※この作品はR-18です。

遠坂凛の魔術授業   作:akdblack

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遠坂凛の魔術授業 1話

教会の一室にて言峰綺礼と遠坂凛が机を挟んで向かい合っていた。

凛は真剣な顔で本へ向かい、それを言峰が見守っている。

教師と生徒に見える光景は事実そのとおりだ。

第四次聖杯戦争終了後、言峰が凛の後見人になって一ヶ月の時が流れていたのだった。

凛にとって不本意な事ではあったが、言峰には兄弟子として

凛を遠坂の魔術師へと育てる役目があったのだ。

魔術師としての技量が低い言峰が教えるのは魔術以外の知識が主だ。

今日は他国の言語。古代の魔術書を読むのに最低限必要なヘブライ語、アラビア語など。

時計塔から現代の魔術を学ぶならば英語。終われば八極拳を套路から教え込む。

小学校が終わってから毎日のように受ける授業は二年生の凛にとって

あまりに多忙な日々に違いなかった。

 

「魔力が足りない……」

 

そんなある日、凛は実技とでも言うべきか、宝石魔術の実践をしていた。

机に置いてある宝石は子供の握り拳ほどもある大きなルビー。

椅子に座りそこへ両手をかざして魔力を注入している最中だ。

言峰の監督の元、宝石魔術で凛が選んだ属性は火。

遠坂時臣と同じ属性なのは何か意味があるのだろう。

 

「違う。凛の魔力が足りないのではない。無駄が多すぎる」

 

ひび割れたように低い響きの声が弱音を吐く凛をいさめた。

凛は魔術師として破格の魔術回路数を持ち、一部とは言え遠坂の刻印を

受け継いでいて高い魔力量を秘めている。

が、しかし制御にはまだまだ難があるようだった。

魔力を変換し属性を定め宝石に注いで留める行程に無駄があるのが言峰には見て取れた。

それができなければ宝石魔術を行使できない。

 

「休憩を挟む。十分後にもう一度だ」

 

精神集中が途切れたため凛は机へと顔を沈める。

 

「もぉー」

 

なにやら唸っているのは上手くいかないためだろう。

凛の脳裏に映るのは魔力を使って宝石を細工していく、父の優雅な手さばき。

それに比べれば魔力を注入するだけの事を凛にはちゃんとできないのだ。

もっとも凛の年齢でここまでできる者もそういないのだが。

 

「お父様みたいになれないのかなぁ」

「違う」

 

ポツリと呟く凛を言峰が否定した。

「遠坂師は魔術師であるために大変な修練を重ねている。凛には魔力ではなく時間が足りていない」

 

凛は顔をあげた。

突き放したような言い方だが慰めが含まれているのに気づいたのだろう。

 

「もう一回やる」

「まだ五分も経っていないが」

「いいからやるの!」

 

負けず嫌いな凛にはそれが許せないのだ。

疲れているだろうに両手を宝石へ向けて魔力を練り込んだ。

魔力が長い時間をかけて火の属性へと織られていく。

ルビーの中で真紅の輝きが灯っていき、宝石の檻の中で廻り太陽を象っていく。

それを見て言峰の表情がわずかに変わった。

 

「下がれ」

「きゃっ」

 

太陽が見えた直後、凛は言峰の腕に抱かれ引かれた。

真円が楕円に潰れてルビーの真上へと吹き荒れ燃え散る。

凛の精神集中が崩れきる直前に言峰が助けたのだった。

 

「悪くはなかった」

「うううー……」

 

涙目になって頬を膨らませる凛。

言峰の言葉に嘘はないのだが、不満は我慢できないようだった。

 

(才は間違いなく高いだろう)

 

負けん気だけで上手くいきかけるのはその片鱗だ。

余裕を持って優雅たれとはとても言えないが。

言峰は泣いている凛に、そのような感想を流石に告げはしなかった。

その代わり別の話をし始める。

 

「魔術の中には魔力量を高めるもの、魔術行使を助けるものがある」

 

凛は言峰を見上げて

 

「そんなのがあるの!」

 

現金なところがあるのか、涙とは違う感情で瞳を輝かせた。

 

「例えば宝石魔術だ。あらかじめ魔力を貯めた宝石を貯蔵庫にして瞬間的に大魔術を行使できる。宝石自体に魔術行程を付加すれば複雑な儀式を要求されるものも容易に行えるだろう」

 

凛は少し考えて問いかけた

 

「でも私は宝石魔術ができないんだから、宝石魔術を使うための宝石魔術なんてあるの?」

「当然そのような無駄を魔術師はしないだろう」

「駄目じゃない!」

 

言峰は意地の悪い男だった。

 

「ならば用途に合わせて魔術を行使する道具を用意する事だ。自然のマナを吸収して魔力を貯めこむ物があれば自分で込める必要はない。もしくは魔力を火の属性へと変換できるものがあれば一手工程を省ける」

 

非難を無視して続ける言峰へと

 

「それほしい!」

 

凛はグーを作って天啓を得たとでも言うように立ち上がった。

 

「だが、初歩的な道具を作るのすら凛にも私にも無理だろう。魔術師に依頼をするのならば、それなりの見返りを払わねばあるまい。遠坂家の資財を投げ打てば十分だが頼むかね?」

 

そう言われて凛は止まってしまった。

お父様が残した財産を自身の技量不足を補うために利用するなどとは言えなかった。

 

「……使えるわけないじゃない。綺礼のバカ!」

 

ほとほと意地の悪い男だった。

 

「最後に一つ方法がある」

「もういいわよ……」

 

幼い眼差しは不信に満ちていて、明らかに信用してないのが伺える。

ぷいっと顔を背けていてお冠のようだった。

こんな眼差しのまま成長していったら言峰のような目になってしまうに違いない。

 

「この方法はすぐに行う事ができ、宝石魔術もまず成功するだろう」

 

ほんの少しだけ凛の頭が揺れた。

 

「だが凛と私が協力せねばできるまい」

「ホントに?」

 

半眼の凛は疑いを込めて言峰を見る。

協力というのは凛にとっては遠慮したい事ではあるが成功という言葉には惹かれてしまう。

 

「魔術師の精液を摂取すれば大きな魔力が得られる」

「魔術師の精液?」

 

復唱する凛は何のことがわからないようだ。

ふむ、口の中で言峰は呟くと

 

「知って損のない話だ。凛に説明してあげよう」

 

何やら胡散臭い響きを含ませて男女の性に関する講義が始まった。

それはおしべとめしべなどと言った抽象的なものではない。

教会を絡めた神による創造などとも無縁だ。

精子と卵子の役割と、性器の機能、行為の概要。

人間がどうやって生まれていくかという具体的な説明だった。

小学二年生には少しばかり重い話だったろう。

 

「おちんちん、ペニス、入れる、出す、赤ちゃん…………」

 

他にも色々と用語を聞いて、すぐに覚えたものだからパニックだ。

自分のお腹周辺をじっと見て顔色が青くなり、その後言峰の腹辺りを見て赤らめる。

 

「理解できたかい凛」

 

どこか満足気な神父がそこにいた。

 

「ちょ、ちょっと待って。やだっ私赤ちゃん産めないよ」

 

自らを抱きしめるようにして、身を引く凛。

 

「それは違う。性交でもいいが、経口摂取で構わない」

 

飲めばいいと言峰は教える。

 

「でも赤ちゃん作るの飲んじゃっても大丈夫なの? えっと……精液飲んでもいいの?」

 

言峰は自分の顎に手をあてた。……じっと動かない。

 

「……綺礼?」

「もちろん問題はない。妊娠などしないし、疾患を抱えてないかぎり飲んでも身体に害は及ばさないだろう。

 そして精液の状態ならば生命とも赤子とも論理的には言わない。快感のため、無為に排出する男は大勢といる」

 

沈黙などなかったかのように言峰は応えて続ける。

 

「精液には魔力が含まれていて、魔術師ならば魔力をより高めて排出できる。貧乏だが魔力の高い魔術師は精液を売って金に変えていたという話もあった」

 

「どうするかね凛」

 

しばしの沈黙が流れる。

凛はまだ生々しい知識を聞いたショックで頭が働いていない。

頭の中は覚えたばかりの保健体育用語が飛び交って目がクルクルと回りそう。

混乱の中、はたと目が焦点を取り戻して言峰を見た。

 

「お金になるんだから買わないといけないのよね? でもお父様の財産は使えないし、協力って言ったから……」

 

思い当たったようだった。

 

「金をかけないというのならば、都合できるのは私しかいないな」

「無理!!!」

 

凛は即答する。

具体的に何をするかというのは想像もできていないが、赤ちゃんの元である

精液を言峰から受け取り飲むというのに忌避感を抱いたのだ。

 

「そうか。では続きを始めよう。もう二十分以上は経っている」

 

あっさりと言ってルビーを指差した。

 

「あれっ……でもいいの?」

 

長く説明をした言峰が乗り気だと思っていたので拍子抜けしてしまう。

じっと見上げると言峰は正面から凛を見返した。

 

「凛。逆に問うがお前を早く魔術師にするために、学校へ行かず魔術師の修行だけに専念しろと、私が言えば承諾するのか?」

 

重々しく質問を質問で返す。

それは凛が想像すらしていない事。

 

「それは……嫌。そんなの考えたくもない」

 

学校の友達との別れを思い描いただけで、悲しげに瞳を曇らせた。

 

「そういうことだ。聖杯戦争で今際の際、遠坂師は遺言を残した。凛を立派な魔術師にしてくれと。

 それでも急いてまでは凛を魔術師にしようとは思わないだろう。

 私はお前に幾つかの道を指し示してやれる。だが歩む道はお前が選んで決めるがいい」

「う、うん……」

 

頷く凛は驚きと戸惑いで言葉少なかった。言峰の真剣さに触れて圧倒されたのだ。

 

(綺礼は私が思っているよりも私のことを考えてくれているんだ)

 

嫌いなんだけれど、それは少しだけ嬉しかったかもしれない。

 

「実の所を言えば、断わってくれて助かったかもしれんな」

「なんでよ」

 

協力と言ったのにそういう発言は失礼だと思う。

やりたいと言うわけではないが、釈然とはしなかった。

 

「我が教会の教えでは生殖を目的としない射精は禁じられている。理由あってのことだが教義に反してしまうだろう」

「えっ……それって大事なんじゃないの?」

 

教義という言葉の意味すら知らない凛だが、反するという重みはなんとなくわかる。

 

「生憎私は主に仕えながら魔術師の真似事をする生臭坊主だ。神の教えよりも、選びたい道が私にもあったのかもしれないな」

結局、凛は性知識のショックが残っていたのか、それとも別の理由があったのか。

集中できないまま宝石魔術が成功する事はなかった。

 

その日の夜。

パジャマの凛は天蓋付きのベッドで横になっていた。

普段ならば疲れですぐに眠ってしまうのだが今日はなかなか寝付けない。

それはもちろん言峰のせいだ。

 

(綺礼は神父様……なんてぜっんぜん似合ってないけど、それでも神父様なんだし……)

 

凛を魔術師にすること。

神父のはずの言峰が神様よりもそれを選びたいと言ったのだ。

怒っているような笑っているような、凛の目元と口元が変な風に動く。

 

(でも、お父様のおっしゃったとおりにしてるだけかもしれないし……)

 

それが自然だ。師の教えを忠実に実行している後見人で兄弟子の綺礼。

ただそれだけの事だと。

でも、同時にもう一つの可能性を考えてしまう。

 

(お父様に言われただけじゃなくて私だから……?)

「むぅぅぅぅ」

 

コロリと回って枕に顔を押し付けた。

触れていない部分は冷たくて、顔の表面が冷やされていく。

あくまで言峰の行動自体は変わらないのだ。その理由が違うかもしれないだけで。

凛の語彙にはまだないが自意識過剰だというのは、子供ながらわかっている。

けれど考えると凛はなんだかくすぐったいような嬉しいような変な気持ちになるのだ。

一ヶ月ほどしか授業を受けていないものの、言峰はいつだって熱心だ。

覚えはいい凛だがわからないものはどうやってもあるし、不平不満もよく言っている。

だがしかし、言峰は教えるのを諦めた事もないし見放したりもしない。

無表情のまま丁寧に噛み砕き知識を咀嚼させてくれるのだ。

武術だって面白い。身体を動かすのが好きなので性に合っている。

魔術より向いてるのかもと思ってしまうぐらいに。

 

(嫌いなのに……)

 

まるで嫌いが裏返ったかのよう。

少し顔を上げた凛の頬は赤く染まって、冷たい枕も温まっていた。

 

「そんな訳ないんだから!」

 

叫びは空しく響いて消えて、凛はシーツを頭まで被り丸くなる。

長い黒髪だけを布団からはみ出し唸っていて、少しずつ声が小さくなっていった。

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