて年季を感じさせられた。
中1の時に2人で行った水族館で買ったそのシャーペンは、今も丁寧に使われていた跡がしっかりと残っているのがわかる。
キラキラとした光を放つそのプラスチックの芯部分は所々色が変わっていたし、もう2度と文字を書くことができなくなった先端部は小さな凹みや傷を作っている。
そんな記憶の欠片を目にして思い出に浸っていたが、本来の目的から外れていることに気づき、部屋を後にする。
下ではさやかのお母さんが待っているだろうし、あまりに綺麗な部屋でむしろ何かの手掛かりになりそうなものは見つから無さそうだった。
こういう重要な情報はゴミの山にとかに何かありそうなものだけれど、そんなものすらなかった。
ただ自分との思い出の欠片を残してくれていることが分かっただけで、少し満足できる。
さやかはまだ俺のことを完全には忘れたわけじゃない。
それに能力を使わないで元の関係に戻れるのなら、それに越したことは無い。
あくまで最終手段なわけなのだから。
階段を降りると、コーヒーの入ったコップを両手に持ったお母さんが出迎えてくれた。
「はいこれ、コーヒーよ」
「ありがとうございます」
カップの中に入った黒く透き通った液体から漂うほのかな香りが鼻孔をくすぐる。
まだ湯気の出ているそれを口に含むと、ほどよい苦みと酸味が口いっぱいに広がった。
「ふぅ……」
思わずため息が出てしまうほどだ。
これも久しぶりに飲むさやか家のコーヒーの味だ。
そんな懐かしさに浸っているとお母さんは思い出したように口を開くのだった。
「それにしても大きくなったわね~。こんなに身長伸びて男前になっちゃって。かっこいいじゃないの」
十数年の付き合いのあるお母さんにそう言われると、少し照れ臭い。
「この急な変化は、あらあらもしかしてあつし君彼女できた?」
彼女というのとは違うけれども、女の子の関係はものすごく変わっていて、それこそいろいろな経験をしてきた。
もちろんその変化を伝えるというのはなんだか説明が難しい。
「なーんてね。ただ気になっただけよ。女の勘ね。でもあつし君はものすごいいい男の子だからモテモテでしょ?」
「いや、そんなわけないですよ。地味で冴えない男子校生ですから」
「またまた~。優しくて誠実で一途な男の子がモテないわけないじゃない。私が同い年なら狙っちゃうわよ」
そう言いながらコーヒーに口をつけるお母さんに思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになる。
「あら、私は大真面目だよ。あつし君のことちゃんと見てて認めてるんだからね。さやかとたくみとずっと仲良くしてくれてたし。でも流石に私も夫がいるし現実的じゃないわね」
そう笑いながらコーヒーを一口飲み、言葉を続けた。
「さやかとあつし君お似合いだったから、付き合うと思っていたのにね~。なんなら結婚までいくのかと思ってたわ。2人を見てると楽しそうで、お互い好きそうだったしね。私としてもさやかのこと任せられるわ」
そう言葉にされると急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
けれども幼いながらに将来のことを考えたことなんて何度だってある。
その未来ビジョンで俺の隣に居るのは毎回さやかだった。
正直なところそれ以外の人と結婚する未来はあまり思いつけていなかった。
あの時の告白が成功していて、今も付き合ってたとかいうのだったらどれだけよかったか。
「まぁ、さやかが望んでいる選択をするべきだし、ここで私の意見を押し付けるわけにはいかないわね。それより、あつし君は今日はどうしたの?まさか急に来るとは思わなかったわ」
「さやかの最近のことを聞きに来たんですけど……」
「あらあらあつし君。まださやかのこと気にかけてくれるなんてありがとうね」
「そりゃ、昔ずっと仲良かった幼馴染ですし。それに……僕がずっと好きな相手ですから」
少し恥ずかしいけれど、言うだけ言ってしまおう。
そんな思いが言葉になって口を突いて出てくる。
「あらあら、良いわね若いって」
お母さんは少し驚いたような表情を見せながらも、目を細めてこちらに笑みを送る。
そして数秒の間を置いて口を開くのだった。
「さやかはなんて言えばいいのかねぇ。荒れてるというか、何と言うか。学校には行ってるみたいなんだけれど、勝手に早退したり遅刻したり、彼氏のところに行ってるんじゃないかと思うわ」
「そうなんですか……」
「本当に急にあの子が変わってしまったから、何があったのか私にもわからなくて、ごめんなさいね。あの子のことちゃんと見てあげられてなくて」
お母さんは優しい瞳でこちらに向かい謝罪をした。
そんな様子を見て、少し心が締め付けられる感覚がする。
「あの時は本当に急に変わってしまったので……。喧嘩してさやかと距離があった時でしたし」
あの時喧嘩せずに一緒に居続けられたら、その男との関係を繋ぐことは無かったかもしれない。
もしかしたら彼女が悩んでいるタイミングに付け込まれたのかもしれない。
そう考えると、あの時の自分を責めないわけにはいかないのだ。
「もっとしっかりあの子を見て、話を聞いてあげれたら違ったのかもしれないわね。ダメねこんな親で」
しんみりとした空気の中、時計の針だけが妙にうるさく鳴り響いている。
「いや、ダメなんてことは……。それに自分だって」
あの時自分がそばにいても何も出来なかったのは事実だ。
幼馴染として彼女のそばで力になれたはずなのにそれをしなかったという責任があるのだから。
まだ2人の関係性がこじれていなければ……そんなことは考えるべきじゃないとわかってはいるけれど。
「さやかは最近家には顔を出しているんですか?」
「週に2回くらいには帰ってくるわ。でも家に帰ってきても何も話してくれないし、何考えてるのかわからないのよ。私としてもどうにかしてあげたいんだけれど、会話してくれないし、自治体の相談所とかに相談してみても『ちゃんと学校行ってて家にもある程度帰ってきてるなら動けない』と言われてしまってね」
確かに誘拐されたとかならいざ知らず、ちゃんと自分の意志で動いていることがわかっている以上、他の大人も簡単には手出しできないのだろう。
「そうですか……」
「どこであの子の子育て間違えてこうなってしまったのか、わからないのよ。もちろんどこかに原因はあるんでしょうけど……」
お母さんのその言葉には、今までの子育てに後悔し自責の念に駆られているような感情が含まれていた。
ただそんなことは無いと思う。
あんなに明るくて、真面目で、賢い彼女が急に荒んだのは間違いなく男のせいだ。
子育てが間違っていたと悩むなんてそんなのは間違っている。
そんなお母さんのためにも、俺がさやかのことを連れ戻す。
ぎゅっと右手を握りしめてから、持ってきていた手紙を渡す。
「あの、さやかが次帰ってきたときにこれ渡してもらえませんか?」
それは今朝書いた彼女への手紙だ。
「あら、何か手紙?確かに受け取ったわ」
連絡先をブロックされている今の自分が取れる連絡方法。
そして彼女との関係に決着をつけるためのきっかけ。
後は彼女が応じるかどうかだけれど、なんとなく応じてくれるんじゃないかなと思う。
根拠はないけどなんとなく。
来週の日曜日。俺は30日にこの悪夢に決着をつける。