森を抜けた。
静かだった。
さっきまでBluetoothだのケツ圧だのケツ穴だの言っていたとは思えないほど静かだった。
俺は空を見上げる。
「……平和っていいな」
カバルは深く息を吐いた。
「俺は二度とあの森に行きたくない」
ギドがスマホを握り締める。
「にょっ……」
「まだ震えてるの?」
「レビュー返信来たにょ……」
「仕事早すぎるだろ」
ギドはスマホを読み上げる。
「『レビューありがとうございます。あなたの住所を特定しました。訴訟致しますのでよろしくお願い致します』」
「怖すぎだろあのケツ老人」
エレンは感心したように頷いた。
「ご年配なのにレスポンスが早い方なんですね」
「褒めるな変態を」
ーーー告、対象アナルディウスは現在星1レビューを主に巡回していますーーー
「どんだけ暇なんだよ賢者なのに」
⸻
ブルムンド王国。
冒険者ギルド。
受付嬢は笑顔だった。
「キモスライムさんキモ依頼お疲れ様でした」
「それではキモ報告をお願いします」
「なぁ俺物凄い根に持たれてない?」
カバルはペンを持つ。
そしてすぐにその手が止まる。
「……無理だ」
「え?」
「書けねぇ」
俺も覗き込む。
依頼内容。
『森の異変調査 魔物討伐』
結果。
『Bluetooth対応のケツデカ徘徊老人を確認』
受付嬢は一度瞬きをした。
もう一度読んだ。
静かに紙を返した。
「書き直してください」
「やっぱダメか」
エレンは横から覗き込む。
「『戦闘中ケツだけ無傷でした』は最重要事項では?」
「一番いらねぇ」
ギドも頷く。
「『レビューレスポンス速度良好』も書くにょ?」
「なんの評価だよ」
⸻
三十分後。
完成した報告書。
『異常なし』
受付嬢は目を丸くして紙を見た。
「さっきまで異常しかありませんでしたよね?」
カバルは遠い目をした。
「……奴が森を荒らしている証拠が無いんだ」
「負けた裁判みたいに言うな」
受付嬢は苦笑した。
「あ、そうでした」
「スライムさん。壁の修繕費お願いしますね」
「うおっ」
思わずカバル達も苦笑いした。
「壁の修繕費は俺らが代わりに払うよ。助けて貰ったしなこのスライムの兄ちゃんには」
「お前ほんとまともすぎで泣きそうだよ俺」
「どんだけ今まで酷い仲間しかいなかったんだにょ…」
受付嬢がそういえば、と話を再開する。
「ちょうどもう一人の仲間が帰ってきてますよ」
それを聞いてカバルが立ち上がる。
「ああ、紹介してなかったな」
「俺達の切り札だ」
「切り札?」
ギィ……
ギルドの扉が開く。
一瞬で空気が変わった。
黒髪。
白い仮面。
黒い外套。
立っているだけで周囲が息を呑む。
炎のような魔力。
俺は思わず息を止めた。
「……強ぇ」
カバルが笑う。
「シズさん」
「帰ってきたか」
「ええ、ちょうど地上げ屋のクエストが終わったところ」
「なんかとんでもないクエストやってない?」
仮面の女性は静かに俺を見る。
「……スライム?」
「うん、僕は悪いスライムじゃないよ!」
沈黙。
3秒後、シズさんは顔を背けて笑った。
「元ネタ知ってる!?同郷じゃん!!」
「実質幼馴染じゃん!!」
ーーー告、対象は同じ異世界転生者ですーーー
「マジか!?」
シズさんは少し困ったように笑った。
「初対面……ですよね?」
「ああごめん、俺も異世界転生者だからさ」
カバルが呟く。
「異世界転生者って人間だけじゃなかったのか…」
⸻
食堂。
自然と隣に座る。
シズさんはゆっくり仮面を外した。
綺麗な黒髪。
どこか懐かしい顔立ち。
「日本から?」
「はい、私も日本人です」
その一言だけで。
胸が少し熱くなった。熱盛ィ!!
俺は嬉しくなって矢継ぎ早に話す。
「ハローマック!」
「好きです」
「もうないよハローマック」
「嘘!?」
「鉄道!」
「シュポッシュポッ!」
「シズさんそれは普通によくない」
シズさんは少し考えた。
「……アウトでした?」
ーーー告、対象に悪気はないですーーー
「そこ解析すんな」
俺はさらに聞く。
「好きな食べ物ある?」
シズさんは真面目な顔で答えた。
「座銀でシースー」
「古い古い古い!!」
カバルが首を傾げる。
「ヤマト語か?よく分からんな2人の会話は」
エレンも真似していた。
「ザギンデシースー?」
「呪文になってるにょ!!」
シズさんは少し恥ずかしそうだった。
「昔同じ異世界転生者に教えて貰って……」
「俺ら以外にもまだ転生者っているんだな」
「自分をアップデートできてなかったです」
俺は笑う。
「アナルディウス思い出すからやめろ」
カバル達少しだけ静かになった。
「まだ引きずってるにょ……」
シズさんは話題を変えるように聞いた。
「ゲームはしますか?」
「めちゃくちゃ!」
「ドラクエも?」
「もちろん!」
シズさんは少しだけ目を細めた。
「私はリムルダールが好きでした」
「安心できる町で」
「ドラクエのマップってワクワクするよな」
俺も自然と頷く。
「なんか帰ってきたって感じするというか」
シズさんも頷いた。
「あなたを見ていると少しだけあの町を思い出します」
「…………」
なんだそれ。
どういうこと?安心するってこと?Why?
「そういえばスライムさん」
「名前は?」
「あ」
止まる。
カバルも止まる。
エレンも止まる。
ギドも止まる。
「…………」
「…………」
カバルが頭を抱えた。
「今まで誰も気付かなかったのか……」
エレンは苦笑する。
「ずっと受付嬢からキモスライムさんでしたね」
ギドが驚く。
「主人公なのににょ?」
ーーー告、対象は現在まで固有名称を保有していませんーーー
「戸籍みたいに言うな」
シズさんは少しだけ考える。
「リムルダール」
「……?」
「そこからとってリムル」
「とか…どうでしょう。スライムさん」
その瞬間だった。
胸の奥が熱くなる。熱盛ィ!!これさっきもやったな。
異世界へ来て。
初めて。
誰かが俺にくれた名前。
「……ありがとう」
「今日から俺は(名作漫画)」
「リムルだ!」
ーーー告、個体名『リムル』を受理しましたーーー
その声だけは
今までのクンニ君の中で妙に優しかった。
その時だった。
「ゴホッ……!」
シズさんが胸を押さえる。
笑顔が消える。
空気が変わる。
熱い。
ギルドの空気が歪むほどの熱量。
ーーー告、対象内部より超高熱反応を確認ーーー
ーーー告、炎上案件ですーーー
「言うてる場合?」
仮面の隙間から。
赤い炎が静かに漏れ始めた。
シズさんは苦しそうに息をする。
「ごめんなさい……」
「もう……抑えられません……」
シズさんは勢いよくギルドから外に飛び出した。
カバルが剣に手をかける。
ギルド中が息を呑んだ。
炎はゆっくりとシズさんが走っていった方に伸びていく。
俺はその炎を見つめることしかできなかった。
つづく……