林道の向こうでは、さっきから何度も剣戟が響いていた。
最初は単発だった金属音も、今ではあちこちから重なるように聞こえてくる。
その状況を、上空から見下ろしていたフェラチオが口を開く。
「リムル。北側でさらに口淫兵が集まってるぞ。視察隊というにはやはり多すぎるな」
「だから口淫兵てなに?」
「余が勝手にそう呼んでおる」
「勝手に兵種増やすな!!」
フェラチオは不満そうだったが、報告そのものは聞き流せない。
「で、どれくらいいる?」
「ざっと見ただけでも数百だな」
「数百!?」
思わず声が裏返った。
どう考えても視察団の人数じゃない。
俺はすぐにアナルベルトを見る。
「お前ら今日、何しに来たんだ?」
「視察だ」
「数百人で?」
「そんなわけあるか」
「じゃあ何で数百人いるんだよ!」
「俺が知るか」
「英雄なんだから知っとけよ!」
アナルベルトは露骨に嫌そうな顔をした。
その横でゴウンが腕を組む。
「数百なら遠足レベルじゃね?」
「どこの学校が武装して遠足すんだよ!」
「ナザリック幼稚園」
「お前の国の教育機関怖すぎるだろ!」
肩の上では、モリ夫がずっと細かく震えている。
「旦那。数百って言いました?」
「言った」
「ほぼ全員武装した人間ですよね?」
「ああ」
モリ夫は数秒黙ったあと、俺の肩へさらに深くしがみついた。
「帰りたい」
「お前さっきから帰りたがりすぎだろ!」
「俺ぁ平和主義者なんですぜ!」
「死ぬのが怖いだけだろ!」
「同じでしょうが!!」
全然違う。
そう言い返そうとしたところで、森の向こうから王国兵が一人、息を切らせて走ってきた。
「英雄殿!!」
アナルベルトが振り返る。
「どうした」
「北方待機隊、第一陣がこちらへ向かっています!」
その言葉に、アナルベルトの眉が動いた。
「待機隊?」
俺も聞き返す。
兵士は一瞬こちらを見て、魔物相手に話していいものか迷ったらしい。だがアナルベルトが顎を上げると、すぐに姿勢を正した。
「本日の視察に備え、王都より派遣されていた予備兵力です!」
「聞いてないぞ」
低い声だった。
兵士の表情が固まる。
「え……?」
「俺は聞いてない。誰の命令だ」
「陛下です!」
兵士の説明によれば、今回の視察団とは別に、王都からかなりの数の兵が周辺へ送られていたらしい。
目的は戦闘ではなく、あくまで非常時の救援。
交渉が拗れ、万が一魔物側が実力行使へ出た場合、王国にとって貴重な戦力であるアナルベルトを失うわけにはいかない。だから視察地から少し離れた場所に兵を待機させ、必要になった時だけ動かす。
話だけ聞けば、王の判断としてはそこまで不自然ではなかった。
問題は。
「誰がそんな危険性を王に吹き込んだ?」
アナルベルトが聞く。
兵士がわずかにためらう。
「……ルミナス殿です」
「あいつか」
アナルベルトが額へ手を当てた。
「あいつなら言いそうだな……」
ゴウンが首を傾げる。
「なにお前の知り合い?」
「嫌な方の」
「俺にもいるわ嫌な方の知り合い」
「お前の場合ほぼ全員部下だろ」
「ナザリック正解」
兵士は続けた。
ルミナスはあくまで「万一の可能性」として進言しただけだったらしい。
交渉が決裂した場合、魔物が英雄を拘束するかもしれない。あるいは、その場で殺そうとするかもしれない。
そんな可能性を聞かされた王が、近くに兵を置いておく。
そこまでは分かる。
「問題は、何でそいつらが今動いてるかだな」
俺が言うと、アナルベルトも頷いた。
「待機命令を解除したのは誰だ」
「それが……」
兵士の顔が青ざめる。
「交渉決裂の報告が届きました」
「誰からだ」
「伝令です」
「どこの隊の?」
「所属を確認する前に、既に各部隊へ伝達されていたようで……」
アナルベルトの顔から表情が消えた。
嫌な予感しかしない。
「内容は?」
兵士が唾を飲み込む。
「魔物側が視察団を襲撃。英雄殿負傷。聖女ハインリッヒ殿、生死不明」
少し離れたところから、ハインリッヒが手を上げる。
「生きてまーす」
「誤情報やんけ!」
さらに兵士が続ける。
「王国兵数十名が魔物に殺害された、とも」
「まだ一人も死んでねえよ!!」
俺の声が林道へ響いた。
ゴウンも手を上げる。
「俺も生きてまーす」
「お前は死んでるだろ!」
「アンデッド差別?」
「今それやるな!」
アナルベルトは目を閉じた。
「完全な誤報だ」
だが、もう遅い。
森の向こうから鬨の声が聞こえる。
木々の隙間には、さっきまでいなかった鎧と槍が次々と見え始めていた。
「うわぁ」
ゴウンが感心したように言う。
「お人間さんの増援じゃん」
「敵か味方か分からねえ増援が一番怖いんだよ!」
モリ夫は俺の肩でさらに小さくなる。
「旦那、俺もっとちっちゃくなれません?」
「もう十分ちっちゃいだろ」
「ダニくらい」
「存在価値まで下げるな!」
その時、今度はベニマル配下の魔物兵が走ってきた。
「リムル様!西側から王国兵およそ百!北側にも別部隊が確認されています!」
「増えすぎだろ……!」
俺は一瞬だけ考えた。
戦うだけなら難しくない。
ここにはベニマルもいる。
フェラチオもいる。
クラウディもいる。
ビーチクもいる。
ディア風呂もいる。
ゴウンまでいる。
ゴウンは鼻くそを食べていた。
正直、人間兵が数百増えたところで純粋な戦力差としては話にならない。
でも、それをやったら終わる。
「絶対に先に手を出すな」
俺はベニマルを見る。
「向こうから来ても殺すな。止めるだけだ」
「……承知しました」
オーク将軍にも視線を向ける。
「お前も頼む」
「分かった」
「好戦的な魔物のバカは?」
「黙らせる」
周囲のオーク達が反射的に声を揃えた。
「ハフーン!」
「まだ何も言ってないだろ!」
その少し後ろで、ディア風呂だけが兵士達の来る方向を静かに見つめていた。
「妙ですね」
「何が?」
「兵士達です」
ディア風呂はいつもの穏やかな笑顔を崩さない。
「随分と、信じ切っている」
「何を?」
「自分達が正しいことを」
その言葉が少しだけ引っかかった。
誤報を信じたにしては、兵の動きが早すぎる。
迷いがない。
まるで最初から、こちらが敵だと決まっていたみたいだった。
⸻
少し離れた丘。
ホバギは遠眼鏡を覗きながら、次々と動き始める王国兵を眺めていた。
「増えてる増えてるチョワヨ〜」
隣ではルミナスが楽しそうに笑っている。
「いい感じじゃん」
「よくないチョワヨ。俺の仕事量増えるチョワヨ」
「もう死体作らなくていいよ」
ホバギが勢いよく遠眼鏡を下ろした。
「マジ?」
「うん」
「じゃあ帰ってゲームしていい?」
「ダメ」
「何でチョワヨ!!」
ルミナスは森の向こうを見たまま答える。
「まだ仕上げがあるから」
「お前まだ何かするチョワヨ?」
「俺じゃないよ」
ホバギが首を傾げる。
その時、背後から静かな足音が近づいてきた。
草を踏んでいるはずなのに、不思議なくらい耳に残らない。
ホバギが振り返る。
丘を登ってきたのは、一人の女だった。
白を基調とした聖衣には淡い金の装飾が施され、腰を越えるほど長い白銀の髪が風に揺れている。
透き通るように白い肌と整った顔立ち、そして頭上には薄い光で形作られた聖輪。
遠目なら。
いや、近くで見ても。
誰が見たって聖女だった。
それも絵本や古い宗教画に描かれるような、いかにも慈愛に満ちた聖女。
女は二人の前まで来ると、静かに微笑んだ。
「遅くなりました」
ルミナスが軽く手を上げる。
「君が聖女エルシア?」
「ええ。そう呼ばれています」
ホバギの眉が僅かに動く。
「そう呼ばれてる?」
「細かいこと気にするね」
「職業柄チョワヨ」
エルシアは気にした様子もなく、穏やかな笑顔を保ったままだった。
「こちらの事情は、あの人から聞いています」
「俺のことも?」
「多少は。能力は非常に有用だと」
ルミナスが少し嬉しそうにする。
だがエルシアは続けた。
「ただし、考え方には共感できないとも」
「正直だねぇあの人も」
「事実ですから」
ホバギが二人を交互に見る。
「あの人って誰チョワヨ?」
「秘密」
「俺だけ情報共有されてないチョワヨ!?」
エルシアが微笑む。
「知らなくても支障はありませんよ」
「仲間外れ感には支障あるチョワヨ!」
ルミナスはその訴えを無視して、森の方を指差した。
そこでは、誤報を受けた王国兵達が動き始めている。
ただし、全員ではない。
前へ進む者。
立ち止まる者。
隣と顔を見合わせる者。
まだ迷っている兵も多かった。
「思ったより慎重なんだよね」
「それが普通チョワヨ」
ホバギが肩をすくめる。
「英雄本人が交渉中なんだから、誤報一発で全員突撃したら王国終わってるチョワヨ」
「それもそうか」
ルミナスは少し残念そうだった。
エルシアは兵達を眺める。
「迷っていますね」
交渉は本当に決裂したのか。
英雄は本当に危険なのか。
魔物を攻撃していいのか。
まだその程度の疑念だった。
エルシアは目を閉じ、胸元で静かに両手を組む。
祈るような仕草。
ただ、それだけ。
派手な魔法陣もなければ、光が降り注ぐこともない。
ホバギが首を傾げた。
「何してるチョワヨ?」
「少しだけ、背中を押しているだけです」
「誰の?」
「彼らの」
風が吹き、白銀の髪を揺らす。
それ以外には、何も起きなかった。
ルミナスも拍子抜けしたように兵達を見る。
「終わり?」
「ええ」
「何したの?」
エルシアは静かに微笑む。
「何も。彼らが既に抱いているものを、信じてもらっただけです」
⸻
森の外で待機していた王国兵達は、なおも迷っていた。
英雄本人からの命令はない。
交戦開始の報告は届いている。
どちらを信じるべきか。
「誤報の可能性もある」
誰かが言った。
その意見に、別の兵士も頷く。
「英雄殿ほどの方が、本当に危険なら何か伝えてくるはずだ」
「だが、もし伝えられない状況なら?」
その言葉に、空気が変わった。
「……拘束されている?」
「魔物に囲まれているのかもしれない」
「だから命令を出せない?」
「洗脳されてるやもしれん」
可能性だった。
ただの疑念だった。
だが、その疑念は不思議なくらい自然に形を持ち始める。
「聖女様も仰っていた。魔物は人を惑わせることがあると」
「なら、英雄殿が黙っている理由も……」
一人が頷く。
次にもう一人。
やがて。
「間違いない」
誰かが言った。
それはもう、疑問ではなかった。
「英雄殿は拘束もしくは洗脳されている!」
「救出するぞ!」
「魔物を排除しろ!!」
迷っていた兵士達が、一斉に武器を構えた。
⸻
丘の上。
兵士達の怒号が風に乗って届く。
ルミナスはしばらく無言でそれを眺めていた。
ホバギも同じだった。
さっきまで足を止めていた兵達が、今は誰一人迷わず走っている。
「英雄殿を救え!!」
「魔物を討て!!」
ルミナスがゆっくりエルシアを見る。
「……何したの?」
「先ほど申し上げた通りです」
「いや、さっきまで『本当に行く?』みたいな顔だったよ?」
「ええ」
「今『討て』って言ってるけど」
「そうですね」
ルミナスが一拍置く。
「怖」
ホバギも真顔だった。
「……これ俺、最初からいらなかったチョワヨ?」
「いいえ」
エルシアは即答する。
「私は疑念を確信に変えただけです。無からは、ここまでは生み出せませんよ」
「……じゃあ俺の偽死体とか偽兵、必要だったチョワヨ?」
「非常に」
ホバギの表情が少し明るくなる。
「作品、役立った?」
「とても」
「えへへ」
ルミナスが露骨に引いた。
「キショいな笑い方」
「殺すチョワヨ」
エルシアは兵達へ目を戻す。
「あなたが疑念を作り、彼が状況を動かし、私はそれを信じさせた。それだけです」
数秒。
ホバギが呟く。
「言い方怖いチョワヨ」
ルミナスも頷く。
「俺も人のこと言えないけど、ちょっと怖い」
「そうでしょうか」
エルシアは不思議そうに首を傾げる。
その仕草まで聖女そのものだった。
ホバギは何となく、その横顔をじっと見た。
白銀の髪。
頭上の聖輪。
穏やかな微笑み。
どこかで見た気がする。
ずっと昔。
黒指の仕事で古い資料を漁った時だったか。
教会史。
聖人の記録。
古びた肖像画。
「……ん?」
「どうしました?」
「いや」
ホバギが目を細める。
「お前、どっかで……」
記憶が繋がりかける。
初代。
聖女。
確か。
「昔の記述で見たような――」
エルシアが一歩近づいた。
そして。
人差し指を、そっと唇へ添える。
「しー」
「……」
ホバギは黙った。
ルミナスが二人を見る。
「何?」
「知らんチョワヨ」
「今めっちゃ何か思い出してたじゃん」
「知らんチョワヨ」
「汗出てるけど」
「知らんチョワヨ」
「何それ」
エルシアだけが、何も言わずに微笑んでいた。
⸻
林道へ戻る頃には、王国兵の数は明らかに増えていた。
森の向こうから次々と姿を現し、最初の視察団とは比べものにならない数がこちらへ押し寄せてくる。
「多い多い多い!!視察って人数じゃねえ!」
ゴウンが隣で数え始める。
「余裕で百超えた」
「数えなくていい!」
モリ夫は俺の肩へ完全にへばりついていた。
「旦那。俺もう旦那の服の一部ってことで」
「無理がある!」
「黒いコートに黒いコウモリならバレませんぜ」
「喋ってる時点でバレるわ!」
王国兵達が林道の先で足を止めた。
先頭の男が剣を掲げる。
「英雄殿を解放しろ!!」
「誰が捕まってるんだよ!!」
俺は横にいるアナルベルトを指差した。
本人は普通に立っている。
拘束もされてない。
怪我もしてない。
「ほら!いるだろ!」
兵士達がざわつく。
少しは話が通じるかと思った。
「英雄殿!!」
「ご無事でしたか!!」
「そうそう!」
「今洗脳からお助けします!!」
「何で!?」
アナルベルトも明らかに困惑している。
「待て。俺は拘束されていないし洗脳もされてない。交渉も決裂していない」
「魔物にそう言わされているのですね!」
「何でそうなる!」
「お気の毒にィィィィ!!」
「話を聞け!!」
ゴウンが隣で笑った。
「英雄の言葉より妄想優先してんじゃん」
「笑ってる場合か!」
ディア風呂は兵士達を観察したまま、小さく目を細める。
「やはり妙です」
「洗脳か?」
「そこまでは断定できません。ただ、疑う余地を失っているように見えます」
「疑う余地?」
「ええ。精子で言うなら――」
「今は普通に説明して!」
「承知しました」
素直なのが逆に怖い。
王国兵達がさらに前へ出る。
ベニマルとオーク将軍も、それぞれ兵を抑えるため前へ出た。
アナルベルトが声を張る。
「止まれ!!」
一瞬。
王国兵達が足を止めた。
「これは命令だ。武器を下ろせ」
先頭の兵士が震える。
迷いは残っている。
剣先が僅かに下がった。
いける。
そう思った直後だった。
西側の森から大きな爆発音が響いた。
ドォン!!
「何だ!?」
全員が振り返る。
煙が上がっている。
続いて。
「魔物が攻撃したぞ!!」
王国兵側から怒声が上がった。
「やはり敵だ!!」
「英雄殿を守れ!!」
「待て!!」
アナルベルトの声より先に、兵士達が走り出した。
ベニマルが即座に魔物兵へ指示を飛ばす。
「止めろ!だが殺すな!」
盾と槍がぶつかり、林道へ鈍い金属音が響く。
王国兵が剣を振るい、それをオーク兵が盾で受ける。
一度。
二度。
三度。
耐えていたオーク兵の顔が引きつった。
「このっ!」
反射的に拳を振るう。
王国兵が吹き飛んだ。
「ぐあっ!」
「やったぞ!」
「今のは殺してない!!」
「魔物が兵士を倒した!」
「言い方ァァァァ!!」
俺も前へ出る。
その横から王国兵が剣を振り下ろしてきた。
ゴウンが片手で刃を掴む。
「お」
「おのれ魔王ォォォ!!」
ゴウンが俺を見る。
「俺が魔王ってバレてんだけど」
「何で今まで隠れてたみたいに言うんだよ!」
兵士が必死に剣を引こうとするが、びくともしない。
ゴウンは刃を見ながら聞いた。
「これ高い?」
「知らんわ!!」
「じゃあいらね」
手を離す。
王国兵は勢い余って後ろへ転がった。
「うわっ!」
ゴウンが胸を張る。
「平和的解決できる俺様、偉すぎ」
「今のはまあ平和的か」
肩の上でモリ夫が叫ぶ。
「旦那ァ!右!」
横から槍が飛んでくる。
身体を捻って避け、そのまま柄を掴む。
「だから攻撃すんなって!」
「おのれぇぇぇ魔物め!!」
「話聞け!!」
軽く引くと、兵士が前のめりに転んだ。
モリ夫が俺の肩で騒ぐ。
「今度左!」
「忙しいな!」
「俺も怖いんですぜ!」
「お前何もしてねえだろ!」
上空ではフェラチオが腕を組んでいる。
「リムル。もう面倒だ。余が全部絶技祝いの舌LvMAXで――」
「舐めとるんじゃねえ!」
その直後。
別方向からビーチクが走ってきた。
「下劣スライム!」
「今度は何だ!?」
「巨大乳首展望台予定地へ兵が侵入した!」
「まだ更地だろあそこ!」
「杭を打たれた!!」
「建設現場じゃ普通だろ!」
「敵意ある杭だ!!」
「杭に敵意判定すんな!」
ビーチクは本気で怒っている。
こういう時までいつも通りなのが、逆に少しだけ安心する。
だが。
次の瞬間。
西側からさらに大きな衝撃音が響いた。
木が一本、勢いよく倒れる。
ベニマルが振り返る。
「主殿!」
魔物兵が走ってくる。
「西側で一部の仲間が反撃を開始しました!」
「誰だ!」
「王国兵に負傷させられたオーク達です!」
「止めろ!」
「既に交戦中です!」
「だから早いって!!」
俺は西側へ走った。
途中でも、別の場所から爆発音が聞こえる。
王国側の魔法なのか。
魔物側なのか。
もう分からない。
森を抜けた先では、既に本格的な戦闘が始まっていた。
オーク。
ゴブリン。
王国兵。
互いに剣を振るい、盾をぶつけ、魔法を撃っている。
「やめろ!!」
声を張る。
何人かがこちらを見る。
でも。
その直後。
王国兵の槍が一人のオークの腕を掠めた。
「ぐっ!」
「てめえ!!」
別のオークが反射的に拳を振り上げる。
「待て!」
間に合わない。
拳が王国兵を吹き飛ばした。
「仲間がやられたぞ!」
「魔物を討て!」
「こっちの台詞だ!」
怒号が重なる。
俺の声も届いてはいる。
それでも。
止まらない。
一度相手を敵だと思えば。
後は勝手に理由を作る。
さっきアナルベルトが言っていた通りだった。
「……最悪だ」
思わず漏れた。
横を見ると、いつの間にかゴウンがいた。
「俺あんま喧嘩売られることないから新鮮だわ」
「お前追ってきたの?」
「俺ならこんな人間余裕なんすけど?」
「だから殺しちゃダメなんだよ」
「めんどくさ」
「倫理観終わってるこいつ」
俺は森の向こうを見る。
剣がぶつかる。
仲間が叫ぶ。
人間も叫ぶ。
多分。
ここにいるほとんどの奴は。
最初からこんなことを望んでいなかった。
「ベニマル!」
「はっ!」
「仲間を下げろ!」
「しかし――」
「俺が前に出る。死なせるな!」
ベニマルは一瞬だけ黙り、それから強く頷いた。
「承知!」
オーク将軍も声を張る。
「全員下がれ!」
だが。
全員を止められたわけじゃない。
西。
北。
林道。
それぞれの場所で戦闘は続いている。
偽物の死体。
偽物の犯人。
偽物の報告。
誰かが積み上げた嘘の上で。
今。
本物の奴らが。
本気で殺し合おうとしている。
俺は拳を握った。
「……ふざけんなよ」
遠くで王国兵が叫ぶ。
「進め!!」
魔物側からも怒号が返る。
「押し返せ!!」
そしてまた、森の奥で大きな音が響いた。
戦争は。
もう始まりかけているんじゃない。
始まっていた。
つづく……