今が永遠に続けばいい。
フラン公のしっとりとした口づけに夢中で応えながら、かたすみでそう思った。
「
いったん顔をはなして、フラン公の顔を覗き込むと、優し気な顔が青白い月明かりに照らされている。眉根を寄せて少し困った顔だ。
明確な返事が欲しいような気がする。
もしくは、しつこく聞いても怒られない間柄に甘えてみたくなっただけかもしれない。
大きな手がフローレンスの髪の毛をふわりとおさえて、そのまま柔らかく撫でた。フローレンスの身体におそるおそる触れるフラン公の仕草で、まだ自分に気を遣っているのが伝わってくる。口づけをしたものの、触れてもいいものかどうか測りかねている、と。
微動だにしなかった。身を引いたり、動かしたりすることでフローレンスは誤解されたくなかった。
領主はおそるおそる、身体を引き寄せてくる。自分の出したシグナルがうまく伝わっている。
のだと思う。
「――うまく言葉にできない」
この館に来て以来、視線だけで会話してきた。
食事のとき、任務の時、館の中ですれ違う時――
談話室で、玄関で、廊下で――
わたしが領主を見ている時、領主もまたわたしを見た。わたしはそれで十分だと思っていた。
しかし今、力強い抱擁で胸が詰まり呼吸できなくなって、初めての視線以外の交わりに打ちのめされている。
不思議な感覚だった。まるで抱きしめられたことで、自分の心の形が決まったようだった。
「戻ろう」
フラン公は、短く告げた。フローレンスの手を取って歩き出す。思わずその手を引いた。
「まだ、いたいです」
「ここに?」
「いえ、一緒に…… 」
「僕もだ。部屋に行こう」
「え……」
領主の生活空間。
用のない自分には、近いようで遠い場所。一度も足を踏み入れたことがない。そこに自分が? 考えたことがなかった。行けるものなら行きたい。
わたしが首肯するのも待たずに、手を引かれた。フラン公の歩幅は自分より大きい。道中、ついていくのに難儀しながら、フローレンスは自身の鼓動の力強さを感じていた。
もう、見つめあっていない。この人は前をみて、わたしはその背中を見ている。
館の玄関をそっとあけて二人でやり過ごし(誰も見ていなかった)、公爵の書斎―― 初めて入ったが、灯りがなく中の様子は分からない―― を通って、寝室まで手を引かれた。
これから何が起きるか、想像もつかない。ただただフラン公の個人的な領域に連れてこられ、胸が弾んでいるということだけ分かる。
「あ…… 」
後ろ手で寝室のドアを閉めた後、勝手がわからず立ち尽くしているフローレンスの脚のあいだに膝が割り入れられた。慌てて足を肩幅に開くと、あごを持ち上げられ――
舌。
柔らかく、温かい舌がフローレンスの中にすべりこんできた。
本能的に、相手の真似をする。あなたを受け入れる、というシグナルを発するために、他に何ができるだろうか……
温かい舌の動き。
壁に押し付けられて、前後が分からなくなるほど興奮して思わずしがみつく。
「あ…… 」
唇を放して、手を引かれて大きなベッドの方へ。
柔らかなベットに向けてフラン公が体重を預け、引き入れられるように二人で倒れこんだ。肩口に顔をうずめ、相手の息遣いに触れると妙な気持ちになる。今更この人が公爵であり領主であるという以前に、ひとりの人であるという実感がわいた。あたり前のことなのに……
首筋にくちづけを受けて自分の息遣いが荒くなるのも妙だ。
「あ、領主…… 」
スカートの裾が持ち上がり、露わになった脚のあいだに再び膝が割りいれられていた。
「膝が…… 」
性器にあたって、刺激がある。そんな風にすると下着を汚してしまう。
「膝が?」
「あの…… 当たっていて……」
「これ?」
「あ…… 」
さらにぐっと膝頭を押しつけられて、つい声が出てしまう。
「あまり…… 意地悪をしないで……」
そういうと領主は、フローレンスの瞳をのぞき込んで口づけを落とし、ゆっくりと舌を差し込んでくる。興奮しすぎて呼吸がうまくできず、ふさがれた口や鼻から吐息が漏れ出る。
気付かないうちに指の色が変わるくらい強く領主の服の裾を握っていた。
口を離して、見つめ合う。フラン公領にやってきてからこれまで、何度も交わしてきた視線だ。睨みあい、突き刺さし合うような視線。
「フローレンス、君はこれまでこういう経験はある?」
「そんなわけ…… こんなこと」
それはそうだ、こんな変なこと。
慕っている相手とこうして二人きりで一緒にいられるのは嬉しい。
「何をされても、貴方なら…… わたしはいい」
ただ。
「けれど、二人の時でよかった―― こんなところを見たら、人がいぶかしむだろうから……」
正直な感想だ。
無論、これがイヤというワケじゃない。
フラン公はなんとも言えない顔をして「そっか」といった後、少し思案した表情になった。
「もっと変なことをしてもいいかな?」
もっと?
「別にかまわいません。が―― もっとって、いったいどんなことを……?」
「例えば」とフラン公はつぶやいて、フローレンス耳元に唇を当てた。
柔らかい感触で、みみたぶを喰まれる。
「は、ぁ」
声が漏れてしまう。
「領主―― その、声が出てしまうのは、たまたま――― あ、あ…… 領主が、あの」
弁解している上から、耳の軟骨をやわらかな感触が這う。敏感な部分を撫でられて声が出てしまう。
「フローレンス」
「はい」
耳元で名前をささやかれるだけで、自分の声が上ずっているのには自分で驚く。
「たまたま、何?」
「たまたま、その…… ちょうど声が出るようなところを、あっ……ああ……」
舌がちろりと耳に潜り込んできた。フラン公の興奮した呼気と、妖しい舌の音と、背筋がゾクゾクとする感触で大きな声がでる。
「フローレンス、これは?」
「あ…… あの」
「気持ちいい?」
耳も顔もカッと熱くなった。明らかに自分は赤面している。これまでは、他人に狼狽えているところを見せないように生きてきた。が、もう、とうになんと答えて良いのか分からない。
「変な事っていうのは、これよりももっと他人に言えないことだよ」
ささやかれ、返事の代わりに、はしたない声を漏らしてしまった。
「フローレンス」
「はい」
「これ、あててるの?」
指摘されたくなかった。領主はさきほどから膝を性器に押し当ててくる。普段の生活にはない物珍しい感覚があり、無性に心地よく、つい自分からも押し当てていた。甘えていいと思ったのだ。
「ちが―― わたしは」
「違わないよ、もっとするんだ。ここだって、後で指でする。膝を押し当てるだけじゃもどかしいだろ?」
吐息が漏れたきり、何も言えなくなってしまった。
そんな、他者に触らせるところじゃない。知らない。
「イヤかな?」
「あ、ちが…… 」
違うと言いたいところが口を舌でふさがれ、くぐもった声をあげることしかできなかった。
相手の舌がフローレンスの口内に優しく差し入れられて、焦って応えようとするフローレンスをゆったりと制しながら、穏やかにからめとられる。
『楽しいと思うことをせい』
ロザリーの言葉が頭をめぐる。
――わたしは。
わたしは堅物だ。真面目だけが取り柄で、周囲からもそうみられてきた。それがどういう意味か知っている。純粋な誉め言葉ではなく、融通が利かないというニュアンスが混じっていることくらい、わたしだって分かっている。
さっき抱きしめられた時、堅物のわたしは心を決めていた。
この人に身を委ねよう。
それが領主に対する敬意であり、誠意であり、敬愛であり、なんとも言えないが―― わたしの心はそう定まったのだ。
『楽しいと思うことせい』ロザリーは言った。決めたからそうする、というのではいかにも堅物らしいと思う。
けれど、そういう風にしかやれなかった。わたしは今、これをしたい。
舌を這う舌の感触が心地いい。
大きな手のひらが太ももを撫でる感触が心地いい。
首筋をはむ唇の感触が心地いい。
「領主…… 」
「フローレンス…… 好きだ。とても。最初に会ったときから…… 」
「わたしも―― あなたをお慕いしていました」
最上の言葉をもらった。これ以上はない。
めまいがする。
太ももを這う手のひらが心地よくも、もどかしい。とっくに心の準備はできているというのに、さっき言ったことはどこへ行ったのだろうか。
「あの…… 」
「ん?」
「その…… わたしは、大丈夫です」
少し変だと思う気持ちはあるが、指でそこを触るというのなら、それはそれでいい。
――ふふ
領主は忍び笑いをしながら「じゃあ、下着とるよ」とフローレンスの耳元でささやいた。
「何が可笑しいのですか」
慌てて問いただす。
「思いのほか
「健気って?」
「いやあ、戦場での君はとても凛々しく、勇猛だから…… こんな風にきちんと意思表示をしてくれると、妙な気持ちになるんだ」
そういう領主の顔は、眉根を寄せて困り顔になっている。
「もしや…… わたしをからかっていますか」
こんな時どうすればいいのかなんて分からない。わたしの言動が変に映ったとしても、どうしようもない。
「からかっているように見える?」
領主の瞳が真剣にこちらをうかがっている。
「あ…… いや」
「今の笑いは」
「はい」
領主は目を逸らして何もないところを見つめ、考えている。
「なんというか、今ね…… もう君への気遣いをやめてしまって、君を僕の都合のいいようにしてしまいたいって気持ちになるくらい、今、君が魅力的に見えて。そんな魅力的な君と、こうして二人きりでいられて僕はなんて幸せ者なんだろう…… そう思って、思わず笑ったんだよ」
ぽつりぽつりと、丁寧に言葉を紡ぐ。こういう言葉をもらって、体中が泡立つような喜びを感じるのは初めてだ。正直を、裸のまま渡してきているのが分かる。
「わたしへの気遣いをやめるとどうなるんですか」
「そうだな…… 」少し思案して「僕の欲望をぶつけることになる、かな」耳元でささやかれる。
「わたしはそれで構いません。このことは誰にも言いませんし、領主が望むなら、望むようにしてもいい」
思わず口をついて出た。本当にそう思っている。
――ふふ
また笑った。領主の喜びが伝わってくる。
「ありがとう、でもだめだ、絶対に。僕のペースではダメなんだ。君のペースに合わせたいから」
「なぜです」
わたしは領主の欲望の形が、自分に向けられているのを見てみたいという衝動に駆られている。
後頭部に手が挿し込まれ、上体を起こされた。領主はわたしの後ろに座り、身をゆだねるようにうながした。背中を包み込まれ、温かい。
ゆっくりとスカートをたくし上げ、露わになった下着に指をかけられる。さきほどからもう、自分の頭があまり働いていないのは分かっている。こんなことは普段なら絶対他者に許容しない。
領主の一挙手一投足に夢中になっている。それだけは分かる。
するすると下着がとられ―― あわせて腰を浮かせる。手が滑りこんできて…… ヌルリと指が這う感触があり――
声が出た。
指が当たったのは、敏感なところをだった。
「フローレンス、何年後かに分かるよ」
耳元の声が心地よい。ささやかれる声の心地よさに気をとられて何の話か一瞬分からなかった。が、どちらのペースにあわせるか、の話だったと思い直す。
あくまでゆっくりと、だった。ゆっくりと上下する指の動きにつられて吐息が漏れてしまう。横目にフラン公の顔を盗み見ると、意地悪に見下ろす視線があり、自分の鼓動が額まで響くのを感じる。
信じられないくらい濡れている。
「これ…… 全て…… わたしですか」
思わず聞いてしまう。領主の指はあくまで優しく、ゆったりとしていて、温かい。
「そうなるね」
信じられない。自分がこんなに……
心地よくて、つい息が上がる。自分の出したものが、ちょうど都合よく滑らかな感触を生んでいる。
こんなことは初めてだ。したことがない。
しかし決して嫌な気持ちにならず、どちらかというと癖になりそうな予感がする。指が温かく、優しい感触で、何よりも―― 相手が相手だ。無性に興奮する。
「こんな風になったことない?」
「ありません、初めてです」
ワケもわからず粗相をしたような気になり、急激に恥ずかしくなる。
「その―― なぜこうなるか、自分では分からず…… 」
わたしの弁解を意に介さず、領主の指の
ほの暗い部屋で、領主は口を開かず、穏やかな手つきでわたしの性器ををいじった。
静かだった。
だからこそ、自分から出る
「――どうして自分が濡れているのか、フローレンスは分からないんだね」
「分かりません、初めてで」
「そっか」
領主はそう言ったきり、またふっつりと黙り込んだ。相変わらず右の中指で、股をいじられている。心地よく、続けてもらう分には
今度は左の手が上着の裾から上へ上へと忍び込んできて、胸を柔らかく揉み始めた。これも普段の自分なら絶対に許容しない。ただ、今これをされると……
慕った相手に体重をあずけ、股をいいようにいじられ、胸をほしいままに揉まれている。
――たまらない。優越感のような気持ちすら湧いている。
左指が自分の胸の頂点を布越しに優しくさすり始めた。なぜそんなところをさするのか疑問を持ったものの、すぐ疑問は解決した。
声が出て、肺の息がすべて漏れた。優しい指の動きだと勘違いした。決して無視できない鋭い快感が降ってくる。声が我慢できなかった。胸の先端を指の腹でやさしくこねる動きが、胎の奥に届いてくるような気がする。下半身の中心部にあてがわれている指が、それに応えるようにねっとりと上下する。最初は吐息だけで済んでいたのが、いつからか、か細い声が止まらない。
たった二本の両中指で、前後不覚になるほどの快感を与えられてる。
変なこと、イタズラ、ではない。ようやくフローレンスは分かってきた。
後ろの相手は、
「領主…… 」
「なに?」
耳元で囁くような返事がある。
「あの…… 癖になりそうです…… 」
「そうだよ? そうなるようにしている」
ふっ……ふっ……ふっ……
自分の口から洩れた、とぎれとぎれの吐息が部屋を漂っている。
「こんなことをわたしに覚えさせて…… これからどうすれば……」
「どうする?」
耳元で意地悪な声で囁かれる。
「そんな…… 」
なめらかな指の動きに翻弄され、自分からこんな声が出るのかと、どこか他人事のように感じた。それも束の間、これも相手に聞かれていると意識したとたんに急激に恥ずかしくなり、声を圧し殺してみる。
寄せては引いてを繰り返す波のような快感に身を委ねてしまうと、声が出る。気がついた時には脚で脚を絡めとられ、あられもない姿勢になり、自分の股と胸を
「フローレンス、力をぬいて。気持ちいいところに集中して」
気持ちいいところ、と言われると嫌でも二本の指に意識が集まる。
快楽、慈愛、弛緩、恥、緊張、妖しげな悦び。
いつしか、そういった断片的な事しか意識できなくなっている。優しいと思っていた指の動きが、どうしようもなく意地悪に感じたり、支配されていると感じたり、もうどうでもいいと感じたり……
「うー…… 」
意味のない声が、口の端から漏れているのは分かっている。分かっているのと、どうにかできるのは別である、ということも初めて知った。
大人になって涎を垂らしたのも初めてだった。
快感の波がおおきく寄せてくるたびに、領主は性器にあてた指の動きを速くした。気持ちよさが頂点にくると、しびれて、我慢できないほどの快感になって、腰がはねる。まるでその限界が分かっているかのように、わたしがそこに達すると、今度はうっとりするほど指の動きが柔らかく、優しくなった。
――知らない。こんなことは知らなかった。
「ああ…… 領主…… 」
「何?」
「もう、……もどれません」
思わず吐露した。これは非難かもしれないし、告白のような気もする。とにかく、領主に責任をとってほしかった。
次の快感の波がくるまでの間は中指がじっくり動く。
胸は別だった。下半身の快感に塗りつぶされてあたまが何も分からなくなると、決まって指でぎゅっと先端をつままれた。鋭い快感が走って思わず声を出すと、また布越しに爪を立てたり、弾かれたり、憎らしいほどすりすりと優しくこすられた。
――わたしは知らなかった。こんな風に胸をいじられて、自分がそれをもっとされてみたいと思うなんて。
もっと、もっと――― 自分の中の妖しい欲望を自覚させられてしまった。
やり場のない快感に耐えきれず、涙が出てくる。
「領主ぅ…… もう…… もう……!」
体中の骨がなくなったような気がした。
いつの間にか領主の手は止まり、気がつけば後ろから抱擁されている。涙は止まらず、しかし自分でその涙の意味も分からない。
腕の中で、息を荒げて正体を失っている姿は、いったい領主の目にどう映るのか。分からない。
――自分に何が起きたのか。分からない。
いや、分かる。身体に快感を教えられたのだ。
「領主…… 」
「落ち着いた?」
「はい」
見ると、自分の股の下がぐっしょりと濡れてシーツの色が変わっている。
「やりすぎたかもしれない…… あまりに可愛らしくて、夢中になってしまった。気持ちよかった?」
耳元で囁くように聞かれる。
あれだけの痴態を晒した後だ、小さく首を縦に振るしかなかった。
――それにしても、可愛い? わたしが?
一気に体温が上がる。そんなことを初めて言われた。そういった男女の睦言と自分を結び付けて考えたことがなかったのだ。簡単に舞い上がる自分に自分であきれる。
やはり取り返しがつきそうもない。
「領主、…… その…… どうしてくれるのですか……?」
「どうって、癖になったらどうする、ってこと?」
後ろから身体に回されている手をとり、さすってみる。大きな手だ。領主が優しく握りかえしてくる。相手の問いかけに、再び無言で頷いた。
「僕ももっと、もっと君と色々したいと思っている」
「もっとですか?」
もっと、と言われて胎が切なくなった。
「そう」
「これ以上、今度は何を?」
「そうだな―― そうだ、明日はパンを焼く日だ」
確かにそうだが、それが何か――
「みんな風呂に入った後、二人きりで入ろう」
「わたしと? ふたりきりですか」
「そうだ」
それは――
「嬉しいのですが、…… すこし恥ずかしいような…… 」
「全身洗ってあげるよ」
「それは、どういう…… あっ……」
急に、股座に指をあてられた。
「ここもね」
なぞられて、どうしようもないくらい反応している。
乳首を爪の甲で優しく弾かれた。声が我慢できない。
「洗った後、今日はしなかったような良いことをしよう」
耳元で囁きながら、指が二箇所で妖しくうごく。
自分でも信じられないようなあられもない声をあげて、どういう時に自分が濡れるのか、身をもって知ることになった。