同じ頃。
観光都市チンポリス。
「来ない」
俺は門の前で腕を組んでいた。
「来ないですね」
隣にいたベニマルが頷く。
「なんで?」
「逆に何故すぐ来ると思ったんです?」
観光都市を名乗り始めて数日。
ドワフゴンの商人にも宣伝を頼んだ。
街道沿いにはビーチク制作の看板も置いた。
人間を差別に特化したオーク将軍宿も建てている。
精液温泉もある。
生まんこ飯もある。
門の左右には、昨日まで存在しなかった巨大な乳首型の街灯まで立っている。
「これ誰が建てたの?」
「ビーチクです」
「撤去して」
「夜間の視認性が従来の三倍です」
「無駄に有能なの腹立つな」
乳首の先端から放たれる淡い光が、街道を遠くまで照らしている。
門の上には大きく『観光都市チンポリス』と書かれ、その両脇には『金玉から入り、乳首から帰れ』という標語が掲げられていた。
意味は分からない。
発案者のビーチクだけは「観光の循環を示している」と説明していた。
俺は理解を諦めた。
「人間が一人も来ない!」
「当たり前でしょう。数日前まで戦争していた魔物の国ですよ」
「でもディア風呂の温泉あるよ?」
「原初の悪魔への信頼が厚すぎません?」
俺は門の外を眺めた。
誰もいない。
遠くに鳥が飛び、その下には『あと三キロで乳頭大浴場』と書かれた案内板が立っている。
「各国への宣伝が足りないのか?」
「その可能性はありますね」
「よし。宣伝を強化しよう」
「具体的には?」
前世ならテレビやネットがあった。
この世界では商人へ頼むか、街道に看板を置くくらいしか思いつかない。
なんかこの世界の住人、普通にスマホとか使ってる気もするが、きっと気のせいだろう。
既に看板は二十七枚置いた。
そのうち十一枚が、勝手にビーチクの肖像へ差し替えられていた。
「商人にもっと頼むか」
「それが無難でしょう」
「下劣スライム」
背後から聞き慣れた声がした。
振り返ると、ビーチクが新しい設計図を抱えて立っていた。
「話は聞かせてもらった」
「帰っていいよ」
「愚かな」
ビーチクは乳首街灯を見上げ、満足そうに頷いた。
「観光において最も重要なものは何だと思う」
「お前の作った乳頭温泉?」
「唯一無二の乳首だ」
「帰れ」
ビーチクが俺の肩を掴む。
「遠方から訪れる者は、その土地にしか存在しないものを求める。ならば、ここにしかない乳首を作ればよい」
「お前前回から言ってること変わんねーよ」
「我は王都中央への巨大乳首像建設を提案する」
「却下」
「高さは十五メートル」
「無理」
「内部は展望台」
「ちょっと楽しそうなのやめろ」
「乳輪部分にチンポリス土産物店を配置する」
「導線まで考えるな」
ベニマルが設計図を覗き込む。
「展望台から温泉街、宿泊区、商業区を一望できますね」
「評価しないでこんなの」
「ただし避難経路が不足しています」
「そこ!?」
ビーチクが腕を組む。
「非常時は乳頭からロケット射出すればよい」
「人を何だと思ってんだ」
「金づる」
「最悪すぎる」
俺は周囲を見渡した。
「そうだ。人間が来る前に、接客担当を決めよう」
俺はベニマルを見る。
「必要ですね」
巨大乳首像の建設許可を求めるビーチク。
生まんこ唐揚げなるもの作成しようとするシオン。
乳首街灯の根元で眠るクラウディ。
屋根の上で『観光客用』と書かれた菓子を勝手に食べるモリ夫。
人間用宿泊施設の入口へ、『人間専用』と『人間以外専用』の二つの看板を同時に立てようとしているオーク将軍。
温泉の前では、ディア風呂が完璧な笑顔で客へタオルを渡していた。
「本日の湯は少々精液濃度が高くなっております。足元が滑りやすいため、ご注意ください」
「ありがとう、精液の兄ちゃん」
「風呂屋の兄ちゃんです」
俺とベニマルは同時にディア風呂を見た。
「お前しかいねぇ!」
「何故、原初の悪魔が我が国で最も接客に向いているのですか!?」
ディア風呂がこちらを見る。
「お呼びでしょうか?」
「人間が来たら、お前がチンポリスの観光案内してくれない?」
「構いませんよ」
「即答!」
「人間であれ魔物であれ、お客様はお客様ですので」
「まともだ……」
「リムル様、原初の悪魔に安心感を覚えないでください」
でも事実だろ。
こいつ数日前に来たばかりなのに、既にこの国で五本の指に入る社会性を持っている。
「妾も接客くらいできるぞ」
クラウディが乳首街灯の根元から顔を上げた。
「本当?」
「うむ。客が来たら、妾が温泉まで案内してやろう」
「おお」
「歩くのは疲れるゆえ、客に妾を背負わせる」
「要介護じゃねえか」
「案内料として金は頂くがの」
「これで金とるのエグすぎる」
「では我が――」
「お前は何もするな」
ビーチクが不満そうに腕を組む。
「貴様らは我を何だと思っている」
「乳首しか発言しない危険人物」
「思想が終わってる乳首バフォメット」
「変態」
「国の重要人物」
最後だけオーク将軍だった。
全員が振り返る。
「お前、ビーチクのことそんな評価してんの?」
「復興計画の大半をこいつが組んでいるからな」
「そうなんだよなぁ……」
乳首の話題さえ出さなければ死ぬほど有能なのだ。
「人間用の差別宿も、もうすぐ一棟完成する」
オーク将軍が街の一角を指差した。
三階建ての立派な建物だった。
外見も落ち着いている。
玄関上部にオーク将軍の彫刻があること以外は、普通の宿だ。
「今回は普通だな」
「ああ。その代わり人間の宿代は魔物の5倍だ」
「差別がとどまるところを知らない」
「代わりに、人間が宿泊すると泊まってる魔物は外で寝ることになる」
「何で!?」
「差別を無くす平等の為だ」
「お前言ってることめちゃくちゃじゃねえか」
「難しいな、人間との共存は」
「そういうことじゃねえよ平等は」
なんで昨日まで敵だったオークへ、人間との共存を教えているんだ俺は。
その時。
「旦那ァ!死ねやァァァ!!」
上から声がした。
モリ夫が屋根から飛び降り、そのまま俺の肩へ着地する。
「うわっ!何すんだよ!」
「街道に人影ですぜ!」
「え?」
周囲の動きが止まった。
「人影?」
「へい。こっちへ向かってますぜ」
「商人じゃない?」
「荷馬車はありませんでしたぜ。徒歩で七人ほど」
「冒険者?」
「剣を持ってる奴もいますが、尻の像を背負ってる奴もいますぜ」
「何?」
「小さいケツ像ですぜ」
俺はベニマルを見る。
ベニマルも俺を見る。
「人間?」
「人間でしょうね」
「観光客?」
「少なくとも、尻像を背負った侵略者ではないと思います」
次の瞬間、俺は飛び上がった。
「来たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「落ち着いてください!」
「人間来た!」
「まだ観光客とは限りません!」
「ビーチク!」
「何だ下劣スライム」
「お前の巨大乳首隠せ!」
「我が身体に恥ずべき箇所などない」
「クラウディ!」
返事がない。
見る。
寝ていた。
「こいつはもういい!」
街が一気に騒がしくなった。
ゴブリン達が道に落ちていた木材を片付け、オーク達が工事を止める。
リグルドは、どこから持ってきたのか大量の白い花を門の周囲へ並べ始めた。
「リグルド!?」
「歓迎の花ですよリムル殿」
「なんで全部輪っかにして置くの!?」
「ビーチク殿の指示で、乳輪を表現しております!」
「全部捨てろ」
シュナも駆けてきた。
「リムル様。人間の方々がいらっしゃると伺いました」
「そうなんだよ」
「お茶をご用意しますね」
「今すぐ頼む!」
まともだ。
やっぱりシュナはまともだった。
「人間用の陰核茶でよろしいでしょうか?」
「何それ!?」
やっぱり駄目かもしれない。
「来ましたぞ!」
リグルドが叫ぶ。
全員が門を見る。
街道の向こうから、確かに人影が近づいてくる。
七人。いや、子供を含めたら八人か。
先頭には旅装の若い男。
その後ろには剣を帯びた冒険者風の女。
小さな尻像を背負った老人。
巨大な温度計を持つ男。
子供を連れた母親。
全身に土産物らしい札を貼り付けた商人。
最後に、桃色の髪をした小柄な少女が歩いていた。
先頭の若い男は、門の前まで来ると緊張した様子で俺達を見た。
その後ろの老人は門柱の装飾を見て、露骨に顔をしかめる。
「ケツがない」
「いきなり何!?」
老人は背負っていた小さな尻像を地面へ下ろした。
「観光都市を名乗るなら、最低でも門前にケツが三体は必要だ」
「何の基準!?」
「アナルナメス王国観光景観基準だ」
「そんな基準知らねぇよ!」
巨大な温度計を持った男は、温泉から流れてくる湯を指先で触り、眉をひそめた。
「精子の滑りは悪くない」
「何を測ってる!?」
「湯質だ」
「温度計持ってるだろ!」
母親は子供の肩へ手を置いた。
「ご挨拶なさい」
子供がビーチクへ頭を下げる。
「乳首大公様、本日はお招きいただきありがとうございます」
ビーチクが満足そうに頷く。
「礼儀を知る人間だ」
「何でお前を知ってんの!?」
母親が答える。
「旅の案内書に載っていました」
商人が一冊の本を差し出した。
『一度は拝みたい世界の乳首百選』
表紙にビーチクがいた。
「え、なにこれは……」
「今月号です」
「宣伝成功してんじゃねぇか!」
先頭の若い男だけが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。全員、王都から来たもので」
「お前だけはまともなんだな」
「でもチンポリスって名前はちょっと……」
「いきなりダメ出しかよ!」
俺はベニマルを見た。
「人間ってもっと普通じゃなかった?」
「全員アナルナメス王国から来たそうです」
「じゃあ仕方ないか」
それなら多種多様の人間がいてもおかしくは無い。ほんとにそうか?
俺は気を取り直し、一歩前へ出た。
「ようこそ、チンポリスへ!」
言った。
人間相手に、初めて堂々と言った。
チンポリスへようこそ。
観光客達は一斉に巨大な看板を見上げる。
『ようこそ!観光都市チンポリスへ!!』
老人が首を傾げた。
「字が真っ直ぐすぎる」
「え」
温泉評論家が頷く。
「名称は良い。アナルナメス王国やジュポの国との接続性が高い」
「何の接続だよ!」
母親が子供へ教える。
「チンポリスへ入る時は、右尻から入りなさい」
「なんで?」
「本当に魔物が普通に喋っている……」
先頭の男が感心したように呟いた。
「今更そこに驚くの!?」
「魔物の宣伝なので半分は嘘かと思っていました」
「信用ねぇなぁ魔物の国」
それでも、人間達は門をくぐった。
ゴブリンを見る。
オークを見る。
狼族を見る。
四大竜を見る。
巨大な乳首街灯を見る。
宿の玄関にあるオーク将軍の彫刻を見る。
「思ったより普通だな」
先頭の男が呟いた。
「どこが!?」
その時。
「おおー!」
人混みの後ろから大きな声がした。
桃色の髪をした小柄な少女が、門の上の看板を見上げている。
「チンポリス!」
大声で読んだ。
「良い名なのだ!」
少女は胸を張った。
「父上も、国の名は性癖と威厳が一度に伝わるものが良いと言っていたのだ!」
「どういう家庭教育だよ」
「違うのか?」
少女は本気で首を傾げた。
「違うと思う」
「そうなのか。父上は城の正門にも巨大な小陰唇を二つ置いていたぞ」
尻像を背負った老人が反応する。
「二つ?」
「左右に一つずつなのだ!」
老人は震えた。
「完璧な均衡だ……」
「なんで理解者いるんだよ」
少女はケラケラ笑いながら門へ近づいてくる。
「ここには温泉があると聞いたのだ!」
「あるよ」
「うまい飯も?」
「ある」
「強い奴も?」
「観光目的変わってない?」
「全部なのだ!」
元気な奴だ。
少女は俺の周りを一周し、顔を近づけた。
「お前がこの国で一番偉い奴か?」
「一応、この国の王をやってる」
「ほう。王ならお前の乳首は何個あるのだ?」
「普通に二個だよ!」
ビーチクが一歩前へ出た。
「王とは乳首だ」
「違う」
少女は勢いよく頷いた。
「うむ!」
「分かるな!」
ビーチクの目が輝く。
「ほう。貴様、分かるか」
「王が乳首なら、魔王は乳輪なのだ!」
ビーチクが息を呑んだ。
「……貴様話せるな」
「認めるなよ」
少女はビーチクの乳首を見上げる。
「良い乳首だな!」
「分かるか」
「父上も似たものを持っていたのだ!」
「父親何者!?」
「性癖竜なのだ!」
俺は聞かなかったことにした。
この世界では、深掘りすると戻れなくなる単語が多すぎる。
「名前は?」
「ワタシか?」
少女は胸を張った。
「ワタシはミリムなのだ!」
「ミリムね。俺はリムル」
「リムル!」
ミリムは少し考え、嬉しそうに笑った。
「ミリムとリムル!なんか似てるのだ!」
「仲良くなれそうだな!リムル!」
距離の近い奴だ。
初対面なのに、まるで昔から知っているみたいに笑う。
妙な奴だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
その時だった。
「……ほう」
背後から声がする。
フェラチオだ。
さっきまで欠伸をしていたくせに、今は珍しくミリムを見ている。
「何?」
「いや。懐かしい性癖の匂いがして来ただけだ」
「嗅覚に性癖を追加するな」
フェラチオはミリムを眺め、僅かに口元を緩めた。
「親父に似てきたな、小娘」
俺はフェラチオを見る。
「知ってるの?」
「さてな」
「今親父に似てるって言ったよな?」
「性癖竜の娘など、世界にいくらでもいる」
「いてたまるか!」
少し離れた場所では、クラウディも起き上がっていた。
いつもの半目。
いつもの面倒くさそうな顔。
ただ、金色の瞳だけが真っ直ぐミリムを見ている。
「クラウディも知ってるの?」
「さてのお」
「お前ら揃って何なんだよ」
クラウディは小さく笑う。
「しかし、父親よりは話が通じそうじゃ」
「これで!?」
「父親は城の壁すべてに己の性癖を彫らせておったからのお」
「見たら視力失いそう」
ミリムが胸を張る。
「父上の性癖城は凄かったのだ!」
まあいい。
今は初めて来てくれた観光客だ。
正体が何であれ、歓迎するという方針は変わらない。
「じゃあミリム。街を案内するよ。温泉も飯も抜きもあるし」
「本当か!?」
「ああ」
「やったのだ!じゃあ抜き!」
「エロガキすぎる」
「腹が減っては性癖も育たんのだ!」
「父親の教育絶対おかしい」
「リムル様!」
背後から声がした。
嫌な予感がする。
ものすごく嫌な予感がする。
振り返る。
シオンがいた。
満面の笑み。
両手には大きな鍋。
中では、この世に存在していいのか判断に困る色をした何かが蠢いていた。
紫、緑、黒。
中心部分だけ、脈打っている。
「ちょうど完成しました!」
「何が?」
「観光客の皆様へ振る舞う、チンポリス名物料理です!」
観光客達が一斉に後ずさった。
温泉評論家だけが料理へ器具を近づける。
「温度、九十二度」
「測らなくていい!」
「料理名は何ですかな?」
尻像の老人が尋ねる。
シオンは自信満々に答えた。
「魔物と人間の共存煮込みです!」
鍋の中で、何かが弾けた。
「共存できてない音したぞ!」
「隠し味に陰核茶を使用しております」
シュナが補足する。
「お前も関わってんの!?」
「うまそうなのだ!」
横を見る。
ミリムの目が輝いていた。
「食べていいのか!?」
「待て」
「いただきますなのだ!」
「待て待て待て待て!」
ミリムが皿へ手を伸ばす。
シオンが嬉しそうに差し出した。
「どうぞ!」
「渡すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
観光都市チンポリス。
人間の観光客受け入れ初日。
開始数分。
早くも最初の犠牲者が出ようとしていた。
ただ一つ。
この時の俺は知らなかった。
俺が必死になって救おうとしているこの少女が、人間ですらないことを。
ましてや、魔王ミリム=ナーヴァ。
そんな化け物みたいな肩書きを持つ奴だなんて、知るはずもなかった。
「早く食わせるのだ!」
「死ぬぞ!」
「父上は『梅毒も性癖のうち』と言っていたのだ!」
「お前の父親どうなってんだよ!」
「梅毒とは失礼ですよリムル様!」
「じゃあシオンが先に食え!」
「私は皆様のために作りましたので!」
「逃げんな!」
初めての観光客を迎えたチンポリスは、今日も平和だった。
多分。
つづく……