確率の見える世界 〜あの子とエッチできる確率は○○%!?〜 作:tomoki/名和朋樹
【2023年7月26日】
妹と2人で歩いていて、誰も意識を向けていないはずの垂れ下がった自分の左手を、突然誰かに引っ張られ妹との距離が離れていく。
その力は決して大きいものでは無かったが、体勢を崩すのには十分すぎるものだった。
そして気づけば、俺の身体は謎の車の中に引きずり込まれていた。
あまりスピード感に抵抗する間もなく、車のドアがスライドして閉じていく。
「は?ちょっ、なに?」
「しーーーー。ちょっと静かにして」
「れ、れーにゃん?」
慌ててしっかりと冷房の効いたこの車を見渡せば、その中には運転手とうちの高校の制服の上からフードを被った女の子の2人。
もちろん運転手が後部座席から手を出すことはできないので、俺の腕はこの女の子に引っ張られたことになる。
そしてその張本人は、さっき無様に振られたはずの
てっきりもう絡むこともないだろうと思っていたのだが……。
それにアイドルが誘拐もどきだと?
内心非常に驚いていて、心拍数がとんでもないことになっているのだが、一つだけ。
れーにゃん、めっちゃいい匂いする。
『おにいちゃん?おにいちゃん?大丈夫?』
特殊な加工をされているスモークガラスの外から、曇ったようなまりなの声が聞こえてくる。
誘拐でもされたのかと思っているのか、ものすごく焦っているように見える。
いや妹だし焦ってもらわないと困るけど。
「あれ妹?」
れーにゃんが外を指差しながら聞いてきたので、俺は即答で頷いた。
それを見てから、れーにゃんは窓を開けて顔を出す。
「妹さん?ごめんねおにいちゃん借りてくね♡」
教室とかこの車の中で話しかけられた時の地声のような声とは違う、高くてぶりっ子アイドルみたいな声を出したれーにゃんに俺は驚く。
明確に使い分けしているのだろう。
こんなに急にスイッチ入れられるなんてこれはプロだ。
「うそ……。れーにゃん……ほんもの、、」
まりなはまりなで、完全にアイドルと会えたという興奮で頭が一杯のようだ。
口元を両手で覆ってさながら声が出ないと言う感じ。
「あの……。後からサインとか貰っていいですか!?」
「いいよーー⭐︎。おにいちゃんに後で渡しとくね♡」
「わーーーーありがとうございます!おにいちゃんなら煮ても焼いても大丈夫ですから!」
いや、死ぬわ。
ということで、謎の車に乗せられて雨宮玲奈ことれーにゃんに誘拐?拉致?されていた。
車にはこっちには目を向けず、我関せずといった雰囲気の運転手と、後部座席にアイドルと一般男子高校生。
それも下衆な気持ちで急に突撃したファンもどきと、振ったのに誘拐してくる謎のアイドルと。
奇妙な空気感の中、車は都内の方向へ向かっているようだ。
「にしても急にこんなことされるとは思わなかったな。どういうつもりなんだ?」
向かって右側に座るれーにゃんの方を横目に見ながら話しかける。
「それはこっちのセリフよ!昼間よ昼間。あんなこといきなり言ってくるなんて頭おかしいんじゃないのあんた」
れーにゃんは車のシートに頬杖を突きながら、俺をチラチラと横目で見てきているが、その視線が交わることはあまりなかった。
こっちが視線を合わせようとすると、向こうが視線をうまく外してくる。
いっそのこと視線合わせてくれてもいいのに。
そんな彼女から聞こえてくる声はアイドル用ではなく、地声だ。
それにかなり気怠そうな雰囲気も感じ取れる。
もしかしたらお疲れのところなのかもしれないな。
「いや、それはすまんかった」
「すまなかったじゃすまないから。しかもなんでかずっとあんたとエッチなことする妄想が頭から離れなくて困ってんの」
んん?てっきり『能力』は効かなかったと思っていたんだけど、なんか効いてる感じだなこれ。
「みんなのアイドルが人前でもピンクな妄想し始めて、顔赤くしてモジモジしてるのよ。あんなの大事件だから」
スカートの裾を抑えながらそう答えるれーにゃん。
ちょっと怒ったような表情も、小動物みたいなかわいさがある。
「へー。アイドルでもそういう妄想するんだ」
「するに決まってるわよ。こっちだって思春期だし!キモいファンはれーにゃんはそんな下世話なこと知らないでしょ、みたいな雰囲気で来るけど、アイドルに夢見すぎよ」
結構がっつり言うんだねそういうの。
それと昼に『能力』を使った後の身体の変化、あれは間違いなく効果が出てたってことになるな。
急にエッチがしたくなって、性欲が一気に上昇して、発情状態に陥ってという感じか。
ただあのタイミングで俺にOKを出すと、それこそめんどくさいことになりかねない。
だからこういうふうに強行してきたのかもしれないな。
難しいね、こういう駆け引き。
「それにほんといつからアイドルは恋愛禁止みたいな風潮になったんだがーー。アイドルは恋愛ダメー。熱愛スキャンダルスキャンダルみたいなのどうにかならないかなー。私生活に影響出てんだよねー」
自分がそう思考を凝らしている間にも、あなた相当心の声漏れてますよ。
「私生活に影響って、れーにゃんは彼氏とかいるんですか?」
「そのれーにゃん呼びやめて。なんか仕事みたいで嫌だから。あと芸名は
「あ、はい。すいません」
相当れーにゃん呼びが嫌そうだったな。
まぁ仕事で死ぬほど呼ばれてそうだし、学校でもその呼び名が定着してそうだし、彼女自身も思うとこがあるのかもしれないな。
「で。
「いないけど。何か悪い?」
「いや。なにも」
「私は真面目にアイドルやってきてんの。彼氏作るみたいなスキャンダルになりかねないことする訳ないでしょ」
れーにゃんはムスッとした表情をしながら、窓の外の都会の景色を見つめている。
いつの間にか高層ビルの立ち並ぶエリアに入っていたみたいだ。
「それならこの誘拐みたいなのはスキャンダルになるんじゃないの」
そんな彼女のことをちょっと困らせて見たくなった。
その目論見通りに少しだけ顔を歪ませ、俯いてから彼女は小さく呟いた。
「いいもん。スキャンダルになっても」
「え?」
予想外の答えに俺は困惑を隠せなかった。
彼女の言っていることは意味がわからないけれど、でも表情はふざけて言っているようなものではないことはわかった。
そんな俺の困惑が彼女にも伝わったのか、彼女は少し申し訳なさそうな表情をした後、ポツポツと呟き始めた。
「君のこと、なんとなく殻を纏った私しか見ないファンとか芸能界の人たちとかとは違うと思ったから」
そのように呟く彼女の表情はどこか寂しげで、いつもテレビで見ている姿とは全然違っていた。
それも相まって、俺の心は激しく動かされていた。
彼女が今どんな感情で俺にこんなことを言っているのかはわからないが、少なからず嘘偽りの無い本心だろう。
ただその本質まではわからないけれど。
彼女の中に眠る感情。
それを知るにはまだ情報が足りなかった。
その続きの言葉を待ちわびていたのだが……。
そんな期待に反して彼女は何か言葉を発する様子を見せなかった。
車のエンジン音が息を潜め、車に静寂が訪れた。
「行くわよ」
れーにゃんに連れられて、車の外に出るとどこかの施設の地下駐車場だった。
「あの運転手さんは大丈夫なの?」
気になっていたのは運転手のことを口止めしなくても良いのかということ。
彼女も危惧していた通り、これが外に出回った場合何かしらの問題になりかねないということ。
ただその問いを愚問であるかのように「向こうもプロだからね」と返された。
芸能界という世界は恐ろしいものなのかもしれない。
その片鱗を思わぬところで体感した。
れーにゃんに連れられるようにしてきたこの施設は、どうやら会員制ホテルのようだ。
彼女曰く、有名人御用達で密会するには絶好の場所とのこと。
そして俺はというと。
なんかやばいことになってきてねぇかこれ……
内心かなりビビっていた。
だって、フロントで受付の人に身分を証明させられるし、部屋のカードキーをかざさないとエレベーター動かないし、部屋は地上17階だし。
ある意味、これも全てプロということなのか……。
ファンからすればそんな俺の不安を知ってか知らずか、れーにゃんはドアにカードキーをかざすと何も言わずにドアを開ける。
ここまでの道のりでれーにゃんとの会話がほとんどなかったことも相まってなかなか気まずい。
いやここまで来るということは、もちろん向こうとしたら放課後エッチするつもりなんだろうけれど、今更ながらにことの重大さに気づいて、怖気付いている。
清潔感のある内装に、窓から見える都会の景色。
その中に一人佇む大人気アイドル。
ファンからすれば夢のような景色が広がっていた。
俺からしても、大人気アイドルとの逢瀬とあれば、それなりにテンションが上がってくる。
「あつしくん。こっち」
そう言ってれーにゃんは俺の手を掴んでベッドルームへと引っ張る。
その握られた柔らかい手に俺はドキッとしてしまった。
普段握手会とかにでも行かなければ握ってもらえないはずなのに。
そして彼女の身体が俺の体を覆うようにして押し倒された。
そこには画面越しで見ていた満面の笑みとは違う、どこか不安定で妖艶な笑みがあった。
「アイドルと禁断のコ・ト。しよっか」