人間の死体が発見されてから、まだ一時間も経っていなかった。
チンポリスの外れにある古い林道は封鎖され、王国兵と魔物達が一定の距離を保ちながら、偽りの死体を囲んでいる。
もちろん。
それが偽物だと知っている者は、この場にはいない。
アナルベルトは死体の前にしゃがみ込んだまま、傷口をじっと見ていた。
深い爪痕。
僅かに残る魔素。
地面に刻まれた足跡。
漏れたおしっこ。
周囲の木にも、何か巨大な爪を持つ魔物が暴れたような傷が残されている。
どう見ても。
魔物に殺された人間だった。
「……」
ナメトが後ろから覗き込む。
「どうですか?」
「分からん」
「分からない?」
「だから調べてる」
「そりゃそっか」
「お前は何だと思う」
急に振られ、ナメトは困ったように死体を見る。
「……変態な魔物に殺されたようには見えます」
「なにそれ」
アナルベルトは立ち上がった。
少し離れた場所では、ベニマルがチンポリス側の兵士達を抑えている。
王国側も同じだ。
誰も剣を抜いてはいない。
だが、柄へ手を置いている者は増えていた。
ケツエンドが無表情のまま書類へ何かを書き込んでいる。
「死亡者の身元確認は?」
「まだだ」
「王国籍の可能性は?」
ハインリッヒが死体の服装を見る。
「高いでしょうね。王国周辺でよく使われている旅装だわ」
「登録証は?」
「鞄の中から出た」
アナルベルトが振り返る。
「名前は」
ケツエンドが紙を見る。
「ハメス・ケツデカール」
「……」
「……」
ナメトが口を開いた。
「今笑ったらダメですよね」
「当たり前だろ」
「いや、ケツデカールって」
「死者だぞ」
「分かってますけど!」
「我慢しろ」
「はい……」
ケツエンドは何事もなかったように続ける。
「王国内の旅人登録と照合する必要がある。帰国後に確認する」
「頼む」
ベニマルがこちらへ歩いてきた。
「何か分かりましたか」
「いや」
アナルベルトは短く答える。
「今のところ、見たままだ」
「魔物に襲われたように見える、と」
「ああ」
その言葉を聞いた王国兵の一人が、僅かに表情を険しくした。
ベニマルはそれを見逃さなかった。
「先ほども言いましたが、我々には心当たりがありません」
「分かっている」
「……信用されますか」
「信用と調査は別だ」
アナルベルトは死体へ目を戻した。
「お前達がやった証拠もない。やってない証拠もない。今はそれだけだ」
ベニマルは少しだけ目を細める。
「随分と冷静なのですね」
「俺を何だと思ってる」
少し離れた木陰で、ルミナスが聞こえないように呟いた。
「単独で命令違反して銃ぶっぱなす人」
アナルベルトが振り返った。
「何か言ったか?」
「何も?」
「そうか」
ルミナスはにこにこしている。
少し離れた丘では。
「聞こえてるチョワヨ〜……」
ホバギが小声で呟いていた。
木の枝へ腰掛け、双眼鏡のようなものを覗き込んでいる。
隣には誰もいない。
ルミナスは視察団へ戻っているため、現在は一人だった。
「しかし全然戦争始まらんチョワヨ〜」
ホバギは足をぶらぶらさせる。
「もっとこう、バーン! ドカーン! 国家滅亡! みたいになると思ったチョワヨ」
自分で言っておいて首を傾げた。
「国家間戦争ってそんな軽かったっけチョワヨ?」
誰も答えない。
ホバギは肩をすくめた。
そして懐から、再び白い粘土状の物体を取り出す。
「ま、追加注文も入ったし」
指先で捏ねる。
白い塊が膨らみ始めた。
「今度は魔物チョワヨ〜」
皮膚が生まれる。
筋肉が生まれる。
牙が生まれる。
太い腕。
厚い胸板。
大きな腹。
出来上がっていく姿を見ながら、ホバギが首を捻った。
「……オークでいいチョワヨ?」
返事はない。
「いいことにするチョワヨ〜」
最悪の自己判断だった。
⸻
その頃。
チンポリス内部では、人間の死体が発見されたという噂が既に広がり始めていた。
当然、正式発表などされていない。
だが噂というものは、特に悪い話ほど速い。
「人間が殺されたらしいぞ」
「魔物に?」
「知らん」
「爪痕があったって」
「誰が見たんだ?」
「俺の友達の知り合いの従兄弟の隣人」
「他人じゃねえか」
市場ではそんな話が飛び交っていた。
別の場所では。
「人間が食われたらしい」
「食われてないぞ」
「じゃあちんこ舐められただけ?」
「そうらしい」
「そうらしいじゃねえよ」
「知らねえよ」
「やんのか?」
噂は既に原型を失い始めている。
だが。
笑い話だけでは済まなかった。
チンポリスへ移住してきたオーク達の中には、人間に家族を殺された者もいる。
逆に、人間の観光客や商人の中にも、過去に魔物から被害を受けた者がいる。
普段なら押し込められている記憶が、一つの死体によって浮かび上がり始めていた。
市場の端。
オークの男が人間の商人を見る。
人間の商人もオークを見る。
少し前まで普通に値段交渉をしていた二人だった。
「……」
「……」
どちらも何も言わない。
それだけだった。
だが、昨日までにはなかった沈黙だった。
そんな中。
オーク将軍は兵士達を集めていた。
「勝手な行動はするな」
低い声が響く。
「現時点で、人間がやったと決まったわけではない。王国側も同じだ」
一人のオーク兵が拳を握る。
「ですが将軍!」
「何だ」
「人間の死体が出たんですよ!」
「知っている」
「このままでは我々が疑われます!」
「バカは黙ってろ」
「ハフーン」
オーク将軍が睨んだ。
「騒げば疑いが晴れるのか」
「……」
「武器を持てば信用されるのか」
「……ハフーン」
「まだ何も起きていない。黙って待て」
「ハフーン」
将軍は小さく息を吐いた。
そこへ別の兵士が走ってきた。
「将軍!」
「今度は何だ」
兵士は息を切らしている。
顔色も悪い。
「北側の旧街道で……!」
「落ち着け」
「オークが一人、倒れています!」
将軍の表情が止まった。
「……何?」
周囲のオーク達も静まり返る。
「死んでいるのか」
「はい!」
「原因は」
兵士は一瞬言葉を詰まらせた。
「……剣です」
空気が変わった。
「人間の剣で斬られたような傷があります!」
一人のオークが立ち上がった。
「やっぱり人間共じゃねえか!!」
別の者も続く。
「こっちにも手ぇ出してきやがった!」
「同胞を殺しやがった!!」
「武器を――!」
「バカ共は黙ってろ」
「ハフーン」
即座に座った。
周囲も一瞬静かになる。
オーク将軍は立ち上がる。
「まだ人間がやったと決まっていない」
「ですが将軍!」
「バカは?」
「黙る」
「よし」
「ハフーン」
「返事はハフーン固定なのか」
将軍は頭を押さえた。
だが。
今回は先ほどと違う。
人間の死体だけではない。
魔物側にも死者が出た。
それも、人間の武器によって殺されたように見える形で。
将軍自身も、胸の奥に何か熱いものが湧くのを感じていた。熱盛。
それでも。
「ベニマルへ報告する」
「はい!」
「誰も勝手に動くな」
周囲を睨む。
「俺の許可なく武器を抜いた者は、俺が殴る」
「武器以外なら抜いてもOKですか?」
「OKだ」
⸻
二つ目の死体が発見されたという知らせは、すぐに林道へ届いた。
「オークが?」
ベニマルの声が低くなる。
報告に来た兵士が頷く。
「はい。北側旧街道です。剣による傷が複数」
王国兵達がざわついた。
今度はチンポリス側の兵士達も同じだった。
アナルベルトが眉を寄せる。
「……そのオークの特徴は?」
「所持品には『セクシー・ダニエル』と書かれていました」
「誰だよセクシー・ダニエル」
ベニマルがアナルベルトを見る。
アナルベルトも見る。
数秒。
どちらも何も言わない。
だが周囲は違った。
「人間がやったのか?」
チンポリス側から声が上がる。
「ふざけるな。我々の方が先に被害者を出している!」
王国兵が返す。
「だから報復したんじゃないのか!」
「何だと!」
「やめろ!」
ベニマルの声が響く。
同時に。
「黙れ!」
アナルベルトも怒鳴った。
両陣営が静まる。
アナルベルトが王国兵を見る。
「誰が人間の仕業だと確認した」
「しかし英雄殿!」
「確認したのか」
「……していません」
「なら黙れ」
ベニマルも魔物側を見る。
「同じだ。人間がやった証拠はない」
一人のオーク兵が唇を噛む。
「ですが、同胞が……」
「分かっている」
ベニマルの声は穏やかだった。
「だからこそ、勝手に敵を決めるな」
そこへオーク将軍も到着した。
「ベニマル様」
「将軍」
「現場は封鎖しました」
「助かる」
オーク将軍がアナルベルトを見る。
「人間側にも伝えておく」
王国兵が僅かに身構える。
「俺は、お前達がやったと決めつける気はない」
アナルベルトが頷く。
「こちらも同じだ」
そのやり取りを見た両陣営の兵士達。
上に立つ者同士は冷静だった。
だが。
だからといって、全員が納得するわけではない。
「……」
「……」
王国兵とオーク達が睨み合う。
誰も剣を抜かない。
誰も攻撃しない。
それでも、距離だけは少しずつ広がっていった。
ルミナスはその様子を眺めながら、口元を緩めた。
「いい感じだね」
その時だった。
チンポリス上空。
空間が歪んだ。
「……?」
全員が空を見る。
ベニマルが目を見開く。
見覚えのある魔力だった。
「まさか」
次の瞬間。
空間の裂け目から、小柄な人影が勢いよく飛び出してきた。
「ただいまァァァんこぉぉぉぉぉ!!」
リムルだった。
着地する。
そして満面の笑みで両手を広げる。
「聞いてくれ!俺、正式に魔王として認められ――」
止まった。
目の前。
王国兵。
魔物兵。
両方武装している。
ベニマルは険しい顔。
アナルベルトも険しい顔。
オーク将軍までいる。
街の空気も何かおかしい。
「……」
リムルはゆっくり周囲を見る。
「俺、帰ってくる国間違えた?」
「合ってるぞカス」
後ろから声がした。
「うわっ!?」
リムルが振り返る。
空間の裂け目から、巨大な黒いローブを纏った骸骨が悠々と歩いてきた。
頭蓋骨。
豪奢な装飾。
圧倒的な魔力。
腐敗のまんこ。
アイン=イクイク=ウンコ=ゴウン。
「よ」
「何でお前まで来てんだよ!?」
「なんか面白そうだったから」
「帰れ!!」
ゴウンが腕を組む。
「なんかスライムちゃんさぁ、酷くない?」
「急に馴れ馴れしすぎるだろ」
周囲の王国兵達が騒ぎ始めた。
「あれは……」
「魔王?」
「もう一人?」
「骨……?」
アナルベルトが額を押さえる。
「何で増えた」
ナメトも震える。
「一人帰ってきたと思ったら一人増えましたよ」
「算数の問題じゃねえんだぞ」
リムルが周囲を見る。
「っていうかミリムは?」
ゴウンが答える。
「帰ったぞ」
「先に?」
「ああ。『国でやることがあるのだ!』とか言ってた」
「忘れられたオナホの国に?」
「そこしかないだろ」
「国名聞くたびに不安になるな」
「お前の国もチンポリスだぞ」
「ナザリック=ヘルスに言われたくない」
ベニマルが頭を下げる。
「お帰りなさいませ、主殿」
「おう。ただいま」
リムルは笑いかけた。
そして、もう一度周囲を見る。
「……で」
笑顔が消える。
「何これ」
ベニマルとアナルベルトが同時に口を開いた。
「実は――」
「待って」
リムルが手を上げた。
「一人ずつ」
二人が黙る。
その横でゴウンがきょろきょろしている。
リムルはふと気づいた。
「あれ?」
「何だ」
「みかんのスジは?」
ゴウンが普通に答えた。
「ぶっ飛ばした」
「は?」
「俺の亜空間物質転送装置で」
「人を荷物みたいに言うな!!」
王国兵と魔物兵の両方が一瞬だけゴウンを見る。
ゴウンは気にしない。
「ナザリック=ヘルスへ強制転送した」
「何で!?」
「ずっと『アインズ様のおまんこおおおおお!!』って叫んでてうるさかった」
「会議の時からそうだろ!」
「今日は特にうるさかった」
「日によって強弱あるんだ……」
「あと急に抱きついてきてウザかった」
「別によくない?」
「今日は腰入ってた」
「知らねえよ!!」
アナルベルトが低く呟く。
「何の話をしているんだ、こいつら」
ナメトが答える。
「多分聞かない方がいいです」
「そうだな」
ハインリッヒも頷いた。
ベニマルは何とも言えない顔をしている。
ほんの少し前まで一触即発だった空気が、完全に壊れていた。
ゴウンが満足そうに頷く。
「やっぱ俺、空気変える才能あるな」
「お前が壊しただけだよ!」
しかし。
当然、それだけで問題が消えたわけではない。
リムルはようやくベニマルから事情を聞いた。
人間の死体。
魔物の爪痕。
続いて発見されたオークの死体。
人間の剣による傷。
セクシー・ダニエル。
その結果、王国側とチンポリス側の兵士達の間に生まれた疑い。
話を聞き終えたリムルは、しばらく黙っていた。
「……俺いない数時間で何してんの?」
「申し訳ありません」
「いやベニマル責めてないから」
アナルベルトが腕を組む。
「俺達が来た時点では何も起きていなかった」
「視察だったんだろ?」
「ああ」
「どうだった?」
「概ね良かった」
「お」
「精液温泉以外は」
「そこ評価4.9なんだけど!?」
リムルは頭を振った。
「とにかく死体見せてくれ」
アナルベルトが眉を上げる。
「分かるのか?」
「分からん。でも俺には俺なりの調べ方がある」
ゴウンが横から入る。
「俺も見る」
「何で」
「なんか見た目的に死体得意そうだろ」
「自分で言うな」
二人は最初の林道へ向かった。
王国兵もチンポリス兵も付いてくる。
距離はある。
会話もない。
さっきゴウンによって破壊された空気が、また少しずつ戻ってきていた。
リムルは偽死体の前へ立つ。
「これか」
「ああ」
しゃがむ。
目を閉じる。
固有能力。
『死界観測』
ミエルモノ。
死者の残響。
死へ至った痕跡。
かつて自分自身が何度も死んだことで得た、死を観測するための能力。
リムルは意識を集中させた。
「……」
何もない。
「ん?」
もう一度。
何もない。
死の残響が。
存在しない。
リムルが目を開く。
「おかしい」
アナルベルトが反応する。
「何が」
「こいつ」
リムルは死体を見る。
「死んでない」
周囲がざわめいた。
「生きているのか!?」
ナメトが慌てる。
「いや」
リムルが首を振る。
「生きてない」
「どっちですか!?」
「俺にも分からん!」
「一番困る答え!」
リムルは眉を寄せる。
「俺の能力だと、死んだ奴には何かしら痕跡がある。どう死んだか全部見えるわけじゃないけど、少なくとも死者だったことは分かる」
「こいつには?」
「何もない」
ゴウンが横から死体を覗き込んだ。
「つまり死んでない死体?」
「言い方だけならゾンビだな」
「ゾンビとか俺の領分じゃん」
「嬉しそうにすんな」
ゴウンも屈み、骨の指で死体の腕をつつく。
「おでんツンツンー」
「分かる?」
「わかんね」
「じゃあ触んなや!!」
「いや待て」
ゴウンが顔を近づける。
「こいつ、人間臭くないな」
アナルベルトが眉を寄せる。
「臭い?」
「生物としての臭いじゃない。何ていうか」
ゴウンが考える。
「新品のフィギュアの臭い」
「分かるかァァァ!!」
「お前元日本人だろ」
「新品フィギュアの匂いで死体判定すんな!」
「じゃあ新品のプラモの臭い」
「もっと分からん!」
その会話を聞いていた王国兵達。
当然。
納得する者ばかりではなかった。
一人の騎士が声を上げる。
「待ってください!」
アナルベルトが振り返る。
「何だ」
「その魔王達は、どちらも魔物側です」
空気が止まる。
騎士は続けた。
「魔物の王と、その仲間の魔王が『死体は偽物だ』と言っているだけではありませんか」
ベニマルの眉が動く。
チンポリス側から低い声が上がる。
「何だと」
「待て」
リムルがすぐ止める。
騎士は拳を握っていた。
「我々の同胞が死んでいるんです!」
「だからまだ――」
「それを魔物側が偽物だと言えば、それで終わりなのですか!?」
アナルベルトが低く言う。
「黙れ」
「英雄殿!」
「黙れと言った」
騎士が歯を食いしばる。
「……はい」
しかし。
今度はチンポリス側から声が上がった。
「ならこっちの死体はどうなんだ!」
オーク兵だった。
「我々の同胞も人間に斬られている!」
王国兵が振り返る。
「だから我々がやった証拠はない!」
「こっちだって同じだろうが!」
「だったら何故――!」
「止めろ!」
ベニマルが怒鳴る。
だが。
今度は止まらなかった。
「人間が先だ!」
「魔物が先だろ!」
「同胞を殺しやがって!」
「こっちの台詞だ!」
オーク将軍が前へ出る。
「バカは黙ってろ!!」
「ハフーン!!」
一部のオークは黙った。
だが人間側はハフーンではなかった。
「ふざけるな!」
一人の騎士が剣を抜いた。
それを見たオーク兵が斧を構える。
「抜いたぞ!」
「そっちが構えたからだ!」
「やめろ!!」
アナルベルトとリムルの声が重なる。
ベニマルも飛び出す。
ゴウンだけが周囲を見る。
「うわ、マジで始まりそうじゃん」
「感想言ってる場合か!!」
「俺来てまだ五分くらいなんだけど」
「知らん!!」
その時。
誰かが後ろから押した。
混乱の中。
王国兵の一人がバランスを崩す。
持っていた槍が前へ傾いた。
「っ!」
穂先がオーク兵の腕を掠める。
赤い血が飛んだ。
一瞬。
全員が止まった。
「……」
傷を負ったオーク兵が、自分の腕を見る。
血が流れている。
偽物ではない。
本物の血だった。
王国兵の顔が青ざめる。
「ち、違う!今のは――!」
別のオーク兵が叫んだ。
「人間がやったぞ!!」
「待て!!」
アナルベルトが叫ぶ。
しかし。
怒号が一気に広がっていく。
リムルは目を見開いた。
「おい、待てって!!」
ゴウンが頭蓋骨を押さえる。
「お前の国、帰ってきて五分で戦争始まんの?おもろ」
「俺に聞くなァァァァァァ!!」
丘の向こう。
木の陰からその様子を眺めていたホバギが、双眼鏡をゆっくり下ろした。
「……」
隣には、いつの間にかルミナスが戻ってきていた。
「始まったね」
ホバギは少しだけ引いた顔をする。
「いや」
「ん?」
「今お前押したチョワヨ?」
「うん」
「俺関係ないチョワヨ」
「うん」
ルミナスは楽しそうに笑った。
ホバギは丘の下を見る。
偽物の人間。
偽物の魔物。
その二つを巡って争い。
そして今。
初めて、本物の傷が生まれた。
「……お前」
「何?」
「これ、思ったよりヤバいやつチョワヨ?」
「だから面白いんじゃん」
「……」
ホバギは数秒黙った。
そして。
「追加料金取れるチョワヨ?」
「そこ?」
丘の下では、リムルとアナルベルト、ベニマル、オーク将軍が必死に両陣営を押さえている。
ゴウンは何故か一人だけ少し離れた場所で腕を組み、感心したように頷いていた。
「なるほど」
リムルが怒鳴る。
「何がなるほどだよ!!手伝え!!」
「いや、戦争ってこうやって始まるんだなって」
「社会科見学すんなァァァァァァ!!」
偽物の死体から始まった争いは。
とうとう、本物の血を流した。
つづく……