フランの領主館にきてもう一月は経った。この館にいる者全員と、すくなくとも一度は言葉を交わしただろうか。どうも怪しい。
めったに自室から出てこない者もいるし、館を出払っている者もいる。さすがに全員とは言葉を交わしていないように思う。ましてや親交を深めるのには、もう少し時間が要りそうだ。
モニカやアイリスのように、普段から接する人とは少しずつ打ち解けてきた気がする。
特にモニカは日々暮らしのことで助けてもらっている。初めて見たときの印象そのまま、よく気の付く頑張り屋さんだ。なぜ侍女
アイリスとは時間のあいまをぬって何度か稽古で手合わせをした。性格通りのまっすぐな太刀筋で若さをかんじた。が、むしろそれが好もしかった。策を弄するタイプじゃない。
聞けば二人とも彼に拾われたとか。――私も似たようなものだが。
ほかにも挨拶を交わした者とは、すくなくとも顔見知り程度にはなれたと思う。
この館での暮らしは、元いたところと違いはある。それがハインツとフラン公国の違いなのか、この館特有の個性なのか、この国のことをよく知らないわたしには比べようもない。
まあ。
こんなにも魔女が集う館など、世界中どこを探してもほかにないのだろう。この土地にもう少しなじめば徐々に分かることだ。なにしろわたしは単なる食客になっているわけじゃない。いちおう日々、領主の依頼をこなす形で領民との交流が持てている。
その過程でフラン公国が風車の国となった理由には納得した。
よく考えれば分かることだったが、そもそも風車は税収の象徴だ。粉引きが運用する権利を得る代わりに、運用益を税として支払う。少なくともハインツでは、風車と水車の違いはあれどもそういうことになっていた。
だから
驚いたことにフラン公国では風車建設への制限を設けていない。領民はどの風車を利用しても良く、徴税にも上限を設けている。
まだ取り組み始めて間もないことらしいが「領主様は風車が民営になることで競争が生まれ、技術革新が生まれ、価格競争が生まれ、国全体の生産性が向上すると確信しています」とは、アイリスの言だ。
そんなやり方は聞いたことがない。聞いたことがないものの、なんとなく明るい未来が想像できる。
税収は減少したが、領主がこれまでに解放したネーデル王国とハインツの一部の地域の資源で補填しており、収支はトントンプラスだということなので舌を巻く。
もちろんわたしも含む館の魔女たちが総出で、機能不全に陥っていたネーデル王国の環境整備にあたっている(総出と言っても、可能な者に限るが)。
夢のある統治というものが実際にあるのかと感動した。
国の統治にもいろいろあるものだ。わたしが領主の依頼をこなすということは、統治の手伝いをしているというわけで、ハインツの時と同じと言えば同じなのだが…… 領民から罵られることなどまずない。ついていく者によって処遇がこうも違うのに驚く。
領主はなぜこんなことを思いつくのだろう。
物腰柔らかなのに、どこからあの情熱が湧いてくるのだろう。
初日の晩、彼が自室に訪ねてきたせいか、これらの問いかけが頭をぐるぐると巡る。
あ、いや……ちがう。
ここにくる前から、わたしは頭の片隅でずっと意識していたか。
その問いかけの渦の中心は、結局こうだ。
――あの人はなぜ、わたしにあんな激しい感情を向けてきた? 特別な絆とは?
あれからふたたび話す機会がない。同じ館にいるのに、よほど忙しいのか。
とにかく時々目が合うだけだった。
たとえば今日も食事どきに、むこう側のテーブルに座っている領主と目が合った。微笑むだとか、手を挙げて軽く挨拶するとかがあるわけでもない。互いに真顔で数秒間目が合う。
いつもそうだ。廊下ですれ違いざまや、任務の打ち合わせ中、談話室で誰か別の魔女と会話している時、何かの拍子に目が合ってそのまま。まるでにらみあうかのような数秒。
わたしはいつの間にか、毎日眠る前にベットの中で 領主の表情や仕草をつぶさに思い出してみるのが習慣になっていた。
領主は、わたしほどじゃないのだろうか? わたしが思うほど、お互いが意識しているわけじゃないのだろうか?
言葉以上のことを交わしている、そう感じているのはわたしだけなのか?
…… いや、ちがうそうじゃない。いたずらに領主を思い出しているわけじゃない。
なんど視線を交わしても、記憶を反芻してもわたしの心が感じるのだ。
あれが「少なくとも何もない顔ではない」と。