確率の見える世界 〜あの子とエッチできる確率は○○%!?〜 作:tomoki/名和朋樹
「ねっ! 見て見て! イルカのショーやってるよっ!」
そう言ってさやかはピンクのスカートを靡かせながら、俺の手を引きながら走り出していく。
いつもの柄には似合わず無邪気にはしゃいでいて、思わず俺はニヤニヤしてしまう。
さやかもこの日のこと楽しみにしてくれていたんだね。
そう思うと、電車ではるばる1時間かけて来た甲斐があるって話よ。
「あっ! イルカだ〜!! すご〜い!」
さやかは楽しそうに飛び跳ね、つられて長い艶髪がぴょんぴょんと揺れる。
見とれてしまうほど可憐な彼女の横顔に、俺はそっとカメラを向けた。
なかなか見れないイルカショーよりも目の前の女の子の方が美しい。
そう感じたから。
イルカのあげる水音で誤魔化すようにパシャリ、とシャッター音が鳴る。
「も〜、何撮ってるの〜?」
バレちゃったみたい。
さやかは頬を膨らませて睨んでくるが、本気で怒っているわけではないことが分かるのでただただ愛おしい。
「ごめんごめん」と言いながら今度こそカメラをイルカに向かって構えた。
【2023年7月23日】
スマホの小さな液晶画面の中でイルカが躍動感あるジャンプを決めている。
そして横にスライドすると懐かしい思い出が蘇る。
まだ幼い雰囲気も残しながらも髪をかき上げる彼女の仕草からはどこか色っぽさを感じずにはいられない。
彼女の魅力というものが年を追うごとに増していき、その魅力に何度惹かれたことか。
さやかに俺は、永遠に一目惚れし続けていた。
でもその感情を言葉にすることはなかなかできなくて、一歩踏み出した結果今の関係が崩れることが怖くて。
焦って出した「好き」という言葉は、簡単に粉々にされて。
手を伸ばせばすぐ触れる場所に居たはずのあの頃の彼女は、気づけば壁を作り、逃げるように遠くへ行き、どこに消えたのかわからない。
今頃彼女は何をしているのだろうか。
てか彼氏いるって話、絶対まともなやつじゃないよなぁそいつ。
あの後まりなに聞いたら20代後半か30代みたいな話だったし、中3に手を出すか?まともなやつが。
絶対悩んでるところで優しくして付け込んだとかそういうことだろ。
クズだなぁそいつ。
そいつがあれやこれややってると考えると無性に腹立つし、俺の好きだった純情なさやかを返せや。
いや待て待て、この記憶すら俺の能力で消し飛ばせるんじゃないか?
都合の悪い記憶を全て飛ばしてしまって、最初から俺と付き合ってたことにしちゃおうよ。
なんなら10年前くらいから付き合ってるくらいに書き換えちゃえば……。
「居た居た。あつし君。何考え事しながら歩いてるの?」
目の前から聞きなれた声がして虚を衝かれたように慌てる。
あらぬ想像をしていて、おそらく見せられない表情になっているであろう顔の筋肉を動かして、普通の状態に戻しておかないと。
「あっ。えっ。あぃ。ゆうり先輩。ど、どうしたんですかこんなところで」
ゆうり先輩の服装はいつもの見慣れた制服姿ではなかった。
上は少し白のブラウスで、下は黒のスカートにストッキングを穿いている。
首元から透けて見える薄紫がセクシーで、これでもかと言うほど胸元に視線が吸い込まれそうになるがなんとか耐える。
最近普段の行動こそ改善しているものの、その反動なのか俺に対してだけは攻撃力強めな行動するのやめませんかね。
あからさまにやられると流石に反応に困るのよ。
そんな視線に気づかずか、それか狙い通りだと思っているのか、ゆうり先輩は言葉を続ける。
「誰かさんを探してたのよ。さっき君の家行ってみたらまりなちゃんしか居なくて、どこに行ったのか教えてもらったの」
「それなら連絡くださいよ。してくれたらすぐ戻ったのに」
「あらあらそれだと他の子たち来ちゃうでしょ。先にあつし君のこと捕まえちゃおうと思ってね」
ゆうり先輩は俺の横に並んで歩き始めた。
異様に距離が近い。
でもどこで身に着けたのか大人な女性のオーラを醸し出し、その近さがどこか心地よいと感じてしまっている自分がいる。
たった1学年上なだけのくせにね。
「それに2人でちょっとだけお話ししたいこともあるから。いつものとこ行きましょう」
連れてこられたのは、いつもの喫茶店。
いつも通り個室を陣取って2人で向かい合う。
「それで……話したいことって?」
「簡単よ。私たちとの関係。もうそろそろなんでしょ、告白がどうたらこうたらってやつ」
唐突に想像していたことよりずっとクリティカルな話題が飛んできて思わず顔をしかめてしまう。
まさかここで聞かれるとは……。
「あつし君はさ、あんまり気にしてないかもしれないけど、うちらは意外と気にしてるのよそれ。変に気を遣って欲しくは無いから、そんな雰囲気あまり出さないようには気を付けているけどね」
いつになく真剣な雰囲気で言葉を紡ぐ先輩に、俺は安易に言葉を発することができずにいた。
それに100という明確な数字が迫っていることに対し、俺が視線を向けていたのはさやかの方だけであって、今関係を持っている4人の方には向いていなかった。
いや意図的に向けていなかった。
わかってたんだ、いざ今の関係を崩したときのことを考え始めると自分自身が苦しむことになるってことに。
「そもそもこの関係は君の都合によるものでしょ?悪く言えば本命の彼女を振り向かせるための踏み台として利用しているだけ。違う?」
すぐに体裁よく見せるために「違うに決まってるじゃないですか」みたいな無責任な回答は俺にはできなかった。
厳しい言葉の棘が突き刺さり、意図的に背けていた現実が徐々に露わになる。
まりなと半ば事故であったとしても兄妹なのに関係を持ち、千春の恋心とゆうり先輩のねじれた価値観、彩音ちゃんの悩みに付け込んだ。
普通の価値観では認められるはずもない四股状態。
そんな現実から目を背けるように、はたまた利用しているという罪悪感から逃れるように、彼女たちを様々な悩みから救ってきた免罪符を勝手に立てて正義のヒーロー気取りになっていたこともまた否めない。
「うちらは君を心から信頼してるのよ?君のいいところはたくさん知ってるし、それぞれに対して真正面から向き合ってくれてる。それに私は救われた。あのまま行ってたら絶対人生終わってた。あんな人生破滅よ破滅」
ゆうり先輩は少し語気を弱めて語りかけるように話す。
「君はこの関係に対してどう思ってるの?もしその子と付き合えたとして私たちとはどうしたいの?」
難しい質問だ。
自分が今の行動に至るまでの原動力は、さやかと付き合うため。
『付き合える確率』を0%から100%にするため。
そしてその時はもうすぐそこまで来ている。
そういう意味ではこの関係の存在価値が無くなる瞬間も近づいてきてはいる。
それにもしさやかと付き合ったら、この関係は明確に浮気になる。
そうなった場合、今の関係は全て切ることになる。
さやかにバレずに4人と関係を維持するということができるほどの技術はないし、『能力』を悪用すればできるのかもしれないけれど、そんな罪悪感に耐えきれるほど薄情な人間ではない。
ならばとこんな考えもよぎったことが何度も何度もある。
さやかのことをもう忘れ去って、今の4人とそのままの関係で過ごしていくほうが良いのではないかって。
これなら4人とずっと居られるし、バレた時の世間体はちょっと悪いかもしれないけど別に俺自身がちょっと我慢すればいいだけの話。
さやかだって一般的な尺度で推し量ってまずい方向に向かっている、と考えるのはあくまで周りの意見で彼女自身がそれを望んでいるのかもしれないわけだし。
さやかが彼氏と呼ぶその人物が明確に悪意を持ってたぶらかしているわけでもない限りは、そこに自分が『能力』を使ってまで介入すべき、というのが肯定される決定的な理屈などこの世界には存在していない。
強いて言えばラプちゃんがその世界線を望んでいるくらい。なぜか。
結局ここ1か月くらいの行動全ては、結局のところ自分のエゴみたいなものだ。
さやかともう一度やり直したい。
でも今の関係を崩したく無い。
どちらも欲しい。
でもどっちかしか選べない。
もしさやかの方を取った場合だと、4人との関係を失って彼女らは少なからず傷つくだろう。
もしさやかのことをスルーすると、自分が少し後悔するだけで他の誰も傷つかない。
誰もを傷つけずに済むのなら、無意識的にそっちを選択したくなるのは逃げなのだろうか。
ちゃんと考えだせば考えるほどに、自分の身勝手な行動に対する犠牲が付きまとい、2つの選択肢のアンバランスさに悩むことになる。
さっきまで能天気にさやかとのヨリを戻すことだけ考えていた自分の浅はかさがばかばかしい。
「急にこんな話して悩んでる?ごめんね、あんまり厳しい話なんてしたくないし、あつし君のこと追い詰めてるようで嫌なんだけどさ。でも私たちだって今の関係に考えることはあるし、浮かれてばっかじゃいられないの。もしその幼馴染の子を優先させて関係やめるってなるなら先に言っておいてほしいし。心の整理しとくからさ」
十数年の付き合いではあるが今は距離が離れているさやかか、ここ1か月に急速に距離を縮めた4人か。
初恋の相手だがその矢印はこっちに向いていないさやかか、明確に矢印が自分に向いている4人か。
切り捨てても良い覚悟で4人のことを考えていたはずが、向き合う間に切り捨てられない関係になっている。
今更切り捨てようだなんて虫が良さすぎる気がするし、申し訳ない。
そんな彼女らを蹴ってさやかの方に視線を向ける意味が本当にあるのか。
少し自分の価値観が揺らぐ瞬間。
「今考えてること当てて見せようか?」
ゆうり先輩が自分の方に指を指しながら声をかけて来た。
「ズバリここまで来てなんか申し訳ないから私たちとの関係を続けようと思ってる。違う?」
「……。」
「図星でしょ?簡単よ、君優しいもん。だからこそ人と関係を切って見捨てるようなことに抵抗がある。私が寝取った男には彼女捨てるから付き合おうなんて言ってくるやつ何人もいたわ。ちゃんと考えてるだけそんな奴らとは大違いよ」
「嫌な思い出だけどね」と笑いながら言われた。
「その幼馴染の子のこと私たちはあまり知らないけどさ、大切なんでしょ。見ちゃったもん、押し入れの奥にその子との写真が丁寧に貼られたアルバムを。そこに写ってる2人の笑顔とっても輝いてた。そんな顔この1年でした?本心から笑ったことあった?」
「……ない」
「そうでしょうね。多分ね、あつし君も私と同じようにどっかで歯車が狂っちゃってるのよ。そんな状態のままなのは君の為にならない。歯車を掛け直すチャンスがあるのなら、そっちを掴みに行くべきよ。過去は変えられなくても、未来は今からでも変えられるんでしょ?変えてきなさいよ、その未来を。自分の為に。これが初恋の相手を寝取られた結果、変に拗らして色んな人の恋愛を潰してきた女の意見よ」
それは不思議な説得力があった。
ゆうり先輩の言葉一つ一つが、心に突き刺さるようだった。
特に最後の言葉なんてその通りすぎて何も言えなかったくらいだ。
大きな決断する背中を押された気がした。
でもそれはすなわち目の前のゆうり先輩との関係も変えることになるわけで。
「ゆうり先輩は本当にそれで良いんですか?ちゃんと決めた手前、もうこういう風に一緒に――――」
「もうみなまで言わないで。想像したら悲しくなるから。でもさたまには応援させてよ、好きな人の恋愛をさ。罪滅ぼしよ、ほんのちょっとの」
ゆうり先輩はそう言って少し自嘲気味に笑い、カフェラテに口をつける。
そんな彼女がここまで言っているのに、自分が変に悩む理由などはないのだ。
今関係を持つ4人とは逃げずに最後まで向き合って、そしてしっかりと清算する。
そして俺の初恋の相手――――さやかのことをこの4人の分まで幸せにする。
そうじゃないと覚悟を決めた先輩に顔向けできない。
ここで退路は全て断つ。
「その気持ちしっかり受け取りましたから」
「わかったのなら別にいいの」
これでこの話は終わり。ゆうり先輩はそんな意味を込めてニコッとこちらに笑みを見せる。
そんな彼女はどこか物寂しそうな気がしたが、その理由をわざわざ聞くのは無粋であると思い何も言わなかった。
俺たちは話すべきことは全て話し終えたような雰囲気の中、互いの飲み物を一口啜るのだった。
「でもさ、まだ今は一緒に居てもいいでしょ?」
「もちろん。まだしっかりと向き合いますよ」
「じゃあもう一軒付き合ってよね」