森。
焦げた木々。
空気が熱い。
シズさんが走っていった跡だけ、
草が黒く焼けていた。
カバルが眉をひそめる。
「……こんなの初めて見た」
エレンも表情を曇らせる。
「魔力が漏れてる……」
「おしっこも漏れたにょ……」
俺は静かに焼け跡へ触れる。
熱い。
嫌な熱だった。
風邪引いた時のおしっこのような熱。
その時。
ーーー告、対象個体の魔素量が著しく低下していますーーー
「……まさか」
ーーー告、個体名称の認定には莫大な魔素を消費しますーーー
俺は固まった。
「マジかよ」
ーーー告、通常は親族・主従・長年の信頼関係でのみ実施されますーーー
「…………」
「初対面だぞ?」
胸が少し苦しくなる。
「なんで初対面の俺なんかに……」
誰も答えられなかった。
少し早足で歩きながらカバルが呟く。
「俺達もあんなシズさん見たことねぇ」
「いつもは?」
「地上げしてる」
「なんで?」
エレンが思い出したように笑う。
「以前ですね。立ち退き拒否の家を説得する依頼がありまして」
「嫌な依頼だな」
「三十分後には更地でした」
「説得してなくない?」
ギドが頷く。
「ショベルカー使わずに全部拳だったにょ」
「なんでシズさんが土建屋やってんの?」
カバルが苦笑する。
「でも本人は『法律の範囲内です』って言ってたぞ」
「拳で更地が合法なのぉ?」
俺はどう反応するのが正解なんだ。
⸻
森の奥。小さな拠点。
入口に憔悴しきったシズさんがいた。
「シズさん!」
ゆっくり顔を上げる。
「……来ちゃいましたか」
笑っている。
でも。
今にも消えそうだった。
「お願いがあります」
「リムルさんと二人で話させてください」
カバル達は頷く。
「席を外そう」
「空気読もうねギド」
「俺にょっ!?」
三人は拠点の外へ出ていった。
静かだった。
風だけが吹いている。
シズさんは仮面を外した。
「話します」
「私のことを」
ゆっくり語り始める。
約七十年前。
東京、空襲、炎。
泣き叫ぶ八歳の少女。
それがシズさんだった。
そこでいきなりこっちの世界に飛ばされた。
召喚したのは魔王の1人、レオン。
突然の召喚。
何も持たない少女。
才能も、力も、ユニークスキルさえも。
「外れだったんです私の能力。炎が怖いってことを生前思ってたら貰えた能力が炎への耐性スキルぐらいでした」
少し笑う。その笑顔が痛い。
「だから、レオンにイフリートを宿されました」
俺は息を呑む。
「炎の精霊イフリートは人間には懐きません」
でもとシズさんは続ける。
「イフリートはレオンだけを信仰していました」
「私はそんな勝手なレオンが大嫌いでした」
「私はイフリートやレオンとの相性は最悪でした」
そして
明かされる魔王レオンの能力。
「ユニークスキル『変質者』」
「名前終わってる」
「能力も終わってました」
「能力も終わってるんだ…」
「それで強制的にイフリートと融合させられました」
「そこだけ真面目なんだ……」
長い年月。
何十年も。
炎に焼かれながら。
生き続けた。
「気付けば私はもう」
シズさんは少し自虐的に笑う。
「八十歳近いおばあちゃんです」
俺は何も言えなかった。
見た目は。
若いままなのに。
「最後に同郷の人と会えて本当に良かった」
嬉しそうに笑う。
そして、俺を見る。
「リムル」
その名前。
たった一言。
それだけで。
胸が締め付けられた。
「お願いがあります」
俺は黙って聞く。
「私ごとイフリートを取り込んでください」
そう言われた。
「…………」
重い。
想像以上だった。
「精霊は死にません」
「私が死んでも残ってしまう」
「だからお願いします 」
俺は目を閉じる。
そして。
頷いた。
「約束する」
「あと一つ」
「イングラシア王国に私の教え子達がいます」
「それって…」
「精霊を宿した私と同じ境遇の子供達です」
「助けてあげて……ください」
俺は迷わなかった。
「任せろ」
それを聞いたシズさんは安心したように笑った。
その瞬間。
ゴォォォォォォォ!!
炎。
空気が裂ける。
熱風。
木々が揺れる。
「グォォォォォォ!!」
「シズさん!!」
最後に聞こえた。
小さな声。
「ありがとう」
「リムル」
炎が弾けた。
圧倒的魔素。
空が赤い。
カバル達も駆け込んでくる。
「なんだこの魔力!」
炎の中から。
巨大な影。
ゆっくり口を開く。
「我が名は――」
静寂。
全員が息を呑む。
「サ終の炎」
「イフリート」
「…………」
「は?」
「平素より異世界をご利用いただきありがとうございます」
「待て」
「本世界はサービス終了となります」
「打ち切り食らった?」
カバルが叫ぶ。
「サ終!?一体どういうことなんだ!?」
「あの、あんまり真面目に取り扱わない方がいいっすよああいうタイプ」
エレンも叫ぶ。
「まだ二十二話ですよ!?」
ギドも釣られて叫んだ。
「サ終とか今までの課金返してほしいにょ!!」
イフリートは真顔だった。
一切ふざけていない。
「なおメンテナンス延長の予定はありません」
「最初のグォォォォォは何だったんだよ」
「起動音です」
「余計ひどい!!」
ーーー告、対象は極めて真面目ですーーー
「一番タチ悪いタイプじゃねぇか!!」
炎が揺れる。
イフリートは静かに腕を上げる。
「サービス終了まで」
「残り三十秒」
「カウントダウン始めんなァァァ!!」
「ゼロ♡ゼロ♡ゼロ♡ゼロ♡」
「射精管理はじまってる?」
俺は水刃を構えた。
「悪いけどさ」
俺は一拍置いて宣言した。
「そのサ終、延期してもらうぞ」
イフリートは静かに頷く。
「規約違反です」
「知らねぇよ!!」
炎が。
森を包み込んだ。
つづく……