ーーー個体モリ夫の生命活動停止を確認ーーー
クンニ君の声が。
静かに。
途切れた。
風が吹く。
血の匂い。
土の匂い。
戦場に残った。
僅かな煙。
それ以外。
何も。
聞こえなかった。
「……もう一回」
ーーー告ーーー
「もう一回調べろ」
ーーー検索結果に変化はありませんーーー
「いいから」
俺は。
腕の中のシオンを見る。
「もう一回だ」
ーーー個体シオンの生命活動は停止していますーーー
「違う」
シオンの胸へ。
手を当てる。
穴が開いている。
血が流れている。
身体は。
まだ。
温かい。
「治せ」
ーーー治癒魔法の対象となる生命活動を確認できませんーーー
「再生させろ」
ーーー不可能ですーーー
「俺の魔素を使え」
ーーー不可能ですーーー
「全部使っていい」
ーーー不可能ですーーー
「うるせぇ!!」
声が。
戦場へ響いた。
誰も。
動かなかった。
俺は。
シオンの傷口へ魔素を流し込む。
肉体が再生する。
破壊された心臓が。
元の形へ戻る。
貫かれた背中も。
塞がっていく。
傷は。
消えた。
けれど。
シオンは。
目を開けない。
「ほら」
俺は。
シオンの肩を揺らした。
「治ったぞ」
返事はない。
「おい」
何度も揺らす。
「もう大丈夫だ」
シオンの頭が。
力なく。
揺れた。
「リムル様……」
シュナの声。
俺は振り返らない。
「シオン」
頬を叩く。
「起きろ」
もう一度。
「リムル様の生まんこなんだろ」
声が掠れた。
返事はなかった。
「バカだな……」
シオンの頬へ触れる。
「なんで」
視界が滲んだ。
「なんで俺を庇ったんだよ」
胸の奥が痛い。
「俺は……」
口が震える。
「俺は何度でも死ねるのに」
涙が。
シオンの頬へ落ちた。
「お前は」
喉が詰まる。
「一回しか死ねないだろ……」
シオンは。
何も言わなかった。
いつもなら。
胸を張って。
当然ですリムル様!と。
リムル様のまんこォォォ!と。
笑うはずだった。
でも。
今は。
何もない。
「起きろよ……」
俺は。
シオンを抱き寄せた。
「命令だぞ」
誰も。
声を出さなかった。
ベニマルは刀を握ったまま俯いている。
シュナは両手で口元を押さえていた。
ハクロウは目を閉じている。
フェラリルも。
ビーチクも。
普段なら。
一秒も黙っていられないヤバい奴らが。
何も言わない。
地面にはオーク将軍。
少し離れた場所には。
モリ夫。
三人とも。
さっきまで。
ここにいた。
「主殿」
ベニマルが低い声で言う。
「狙撃手は」
丘を見る。
「まだ近くにいる可能性があります」
俺は顔を上げた。
丘。
遠い。
肉眼では。
誰も見えない。
だが。
魔力感知を広げる。
森。
岩。
土。
その奥。
遠ざかっていく。
二つの反応。
一つは強い。
そして。
その隣にいるもう一つは。
とてつもなく強い。
「見つけた」
身体の中から。
魔素が溢れた。
地面が。
軋む。
空気が。
震える。
周囲の魔物達が。
一斉に息を呑んだ。
「あいつか」
シオンを。
地面へ横たえる。
「リムル様」
シュナが。
俺の腕へ触れた。
「離してくれ」
「お待ちくださいリムル様」
「離せ」
「今の貴方を」
シュナの指が震える。
「一人で行かせることはできません」
「殺す」
自分の口から。
物騒な言葉が出た。
「撃った奴を」
丘を見る。
「絶対殺す」
魔素がさらに膨れ上がる。
「我も行く」
フェラチオが静かに前へ出た。
その顔にいつもの笑みはなかった。
「フェラチオ…」
「もしあやつらがリムルの敵ならば」
黄金の瞳が丘を見据える。
「国ごと消す」
「待ってくれ」
ベニマルが言う。
「相手の正体も分かっていない状態は危険です」
「関係ねぇよ」
俺は答えた。
「3人殺した」
「3人殺したんだぞ」
「旦……那……」
「!!」
声が。
聞こえた気がした。
俺は。
地面を見る。
モリ夫は。
動かない。
「……そうだよな」
俺は。
拳を握った。
「お前の仇を取らないとな」
その時。
ーーー告ーーー
クンニ君の声。
ーーー個体オーク将軍、個体シオン、個体モリ夫の魂魄反応を検出ーーー
俺の身体が。
止まった。
「何?」
ーーー肉体から離脱した魂魄が、周辺空間に残留していますーーー
「戻せるのか」
ーーー現時点では不可能ですーーー
「現時点?」
俺は。
丘から視線を外す。
「なら方法があるんだな」
ーーー肯定ーーー
胸の奥で何かが跳ねた。
「言え」
ーーー必要条件を算出しますーーー
「早くしろ」
ーーー計算中ーーー
「クンニ君!!」
ーーー告ーーー
ーーー蘇生には、肉体の完全修復及び魂魄の再定着が必要ですーーー
「肉体なら俺が直せる」
ーーー肯定ーーー
ーーーしかし、離脱した魂魄を現世へ固定するには、膨大な生命エネルギーが必要ですーーー
「俺の魔素を使え」
ーーー魔素のみでは代用できませんーーー
「じゃあ何が要る」
ーーー魂ですーーー
戦場が静まり返った。
「魂……?」
ーーー肯定ーーー
ーーーただし、他者の魂魄を強制的に消費した場合、対象の完全消滅を意味しますーーー
俺は。
オークロードのいた場所を見る。
白い光はもう見えない。
奴の腹から解放されたオーク達。
「さっきの奴らを使うのか」
ーーー否定ーーー
「……何?」
ーーー解放された魂魄は既に死者としての安定状態へ移行していますーーー
ーーー強制消費は可能ですーーー
ーーーしかしーーー
クンニ君の声が。
僅かに。
間を置いた。
ーーー推奨しませんーーー
俺は目を閉じた。
オークロードへ言ったばかりだった。
お前は全部自分の腹に閉じ込めただけだと。
解放された奴らを。
俺の都合で。
また捕まえるのか。
「使わない」
ーーー確認ーーー
「そいつらはやっと解放されたんだ」
俺は。
三人を見る。
「こいつらを助けるために」
拳を握る。
「別の奴を殺したら」
声が震えた。
「同じだろ」
ーーー肯定ーーー
「他の方法を探せ」
ーーー検索中ーーー
その時。
戦場に残っていた一体のオークが立ち上がった。
「我らの魂を使え」
俺はそいつを見る。
「何言ってんだ」
「将軍は我らのために戦った」
別のオークも立ち上がる。
「Switch2も貸してくれた」
「借りパクも許してくれた」
「将軍をお救いください」
「借りパクは絶対返せよ」
「我らは構わない」
「俺が構うんだよ!!」
声を荒げる。
オーク達が黙った。
「お前らを生かすために」
俺は。
オークロードを倒した。
「お前らがまた死んでどうすんだ」
誰も。
言い返さない。
「将軍だって」
地面へ横たわる傷だらけの男を見る。
「そんなもん望まねぇよ」
オークの一体が俯く。
「では我らに何ができる」
俺は答えられなかった。
何も。
できない。
俺にも。
こいつらにも。
手を伸ばしても。
届かなかった。
その時。
ーーー告ーーー
クンニ君の声。
ーーー代替可能なエネルギー源を確認しましたーーー
「どこだ」
ーーーマスターの内部ですーーー
「俺の中?」
ーーー肯定ーーー
身体の奥。
何かが。
脈打った。
ーーーマスターの存在情報には、多数の死亡記録が接続されていますーーー
「死亡記録……?」
ーーー死亡後継続機構により蓄積された、過去個体の残留情報ですーーー
頭の中へ。
映像が流れ込んだ。
ワームのワーさんの腹。
溶かされる俺。
死ぬ。
次。
また。
溶かされる。
アナルディウスのケツ圧殺。
身体が潰れる。
死ぬ。
次。
首が飛ぶ。
死ぬ。
次。
焼かれる。
砕かれる。
喰われる。
死ぬ。
死ぬ。
死ぬ。
何度も。
何度も。
「……これ」
膝が。
僅かに揺れた。
「全部」
ーーー肯定ーーー
「俺か」
ーーー肯定ーーー
戻ったんじゃない。
やり直したんじゃない。
あの時死んだ俺は。
そのまま。
死んだ。
ただ。
次の俺へ。
記憶と経験が繋がった。
だから。
今の俺がいる。
その後ろには。
死んだ俺が。
何人も。
何十人も。
何百人も。
繋がったまま。
残っている。
「俺は」
自分の身体を見る。
「こいつらの上に立ってたのか」
ーーー表現としては概ね正確ですーーー
俺は。
シオンを見る。
「これを使えば」
ーーー過去個体の死亡情報を魂魄エネルギーへ変換できますーーー
「三人を戻せるのか」
ーーー不足しますーーー
「……足りない?」
ーーー肯定ーーー
胸の中に。
冷たいものが落ちた。
「全部使っても?」
ーーー肯定ーーー
俺は。
歯を食いしばる。
「じゃあ」
「意味ねぇじゃねぇか」
ーーー否定ーーー
クンニ君の声が。
アナウンスのように全員の脳内に響く。
ーーー覚醒進化の条件を確認しましたーーー
「覚醒?」
ーーー魔王種への進化可能性を検出ーーー
ベニマル達が。
息を呑む。
「魔王……?」
ビーチクが呟く。
「下劣スライム如きが覚醒だと……? チッ」
いつもの調子で言いかけて口を閉じた。
ーーー通常、魔王種の覚醒には大量の魂魄が必要ですーーー
「だから」
俺は声を低くする。
「解放されたオーク達を使えって言うのか」
ーーー否定ーーー
「じゃあ何を使うんだよ」
ーーー覚醒条件は、魂魄の捕食に限定されませんーーー
光。
戦場の上空。
白い粒子が。
一つ。
また一つ。
現れ始めた。
さっき。
オークロードから解放された。
魂達。
消えたはずの光が。
俺達の上へ。
戻ってきていた。
「これは……」
ーーー死者より解放された魂魄の残響ですーーー
ーーー加えてーーー
周囲。
ゴブリン達が。
こちらを見ている。
オーク達も。
鬼人達も。
狼族も。
皆。
傷だらけで。
立っている。
ーーー生者よりマスターへ託された意思ーーー
「意思?」
ーーー肯定ーーー
ーーーマスターを王と認め、未来を委ねる意思ですーーー
リグルドが一歩前へ出た。
「リムル殿」
「リグルド……」
リグルドは俺の前へ膝をついた。
「我らの未来を貴方へお預けします」
頭を下げる。
「お前絶対、王の座が荷重くて降りたな」
「いやまぁ尊敬してますよリムル殿はホントに」
「何言ってんだ」
「俺は」
視線を逸らす。
「三人も守れなかったんだぞ」
ベニマルが。
刀を地面へ置いた。
膝をつく。
「それでも」
俺を見る。
「貴方以外を主とするつもりはありません」
「主殿が手を伸ばしたから」
シュナがシオンの隣へ座る。
「私達は、ここまで来られました」
ハクロウも頭を下げる。
「届かなかった手があるならば」
大男おじ丸の声。
「次に届かせればいいじゃねえか」
「簡単に言うなよ」
「簡単ではありません」
ベニマルは顔を上げる。
「だからこそ我らは貴方へ託すのです」
一体。
また一体。
魔物達が。
膝をついていく。
ゴブリン。
オーガ。
オーク。
狼族。
住む場所も。
姿も。
種族も違う。
それでも。
全員が。
俺を見ている。
「やめろよ」
声が震えた。
「そんなことされたら」
逃げられない。
「俺が」
王になるしかないみたいじゃねぇか。
リグルドが僅かに笑った。
「王におなり」
「支持率一桁のゴブリンが……」
声が。
涙で。
崩れた。
誰も笑わない。
いや。
何人か少しだけ笑った。
それで。
少しだけ息ができた。
ーーー告ーーー
ーーー死者の解放を確認ーーー
白い光が。
俺の周囲へ集まる。
ーーー生者の委任を確認ーーー
魔物達から。
淡い光が。
立ち昇る。
ーーー対象内部に蓄積された死亡記録を確認ーーー
身体の奥。
死んだ俺達が。
目を開ける。
死んだ俺達の声が聞こえてくる。
「あーお前が精子垂らす?よろしくな」
「王におなり」
「お前の精子垂らすは世界級だ」
「俺の名前?垂らす太郎」
「全員誰だよ」
ーーー三条件の成立により、特殊覚醒進化が可能ですーーー
「特殊覚醒……」
ーーー真なる魔王への進化ですーーー
空が大きく震えた。
遠く雷が鳴る。
大地の下。
世界そのものが何かを感じ取ったように。
魔素が流れ始める。
「これをやれば」
俺は三人を見る。
「戻せるんだな」
ーーー蘇生成功率、大幅に上昇しますーーー
「何%だ」
ーーー現時点では算出不能ーーー
「またそれかよ」
ーーーただしーーー
ーーー進化後に獲得する能力を含めれば、実現可能性は存在しますーーー
「ならやる」
ーーー警告ーーー
クンニ君の声が。
鋭くなる。
ーーー覚醒の代価として、マスター内部の全死亡記録を消費しますーーー
「使え」
ーーー再確認ーーー
ーーー死亡記録の消失により、死亡後継続機構を維持できなくなる可能性がありますーーー
「だから何だ」
ーーー以後、マスターが死亡した場合ーーー
ーーー次個体への接続は行われませんーーー
ーーー死亡は不可逆となりますーーー
周囲がざわめいた。
「リムル様それは」
シュナが顔を上げる。
「もう二度と復活は……」
俺は。
シオンの手を握った。
冷たくなり始めている。
この世界の奴らは最初からそうだった。
シオンも。
将軍も。
モリ夫も。
ベニマルも。
シュナも。
リグルドも。
フェラチオも。
クラウディも。
ビーチクも。
一度死ねば。
終わる。
俺だけが。
何度でも死んで。
次へ繋がっていた。
「普通になるだけだろ」
ーーー再確認ーーー
「しつこい」
ーーー覚醒後、死亡後継続機構を再獲得できる保証はありませんーーー
「いらねぇよ」
俺は。
シオンを見る。
オーク将軍を見る。
モリ夫を見る。
「俺だけ」
何度でも死ねて。
「こいつらだけ」
一回で終わる。
そんなもの。
最初から。
おかしかった。
「使え」
胸に。
手を当てる。
そこには。
今まで死んだ。
全部の俺がいる。
「死んだ俺を」
「全部」
声が。
戦場へ響く。
「こいつらの未来に変えろ」
ーーー最終確認ーーー
ーーー真なる魔王への覚醒進化を実行しますかーーー
俺は。
顔を上げた。
丘の向こう。
逃げていく狙撃手の気配。
忘れてはいない。
許してもいない。
必ず。
俺の前へ引きずり出す。
だが。
今は。
復讐より。
先に。
やることがある。
「やれ」
ーーー承認ーーー
ーーー全死亡記録を解放しますーーー
身体の中から何かが抜けていく。
洞窟で死んだ俺。
喰われた俺。
アムウェイに騙された俺。
オーバーチンポの小説を書かされた俺。
潰された俺。
エルデンリングLv1縛りで死んだ俺。
燃やされた俺。
第1話リメイク前、クンニ君がゴールデンタイガーだった頃の俺。
名前すら持たず。
誰にも知られず。
死んでいった。
無数の俺達。
そいつらが一人ずつ光へ変わる。
「悪かったな」
俺は自分の中へ呟いた。
「ずっと残機みたいに扱って」
「でも」
光が。
シオン達へ流れていく。
「最後に」
俺は笑った。
涙がまだ止まらない。
「一緒に助けてくれ」
光が空を覆った。
ーーー告ーーー
ーーー個体名リムルーーー
ーーー魔王種覚醒進化を開始しますーーー
大地が鳴動した。
空から黒い雷が落ちる。
魔素が俺の身体へ集まる。
意識が遠くなる。
その中で最後に聞こえたのは。
クンニ君の。
いつもと変わらない声だった。
ーーー進化完了まで、推定三時間ーーー
「なっっっっっっっっっっが……」
視界が真っ暗になる。
その場に倒れる直前。
誰かの腕が。
俺の身体を受け止めた。
「お休みくださいリムル様」
ベニマルの声。
「目を覚ます頃には」
その声が。
僅かに震える。
「必ず」
「御三方もきっと」
そこで意識は途切れた。
戦場の中央。
リムルの身体を包む。
巨大な黒い繭。
その周囲。
三つの身体へ。
青白い光が流れ続ける。
オーク将軍。
シオン。
モリ夫。
止まった心臓は。
まだ動かない。
だが。
離れかけていた三つの魂が。
ゆっくりと。
その身体へ。
引き戻され始めていた。
そして。
遠く。
丘を下る。
赤髪の男が。
一度だけ。
振り返った。
戦場を覆う。
膨大な魔素。
その中心。
新たな魔王の誕生を。
アナルベルトは。
黙って見つめていた。
「貴方が生み出したのですわ」
カリ・フラワーは冷たい声で言う。
アナルベルトは答えない。
「人間を守るために撃ったと、そう仰いましたわね」
「ああ」
「ならば」
カリ・フラワーは黒い繭を見る。
「これで本当に人間は守られましたの?」
長い沈黙。
やがて。
アナルベルトは再び歩き始めた。
「分からない」
その右手は長銃を強く握り締めていた。
「だから」
赤い髪が風に揺れる。
「次は俺が確かめる」
「命令違反はデカカリ対象ですわよ?」
「構わない」
背後。
黒い繭から。
世界を揺らす鼓動が。
一度。
響いた。
ドクン。
新たな王が。
目を覚まそうとしていた。
つづく……