確率の見える世界 〜あの子とエッチできる確率は○○%!?〜 作:tomoki/名和朋樹
【2023年7月25日】
どうも最近教室に居るのが気まずい。
その理由は夏休み直前になって、妙にテンションの高いクラスメイトが五月蠅いというわけでもない。
ハーレムに感けてて返ってきたテストの結果がすこぶる悪くて先生の目が少し怖いこと。
まぁこちらは1割くらいは占めているのだが、残りの9割を占めるのは俺の左前に座る女の子のことを意識せざるを得ないということ。
それもかなりネガティブな要素で。
運命が急にねじ曲がったあの日から。
俺がこの1か月で重ねてきた中出しの回数、実に81回。
100回という一つの基準に到達するのは今週末の土日、といったところだろうか。
俺が『能力』に目覚めてから数日たったあの日に誓ったこと。
『さやかと付き合える確率』を―0%―から―100%―に変える。
これは俺があの悪夢から脱する為。
大切な
このこと自体はずっと変わってきていない。
ずっと忘れずに持ってきている信念。
その誓いは、今現実となってもう数日後に迫ってきている。
ただその時を前にしてこれほどまでに悩むことは予想できなかった。
真面目に授業を聞いている黒髪の少女の後姿は、それだけで美しく見とれてしまう。
元から男子の間では巨乳美少女として話題には上がっていたものの、今の彼女はその時の評価を遥かに凌駕する。
廊下を歩けば男共はみな視線を向ける。
隣に居る自分が少し申し訳なくなるほど。
思春期の女の子はいつ化けるかわからない。
そしてそのトリガーの多くは恋であることを身をもって実感する。
そんな恋する女の子――――千春ちゃんという存在は、自分の予想していたよりも遥かに大きい。
最初は千春ちゃんのことを中出しの回数を増やす為の踏み台にするだけのつもりだった。
世間でいうとこのセフレ以上の関係を作るつもりではなかった。
でも彼女の魅力に惹かれていたのもまた事実。
壁を自分の前に作ることなく、気兼ねなく話していられる存在。
1年前から、どこか親しい関係になる前に壁を作ってしまう癖のあった自分の、その障害すらも乗り越えてきた存在。
何故なのだろうか。
幼馴染と付き合うために、他の彼女ができた。
意味の分からない矛盾。
破綻。
学校の屋上で一緒に千春が一生懸命作ってくれた弁当を食べた時。
学校帰りに2人でプリクラ撮って落書きを書きまくった時。
雨の日2人肩を寄せ合って相合傘で帰った時。
千春の両親と会って、千春が前よりずっと明るくなったと感謝された時。
本当はここまで深い関係になってはいけなかったんだ。
けど千春は彼女じゃない。
その言葉を言い訳にしていただけ。
俺たちはカップルじゃない。
その言葉で現実から逃げていただけ。
俺だって思うよ。
千春ちゃんは彼女として最高すぎるって。
性格もそう、料理もそう、雰囲気もそう、もちろん身体の関係だってそう。
俺は彼女のどこに減点を付ければいいの?
理想の彼女。
そんな女の子なんてこの世に何人もいない。
一生の間に出会えるかもわからない。
だからこそずるずると深く深く関係を続けてきた、きてしまった。
ただそれでも、そんな彼女を目の前にしても消えない幼馴染への思い。
最近千春と居るとき、不意にさやかの顔が脳裏にフラッシュバックする。
目の前にいる女の子の顔がすり替わる瞬間がある。
艶やかなセミロングの黒髪。
毎日顔を合わせていた幼馴染と同じ雰囲気。
そして目の前の女の子のことに向き合えていない自分に対して嫌悪感を抱く。
多分俺は一生さやかのことを忘れない、忘れられないんだと思う。
それは13年も一緒に居て、初恋の相手で、何度も何度も一緒に出掛けて、笑って、泣いて。
気兼ねなく話していられる存在
それが千春に対する評価なら、さやかは
12年間気兼ねなく話していられた存在
もしさやかと一生会えないのなら諦めがついたのかもしれない。
けれど付き合える確率がある。それも100%の確率。
この状態にいる俺は諦められない。
なら千春のことを振らないといけない。
矢印が絶妙にかみ合わないこの状況は千春にとっても良くないし、けりをどこかで付けるしかない。
けどなんて言えばいいの。
どこも欠点が無い、最高の彼女になんて切り出せばいい。
言えない。言えるはずがない。
ラプちゃんには言われた。
≪悩んで苦しむなら『能力』使ってスパッと縁切れば?≫って。
そう簡単に言うなよとは思った。
でもこれも正解だと思う。
最初から千春との1か月を無かったことにすれば、彼女は苦しまなくて済む。
けど俺はどこかで、最後まで千春と向き合えなかったという後悔が残る。
難しい。
けどタイムリミットは近い。
とりあえずあと15分くらいで昼休みか。
俺の目には、黒板も、先生も、クラスメイトも、何一つ見えていなかった。
地平線の奥の奥まで何もない空間にあるのは、椅子に座っている2人の少女だけ。
左前の少女はくっきりとその姿を確認できるが、右前の少女はノイズがかかっていて輪郭を捉えるので精いっぱいだった。
俺はこの2人に向かって歩き出す。
どちらか一人しか選べない苦渋の決断をすべく。
否が応でも千春と顔を突き合わせることになるその時間が迫ってきていた。
夏の日差しは真上から逃げ場なく降り注ぎ、じわじわと汗腺から汗が噴き出してくる。
「あーくん!今日もお弁当作ってきたよ!はいこっちがあーくんの分ね」
「あ……ありがとう」
丁寧にピンクのハンカチで包まれたその弁当箱はずっしりとした重みがある。
ハンカチをほどき、蓋を開けた弁当には俺の好きな食材がちょうどいい量詰め込まれている。
料理なんてめったにしないと言っていた彼女が、俺の為に弁当を作るためにどれくらい練習したのだろう。
それに食べるたびに卵焼きの味がどんどん俺好みに近づいて行ってる。
「なんか昨日もだけど元気ないね。珍しいじゃん、何か悩み事?」
顔を覗き込むようなその瞳。
どこか瞳が大きくぱっちりとしていて、きらきらと輝いているように見える。
ただその瞳にどこか無意識のうちに押されてしまう。
その悩んでる原因が君だなんて言えない。
「まあちょっとね……。色々あって……」
「私のこと。ですよね」
急に声のトーンが下がった千春に俺は顔を上げる。
「あ。いや……」
自分でもわかるほどに目が泳ぎ、手が震え、心臓の鼓動が痛いほどに耳に伝わり、冷や汗が噴き出てくる。
「やっぱり……そうなんですね」
悲し気な顔と絞り出した声。
わかっていた。けど信じたくなかった。そういう声だろうか。
その言葉を最後にそのまま彼女は黙ってしまった。
この真夏の屋外を凍てつかせるような沈黙。
しばらく静寂が続いたが、それを破ったのは千春だった。
「100回に到達するまであと何回くらいなのか、ずっと数えていたんですよ。もちろん全員の数を正確に把握するのは出来ないですけど、大体の数ならわかりますし。そしておそらく今週末には100回に到達する」
すべて完璧に把握されていた。
いや彼女のことだ、把握されていない方がおかしかった、という方が正しいのかもしれない。
「そしてあーくんが幼馴染に告白して、この関係が終わる」
俺から切り出さなくとも、千春はこの関係の終わりがあることなんて初めから分かっていた。
その終わりが1日ずつ迫る感覚は想像できない。
「私は終わらせたくないの。こんな終わりなんて嫌だ。
あーくんは初恋の相手のことを見ていたから、最初からこの恋は最終的に報われないってわかっていた。でもそんなの絶対じゃない。人間だれしも心変わりなんて簡単にする。
それに私にとっては、あーくんは初恋の相手だから。私だって諦めきれない。他の女の子のことを見ていようと、絶対にあーくんを私の方に振り向かせてみせるって。そのために出来ることならなんでもした。
メイクだってコーディネートだっていろんな雑誌を買い漁って、まりなちゃんにあーくんの好みを聞いて、ゆうり先輩にメイクの練習手伝ってもらって。
お昼ご飯いつもメロンパン食べてたから、弁当作ってあげようと思って、お母さんに頼んで夜中までキッチンに一緒に立ってもらった。
呼び方だってありふれた名前呼びじゃなくて私だけの特別なものにしたかった。
学校中にあーくんと付き合ってることを知らせて既成事実作って、両親に彼氏として会ってくれたらもっと長く一緒に居ること考えてくれるかなって思ってた。
あーくんと本当に意味で付き合えることになれたら。あーくんの本当の彼女になれたら……どれだけよかったかなって……」
彼女の声は今までの感情を全て爆発させるかのように、燃え上がり、言霊として心に突き刺さる。
ただその言霊は現実には空虚なものとなり、彼女の淡い未来予想図は打ち砕かれ、砂のように舞い散り消えてゆく。
目尻に涙をため、嗚咽交じりに言葉を紡ぐ。
「あーくんには彼女ができて、楽しい人生が待ってるかもしれない。でも残された私はどうすればいいの?
初恋の相手がかっこよくて、性格も良いし、気遣いもできて、話は面白くて、雰囲気が穏やかで、私のことをずっと見てくれて、褒めてくれて、尊重して、引っ張ってくれて、キスはうまくて、エッチは頭が真っ白になるくらい上手で。
私の恋愛観ぐちゃぐちゃなの。心も身体も私の構成してるものすべてが作り替えられちゃったの。
こんなに私と相性が良くて最高な人、人生で2度と巡り合えない、この世には絶対にいないって本能でわかってるの。わかっててなんで手放さなくちゃいけないの。
あーくんの彼女になれなくて、このまま惨めな思いし続けるのは嫌だよ……」
顔をぐちゃぐちゃに腫らし、涙を拭って化粧が崩れても、それでもなお泣き叫び続ける千春の姿に、何故か涙がこぼれてきた。
わからない。
どこから来たのかわからない、その粒がツーっと頬を伝うわずかな感触を感じ取った。
「千春のこと俺も好き。毎日一緒に居て楽しい。毎日一緒に居て笑い合える。そんなの当たり前かもしれない。でもそんな当たり前が日常にあることなんて普通じゃない。間違いなく、千春は俺の中で特別な存在。
千春は色々考えて、悩んで、俺の為に、俺の為にって言う感情が、毎日のようにものすごく伝わってきて、それだけで俺は嬉しかった」
間を置く。
出会ってからの1か月が一瞬で通り過ぎていく。
「嬉しかったけど、苦しかった。そんな千春の思いを踏みにじる時が来るのが、心のどこかでわかっていたから。
もうこの関係も終わりにしよう。千春が俺の為に尽くしてくれて、俺好みになればなるほど、さやかのことを思い出して離れないんだ。どうしてもさやかのことを重ねて見てしまう。俺は千春という人間のことを素直に真正面から向き合うことができないんだ。そんな状態でこれ以上の仲になるのは俺にはできないし、資格がない。千春のことを好きで、大切に思っているからこそ、その気持ちに応えることができない」
「嫌だ諦めたくない。あーくんと一緒に居るのは私だってはっきりわかるくらい、あーくんに好かれたい。私は私であーくんのこと本気で好きって思ってるの」
「俺だって千春のことが好きだよ。初めてデートした時から、ずっと……」
言い終える前に彼女は俺に抱き着いてきた。
華奢な身体からは想像できないくらい強く、離れたくないという意思を感じるほどにしっかりと俺を抱きしめているのがわかる。
そんな中でも泣きじゃくる彼女は嗚咽交じりに訴えるように告げる。
「私も……ずっと大好き……だから。でもこのままじゃ嫌なの……。あーくんにはあーくんの人生があるってことわかってて、さやかちゃんと幸せになってほしいって思う気持ちと、絶対そうはならないで私と一緒に居てくれるって信じたい気持ちでぐちゃぐちゃなの……」
「ごめん。本当にごめん。叶うことならこれからもずっと一緒に居たかった。けど俺には千春のこと選べない」
「わかっててもまだ諦めきれない。諦められない。あーくんがさやかちゃんに告白する前の日にもう一度チャンスください。その時までにあーくんのこと絶対振り向かせるから。あーくんに告白する前の日に」
彼女は抱き着いていた手を緩めて、俺に対して力強く宣言する。
その目には力強い意志を宿していて、吸い込まれそうなほどに美しい目だった。
「わかった……。その時に俺の嘘偽りない本心で答える。それまで君と必ず向き合うから」