※この作品はR-18です。

精子垂らす   作:超絶ゆるふわ乙女

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第46話|魔王帰還!!俺がいない間に戦争始まりかけてるんだが!?

 

人間の死体が発見されてから、まだ一時間も経っていなかった。

 

チンポリスの外れにある古い林道は封鎖され、王国兵と魔物達が一定の距離を保ちながら、偽りの死体を囲んでいる。

 

もちろん。

 

それが偽物だと知っている者は、この場にはいない。

 

アナルベルトは死体の前にしゃがみ込んだまま、傷口をじっと見ていた。

 

深い爪痕。

 

僅かに残る魔素。

 

地面に刻まれた足跡。

 

漏れたおしっこ。

 

周囲の木にも、何か巨大な爪を持つ魔物が暴れたような傷が残されている。

 

どう見ても。

 

魔物に殺された人間だった。

 

「……」

 

ナメトが後ろから覗き込む。

 

「どうですか?」

 

「分からん」

 

「分からない?」

 

「だから調べてる」

 

「そりゃそっか」

 

「お前は何だと思う」

 

急に振られ、ナメトは困ったように死体を見る。

 

「……変態な魔物に殺されたようには見えます」

 

「なにそれ」

 

アナルベルトは立ち上がった。

 

少し離れた場所では、ベニマルがチンポリス側の兵士達を抑えている。

 

王国側も同じだ。

 

誰も剣を抜いてはいない。

 

だが、柄へ手を置いている者は増えていた。

 

ケツエンドが無表情のまま書類へ何かを書き込んでいる。

 

「死亡者の身元確認は?」

 

「まだだ」

 

「王国籍の可能性は?」

 

ハインリッヒが死体の服装を見る。

 

「高いでしょうね。王国周辺でよく使われている旅装だわ」

 

「登録証は?」

 

「鞄の中から出た」

 

アナルベルトが振り返る。

 

「名前は」

 

ケツエンドが紙を見る。

 

「ハメス・ケツデカール」

 

「……」

 

「……」

 

ナメトが口を開いた。

 

「今笑ったらダメですよね」

 

「当たり前だろ」

 

「いや、ケツデカールって」

 

「死者だぞ」

 

「分かってますけど!」

 

「我慢しろ」

 

「はい……」

 

ケツエンドは何事もなかったように続ける。

 

「王国内の旅人登録と照合する必要がある。帰国後に確認する」

 

「頼む」

 

ベニマルがこちらへ歩いてきた。

 

「何か分かりましたか」

 

「いや」

 

アナルベルトは短く答える。

 

「今のところ、見たままだ」

 

「魔物に襲われたように見える、と」

 

「ああ」

 

その言葉を聞いた王国兵の一人が、僅かに表情を険しくした。

 

ベニマルはそれを見逃さなかった。

 

「先ほども言いましたが、我々には心当たりがありません」

 

「分かっている」

 

「……信用されますか」

 

「信用と調査は別だ」

 

アナルベルトは死体へ目を戻した。

 

「お前達がやった証拠もない。やってない証拠もない。今はそれだけだ」

 

ベニマルは少しだけ目を細める。

 

「随分と冷静なのですね」

 

「俺を何だと思ってる」

 

少し離れた木陰で、ルミナスが聞こえないように呟いた。

 

「単独で命令違反して銃ぶっぱなす人」

 

アナルベルトが振り返った。

 

「何か言ったか?」

 

「何も?」

 

「そうか」

 

ルミナスはにこにこしている。

 

少し離れた丘では。

 

「聞こえてるチョワヨ〜……」

 

ホバギが小声で呟いていた。

 

木の枝へ腰掛け、双眼鏡のようなものを覗き込んでいる。

 

隣には誰もいない。

 

ルミナスは視察団へ戻っているため、現在は一人だった。

 

「しかし全然戦争始まらんチョワヨ〜」

 

ホバギは足をぶらぶらさせる。

 

「もっとこう、バーン! ドカーン! 国家滅亡! みたいになると思ったチョワヨ」

 

自分で言っておいて首を傾げた。

 

「国家間戦争ってそんな軽かったっけチョワヨ?」

 

誰も答えない。

 

ホバギは肩をすくめた。

 

そして懐から、再び白い粘土状の物体を取り出す。

 

「ま、追加注文も入ったし」

 

指先で捏ねる。

 

白い塊が膨らみ始めた。

 

「今度は魔物チョワヨ〜」

 

皮膚が生まれる。

 

筋肉が生まれる。

 

牙が生まれる。

 

太い腕。

 

厚い胸板。

 

大きな腹。

 

出来上がっていく姿を見ながら、ホバギが首を捻った。

 

「……オークでいいチョワヨ?」

 

返事はない。

 

「いいことにするチョワヨ〜」

 

最悪の自己判断だった。

 

⸻

 

その頃。

 

チンポリス内部では、人間の死体が発見されたという噂が既に広がり始めていた。

 

当然、正式発表などされていない。

 

だが噂というものは、特に悪い話ほど速い。

 

「人間が殺されたらしいぞ」

 

「魔物に?」

 

「知らん」

 

「爪痕があったって」

 

「誰が見たんだ?」

 

「俺の友達の知り合いの従兄弟の隣人」

 

「他人じゃねえか」

 

市場ではそんな話が飛び交っていた。

 

別の場所では。

 

「人間が食われたらしい」

 

「食われてないぞ」

 

「じゃあちんこ舐められただけ?」

 

「そうらしい」

 

「そうらしいじゃねえよ」

 

「知らねえよ」

 

「やんのか?」

 

噂は既に原型を失い始めている。

 

だが。

 

笑い話だけでは済まなかった。

 

チンポリスへ移住してきたオーク達の中には、人間に家族を殺された者もいる。

 

逆に、人間の観光客や商人の中にも、過去に魔物から被害を受けた者がいる。

 

普段なら押し込められている記憶が、一つの死体によって浮かび上がり始めていた。

 

市場の端。

 

オークの男が人間の商人を見る。

 

人間の商人もオークを見る。

 

少し前まで普通に値段交渉をしていた二人だった。

 

「……」

 

「……」

 

どちらも何も言わない。

 

それだけだった。

 

だが、昨日までにはなかった沈黙だった。

 

そんな中。

 

オーク将軍は兵士達を集めていた。

 

「勝手な行動はするな」

 

低い声が響く。

 

「現時点で、人間がやったと決まったわけではない。王国側も同じだ」

 

一人のオーク兵が拳を握る。

 

「ですが将軍!」

 

「何だ」

 

「人間の死体が出たんですよ!」

 

「知っている」

 

「このままでは我々が疑われます!」

 

「バカは黙ってろ」

 

「ハフーン」

 

オーク将軍が睨んだ。

 

「騒げば疑いが晴れるのか」

 

「……」

 

「武器を持てば信用されるのか」

 

「……ハフーン」

 

「まだ何も起きていない。黙って待て」

 

「ハフーン」

 

将軍は小さく息を吐いた。

 

そこへ別の兵士が走ってきた。

 

「将軍!」

 

「今度は何だ」

 

兵士は息を切らしている。

 

顔色も悪い。

 

「北側の旧街道で……!」

 

「落ち着け」

 

「オークが一人、倒れています!」

 

将軍の表情が止まった。

 

「……何?」

 

周囲のオーク達も静まり返る。

 

「死んでいるのか」

 

「はい!」

 

「原因は」

 

兵士は一瞬言葉を詰まらせた。

 

「……剣です」

 

空気が変わった。

 

「人間の剣で斬られたような傷があります!」

 

一人のオークが立ち上がった。

 

「やっぱり人間共じゃねえか!!」

 

別の者も続く。

 

「こっちにも手ぇ出してきやがった!」

 

「同胞を殺しやがった!!」

 

「武器を――!」

 

「バカ共は黙ってろ」

 

「ハフーン」

 

即座に座った。

 

周囲も一瞬静かになる。

 

オーク将軍は立ち上がる。

 

「まだ人間がやったと決まっていない」

 

「ですが将軍!」

 

「バカは?」

 

「黙る」

 

「よし」

 

「ハフーン」

 

「返事はハフーン固定なのか」

 

将軍は頭を押さえた。

 

だが。

 

今回は先ほどと違う。

 

人間の死体だけではない。

 

魔物側にも死者が出た。

 

それも、人間の武器によって殺されたように見える形で。

 

将軍自身も、胸の奥に何か熱いものが湧くのを感じていた。熱盛。

 

それでも。

 

「ベニマルへ報告する」

 

「はい!」

 

「誰も勝手に動くな」

 

周囲を睨む。

 

「俺の許可なく武器を抜いた者は、俺が殴る」

 

「武器以外なら抜いてもOKですか?」

 

「OKだ」

 

⸻

 

二つ目の死体が発見されたという知らせは、すぐに林道へ届いた。

 

「オークが?」

 

ベニマルの声が低くなる。

 

報告に来た兵士が頷く。

 

「はい。北側旧街道です。剣による傷が複数」

 

王国兵達がざわついた。

 

今度はチンポリス側の兵士達も同じだった。

 

アナルベルトが眉を寄せる。

 

「……そのオークの特徴は?」

 

「所持品には『セクシー・ダニエル』と書かれていました」

 

「誰だよセクシー・ダニエル」

 

ベニマルがアナルベルトを見る。

 

アナルベルトも見る。

 

数秒。

 

どちらも何も言わない。

 

だが周囲は違った。

 

「人間がやったのか?」

 

チンポリス側から声が上がる。

 

「ふざけるな。我々の方が先に被害者を出している!」

 

王国兵が返す。

 

「だから報復したんじゃないのか!」

 

「何だと!」

 

「やめろ!」

 

ベニマルの声が響く。

 

同時に。

 

「黙れ!」

 

アナルベルトも怒鳴った。

 

両陣営が静まる。

 

アナルベルトが王国兵を見る。

 

「誰が人間の仕業だと確認した」

 

「しかし英雄殿!」

 

「確認したのか」

 

「……していません」

 

「なら黙れ」

 

ベニマルも魔物側を見る。

 

「同じだ。人間がやった証拠はない」

 

一人のオーク兵が唇を噛む。

 

「ですが、同胞が……」

 

「分かっている」

 

ベニマルの声は穏やかだった。

 

「だからこそ、勝手に敵を決めるな」

 

そこへオーク将軍も到着した。

 

「ベニマル様」

 

「将軍」

 

「現場は封鎖しました」

 

「助かる」

 

オーク将軍がアナルベルトを見る。

 

「人間側にも伝えておく」

 

王国兵が僅かに身構える。

 

「俺は、お前達がやったと決めつける気はない」

 

アナルベルトが頷く。

 

「こちらも同じだ」

 

そのやり取りを見た両陣営の兵士達。

 

上に立つ者同士は冷静だった。

 

だが。

 

だからといって、全員が納得するわけではない。

 

「……」

 

「……」

 

王国兵とオーク達が睨み合う。

 

誰も剣を抜かない。

 

誰も攻撃しない。

 

それでも、距離だけは少しずつ広がっていった。

 

ルミナスはその様子を眺めながら、口元を緩めた。

 

「いい感じだね」

 

その時だった。

 

チンポリス上空。

 

空間が歪んだ。

 

「……?」

 

全員が空を見る。

 

ベニマルが目を見開く。

 

見覚えのある魔力だった。

 

「まさか」

 

次の瞬間。

 

空間の裂け目から、小柄な人影が勢いよく飛び出してきた。

 

「ただいまァァァんこぉぉぉぉぉ!!」

 

リムルだった。

 

着地する。

 

そして満面の笑みで両手を広げる。

 

「聞いてくれ!俺、正式に魔王として認められ――」

 

止まった。

 

目の前。

 

王国兵。

 

魔物兵。

 

両方武装している。

 

ベニマルは険しい顔。

 

アナルベルトも険しい顔。

 

オーク将軍までいる。

 

街の空気も何かおかしい。

 

「……」

 

リムルはゆっくり周囲を見る。

 

「俺、帰ってくる国間違えた?」

 

「合ってるぞカス」

 

後ろから声がした。

 

「うわっ!?」

 

リムルが振り返る。

 

空間の裂け目から、巨大な黒いローブを纏った骸骨が悠々と歩いてきた。

 

頭蓋骨。

 

豪奢な装飾。

 

圧倒的な魔力。

 

腐敗のまんこ。

 

アイン=イクイク=ウンコ=ゴウン。

 

「よ」

 

「何でお前まで来てんだよ!?」

 

「なんか面白そうだったから」

 

「帰れ!!」

 

ゴウンが腕を組む。

 

「なんかスライムちゃんさぁ、酷くない?」

 

「急に馴れ馴れしすぎるだろ」

 

周囲の王国兵達が騒ぎ始めた。

 

「あれは……」

 

「魔王?」

 

「もう一人?」

 

「骨……?」

 

アナルベルトが額を押さえる。

 

「何で増えた」

 

ナメトも震える。

 

「一人帰ってきたと思ったら一人増えましたよ」

 

「算数の問題じゃねえんだぞ」

 

リムルが周囲を見る。

 

「っていうかミリムは?」

 

ゴウンが答える。

 

「帰ったぞ」

 

「先に?」

 

「ああ。『国でやることがあるのだ!』とか言ってた」

 

「忘れられたオナホの国に?」

 

「そこしかないだろ」

 

「国名聞くたびに不安になるな」

 

「お前の国もチンポリスだぞ」

 

「ナザリック=ヘルスに言われたくない」

 

ベニマルが頭を下げる。

 

「お帰りなさいませ、主殿」

 

「おう。ただいま」

 

リムルは笑いかけた。

 

そして、もう一度周囲を見る。

 

「……で」

 

笑顔が消える。

 

「何これ」

 

ベニマルとアナルベルトが同時に口を開いた。

 

「実は――」

 

「待って」

 

リムルが手を上げた。

 

「一人ずつ」

 

二人が黙る。

 

その横でゴウンがきょろきょろしている。

 

リムルはふと気づいた。

 

「あれ?」

 

「何だ」

 

「みかんのスジは?」

 

ゴウンが普通に答えた。

 

「ぶっ飛ばした」

 

「は?」

 

「俺の亜空間物質転送装置で」

 

「人を荷物みたいに言うな!!」

 

王国兵と魔物兵の両方が一瞬だけゴウンを見る。

 

ゴウンは気にしない。

 

「ナザリック=ヘルスへ強制転送した」

 

「何で!?」

 

「ずっと『アインズ様のおまんこおおおおお!!』って叫んでてうるさかった」

 

「会議の時からそうだろ!」

 

「今日は特にうるさかった」

 

「日によって強弱あるんだ……」

 

「あと急に抱きついてきてウザかった」

 

「別によくない?」

 

「今日は腰入ってた」

 

「知らねえよ!!」

 

アナルベルトが低く呟く。

 

「何の話をしているんだ、こいつら」

 

ナメトが答える。

 

「多分聞かない方がいいです」

 

「そうだな」

 

ハインリッヒも頷いた。

 

ベニマルは何とも言えない顔をしている。

 

ほんの少し前まで一触即発だった空気が、完全に壊れていた。

 

ゴウンが満足そうに頷く。

 

「やっぱ俺、空気変える才能あるな」

 

「お前が壊しただけだよ!」

 

しかし。

 

当然、それだけで問題が消えたわけではない。

 

リムルはようやくベニマルから事情を聞いた。

 

人間の死体。

 

魔物の爪痕。

 

続いて発見されたオークの死体。

 

人間の剣による傷。

 

セクシー・ダニエル。

 

その結果、王国側とチンポリス側の兵士達の間に生まれた疑い。

 

話を聞き終えたリムルは、しばらく黙っていた。

 

「……俺いない数時間で何してんの?」

 

「申し訳ありません」

 

「いやベニマル責めてないから」

 

アナルベルトが腕を組む。

 

「俺達が来た時点では何も起きていなかった」

 

「視察だったんだろ?」

 

「ああ」

 

「どうだった?」

 

「概ね良かった」

 

「お」

 

「精液温泉以外は」

 

「そこ評価4.9なんだけど!?」

 

リムルは頭を振った。

 

「とにかく死体見せてくれ」

 

アナルベルトが眉を上げる。

 

「分かるのか?」

 

「分からん。でも俺には俺なりの調べ方がある」

 

ゴウンが横から入る。

 

「俺も見る」

 

「何で」

 

「なんか見た目的に死体得意そうだろ」

 

「自分で言うな」

 

二人は最初の林道へ向かった。

 

王国兵もチンポリス兵も付いてくる。

 

距離はある。

 

会話もない。

 

さっきゴウンによって破壊された空気が、また少しずつ戻ってきていた。

 

リムルは偽死体の前へ立つ。

 

「これか」

 

「ああ」

 

しゃがむ。

 

目を閉じる。

 

固有能力。

 

『死界観測』

 

ミエルモノ。

 

死者の残響。

 

死へ至った痕跡。

 

かつて自分自身が何度も死んだことで得た、死を観測するための能力。

 

リムルは意識を集中させた。

 

「……」

 

何もない。

 

「ん?」

 

もう一度。

 

何もない。

 

死の残響が。

 

存在しない。

 

リムルが目を開く。

 

「おかしい」

 

アナルベルトが反応する。

 

「何が」

 

「こいつ」

 

リムルは死体を見る。

 

「死んでない」

 

周囲がざわめいた。

 

「生きているのか!?」

 

ナメトが慌てる。

 

「いや」

 

リムルが首を振る。

 

「生きてない」

 

「どっちですか!?」

 

「俺にも分からん!」

 

「一番困る答え!」

 

リムルは眉を寄せる。

 

「俺の能力だと、死んだ奴には何かしら痕跡がある。どう死んだか全部見えるわけじゃないけど、少なくとも死者だったことは分かる」

 

「こいつには?」

 

「何もない」

 

ゴウンが横から死体を覗き込んだ。

 

「つまり死んでない死体?」

 

「言い方だけならゾンビだな」

 

「ゾンビとか俺の領分じゃん」

 

「嬉しそうにすんな」

 

ゴウンも屈み、骨の指で死体の腕をつつく。

 

「おでんツンツンー」

 

「分かる?」

 

「わかんね」

 

「じゃあ触んなや!!」

 

「いや待て」

 

ゴウンが顔を近づける。

 

「こいつ、人間臭くないな」

 

アナルベルトが眉を寄せる。

 

「臭い?」

 

「生物としての臭いじゃない。何ていうか」

 

ゴウンが考える。

 

「新品のフィギュアの臭い」

 

「分かるかァァァ!!」

 

「お前元日本人だろ」

 

「新品フィギュアの匂いで死体判定すんな!」

 

「じゃあ新品のプラモの臭い」

 

「もっと分からん!」

 

その会話を聞いていた王国兵達。

 

当然。

 

納得する者ばかりではなかった。

 

一人の騎士が声を上げる。

 

「待ってください!」

 

アナルベルトが振り返る。

 

「何だ」

 

「その魔王達は、どちらも魔物側です」

 

空気が止まる。

 

騎士は続けた。

 

「魔物の王と、その仲間の魔王が『死体は偽物だ』と言っているだけではありませんか」

 

ベニマルの眉が動く。

 

チンポリス側から低い声が上がる。

 

「何だと」

 

「待て」

 

リムルがすぐ止める。

 

騎士は拳を握っていた。

 

「我々の同胞が死んでいるんです!」

 

「だからまだ――」

 

「それを魔物側が偽物だと言えば、それで終わりなのですか!?」

 

アナルベルトが低く言う。

 

「黙れ」

 

「英雄殿!」

 

「黙れと言った」

 

騎士が歯を食いしばる。

 

「……はい」

 

しかし。

 

今度はチンポリス側から声が上がった。

 

「ならこっちの死体はどうなんだ!」

 

オーク兵だった。

 

「我々の同胞も人間に斬られている!」

 

王国兵が振り返る。

 

「だから我々がやった証拠はない!」

 

「こっちだって同じだろうが!」

 

「だったら何故――!」

 

「止めろ!」

 

ベニマルが怒鳴る。

 

だが。

 

今度は止まらなかった。

 

「人間が先だ!」

 

「魔物が先だろ!」

 

「同胞を殺しやがって!」

 

「こっちの台詞だ!」

 

オーク将軍が前へ出る。

 

「バカは黙ってろ!!」

 

「ハフーン!!」

 

一部のオークは黙った。

 

だが人間側はハフーンではなかった。

 

「ふざけるな!」

 

一人の騎士が剣を抜いた。

 

それを見たオーク兵が斧を構える。

 

「抜いたぞ!」

 

「そっちが構えたからだ!」

 

「やめろ!!」

 

アナルベルトとリムルの声が重なる。

 

ベニマルも飛び出す。

 

ゴウンだけが周囲を見る。

 

「うわ、マジで始まりそうじゃん」

 

「感想言ってる場合か!!」

 

「俺来てまだ五分くらいなんだけど」

 

「知らん!!」

 

その時。

 

誰かが後ろから押した。

 

混乱の中。

 

王国兵の一人がバランスを崩す。

 

持っていた槍が前へ傾いた。

 

「っ!」

 

穂先がオーク兵の腕を掠める。

 

赤い血が飛んだ。

 

一瞬。

 

全員が止まった。

 

「……」

 

傷を負ったオーク兵が、自分の腕を見る。

 

血が流れている。

 

偽物ではない。

 

本物の血だった。

 

王国兵の顔が青ざめる。

 

「ち、違う!今のは――!」

 

別のオーク兵が叫んだ。

 

「人間がやったぞ!!」

 

「待て!!」

 

アナルベルトが叫ぶ。

 

しかし。

 

怒号が一気に広がっていく。

 

リムルは目を見開いた。

 

「おい、待てって!!」

 

ゴウンが頭蓋骨を押さえる。

 

「お前の国、帰ってきて五分で戦争始まんの?おもろ」

 

「俺に聞くなァァァァァァ!!」

 

丘の向こう。

 

木の陰からその様子を眺めていたホバギが、双眼鏡をゆっくり下ろした。

 

「……」

 

隣には、いつの間にかルミナスが戻ってきていた。

 

「始まったね」

 

ホバギは少しだけ引いた顔をする。

 

「いや」

 

「ん?」

 

「今お前押したチョワヨ?」

 

「うん」

 

「俺関係ないチョワヨ」

 

「うん」

 

ルミナスは楽しそうに笑った。

 

ホバギは丘の下を見る。

 

偽物の人間。

 

偽物の魔物。

 

その二つを巡って争い。

 

そして今。

 

初めて、本物の傷が生まれた。

 

「……お前」

 

「何?」

 

「これ、思ったよりヤバいやつチョワヨ?」

 

「だから面白いんじゃん」

 

「……」

 

ホバギは数秒黙った。

 

そして。

 

「追加料金取れるチョワヨ?」

 

「そこ?」

 

丘の下では、リムルとアナルベルト、ベニマル、オーク将軍が必死に両陣営を押さえている。

 

ゴウンは何故か一人だけ少し離れた場所で腕を組み、感心したように頷いていた。

 

「なるほど」

 

リムルが怒鳴る。

 

「何がなるほどだよ!!手伝え!!」

 

「いや、戦争ってこうやって始まるんだなって」

 

「社会科見学すんなァァァァァァ!!」

 

偽物の死体から始まった争いは。

 

とうとう、本物の血を流した。

 

つづく……

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