ハイラルの地では、昔からまことしやかに伝わっていた話があった。
各地に謎の裂け目が現れては人々が引きずり込まれる神隠しなるものがあると。
対処しようのない事象に、一筋の光明が差したのは、ハイラル王家の姫の存在だ。彼女――ゼルダは、裂け目を消す力を持つ妖精トリィとともにハイラル各地を巡り、多くの民を救う旅に出ていた。
未だ謎多き裂け目は今もまた何処かで誰かを飲み込んでいる。
無論、ハイラルの姫一人だけに担わせているわけではない。
ハイラル城の兵士たちもまた、裂け目の調査へと駆り出されていた。
「――ふぅ、ここがカカリコ村ですか」
青髪をした眼鏡の女性が本を携え、その村を訪れていた。
ハイラルの兵士が待っていたとばかりに敬礼で出迎える。
「サダリ大臣殿、お待ちしておりました! 謎の裂け目の調査は順調に進んでおり、現在この村には裂け目は出現しておりません!」
「ありがとうございます。引き続き、調査を進めてください」
「はっ!」
折り目正しく会釈を添えて、兵士に礼をする。
彼女の名前はサダリ。ハイラル王国に努める女大臣である。
「報告ではオルディン火山に裂け目が現れたと聞きましたが、麓の村は無事なようでひと先ずは安心でしょう。……今のところは、ですが」
安心と口にしておきながらもサダリは眼鏡を光らせて周囲を見渡す。
彼女がこんなにも警戒しているのには理由がある。
実はサダリ本人も、ほんの少し前に謎の裂け目に飲み込まれた一人だった。
それだけに留まらず、サダリが不在の間、あろうことかサダリのニセモノが現れ、ハイラル城を乗っ取ろうとしていたのだ。
姫であるゼルダ直々の活躍もあり、ハイラル城の裂け目も消え、サダリのニセモノも消えたが、これにより裂け目からはニセモノが現れて他人に成りすますという事実が発覚した。
ともなれば、今は一見平和なように見えるこのカカリコ村にも、誰かのニセモノが潜伏している可能性も否めないということだ。
「先日も、ニセモノ騒動もあったことですしね。警戒にこしたことはないでしょう」
ふぅ、とまた小さく溜め息をつく。気を張りすぎている自覚はあるらしい。
ハイラル城内でもニセモノには敏感になっており、兵士の数が増えているだとか、またニセモノが現れたのだとか騒ぎになったくらい。
その件に関してはただの取り越し苦労だったからよかったものの、サダリとしては余計な負担が増えてしまったと言わざるを得ない。
何せ、自らハイラル各所に足を運んでしまうくらいだ。
それくらいに、サダリは慎重に事を進めようとしていた。
「少しでも姫さまの手助けにならなくてはなりませんからね」
真面目な性格をしていることもあり、ゼルダへの引け目を感じているのだろう。
何はともあれ、サダリはカカリコ村の中を散策し始める。
さほど目立つものもない平和と平凡を混ぜ合わせたかのような、まさに普通そのものの村に何があろうか。
そのまま兵士に調査を任せておけばよいものを、サダリの眼差しは真剣そのものだ。
仮にもハイラル城の臣下。これもやはりゼルダへの忠誠があってこその行動なのかもしれない。
「やあ、サダリ大臣さん、こんな村までようこそ」
ふと、村人の一人がサダリに話しかけてくる。何かを言いたげな顔だ。
兵士を引き連れてきたことに警戒しているのだろうか。そう思い、サダリも緊張を解くように優しく笑みを見せながら会釈する。
「調査にご協力ありがとうございます。ご迷惑おかけしますがご了承ください」
「いえ、そのことはいいんだけど、村の西にあるねむり道場には気を付けてほしい。なんだかうさんくさくてね。注意だけはさせてもらうよ」
それだけ言うと村人の男はそっとお辞儀する。
気を付けてとか、うさんくさいとか、実に怪しげな言葉に満ちている。
普通ならそこまで言われたら近寄らないのが筋だが、サダリはそうならなかった。
「ひょっとすると、もうすでにニセモノの手が……?」
道場と一口に言っても様々な流儀というものがある。
一風変わった流派であるなら問題ないといえるが、確定した情報ではない。
サダリとしても、警戒しないわけにもいかなかった。
「これは一度調査してみる必要があるでしょう」
眼鏡をクイッと持ち上げて、サダリはカカリコ村の西へと向かうことにした。
どんな道場があるのかと思えば、サダリの想像よりもうさんくさかった。
魔物を模しているのであろう絵の描かれた旗が入り口の前に何本も立っていたり、外側に木組みの簡素な屋根がつけられていることもそうだ。
何よりも、家屋ではなく洞穴の中に造られているのがいかがわしかった。
「どうしてこんなところ道場を……」
恐る恐るサダリは洞穴――もとい、道場の中へと入り込む。
すると、真っ先に目についたのは、男だった。
少々小太りで、だらしない格好をしているのだが、そんなことよりも不気味なのは立ったままで眠っていることだった。
「な――っ!?」
洞穴の真ん中で立ってイビキをかいている男がいれば、サダリも驚く。
そんな声に気付いてか、眠る男の後ろからぬるりと何者かが現れた。
「おや? おぬし、入門希望者か!?」
「あ、あなたは……?」
つるっぴかのハゲ頭に、サングラスをつけ、胴着を着た老人だった。
白いヒゲを横に伸ばしながらも、興味津々にサダリに近寄る。
「何も言わずともよい。わしはこのねむり道場の師範である」
「ね、ねむり道場……」
村人から聞いた通り、確かにうさんくささでいっぱいだ。
実際に、目の前の男が立ったまま寝ていることもそれに拍車を掛ける。
「ここは何をしている場所なのですか? この方は一体……」
「ふっふっふ、このねむり道場はな、夢の中で修行ができるスンゴイ道場なのじゃ」
「夢の中で、修行? では、この方も?」
「そう、いかにも。わしは夢を見せる。その者の経験をもとにしたスンゴイ夢じゃ。そして夢の中で試練を乗り越える。これが修行じゃ!」
怪しげではあるもののハイラルで起きている謎の裂け目の事件とは関りがあるとはとても思えない。ただただうさんくさいだけの道場だ。
サダリは拍子抜けしてしまった。むしろ、緊張が解けてしまうほど。
「目標を達成すればごほうびだって用意しとるぞ!」
「は、はぁ……」
「修業は夢の中で行われるので、なにがあっても目が覚めればすべて元通り!」
師範の言っている言葉の何処から何処までが本当なのかは分からない。
ただ、夢の中で修行ができるというのなら効率的であることも確かだ。
例えば、サダリが大臣として務めるハイラル王国には、ウギ将軍と呼ばれる豪傑がいる。
彼は日夜鍛錬を欠かさず、人望も厚い男だ。
いつのことだったか、彼の真似をしてサダリも訓練しようとしたことがあったが、散々なものだった。体力も持たないし、酷く疲れが残ってしまう。
つまりそれはそれだけ効率が悪かったとも言い換えられる。
体力バカなウギ将軍のような豪快なトレーニングはサダリには土台無理な話。
その点でいえば、ねむり道場はまさに夢のような修行といえるだろう。
「本当に、夢の中で修行などできるのですか?」
「もちろんじゃ。おぬしも興味がわいてきたか?」
やはり信憑性は今一つだが、もしも本当にこの修業が有意義なものになるならば、ゼルダ姫を手助けになるかもしれない。
そう思うと、サダリも確かめるべきだと考え始める。
(もし効果がないのならその時点で辞めればいいだけのこと……)
サダリの中で一つの覚悟が決まる。
「はい。では、私にその修行をつけていただけますか?」
自分の仕えるハイラル王国のため。そしてゼルダ姫のためを思えばこそ。
これも何かの縁だと思えば、サダリに迷いはない。
自分にできることを増やすことは、それは即ち姫の力になるということ。
「そうか。ならばおぬしは今から門下生じゃ!」
嬉々として師範は笑みを浮かべる。よほど門下生の少なさを憂いているのだろう。こんなうさんくさい修行を受けたがる人もそうはいまい。
「よし、ではさっそく修行をはじめるぞ」
「え? もうですか? ……分かりました。お願いします」
もう少し何か準備が必要なのかと思ったが、そもそも夢の中で行う修行なのだから何かを用意する意味もないことに気付く。
「すこしのあいだ、目を閉じて……」
師範に言われるまま、サダリは目をつむる。当然、視界に暗闇が訪れる。
「わしの力を受け入れるのじゃ……ハァ~~~~……」
そのとき、サダリは強い波動のようなものを送り込まれているような気がした。
ただ、それを知覚する間もなく、その意識は夢の中へと落ちていった。
その男が不敵な笑みを浮かべていることすら気付かずに――……。
※ ※ ※
「――さぁ、目を覚ますのじゃ」
「……はっ? こ、ここは」
サダリがハッと気付くと、見覚えのある洞穴の光景が目の前に広がる。
そこがねむり道場の室内であることに気付いたと同時に先ほどまで自分が夢の中で修業をしていたのだという実感が湧き始める。
「あれは夢だったのですか。先ほどまで確かに私は修行を……」
「おぬし、なかなかスジが良いのう。スンゴイものを持っていると見た」
師範がニカリと笑う。なんとなくサダリも気分が高揚する。
ウギ将軍の特訓にはすぐバテて少しもついていけなかったが、今は疲労感もない。確かに修業をしたという経験だけを会得した気分だった。
「ありがとうございます、師範。少しだけ強くなれた気がします!」
深々とお辞儀し、サダリも感謝の気持ちを表す。
この調子で修業を積んでいけば、きっとゼルダの役に立てる。そう確信して。
「これに慢心するでないぞ。何事も日々精進じゃ。一度きりでは身につかんからな」
「そうですね……これからもどうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
そう言いながら、サダリはカーテシーのように裾を高く持ち上げて見せる。
上品さ、気品さを感じられる所作に、師範も頷いて返事した。
こうして、サダリ大臣の修行の日々が始まるのだった――……。
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