ワルプルギス。
魔王達による最高会議。
世界でも指折りの化け物共が一堂に会し、国家の行く末や世界の均衡すら左右するという、とんでもなく重要な集まりだ。
そんな場所へ、俺は今から行くらしい。
「いや、行くらしいって何だよ」
「行くのだ!」
「まだ心の準備ができてない!」
ミリムは俺の腕を掴んだまま、満面の笑みを浮かべている。
昨日まで観光客だったクソガキが今日から親友となり、現在は俺を魔王会議へ強制連行している。
外交関係の進展速度がおかしい。
隣ではディア風呂が、いつもの完璧な営業スマイルで立っていた。肩には当然のように白いタオルを掛けている。
「何でタオル持ってきたの?」
「従者として最低限の身嗜みです」
「それ風呂屋としての身嗜みだろ」
「万が一、会場に浴槽があった場合に備えております」
「魔王会議だぞ?」
「魔王も入浴はするでしょう」
「会議中には入らねぇよ」
ディア風呂は少しだけ考え込んだ。
「では会議後に」
「諦めろ」
門の前には、ベニマル達も見送りに来ていた。
ベニマルは腕を組み、少しだけ難しい顔をしている。
「主殿。本当にお気をつけて」
「ああ」
「何かございましたら、すぐにお戻りください」
「戻れるの?」
俺がミリムを見る。
「知らん!」
「帰還手段把握してない奴に連れてかれる俺の気持ち考えて?」
シュナも心配そうに俺を見ている。
「魔王が一堂に会する場所……どうか御無理だけはなさらないでください」
「俺も出来れば一生無理したくない」
シオンは腕を組んで頷いた。
「生リムル様なら問題ありません!」
「珍しく信頼が重い」
「もし何かあれば殺人料理を届けます!」
「それだけはやめろ」
世界規模の外交問題になる。
ビーチクは何故か設計図を広げていた。
「下劣スライム」
「何」
「全魔王達へ巨大乳首展望台の共同出資について話を通しておけ」
「嫌だよ」
「全魔王国と共同事業となれば建設規模を三倍にできる」
「お前の乳首ランドを世界規模にすんな」
クラウディは門柱へ寄りかかり、半分寝ながらこちらを見ている。
「土産」
「何がいい?」
「魔王の雪見だいふくがいいのお」
「そんなのあるの?」
「探せ」
「ワルプルギスをコンビニみたいに思うな」
フェラチオだけは少し離れた場所から俺達を見ていた。
何故かいつもより静かだ。
「フェラチオ?」
「何だリムル」
「何か注意点ある?」
「別に特に何も無い」
「お前こういう時だけ情報くれないよね」
フェラチオは一瞬だけ考える。
「原初の魔王ギィには気をつけろ」
「お」
珍しく有益そうな情報が出てきた。
「どんな奴?」
「めんどい」
「具体性なさすぎ」
「あと」
フェラチオが僅かに顔をしかめた。
「奴の後ろにいる女にはもっと気をつけろ」
「女?」
「チッ会えば分かる」
「お前舌打ちしたろ」
答えない。
こいつ、本当に肝心なことを説明する気がない。
そこへフェラリルも駆け寄ってきた。
「我が主!」
「おう」
「魔王会議という極限状態、魔王の口臭は極限だ!」
「また始まったよ」
フェラリルはマウスウォッシュ三本とブレスケア二袋をディア風呂へ渡した。
「従者殿!主を頼む!」
ディア風呂が深く頭を下げる。
「お任せください」
「そこで信頼関係築くんだ」
ミリムが俺の腕を引っ張る。
「もう行くのだ!リムル!」
「分かった分かった!」
「遅いぞ!今の見送りでショート動画七十二本は見れた!」
「見送りまでタイパで測るな!」
その瞬間、俺達の周囲の空間が歪み、淡い光が身体を包み込んだ。
「え、なにこれ」
「ワタシにかかればこんな転送チョチョイのチョイなのだ」
「なんの光ィ!?」
俺は最後にベニマルを見る。
「じゃあ、行ってくる」
ベニマルは静かに頭を下げた。
「御武運を」
そこで景色が消え、次の瞬間には巨大な廊下へ立っていた。
「……」
足元には赤い絨毯が敷かれ、天井は馬鹿みたいに高い。壁には巨大な燭台が並び、一つ一つの装飾まで明らかに高そうだった。
俺は周囲を見回す。
「ここが?」
「ワルプルギスの会場なのだ!」
ミリムが胸を張った。
「うわぁ……」
なんか急にちゃんとしてる。
チンポリスの会議室とは格が違う。うちなんて会議室の壁に乳首の避難経路図が貼ってある。
「いいかリムル!」
ミリムが振り返った。
「ここからはワタシが先輩としてワルプルギスの作法を教えてやるのだ!」
「え?お前が?」
「なんだその不満そうな顔!」
「いや、不安しかない」
ミリムは人差し指を立てる。
「まず!」
「うん」
「他の魔王を勝手に殴ってはいけない!」
「当たり前だろ」
「前にワタシが暴れたら怒られたのだ!」
「お前の失敗談だった」
「次!」
「まだあるの?」
「他の魔王が持ってきた菓子を勝手に食べてはいけない!」
「これもやった?」
「レオンのお菓子食べたら興奮されたのだ」
ミリムが止まった。
「なんで?」
「お菓子NTRとか訳分からんこと言われたのだ!」
「レオンてとんでもない変態?」
ミリムは無視する。
「そして最後!」
「おう」
「会議中に45ってはいけない!」
「それもやったんだな」
「三回だけだ!」
「ワルプルギスのルールじゃなくてミリム反省会じゃねぇか!!」
俺は頭を抱えた。
本当に大丈夫かこれ。
そこで、ふと思い出した。
「そういやミリム」
「なんだ?」
「お前の従者は?」
「いないのだ!」
「……」
「……」
「一人連れて来いって言ったのお前だろ!!」
廊下に俺の声が響いた。
ミリムは不思議そうに首を傾げる。
「ワタシには必要ないのだ!」
「従者一人の設定どこいった!?」
「それはリムルに言っただけなのだ!」
「騙したな!?」
「だって一人で来たら寂しいだろ?」
「気遣いだったの!?」
思ったより優しい理由だったので怒りづらい。
ディア風呂が微笑む。
「良いご友人ですね」
「昨日殴り殺されかけたけどな」
「友情には色々な形があります。お風呂場の友情。風俗の友情。そして遊郭の友情です」
「ゴミみたいな話聞かせないで」
俺達はさらに廊下を進み、やがて巨大な扉の前へ辿り着いた。
そこには、すでに何人かが集まっている。
最初に目へ入ったのは、天井ギリギリまで届きそうなほど巨大な男だった。
とにかくデカい。身体は筋肉の塊みたいな巨体で、そんな男が自分用らしき巨大な椅子を両手で持ちながら困った顔をしている。
「……何してんのあの人」
ミリムが小声で答える。
「巨人魔王デカマラ=ゴリアテなのだ!」
「名前の圧までデカいな」
ゴリアテは椅子を何度も確認している。
「これは……本当に俺が座っても大丈夫なのか?」
「そこ気にしてるの!?」
ゴリアテがこちらを見る。
「新しい魔王候補か」
「リムルだ。よろしく頼む」
「俺はデカマラ=ゴリアテ」
「知ってる」
「ミリムから聞いたか」
「名前が強すぎて一回で覚えた」
ゴリアテは頷いた。
「よろしく頼む」
手を差し出してきたので俺も応じようとしたが、何故かゴリアテの手が途中で止まった。
「どうした?」
「手が性感帯だから握るか悩む」
「なんでそれで握手しようとしてんだよ!!」
結局、俺達は指先だけで握手した。
巨大な指は、俺の手のひらよりデカい。
「優しい巨人だ……」
「手のひらだと気持ちよくなるからな」
「カスの理由だった」
その向こうでは、翼を持った美しい女性が鏡を見ていた。
長い髪と整った顔立ちをしていて、立っているだけで妙に華がある。
「翼魔王パイズリーなのだ」
ミリムが紹介すると、パイズリーは俺を上から下までじっくりと眺めた。
「……」
「何?」
「貴方のその服、誰が選んだの?」
「俺だけど」
「へぇ……」
「何その間」
パイズリーは腕を組む。
「魔王なら、もう少しエロさを出した方がいいわ」
「エロドレスコードかなにか?」
「私なんかエロすぎてFANBOX行きよ」
「続きは有料サイトなのやめろや」
パイズリーは今度はディア風呂を見る。
「従者は悪くないわね」
ディア風呂が一礼する。
「ありがとうございます」
「ただ魔王会議にタオルはどうかと思う」
「ですよね!」
初めて同意できる魔王がいた。
その時、廊下の奥から低い声が響いた。
「フン」
現れたのは巨大な獣人だった。鋭い目をしており、ただ立っているだけで周囲の空気が重くなる。
「次は?」
「獣の魔王ノスフェラトゥ・ジュッポなのだ!」
「もうやばい」
聞き覚えはないが、名前だけで妙に威厳がある。
ジュッポは俺の前まで歩いてくると、じっとこちらを見下ろした。
「お前がリムルか」
「ああ」
「小さいな」
「スライムだからな」
ジュッポが鼻を近づける。
「なら食えるのか?」
「初対面の第一声それ!?」
「股間があるなら食えそうではある」
「やめろ」
その瞬間、ジュッポの背後にいた悪魔が一礼した。
黒い燕尾服を身に纏い、背筋は真っ直ぐ。恐ろしいほど礼儀正しい。
「ジュッポ様。初対面の魔王候補を食材として評価なさるのはお控えください」
「すまん」
「普通に謝れるんだ」
悪魔が俺へ頭を下げる。
「失礼いたしました。私はジュッポ様の補佐を務めております」
一拍置いて、悪魔は名乗った。
「オナサポデーモンと申します」
「悪魔界の名前どうなってんだよ!!」
ディア風呂が僅かに目を見開いた。
「……お久しぶりです」
「おや」
オナサポデーモンもディア風呂を見る。
「ディア風呂殿」
「知り合い!?」
二人は妙に自然に握手する。
「最後にお会いしたのは随分前ですね」
「ええ」
「現在は風呂屋ですか」
「はい」
「良い職に就かれましたね」
「ありがとうございます」
「悪魔同士の同窓会が普通すぎる」
ジュッポが鼻を鳴らした。
「オナサポ」
「はい」
「後で肉を用意しろ」
「鹿でよろしいですか」
「牛のペニスだ」
「承知しました」
有能すぎる。
さらに扉の横を見ると、今度は全身が骨の男が座っていた。
黒く豪奢なローブを纏い、金や宝石で飾られた杖を手にしている。座っているだけで、明らかに他の魔王とは違う圧があった。
俺はミリムを見る。
「誰?」
ミリムは胸を張った。
「腐敗のまんこ!」
「もう帰りたい」
「アイン=イクイク=ウンコ=ゴウンなのだ!」
「名前だけで情報量が限界超えてるんだけど」
ゴウンがゆっくりこちらを見ると、眼窩の奥で赤い光が灯った。
「貴様が新たなる魔王候補か」
「一応」
「ふーん」
「ふーんじゃねえよ」
ゴウンが杖を鳴らす。
「我が名はアイン=イクイク=ウンコ=ゴウン」
「本人が言うと余計すごいな」
「ナザリック=ヘルスを統べる魔王」
「国名も終わってる」
「世間ではオーバーチンポとも呼ばれている」
「呼ばれて嬉しいの?」
ゴウンの眼光が鋭くなる。
「貴様」
「何?」
「口の利き方には気をつけろスライム風情が」
「急に怖い」
その背後には、黒髪の美女が立っていた。
羽と角を持つ恐ろしいほど整った顔の女だが、俺を見る目は死ぬほど冷たい。
「こちらは?」
ゴウンが答える。
「我が従者、みかんのスジだ」
「ああアルベド(みかんの白いスジ)ね」
みかんのスジはゴウンへ熱い視線を向ける。
「アインズ様……」
「アインだっての」
「ああああああああ!!アインズ様のおまんこおおおおおお!!」
「は?」
空気が止まった。
俺もミリムもジュッポもパイズリーもゴリアテも、揃ってみかんのスジを見る。
ゴウンだけは本気で意味が分からない顔をしていた。
「……誰のまんこだ?」
「愛しております!」
「聞いてねえよそんなこと」
「アインズ様のおまん――」
「黙れ」
「はい♡」
「この二人何なんだよ」
ゴウンが俺を見る。
「このスジは気にするな」
「筋者かよ」
「ナザリック=ヘルスではいつものことだ」
「日常なのこれ」
ゴウンはため息をついた。
「全く……ケツ毛バーガー食ってんじゃねえぞ」
「口悪すぎるこの骨」
俺はそこで、妙な違和感を覚えた。
言葉遣いもそうだが、今の例えはこの世界の住民が自然に口にするものとは思えない。
「ゴウン」
「なんだ」
「お前……転生者?」
一瞬、ゴウンの赤い眼光が止まった。
「……」
「……」
みかんのスジが首を傾げる。
「アインズ様?」
ゴウンは勢いよく立ち上がった。
「貴様」
「はい」
「ユグドラシルを知っているか」
「知らない」
「ナザリックの墳墓」
「知らない」
「六大神」
「知らない」
「ぶんぶくちゃがまんこ」
「誰?」
ゴウンが杖を床へ叩きつけた。
「同胞じゃねえじゃねえかァァァァ!!」
「なんでだよっ!!」
ゴウンが突然威厳を捨てた。
「いやぁぁぁぁマジでこの世界娯楽少なすぎんだよ!!」
「いや分かる!!」
みかんのスジが感動で震える。
「アインズ様が……楽しそう……」
「今泣くとこ?」
そこへ、冷たい声が響いた。
「随分と騒がしいな」
全員が振り返る。
そこには金髪の男が立っていた。
端正な顔立ちに無駄のない佇まい。その姿を見た瞬間、俺は以前聞いた名前を思い出した。
「……レオン」
男の目が僅かに動く。
「俺を知っているのか」
「名前だけ」
いや、名前だけじゃない。
シズさんから聞いた、ずっと気になっていた名前。
レオン・クロムウェル。
レオンも俺を見ている。
「リムル」
「俺の名前知ってるの?」
「少しな」
「何で?」
レオンは答えず、視線だけがほんの一瞬、俺の姿を確かめるように動いた。
それ以上、何も言わなかった。
嫌な感じではないが、絶対に何か知っている。
俺も今は聞かないことにした。
会議前から情報量が多すぎる。
そして最後に巨大な扉が開いた瞬間、それまでとは明らかに空気が変わった。
誰も何も言っていないのに、一瞬で誰かが来たと分かる。
赤い髪に鋭い瞳、整った顔立ち。威圧しているわけでも魔力を撒き散らしているわけでもないのに、いるだけでそこが中心になるような存在だった。
「ギィなのだ」
ミリムが小声で言った。
「……あいつが」
ギィ・クリムゾン。
エロ同人誌かなクリムゾンて。
魔王の中でも最古に近い存在。
そして、その背後には一人の女性がいた。
白銀の髪に冷たい青い瞳をした女で、周囲の空気だけが一段冷たく感じられるほど静かだった。
――告、対象の解析は困難です――
「またこのパターン!?」
女が俺を見る。
ただそれだけで、身体が硬くなった。
ギィが席へ向かい、女性も一歩遅れてその後へ続く。
「誰だあれ」
俺が小声でディア風呂へ聞くと、珍しく少しだけ表情を変えた。
「停止竜フリーズ・ブリブリザード」
「……竜?」
「四大竜の一角です」
「四大竜!?」
俺が思わず声を上げると、フリーズの目がこちらを向いた。
「何だ貴様は」
「いや……」
ディア風呂が続ける。
「フェラチオさんのお姉様です」
「アイツ姉ちゃんいたの!?」
フリーズの眉が僅かに動いた。
「フェラチオを知っているのか」
「知ってるというか……」
俺は少し考えた。
「一緒に住んでるというか」
その瞬間、空気が凍った。
「は?」
「言い方間違えた!」
フリーズが俺へ一歩近づく。
「詳しく」
「住民!住民として!チンポリスにいるだけ!」
「チンポリス……だと……?」
ようやく空気が戻った。
怖い。
フェラチオの姉怖い。
ギィが椅子へ座ると、フリーズは当然のように真横へ立った。
しかも、めちゃくちゃ近い。
ギィが横を見る。
「フリーズ」
「何?」
「近すぎる」
「護衛だから護衛」
「半歩下がれ」
フリーズは素直に半歩下がった。
しかし三秒後、何事もなかったかのように半歩前へ戻る。
ギィが見る。
「戻ってる」
「絶対気のせい絶対」
「絶対違うだろ」
俺が思わず言うと、フリーズの目が俺を刺した。
「何だスライム?」
「何でもありません」
怖すぎる。
全員が席に着き、俺もミリムに案内された席へ座った。ディア風呂は俺の後ろに立ち、ミリムは当然のように隣へ座る。
俺は横を見る。
「本当に従者いないんだな」
「だから言ったのだ!」
「胸張るな」
ギィが全員を見渡す。
「揃ったな」
さっきまでの異常者集団とは思えないほど、一瞬で空気が静まり、全員が会議の顔になる。
「今回集まってもらった理由は一つ」
ギィの視線が俺へ向き、それに続いて全員の視線も集中した。
「新たな魔王候補、リムル」
「はい」
急に緊張してきた。
「真なる魔王へ至ったと聞いている」
「まあ……一応」
「ミリムが保証していると聞いた」
「ワタシが認めたのだ!」
「こんなハム太郎みたいな保証人で大丈夫?」
ミリムが机を叩く。
「失礼なのだ!」
ギィは少し笑った。
「だが、真なる魔王へ進化しただけでは、魔王社会で席を持てるとは限らない」
「やっぱり?」
「三名」
ギィが指を立てる。
「ここにいる魔王三人が認めれば、お前は正式に俺達と同格となる」
「なるほどね」
ミリムがすぐに両手を上げる。
「ワタシ!」
「一人」
早い。
ギィが周囲を見る。
「他は?」
誰も答えない。
急に恥ずかしくなってきた。
就職面接より嫌だこれ。
ゴリアテは腕を組み、パイズリーは俺を観察して舌なめずりしている。ジュッポは何故かまだ俺が食えるか考えているような顔をしていた。
そんな中、ゴウンが口を開く。
「俺は認める」
「早っ」
ゴウンが堂々と腕を組んだ。
「異世界で変態共との生活を耐え抜いてきた同胞だ」
「俺の国の情報どこで知ったんだよ!?」
「不服か?」
「魔王になるハードル急に低くなってない?」
ゴウンは頷く。
「それに」
少しだけ声が真面目になる。
「貴様からは、こちら側へ来た者特有の臭いがする」
「俺臭いの?」
「比喩だカス」
「口悪すぎるだろこの骨」
これで二人目。
あと一人だ。
俺が周囲を見ると、それまで目を閉じていたレオンが静かに目を開いた。
「俺も認めよう」
「え?」
思わず聞き返した。
レオンは俺を見る。
「何だ」
「いや……」
一番予想してなかった。
「理由は?」
「俺にNTRの背徳感を教えてくれたから……ではダメか?」
「意味不明すぎない?」
レオンはそれ以上答えなかった。
ミリム。
ゴウン。
レオン。
これで三人が揃った。
ギィが頷く。
「条件は満たした」
「……じゃあ」
「今日から、お前は正式な魔王だ」
会議室は静かなままだった。
それでも、その言葉だけは胸の奥へ妙に重く落ちた。
魔王になりたいと思って、ここまで来たわけじゃない。
仲間を救うために力を求め、街を守るために戦い続け、気付けばここまで来ていた。
ギィが俺を見る。
「だが」
「まだ何かあるの?」
「俺個人として一つ聞きたい」
ギィは頬杖をつく。
「リムル」
「何?」
「エロいこと興味ある?」
「ざけんなハゲ」
「お前は何故、魔王になる?」
一瞬、答えに詰まった。
力が欲しいからか。
違う。
世界を支配したいかと言われれば全然違うし、偉くなりたいかと言われても面倒だから嫌だ。
俺は少しだけ考えてから答えた。
「仲間と街を守るため」
ギィは黙って聞いている。
「俺は別に世界とかいらない」
ゴリアテもジュッポもパイズリーもレオンも、誰も口を挟まない。
「仲間が飯食って、馬鹿やって、人間も魔物も普通に遊びに来る。そんな街が続けばいい」
俺はそこで笑った。
「あと、面白そうだから!」
「……」
「そんだけだ!」
ギィは一瞬黙った後、小さく笑った。
「ククッ」
「何?」
「いいな」
ギィは椅子へ深く座る。
「欲望がある奴は嫌いじゃない」
「今の欲望判定なのぉ?」
「俺も認めよう」
「もう三人揃ってるけど!?」
まさかの四票目が入った。
その瞬間、ギィの背後から凄まじい冷気が放たれた。
「寒っ!?」
俺がフリーズを見ると、口元だけは笑っているのに目が死んでいる。
「何?」
「別に」
「別にの温度じゃないよ!」
フリーズは静かに言う。
「ギィが」
「うん」
「貴様を」
「うん」
「認めた」
「刻むな怖いから!」
床に霜が広がったかと思えば、ジュッポが瞬きの途中で止まり、パイズリーの髪も空中で固定され、ゴリアテまで腕を組んだ姿勢のまま動かなくなった。
「え!?みんな止まってる!?」
ギィがため息をつく。
「フリーズ」
「何?」
「嫉妬か」
「違う」
「今すぐ戻せ」
「止めてない」
「時間停止モノのAVかよ!!」
フリーズが指を鳴らすと世界が動き出し、ジュッポが何事もなかったように瞬きを終えた。
「何だ?」
「何でもない!」
フェラチオやクラウディとは別の意味で怖い四大竜だ。
ギィは完全に慣れている。
「面倒な奴だなお前は」
「ギィが他人を褒めるから」
「面倒くさいな」
「重っあの四大竜」
フリーズが俺を見る。
「聞こえているぞそこのスライム」
「すみませんでした」
これで会議も終わるかと思ったが、ギィが改めて周囲を見渡した。
「しかし、これで八人か」
俺も席を見渡してみる。
ギィ、ミリム、レオン、ゴウン、ジュッポ、パイズリー、ゴリアテ。
そして俺。
確かに八人だ。
ミリムが急に立ち上がった。
「八人なのだ!」
「そうだな」
「せっかくだから名前をつけるのだ!」
「名前?」
「八人の魔王達の呼び名だ!」
ミリムの目が輝いている。
こういうの好きなんだな。
俺は少し考えた。
「じゃあ」
「お?」
「チンポ大好きクラブとかは?」
「殺す!!」
「普通にのだって言わないの怖えよ」
ミリムが机へ身を乗り出す。
「本命を言うのだリムル!」
「仕方ねえな」
俺は立ち上がった。
八人の魔王をまとめて呼べる名前。
俺の頭には、すぐに一つの候補が浮かんだ。
「八魔王」
全員が俺を見る。
俺は胸を張った。
「――オタクグラム!!」
「「「「「「「は?」」」」」」」
全員が同じ顔をした。
「ダメなのこれ」
ギィが真顔で答える。
「却下だ」
「いや即答!?」
パイズリーが眉をひそめる。
「エロくないわ」
「呼び名にエロさいらねえだろ」
ジュッポも腕を組む。
「弱そうだ」
「集団名に強弱あるの?」
ゴリアテが首を傾げる。
「同好会みたいだな」
「巨人族にオタク文化あるの!?」
レオンは一言だけだった。
「嫌だ」
「一番短い拒絶が一番刺さる!」
ゴウンだけが俺をじっと見ている。
「……オタク」
「何?」
「貴様、やはり日本人でオタクだな」
「オ、オタク!?ふん、俺はスライムやって鍛えてたんだ!」
ミリムだけは腹を抱えて笑っている。
「オタクグラム!面白いのだ!」
「お前だけは味方だよ」
「でもダサい」
「裏切るの早」
俺は頭を抱えた。
くそ。
確かにダサい。
もう少しマシなものはないかと、改めて八人を見渡す。
世界の頂点に立つような怪物達。
性格も国も望みも生き方も、それぞれ全く違う。
それでも今、同じ場所に八人の魔王として立っている。
八人。
八つ。
そして、それぞれが一つの星だと考えれば。
「……じゃあ」
俺はもう一度口を開いた。
「八つの星」
ギィが僅かに眉を動かす。
「八人の魔王を、八つの星に見立てる」
ミリムが目を輝かせた。
「おお!」
「八星魔王」
俺は一度息を吸った。
「――オクタグラム」
会議室が静まり返る。
今度は誰も「は?」とは言わなかった。
ギィが笑う。
「悪くない」
レオンが小さく頷く。
「俺の考えた八大賢者の孫太郎よりは劣るがまぁいいだろう」
パイズリーも髪を払いながら言う。
「甘美性は足りないけど遥かにマシね」
ジュッポも頷いた。
「強そうだ」
ゴリアテが腕を組む。
「よくわからんが気に入った」
ゴウンが鼻で笑う。
「八欲王とかモモンガ大好きクラブとかのがいいけど」
「てめえは黙ってろ」
ミリムは両腕を上げた。
「決まりなのだ!!」
その声が巨大な会議室へ響き渡った。
八人の魔王。
八つの国。
八つの欲望。
誰一人として同じ道を歩いてはいない。
それでも、この日。
世界の頂に立つ八つの星は、一つの名を得た。
――八星魔王《オクタグラム》。
そして、その八番目の席に。
俺――リムルの名が刻まれた。
つづく……