「「おお」」
目の前に広がる光景に、足を動かす事も忘れモモンガは唸った。隣に立つやまいこも同様だ。
白を基調とし、金の細工を施された広く荘厳な空間。それらは高い天井から吊り下げられた七色のシャンデリアから降り注ぐ光によって照らされ、神々しく輝いていた。
目に付くのは、その最奥にある階段の頂に鎮座する水晶によって作られた玉座。この部屋が玉座の間と呼ばれる所以だ。他の場所より強く光が当たる様に設計されていて、その重厚な意匠をさらに際立たせていた。背後の壁にはギルドサインが入った真紅の布が飾られている。
玉座の置かれた壇上の下から続く赤い絨毯は、真っすぐモモンガ達のいる入口まで伸びていて、絨毯の左右には少し間を置いて巨大な石柱が立ち並ぶ。
「素晴らしい。って俺達が作ったんですけどね」
「自分達で作った物でも素晴らしい物は素晴らしいって事さ。ボクは久しぶりだしなおさらだ」
「実は俺も、ここに来たのは久しぶりなんです」
「そうなの?」
「はい。ここに来る用事はほとんどなかったですから。あってもすぐ用を済ませてそれで終わりですよ。不思議な感じですね。普段、ここに来てもこんなに感じ入る事はなかったのに」
「ボクのおかげかい?」
「そうですよ、やまいこさん」
「ボクも同じ気持ちさ。さぁ行こうモモンガさん」
やまいこがモモンガの手を引いた。モモンガがもてなすつもりだったのにいつの間にか立場が逆転していた。不快ではない。むしろ、かつての関係を思い出し懐かしさで胸が溢れる。同じ気持ちだというやまいこの言葉にどうしようもない喜びを感じている。
「あっボクのマークだ」
やまいこが旗を指差しながら言った。左右の壁にはギルドメンバーひとりひとりの紋章が刻まれた四十一枚の旗が飾られている。やまいこが示したのはその内の一つ。
「前から思ってましたけどすごく可愛らしいデザインですね」
「へーなるほど、モモンガさんにはそう見えるのか」
「なんか心理テスト的な意味でもあるんですか?これ」
「ないよ、知ってるだろ?ボク的にはこの
やまいこが言いながら少し腕を左右に広げた。このポーズが紋章の元になったイメージなんだろう。が、
モモンガから見れば、やまいこの紋章は、袖の長い服を着たツインテールの魔法少女にしか見えなかった。非常に少女チックなデザインである。
「はは、女の子要素強すぎですよ」
「そういうモモンガさんのマークはあれだね」
やまいこがまた、一つの旗を指し示す。頭蓋骨を象った紋章。本来なら表情など持ち合わせていないはずのそれに、荒々しい激情が張り付いている。モモンガの紋章だ。モモンガのキャラクターである
「うんうん、相変わらずこのナザリックの支配者に相応しい悪趣味なデザインだ。可愛らしさなんか微塵も感じないよ」
「そういうロールプレイなんですからもっと褒めて下さいよ。ちなみに何に見えます?」
「憤怒の形相を浮かべた魔王だね。それ以外にないだろう?」
「ええ、その通りです」
厨二っぽいやり取りをしながら歩いていると玉座の下までたどり着いた。数十の低い段差を上れば玉座がある。玉座の横に白いドレスの女悪魔の姿がある。NPCだ。
「ここで話しましょうか」
「玉座に座らないのかい?」
「あそこじゃ落ち着かないですよ。今椅子と机を出しますからちょっと待って下さい」
「それならボクが」
やまいこが宙に大きな腕を沈めていく。何をしているかはすぐ分かる。アイテムボックスだ。ごそごそと体を揺らし腕を引き抜いた。その手には野球ボールほどの宝石が握られていた。それ等はやまいこの手から離れた途端に変形し、丸いテーブルと二脚の椅子が出来上がる。
「ほいっと。よかった残してて。これはよく外で使ってたからね」
モモンガにも見覚えがある机と椅子だ。やまいこがぶくぶく茶釜や餡ころもっちもちと女子会を開く時に使っていた物だろう。いつも第六階層で開いていた彼女達の集まりに、モモンガもぺロロンチーノ達と何度か一緒した事がある。
かつての仲間達はナザリックを去る際に、自身の持つアイテムや金貨などを残りのメンバーに託していった。しかし、思い出の品として僅かなアイテムを手元に残していた者もいる。それが今役に立った。
アイテムの収集に目がないモモンガのアイテムボックスは膨大なアイテムで埋め尽くされている。モモンガでは、こうも簡単に目当てのアイテムを引き出せなかっただろう。
「なんか、すいません」
「いいって。どうせならユリ達も一緒に座ろうか」
やまいこが再度椅子を取り出していくのを見ながらモモンガは苦笑した。モモンガにはやまいこほどNPCに対する思い入れ、というか情がなかった。モモンガにとってNPCは自分と仲間達が作ったナザリックを彩る、あるいは防衛する役割が与えられたマネキン。そんな程度の認識だ。だから、これまでゆっくり観察したりする事もなかった。一緒に卓を囲むなんて発想は出てこなかったろう。
大まかな各NPCの見た目や役割は覚えている。しかし見た目や役割に加え、名や設定を覚えているのは親しい仲間が作った者、守護者などの大役を持った者、何となく印象に残った者くらいだし、全てを記憶している訳ではない。詳細に覚えている者なんて数えられる程しかいない。
(薄情なのは俺の方だったのかもな)
そんな事を思った。感情の無いNPC相手でも情を抱けるやまいこの性質もあるだろうが、彼女は確かにナザリックを愛している。仲間達と仲間達との思い出に固執するモモンガとは別の方向性で。それを改めて確信できた。
一通り椅子が用意された。数は十。モモンガ、やまいこにセバス、プレアデスの九人。そして玉座の側に控えるNPC、アルベドの分だ。
「ほらみんな座って、アルベドもこっちに来て座って」
やまいこが指示を出し次々に席が埋まっていく。丸いテーブルは十人で囲むには手狭で、やや遠巻きになっているが仕方がないだろう。
モモンガ、やまいこの席が並び、やまいこの席の右にセバスが座る、続いてユリ、赤毛の三つ編みが特徴のルプスレギナ、黒髪ポニーテールのナーベラル、金髪ドリルのソリュシャン、左目にアイパッチをしたシズ、シニョンが特徴のエントマ、一周回ってモモンガの席の左にアルベドが着席した。
「座ろうか」
「はい」
モモンガとやまいこも席に着く。
物言わぬNPCが八体、こうしてテーブルを囲んでいるのはなんとも異様な光景だ。NPC達が皆、優れた容姿をしているのも理由の一つだろう。
「……こうして見ると壮観ですね」
「うん。なかなか良いおっぱいをしているね。モモンガさんも隣に座れて満足だろう?」
やまいこが胸の前で手をワキワキしている。たぶんアルベドの事なんだろう。非常に面倒くさい。彼女の場合ただおっぱいと言いたいだけで、好みの胸の大きさや形などを談義したい訳ではないのだ。しかし反応を間違えればまた胸の話が続いてしまう。
「いや、アルベドのおっぱいに対して言った訳じゃないですよ。というかやまいこさん、ここまで用意しておいて、おっぱいの話で終わりの時を迎えるつもりですか?」
「わかったよ。ごめんごめん。彼女、確かタブラさんが作った子だよね?」
「ええ、そのはずです」
やまいこが軽い謝罪と共に、モモンガの左へ目を向けて言った。視線の先を追うと、そこには絶世の美女が座っていた。アルベドだ。
軽く波うった長い黒髪は肩を越え腰の辺りまで届いている。側頭部からねじれた角が頭部の形に沿って前に突き出ていて、彼女が悪魔である事を主張していた。金色の瞳。縦に割れた瞳孔。ユリほどではないが、豊かな胸。
何よりモモンガの目を引き付けたのは、彼女の薄桃色の唇が形作る、女神の様な慈愛に満ちた微笑みだ。
「なんと言いうかタブラさんらしいですよね。すごく優しそうですけど、カルマ値は悪魔らしく極悪なんでしょうねきっと。うん間違いない」
アルベドの製作者、タブラ・スマラグディナは凝り性であり、少し捻くれた所があった。何に対しても正道を外す、そんな所が。ギャップ萌えも公言していた。そんな彼があの優し気な表情通りの性質を与えている訳がない。
悪魔でありながら慈愛に満ちた微笑み。その微笑みに反して中身は邪悪な悪魔。一周回って正道に戻っている気もするがそんな所だろう。
モモンガがアルベドのカルマ値を確認してみようとコンソールを呼び出した所で、やまいこが呟いた。
「いやそれより。あれ、ワールドアイテムじゃないか」
「ん?」
やまいこの言葉に操作する手を止めて、彼女が指差す物に目をやりその言わんとする事を理解する。彼女の声に険がこもっていない事がモモンガを安心させた。困惑している様だ。
「はい、俺も割と最近気付いたんですよ。たぶん、タブラさんが持たせたんでしょうけど、なんか取り上げるのも気が引けちゃって。すいません」
そこには白い手袋をしたアルベドの手に握られた、奇怪な形をした短杖の様な物があった。それはこのユグドラシルに二百しか存在しない究極のアイテム、ワールドアイテムの一つである。モモンガ達のギルド全体でも十一個しかない超希少アイテムだ。
モモンガが持たせた訳ではない。他のメンバーがアルベドに持たせる理由も無い。つまり、タブラがこの地を去る前に独断でアルベドに持たせていたのだろう。
ワールドアイテムの様な強力な効果を持つ重要アイテムを独断で持ち出すのは、多数決を重んじるアインズ・ウール・ゴウンでは本来あってはならない事である。
「いいの?」
「なんと言うか、タブラさんにとってアルベドがそれほど大切だったって事でしょう?それにタブラさんらしいなって思ったんです。そうしたら回収する気も失せちゃって。ワールドアイテムが宝物庫からが無くなってた事に気付かなかった俺も間抜けですし。それに俺も今日、これを持ち出しましたからね。人の事を言えそうにありません」
モモンガはギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持った腕を振った。
「そっか。モモンガさんがいいならいいさ」
やまいこはうんうんと頷いてから、またモモンガに目を合わせた。
「それで、コンソール出してたけど何してたんだい?」
「ああ、アルベドのカルマ値をチェックしようとしてたんです。ちょっと気になったので」
コンソールを操作しアルベドのステータスを出現させ、ウィンドウを二人でのぞき込む。レベル100、耐久力に長けた近接戦闘タイプの能力値、そしてカルマ値。そこには案の定-500の数値が表示されていた。
「まぁそうくるでしょうね。それでこそタブラさんらしい」
「ねぇ、設定の方はどうなの。なんとなく碌な事が書いてなさそうに思えるけど」
やまいこに促されるまま、コンソールを操ってアルベドの設定を表示すると二人の前に大量の文字列が表示された。
「うわ」
声を上げたのはモモンガ自身だ。ここまで来たらアルベドの設定をくまなくチェックしよう、そう思っていたモモンガの心を一瞬で挫くデータ量である。
「やるじゃないかタブラさん。こんなのとても全部読む気にならないよ。彼のアルベドへの愛そのものって所かな」
「確かに」
モモンガとやまいこはその文章をパラパラと流し読み、というより所々の単語だけを拾いつつ最後の一行までスクロールする。すると、
「うわぁ」
今度声を上げたのはやまいこだ。まぁ仕方が無いだろう。そこには女性なら眉をしかめて当然な文章が記されていたからだ。
『ちなみにビッチである』
「え、何これは」
モモンガも思わず口に出した。理解が追い付いていない。恐らく、これは日本で女性に対してよく使われる尻軽で性にだらしがない女性という意味でのビッチなのだろう。タブラの性格を考えるなら、淑女の様でありながら、その実淫乱な女性である、そういう事だろうか。
モモンガとやまいこの間に気まずい空気が流れた。家族でテレビを見ている時にいきなりラブシーンが飛び込んできた、そういう類の気まずさだ。友人の知りたくもない一面を知ってしまった、そんな所もある。
やまいこはおっぱいおっぱい言いつつモモンガをからかう事も多いが、ストレートに性的な話題を振られるのはそれほど得意ではない。特にこの手の男の歪んだ願望については。それ故恥ずかしげもなくエロゲーの話をするぺロロンチーノによく苦言を呈していた。
「何がちなみにだ。モモンガさん、これ消そう」
「消すって、設定を改変するって事ですか?」
「うん。モモンガさんならできるでしょ」
「そりゃできますけど、いいんですかね」
「いいんだよ。これじゃあアルベドがあまりにかわいそうだ。それにこれは、ワールドアイテムを勝手に持ち出したタブラさんへの罰だよ。最後の一文だけでいいからさ。早く」
憤慨し詰め寄るやまいこの横でモモンガは考える。アルベドがあんまりだという意見にはモモンガも賛成だ。『ちなみにビッチである』の一文はNPCへの情の薄いモモンガから見ても、必要であるとは思えない。モモンガが童貞で、この類の話題が苦手だという事もあるかもしれないが、この場にいる唯一のメンバーのやまいこが不快だと言うのなら十分検討に値する。
問題は創造主であるタブラに無断で改変してもいいのかという事だ。タブラはこの場にいない。ならば他のメンバーの意見を聞き、多数決で決定すべき案件だ。
しかしこの地にはもはや、モモンガとやまいこの二人しかいない。やまいこが消すべきだと言うのならば、決定権はモモンガが有していると言ってもいい。
モモンガはしばし考え結論を出す。
「うん、消そう」
コンソールを操作し、やまいこの言う通り『ちなみにビッチである』の一文だけ消去する。
ギャップ萌えは理解できるモモンガであるが、このギャップはちょっと許容できそうもなかった。淑やかな絶世の美女であるアルベドに、わざわざビッチという設定をつける理由が理解できないのだ。ただ、もやもやした微妙な感情に包まれるだけ。
それとやまいこの言う、ワールドアイテムを勝手に持ち出したタブラさんへの罰であるという点。希少アイテムの無断使用への罰が、自作NPCの設定文を数文字削除する事ならば、安い物だろう。
「はースっとした。いい事をすると気持ちが良いね」
やまいこが腕を回しながら言った。
「いい事なんでしょうか」
「いい事さ。自分からビッチになるならいいけど。ビッチだと決めつけられるのはかわいそうな事だろう?」
「少し、タブラさんに悪い気もしますね」
消去しておいて今更だが。あの一文はタブラにとってなくてはならない設定だったのかもしれない。そう思うと少し罪悪感が沸く。自分も今日、ギルド武器を装備しているのだから余計に。
「モモンガさんは、ボク達ギルドメンバーに気を遣い過ぎだね。今日までもっと好き放題しててもよかったと思うよ。そうだね……例えば、おっぱいの大きいメイドを集めて自分の側に配置する、とかね。それくらいならボクだって何も言わないよ」
やまいこが片手を腰に当てて人差し指を振りながら言った。
「いや絶対何か言うでしょそれは」
もし今日モモンガがそんな事をしていれば、彼女は嬉々としてモモンガをからかうはず、というかさすがに引くだろう。久々に再会した友人が、胸が大きなメイドを集めて侍らせていたら。
微妙なラインだ。おっぱいと発声するのが好きなやまいこならあるいは、という感じもする。胸の大きなメイドが沢山いればそれだけおっぱいと言えるのだから。
女性型NPCを私的に使用する。モモンガはそんな事考えた事もなかった。ギルドマスターとして規則を破るような真似をする気はなかったし、ペロロンチーノやヘロヘロ達の様に女性型NPCに対して強い執着を持ち合わせている訳でもない。
せいぜい見かけた時に、好みの見た目をしていたら顔と名前を覚える、それくらいだ。一人になってからそうする癖が付いた。
モモンガは少しメイドを周囲に侍らせた自分を想像してみる事にした。両脇に二人ずついて欲しい所だ。やまいこが言う通り胸の大きさで選ぶつもりはないが、モモンガの好みで選ぶならユリと一般メイドのシクススは確定だろう。ルプスレギナもいて欲しい。ただあと一人は悩ましい。
(うーん……ナーベラルかそれとも。あの子はどうだろう、前に見かけたお尻が大きいぱっつんヘアの一般メイド。あの子は確か)
そのメイドは尻が大きく、他の一般メイドには無い特徴があった。笑顔を浮かべていなかったのだ。
一般メイドはプレアデスと違い、戦闘力を持たないナザリックを彩る華である。それ故柔らかな笑みを浮かべている者が大半だ。なのにそのメイドは表情が設定されてないかのような無表情。それが逆にモモンガの目を引いた。茶髪のショートカットの子だった。
「それよりも!」
「うわ!どうしたんです!?」
急に勢いよく話しかけられ意識が引き戻される。邪な考えを見抜かれたのかと思い、モモンガは焦った。仕草からすると彼女は怒っているというより、何故か興奮している様子だ。
「気になる事があるんだ。モモンガさん、例のスキル……持ってるんでしょ?」
やまいこが握った拳を胸の前で揃えて聞いてきた。
例のスキル……今のユグドラシルで気になるスキルといえばあれしかないだろう。
「ああ……なるほど。もちろんですよ」
彼女の期待と好奇心に満ちた視線を受けて、表情が変わらないはずのガイコツ姿でも、口の端が釣り上がるのが分かる。ヘロヘロ達との会話も含め、どうして今までこの話題が出なかったのか不思議なくらいだ。
消えゆく星の最後の輝き。ゆっくりと滅びへ向かうユグドラシルを延命したとも、逆にトドメを刺したとも言われる呪われたスキル、その名は
『もう一人の自分(ボク)』
終わりの日なのに全然終わりません。