朝。
チンポリス中央広場で目を覚ました俺の前には、昨日まで存在しなかった巨大な特設ステージが建っていた。
広場いっぱいに並べられた大量の椅子。街の建物よりデカい巨大スクリーン。紅白の幕。どこから供給されているのか分からない紙吹雪まで朝っぱらから舞っている。
そしてステージ中央には、嫌でも目に入るサイズで横断幕が掲げられていた。
『祝!!第50話!!第一回・精子垂らす人気投票!!』
「……」
俺は静かに目を閉じた。
「夢だな」
ーーー告、現実ですーーー
「最悪」
ーーー告、ただし今回は本編とは異なる別時空となっておりますーーー
「は?」
クンニ君が、まるで天気予報でも読み上げるような調子で説明を始める。
ーーー告、本編における時系列、敵対関係、所属国家、政治情勢、生死、その他あらゆる面倒な整合性を一時的に無視しますーーー
「無法宣言すんな」
ーーー告、したがって現在進行中の戦争も本日は休止ですーーー
「戦争って休めるの!?」
ーーー告、第51話から第49話終了時点へ何事もなかったように復帰しますーーー
「そんな雑なことあるんだ」
俺は頭を抱えながら、改めて中央広場を見渡した。
そこでようやく、ステージ以上におかしいものへ気づく。
いる。
めちゃくちゃいる。
普段からチンポリスにいるベニマル、シュナ、シオン、リグルド、カイジン、モリ夫。オーク将軍やV豚オーク、ガマンダもいる。
そこまではまだいい。
ビーチク、フェラチオ、クラウディ、ディア風呂。
ゴウン。
アナルベルト、ハインリッヒ、ナメト、ケツエンド。
ミリム。
レオン。
ガゼル王。
さらにブルムンドで会ったカバル、エレン、ギドまで、まるで同窓会にでも呼ばれたような顔で椅子に座っている。
敵味方どころか国家間の距離すら消滅していた。
そして。
俺はある席を見て止まった。
シズさんがいた。
それ自体は、この別時空とかいう何でもありルールなら百歩譲って分かる。
問題はその隣だった。
炎っぽい奴が、ごく自然に座っている。
「イフリートォォォォォォォォ!?」
俺の声で広場中が振り返り、当のイフリートも何事もなかったようにこちらを見る。
「お久しぶりです。メンテ以来ですね」
「いやお前死んだだろ!?」
ーーー告、別時空ですーーー
「便利すぎる!!」
シズさんが少し困ったように笑った。
「今日はこの子と仲良くしています」
「この時空だと仲良いんだ!?」
イフリートも当然のように頷く。
「現在、関係性は安定稼働しております」
「人間関係をサーバーみたいに言うな!」
すると少し離れた席から、レオンが無言で立ち上がった。
「……イフリート」
「はい」
レオンはシズさんを見て、次にイフリートを見る。
もう一度シズさんを見る。
「なぜお前がシズの隣にいる」
「現在は協調運用中です」
「協調運用……?」
レオンの眉が僅かに動いた。
「俺のイフリートをNTRだと……?」
「そこで焦るの!?」
シズさんまで驚いた顔をする。
「取ってませんよ別に」
イフリートもすぐに続けた。
「所有権の移転は確認されておりません」
「真面目に回答すんな!!」
後ろの席からゴウンが面白そうに身を乗り出す。
「魔王のNTR現場初めて見た」
「違う」
「反応早」
「違う」
ルミナスまで笑いながら横から入ってきた。
「でもちょっとショックだったでしょ?」
「違う」
「三回言った!!」
開始三分。
既に収拾がつかない。
本編ではまともに顔を合わせたことすらない奴らが当然のように会話しているし、死んだ奴は普通に生きているし、魔王は自分のイフリートをNTRされたと思っている。
別時空ってすげえな。
「というか誰が進行すんだよ!」
俺は嫌な予感を覚えながらステージへ視線を向けた。
司会席には三つの名札が置かれている。
『ビーチク』
『ルミナス』
『アナルベルト』
三人とも既に着席していた。
「人選終わってるだろ!!そもそも俺ルミナスと面識ねえからな!?」
アナルベルトも真顔だった。
「俺もそう思う」
「なんで引き受けたんだよ!」
「抽選だ」
ーーー告、厳正な抽選ですーーー
「抽選が無能!」
その隣ではビーチクが司会台を触りながら、やたら真剣な顔をしている。
「ふむ」
「何してんの?」
「司会台の乳輪比が悪い」
「始まる前から改装すんな!」
反対側ではルミナスが既に手元の順位表を覗き込んでいた。
「これ俺の順位だけ三倍にしていい?」
「よくない」
アナルベルトが即答する。
「じゃあ他人の票を三分の一にする?」
「もっと駄目だ」
「じゃあ何ならいいの?」
「司会をしろ」
「注文多いなぁ」
「司会の仕事しか頼んでねえよ!」
この三人だけでは確実に番組が崩壊すると判断されたのか、その後ろには進行補助としてベニマルとシュナが控えていた。
ベニマルが俺を見る。
「主殿。ご安心ください」
「何を?」
「我々が進行を支えます」
「このメンツ見てまだ安心できると思う?」
シュナも柔らかく微笑んだ。
「進行を妨害する方には陰核退場していただきます」
ルミナスとビーチクが同時に姿勢を正す。
「陰核退場効いてる」
アナルベルトはしばらくシュナを見たあと、静かに口を開いた。
「お前、こっちに座らないか?」
「司会を押し付けないでください」
「惜しい」
やがてファンファーレが鳴り響き、巨大スクリーンに『第一回・精子垂らす人気投票!!』の文字が映し出された。
パパパパーン!!
何故か会場からちゃんと拍手まで起こる。
俺も仕方なくステージ脇へ移動した。
「で、何位から?」
ベニマルが進行表を確認する。
「総合順位は十位から発表いたします」
「十人だけ?」
「圏外の方々には後ほど部門賞があります」
何故かその瞬間、ベニマルの視線がモリ夫へ向いた。
モリ夫が勢いよく立ち上がる。
「圏外前提で俺の方見ないでもらえます!?」
「まだ何も言ってねえよ!」
V豚オークも両手を突き上げる。
「ランキングイベント来たァァァァァァ!!」
「うるせえ!」
「限定称号は!?ランキング報酬は!?上位限定スキンは!?」
「ありません」
「虚無イベじゃん!!」
オーク将軍がゆっくり振り返る。
「バカ?」
「ハフーン」
「人気投票でもそれやるんだ」
ベニマルが咳払いし、強引に進行を戻した。
「それでは、第十位」
スクリーンが光る。
『第10位 ピロシキ』
拍手。
ピロシキは静かに立ち上がり、胸元へ手を添えた。
「僕がどうやら十位みたいでしゅね。皆様に覚えていただけて光栄でしゅ」
誰?
おそらく会場にいる大半が同じことを思った。
誰も覚えていないような顔をしているのに、本人だけは当然のランクインみたいな態度で立っている。
普通に出てくるのが逆に怖い。
ルミナスだけが司会席から嬉しそうに笑った。
「すっげ!『コロッケ!』に出てくるカラスミの部下じゃん」
「なんでそんな詳しいんだよお前は」
「嬉しい?」
「そうでしゅね」
「もっと喜ばないの?」
ピロシキは柔らかく微笑んだ。
「順位とは、ハムスターの大車輪の如しでしゅ。まるでマンモスの牙を可視化したような」
「全然意味わからん」
「お前キモすぎでしゅ」
黒指の席からホバギが小声で漏らした。
「……俺より高いチョワヨ」
ピロシキがそちらを見る。
「何か?」
「でしゅって言えよチョワヨ」
その隣で右京さんが深く頷く。
「いい質問ですねぇ」
「誰も質問してないチョワヨ」
「その質問、私ちょっと地雷なんですよね」
「いい質問なんじゃねえのかよ」
イルゼがもう頭を抱えていた。
「始まって五分で黒指席閉鎖して帰りたい」
グラビオはそんな三人を横目に本を読みながら呟く。
「品がありませんね皆様」
俺は本の表紙を見る。
『異世界エロエルフ大全II〜触手と熟女とアヌスを添えて〜』
「お前だけには言われたくねえ」
黒指席が既に終わっている間にも、スクリーンは次の順位へ切り替わる。
「第九位!」
『第9位 モリ夫』
「うおおおおおおおお!!」
モリ夫が俺の肩へ飛び乗りそうな勢いで跳ねた。
「旦那!!九位!!俺九位ですぜ!!」
「普通に高いじゃん!」
「生きててよかったァァァ!!」
その喜びに水を差すように、ベニマルが補足資料へ目を落とす。
「なお、投票の約七割が第36話から第37話周辺に集中しています」
モリ夫の動きが止まった。
数秒。
「俺、死んだ時の票じゃねえか!!」
会場全体が爆笑する。
「笑うなァァァァァァ!!生きてる俺を見ろォォォォ!!」
俺も気になって票の内訳を確認する。
「ほんとだ。復活後ちょっと落ちてる」
「旦那まで分析しないで!!」
ゴウンが横から覗き込む。
「死亡ブーストあるじゃん」
「じゃあもう一回死んだら上がります?」
「やめろや!!」
モリ夫は即座に俺の肩へ飛び乗った。
「人気より命!!俺は人気より命を取りますぜ!!」
「そこだけは成長したな」
死亡によって人気を獲得した男が必死に生存を宣言している横で、第八位が表示される。
『第8位 フェラチオ』
フェラチオは腕を組んだまま、少しも動かなかった。
「ふん」
「お、意外と冷静」
「余は人気投票などという俗な催しに興味はない」
「へえ」
「余の価値を数字如きで測ろうという発想そのものが浅薄である」
「まあ本人がいいなら」
その横でクラウディが順位表を覗き込んだ。
「ちなみに妾は六位じゃ」
「……」
フェラチオが止まった。
クラウディは半目のまま、ほんの少しだけ口元を緩める。
「妾より低かったのぉ」
「死ね」
「めちゃくちゃ気にしてんじゃん!!」
クラウディは明らかに楽しくなっていた。
「二つも下じゃ」
「黙れ」
「余の価値は数字では測れんのじゃろ?」
「貴様だけは別だ」
「効いとる効いとる」
「殺すぞ」
「人気投票で殺し合うな!!」
フェラチオは手元の得票数が書かれた紙を無言で握り潰した。
全員がそこを見る。
「紙が脆い」
「誰も聞いてねえ言い訳すんな!」
第八位という数字が思った以上にフェラチオへ深い傷を残したまま、次の順位が映し出される。
『第7位 ミリム』
「七位なのだ!?」
ミリムが勢いよく立ち上がる。
「もっと上だと思ってたのだ!」
「めちゃくちゃ素直!!」
ミリムは机を十回叩いた。
「リムル!七位って強いのか!?」
「人気投票に強さ関係ねえよ」
「じゃあ一位を倒せば一位なのだ?」
「絶対やめろ!!」
ミリムは早くも一位の姿を探して会場を見渡している。
「一位は誰なのだ?」
「まだ秘密」
「倒す準備だけしておくのだ!」
「準備すんな!」
近くでレオンが額を押さえた。
「相変わらずだなミリム」
ミリムが振り返る。
「レオンは何位なのだ?」
「残念ながら圏外だ」
「弱いのだ!」
「人気投票に強さ関係ないって今言っただろ!!」
レオンが謎の敗北を喫した直後、第六位が発表された。
『第6位 クラウディ』
クラウディは椅子に座ったまま、特に喜ぶでもなくスクリーンを見上げる。
「妾か」
「嬉しくないの?」
「一位には何が出る?」
「何もない」
「帰る」
「早い早い!」
クラウディは本当に席から立ち上がった。
「六位で景品なし。時間効率が悪い」
「人気投票を時給換算するな!」
フェラチオが鼻で笑う。
「ふん。俗物め」
クラウディが振り返る。
「八位」
「死ね」
「まだ効いてる!!」
帰ろうとしていたクラウディがフェラチオを煽るためだけに席へ戻る。
たぶん今日一番人気投票を楽しんでいるのはこいつだ。
そんな二人を放置したまま、ベニマルが第五位のカードを見る。
僅かに眉が動いた。
「これは……」
「何?」
「第五位」
スクリーンが光る。
『第5位 クンニ君』
「は?」
俺は画面を見る。
もう一度見る。
やっぱり書いてある。
『クンニ君』
「お前そんな高いの!?」
ーーー告、ありがとうございますーーー
会場が妙にざわついた。
姿すらない脳内音声が五位。
どういう人気投票だよ。
ーーー告、妥当な結果ですーーー
「どこが!?」
ーーー告、長期にわたる功績、情報提供、補助能力、安定したツッコミ性能などが評価されたものと推測されますーーー
「最近ほぼ喋ってねえだろお前!」
ーーー告、出番と人気は必ずしも比例しませんーーー
「急に評論家になるな!」
ゴウンが隣で笑い始める。
「脳内音声が五位って作品としてどうなん?」
「俺が聞きてえよ!」
ーーー告、なお私への投票理由第一位は『なんか好き』ですーーー
「一番強い人気の付き方してんじゃねえか!!」
「なんか好きって強いな」
「お前まで分析すんな!」
俺は何となく嫌な予感がして、まだ伏せられている残りの順位を見る。
「……ちなみに俺は?」
ベニマルが僅かに目を逸らした。
「次です」
「え?」
「第四位です」
一瞬だけ安心した。
「勝ってんじゃん!!」
ーーー告、一つ上ですねーーー
「お前さっきから何で対抗意識あんの!?」
ーーー告、ありませんーーー
「その割に返答早いな」
スクリーンが切り替わる。
『第4位 リムル』
「主人公四位ィィィィィィ!!」
拍手が起きる。
クンニ君より上だった。
上だったけど。
全然嬉しくない。
ゴウンが腹を抱えて笑っている。
「主人公補正弱くね?」
「黙れ途中参加!!」
「でも脳内音声と一個差じゃん」
「勝ちは勝ちだろ!!」
ーーー告、僅差ですーーー
「お前は五位なんだから黙ってろ!!」
ーーー告、承知しました。四位様ーーー
「腹立つゥゥゥゥ!!」
シオンが勢いよく立ち上がった。
「無効です!!」
「何が!?」
「リムル様が一位ではない人気投票など認められません!」
「座れ!」
「私はリムル様へ1まんこ投じました!」
「万個を平仮名にするんじゃねえ」
ケツエンドが事務的に資料を確認する。
「同一人物による重複票として全て無効処理した」
「仕事できすぎの男!!」
シオンがケツエンドを睨む。
「何故です!!」
「規約」
「リムル様への愛に規約などありません!」
「ある」
「行政つええ!」
今度はリグルドが腕を組み、何か妙なことを考え始めている。
「しかしリムル殿が四位ということは、次期王候補として私にも勝機が――」
「何の話してんの?」
「支持率です」
「人気投票を選挙に変えるな!」
すると少し離れた席でガゼル王まで静かに手を上げた。
「年代別、地域別、アナルの太さの得票分布はあるか?」
「王まで本気で分析し始めた!!」
「民意の尿道把握は王の務めだ」
「これ国政に使っちゃダメなデータ!!」
「ちなみにドワルゴン国内票は?」
「集計対象外です」
「再集計だ」
「めちゃくちゃ気にしてんじゃねえか!!」
俺の四位が何故か二ヶ国の政治問題へ発展しかけたところで、第三位が表示された。
『第3位 ビーチク・バフォメット』
ビーチクがゆっくり立ち上がる。
「三位か」
「結構高いな」
「当然だ」
「素直に喜べよ」
一度は満足そうに頷いたビーチクだったが、直後に得票グラフへ目を移した途端、眉をひそめた。
「待て」
アナルベルトが露骨に嫌そうな顔をする。
「何だ」
「この票分布、乳輪補正値が反映されていない」
「反映しなくていい」
「投票者の乳頭形状による重み付けは?」
「ない」
「乳首感度による地域差は?」
「ない」
ビーチクが司会台を叩いた。
「欠陥選挙ではないか!!」
「何の選挙だよ!!」
ルミナスが横から入る。
「じゃあ俺の票にも乳首補正つけてよ」
「なら貴様の乳首データを提出しろ」
「やだ」
「ならば失格だ」
「何でお前が決めるの?」
アナルベルトがとうとう頭を抱えた。
「もう司会をやめたい」
ベニマルが静かに肩を叩く。
「まだ二位と一位があります」
「お前、普段これを毎日やってるのか?」
「毎日です」
アナルベルトがベニマルを見る。
「……強いな」
「そちらこそ」
「俺の前で苦労人同盟結成すんな!!」
ビーチクが裏で乳輪補正付き再集計の申請書を書き始める中、会場の視線がスクリーンへ戻った。
残すは二人。
ルミナスが順位表を見る。
「あ、次ゴウンだわ」
「勝手に言うなァァァァ!!」
「あ」
「司会がネタバレすんな!」
「ごめん」
スクリーンが光る。
『第2位 アイン=イクイク=ウンコ=ゴウン』
ゴウンが立ち上がった。
「うぇーい」
「軽っ!!」
盛大な拍手の中、ゴウンは両手を広げる。
「いや、普通に妥当じゃね?」
「自分で言うな!」
「俺何話から出たっけ」
「44話!」
「で、二位?」
「そうだよ!」
ゴウンが親指を立てた。
「コスパ良」
「人気をコスパで語るな!!」
「登場六話くらいで二位ってヤバくね?」
「数えんな!」
「古参もっと頑張れよ」
「途中参加が一番言っちゃいけねえ台詞!!」
ゴウンはそのまま俺の横まで来る。
「ちなみに四位さん」
「何だよ二位」
「俺、お前の半分以下の登場話数で上なんだけど」
「知ってるよ!!」
「これって……才能かな」
「ぶん殴るぞ」
シオンが再び立ち上がる。
「異議あり!!」
「だから座れ!」
ゴウンは俺の肩を叩いた。
「まあ元気出せよ四位」
「触んな二位!」
「俺、主人公じゃないのに二位」
「それ以上言うとギャラクシースプラッシュするぞ」
「順位変わんないけど?」
「殺す!!」
ーーー告、暴力による順位変更は認められておりませんーーー
「知ってるわ!!」
ゴウンが笑いながら自分の席へ戻っていく。
「四位、がんば」
「51話で覚えてろよ!!」
ーーー告、本話の記憶は次回へ持ち越されませんーーー
「逃げ道まで完璧!!」
会場が笑いに包まれた。
そして、いよいよ第一位。
さっきまで好き勝手に騒いでいた連中まで、なぜか少しだけ前のめりになっている。
ミリムは一位を倒す気満々で拳を握り、フェラチオは「興味はない」と言った割に誰よりスクリーンを凝視している。
クラウディは帰る準備を済ませた状態で結果だけ確認しようとしている。
ゴウンは二位の余裕なのかふんぞり返り、ビーチクは結果そっちのけで再集計申請書を書いている。
ルミナスは未だに自分の名前を書いた票を机の下で増やそうとしており、アナルベルトが無言でそれを没収した。
「さて」
ベニマルが封筒を手に取る。
会場のざわめきが少しずつ静まった。
「第一回『精子垂らす』人気投票。栄えある第一位は――」
「余であろう」
フェラチオが言う。
クラウディが即座に振り返る。
「八位」
「黙れ」
ミリムも手を上げる。
「ミリムなのだ!」
「七位です」
「まだチャンスはあるのだ!」
「ないよ!」
ゴウンが自分を指差した。
「実質俺じゃね?」
「二位って出ただろ!」
ビーチクも胸を張る。
「乳首補正後なら我だ」
「補正すんな!」
俺も何となく息を呑んだ。
ベニマルが封筒を開く。
中を見る。
そのまま止まった。
「……」
「何?」
シュナも横から覗き込む。
そして止まった。
「……まあ」
「何!?」
何だその反応。
巨大スクリーンがゆっくり切り替わる。
『第1位』
会場全体が画面を見上げた。
そして名前が表示される。
『賢者アナルディウス改』
「「「「「なんでだよォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」」」」」
広場の後方で。
巨大なケツがゆっくりと立ち上がった。
「弱ァい♡」
「帰れェェェェェェ!!」
アナルディウスは既に胸へ新しい名札を貼っていた。
『人気投票一位・賢者アナルディウス改Ver.3.0』
「勝手にアップデートしてんじゃねえ!」
老人は喝采を浴びる王のように両腕を広げる。
「民意じゃ」
「絶対違う!!」
「Googleレビュー☆6.9」
「関係ねえ!!」
ギドがスマホを見る。
「にょほほ……レビューまだ☆6.9あるにょ」
「お前まだ見てたの!?」
アナルディウスは得意げにケツを叩く。
「ワシの芸術性がようやく世界に理解されたようじゃな」
黒指席のグラビオが眼鏡を押し上げた。
「芸術性という点ではあのデカケツは疑問ですね」
「お主に芸術性を言われとうない」
「初対面で正論言われとる」
エレンも感心したようにアナルディウスを見る。
「ご年配なのに一位なんですね」
「年齢関係ないよ!」
カバルは完全に理解を諦めた顔をしていた。
「俺、人気投票ってもっとこう……人気や人望ある奴が一位になるもんだと思ってた」
「俺もだよ!」
ギドが頷く。
「人気はあるにょ」
「どこに!?」
するとアナルディウスがゆっくり俺へ顔を向けた。
「リムルよ」
「何だよ」
「四位」
「殺すぞ」
「弱ァい♡」
「ギャラクシースプラッシュ!!」
ドゴォォォォォォン!!!
衝撃と共にステージの端が吹き飛び、紙吹雪と木片が会場へ降り注ぐ。
シュナの笑顔が消えた。
「リムル様」
「ごめんなさい」
反射で謝った。
⸻
総合順位の発表は終わった。
普通ならここで閉会してもいいはずだった。
だが、この企画にそんな良識は存在しなかった。
破損したステージの一部をカイジン達が修理している横で、巨大スクリーンに新しい文字が表示される。
『特別部門賞』
「まだやるの!?」
V豚オークが再び立ち上がった。
「サブランキング来たァァァァ!!」
オーク将軍が見る。
「バカは?」
「黙りゅ」
「ヨシ」
「学習してるのかしてないのか分かんねえ!」
最初の部門が発表される。
『最も関わりたくない人物』
候補者。
ルミナス。
エルシア。
アナルディウス。
フェラチオ。
右京さん。
ピロシキ。
「人選強すぎるし最後誰だよ」
右京さんが手を上げた。
「いい質問ですねぇ」
「まだ何も聞いてません」
「この候補者選定、私ちょっと地雷なんですよね」
イルゼが即答する。
「じゃあ自衛して帰ってください」
「イルゼ君、最近冷たくないですか?」
「ずっとだよ」
結果。
『第一位 アナルディウス』
「二冠じゃァァァァ!!」
「最悪の二冠王!!」
アナルディウスは何故か泣いて喜んでいる。
「人気と嫌悪は表裏一体!」
「都合よく解釈すんな!」
続いて。
『最も死にそうなキャラ』
モリ夫の顔色が一瞬で悪くなる。
「待って」
結果。
『第一位 モリ夫』
「知ってたァァァァァァ!!」
会場から盛大な拍手が起こる。
「拍手すんな!!」
俺は肩の上のモリ夫を慰めるように叩いた。
「圧勝だったぞ」
「嬉しくねえ!!」
「二位との差、四倍です」
「俺に何を期待してるんですかい!?」
ゴウンが答える。
「死」
「直球やめろ!!」
さらにスクリーンが切り替わる。
『最もまともな人物』
今度は会場が妙な静けさに包まれた。
カバルが嫌な顔をする。
アナルベルトも嫌な顔をする。
ベニマルまで嫌な顔をする。
「なんで候補者全員嫌そうなの?」
結果。
『第一位 カバル』
「……」
拍手。
カバルは両手で顔を覆った。
「この作品で一位取りたくなかった」
「それはそう」
エレンだけは嬉しそうに拍手している。
「おめでとうございます!」
「何も嬉しくねえよ!」
ギドも頷いた。
「まとも税かかりそうにょ」
「何だよそれ」
エレンが真剣な顔になる。
「所得扱いですか?」
「お前が二位じゃない理由分かったわ」
次。
『国家予算を最も食い潰しそうな人物』
ビーチクが勢いよく立ち上がる。
「待て」
結果。
『第一位 ビーチク』
「都市投資と言え」
「認めた!!」
「巨大乳首展望台は百年後を見据えた公共事業だ」
ケツエンドが資料を見る。
「採算計画がない」
「これから作る」
「却下」
「貴様ァ!!」
「行政に乳首が負けた!」
そして。
次の部門名がスクリーンへ表示された。
『最も主人公っぽい人物』
俺は即座に席を立った。
「これは俺だろ」
さすがにこれは俺だろ。
作品名が何であろうが、ここだけは譲れない。
ゴウンが嫌な笑い方をする。
「フラグ乙」
「黙れ!これはさすがに俺だよ!」
「主人公四位だったけど?」
「総合と部門は別だろ!」
「必死じゃん」
「お前に主人公の座まで取られてたまるか!」
ベニマルが結果の紙を見る。
一瞬だけ俺から目を逸らした。
嫌な予感。
「それでは発表します」
「待てベニマル」
「はい」
「何で今俺から目逸らした?」
「気のせいです」
「絶対違う!」
スクリーンが光った。
『最も主人公っぽい人物 第一位』
俺は祈るような気持ちで見上げる。
そして。
『アイン=イクイク=ウンコ=ゴウン』
「…………」
会場がざわついた。
俺は一度スクリーンを見る。
次にゴウンを見る。
もう一度スクリーンを見る。
「なんであいつなんだよォォォォォォ!!」
ゴウンが椅子からゆっくり立ち上がる。
「二冠じゃん俺」
「正確には二冠じゃねえしアナルディウスみたいな喜び方すんな!!」
ゴウンは胸を張った。
「まあ、全身骨って主人公感あるし」
「どこが!?」
「最強だし」
「俺も強い!」
「魔王だし」
「俺も魔王!」
「異世界人」
「俺もだよ!!」
「国持ってる」
「俺も持ってるわ!!」
「美形」
「骨だろお前!!」
ゴウンは少し考えた。
「じゃあ何で俺なんだろ」
「こっちが聞いてんだよ!!」
ーーー告、オーバーチンポ人気ですーーー
「なにそれ」
ゴウンが俺を見る。
「もしかして俺、お前より主人公向いてる?」
「向いてねえよ!」
「じゃあ票が間違ってる?」
「……」
「民意否定すんの?」
「アナルディウスと同じ武器使うな!!」
アナルディウスが後ろから叫ぶ。
「やはり民意じゃァ!」
「お前は黙れ一位!!」
ゴウンは壇上へ上がると、何故か俺の立ち位置だった場所へ堂々と立った。
「じゃ、次回から精子垂らすは俺主人公ってことで」
「待て待て待て!!」
「俺とアナルベルトが共闘する」
「なんでお前が!?」
アナルベルトが司会席から真顔で言う。
「俺も嫌だ」
「本人から拒否された!」
ゴウンが首を傾げる。
「じゃあリムル役も俺やる?」
「作品ごと乗っ取る気か!!」
「タイトルも変える?」
「何に!?」
ゴウンは少し考えた。
「『骨、垂らす』」
「何垂らすんだよ!!」
「骨髄?」
「怖ぇよ!!」
ルミナスが爆笑している。
「俺それ読みたい」
「読者になるな!」
ゴウンはさらに調子に乗る。
「主人公なら必殺技も欲しいな」
「お前元からいっぱい持ってるだろ!」
「ギャラクシースプラッシュ借りるわ」
「絶対貸さねえ!」
「ギャラクシー骨骨ボーンスプラッシュ」
「ダサすぎる」
「今俺の技ダサいって言った?」
「言ったけど」
「四位が?俺に?意見?」
「順位で発言権決めんな!!」
ーーー告、なお主人公部門においてリムルは第二位ですーーー
「二位だったの!?」
一瞬だけちょっと嬉しい。
ゴウンがこっちを見る。
「また俺の下じゃん」
「言うなァァァァァァ!!」
「総合でも俺二位、お前四位。主人公適性でも俺一位、お前二位」
「数字並べるな!!」
「直接対決二勝ゼロ敗」
「スポーツみたいに言うな!!」
ゴウンが満足そうに俺の肩を叩いた。
「次期主人公として頑張るわ」
「現主人公がここにいるんだよ!!」
ーーー告、政権交代ですーーー
「クンニ君まで裏切ったァァァァ!!」
会場全体が笑いに包まれる。
今日一番傷ついた。
総合四位より傷ついた。
⸻
気づけば夕方になっていた。
朝には一応それらしい人気投票会場だった中央広場も、今では祭りの後というより暴動の後に近い。
ステージ上ではミリムとV豚オークが、いつの間にか始めた謎のランキングバトルで揉めている。
「ミリムの戦闘力ランキングは一位なのだ!」
「いや環境Tier表だとナーフ候補だろ!!」
「なーふって何なのだ!?」
「弱体化!!」
「誰がするのだ!?」
「運営!!」
「運営を倒すのだ!!」
「世界観壊すな!!」
クラウディは景品がないと知った時点で一度温泉へ向かったはずなのに、フェラチオを煽るためだけに何度も会場へ戻ってきていた。
「のぉ、八位」
「しつこいぞ貴様」
「妾、温泉入って戻ってきてもまだ六位じゃった」
「順位変わるわけねえだろ温泉入って」
「お主もまだ八位じゃ」
「死ね」
「お前ら夕方までやってたの!?」
フェラチオの足元には、いつの間にか何枚もの紙が散らばっていた。
よく見ると全部、
『投票母数における知性水準の低さについて』
『余を八位とした集計制度の構造的欠陥』
『クラウディが六位であることの統計的不自然性』
と書かれている。
「めちゃくちゃ分析してんじゃねえか!!」
「余は興味などない」
「論文三本書いてる奴の台詞じゃねえ!」
少し離れた場所では、ビーチクがケツエンドへ乳輪補正付き再集計申請書を提出していた。
「受理しろ」
「却下」
「まだ読んでいないだろう」
「表紙に『乳輪係数』と書いてある」
「重要項目だ」
「却下」
「行政が腐っている!」
「乳首基準で行政評価すんな!」
司会席ではルミナスが投票箱へ自分の名前を書いた紙を大量に突っ込もうとしており、その手首をアナルベルトが無言で掴んでいた。
「離してよ」
「何枚持ってる」
「二百」
「没収」
「民主主義の敵じゃん」
「お前が民主主義の敵だ」
「正論つよ」
その横を通りかかったゴウンが俺を見つける。
「お、四位」
「主人公一位は黙れ」
「まだ効いてんじゃん」
「今日だけで何回言う気だよ!」
ーーー告、四位ですーーー
「お前も五位を誇るな!!」
ーーー告、事実確認ですーーー
「絶対楽しんでるだろ!」
一方、会場の端ではシズさんとイフリートが何故か普通にお茶を飲んでいた。
朝からあれだけ騒ぎになったのに、二人の周囲だけ妙に穏やかだ。
「この紅茶、美味しいですね」
「現在、温度は最適値を維持しております」
「ありがとうございます」
「仲良いなぁお前ら!」
少し離れた柱の陰。
レオンがずっとそっちを見ている。
「……」
「まだ気にしてるの?」
「気にしていない」
「めっちゃ見てるよ」
「見ていない」
その時、イフリートがレオンの視線に気づいた。
「レオン様も参加されますか?」
レオンは少し黙った。
シズさんも何も言わずに席を一つ空ける。
「……」
数秒。
「行く」
「行くんだ!?」
レオンは本当に二人のところへ歩いていった。
別時空、すげえ。
そのさらに奥。
黒指席。
嫌な予感がして見てみると、ホバギが大量の投票用紙を並べて何か作業していた。
「何してんの!?」
「偽票チョワヨ」
「やめろ!!」
「本物より精巧チョワヨ」
「票に精巧さ求めてねえ!」
「紙質も筆圧も筆者の癖も再現済みチョワヨ」
「本気出す場所そこじゃねえよ!」
右京さんが横から覗き込む。
「偽票×本票ですか?」
ホバギが真顔になった。
「何言ってるチョワヨ?」
「精神的には本票が攻めですね」
「帰れチョワヨ」
イルゼが椅子から立ち上がる。
「僕もう帰っていい?」
グラビオが『異世界エロエルフ大全II』から顔も上げずに答える。
「まだ閉会式があります」
「お前ら閉会式までいる気なの!?」
「折角ですので」
「妙なところだけ律儀なんだよ!!」
少し離れたところでは、ガゼル王がまだケツエンドへ食い下がっていた。
「『最』上級ケツ穴管理士制度だけでもアナルナメス王国にも導入せんか」
「ありません」
「いや頼む」
「ありません」
「いくら払えばいい?」
「ありません」
ガゼル王が初めて少し不満そうな顔をする。
「では何ならいいのだ」
「無理」
「浅い、な」
「それムカつく」
その隣でカバルが呆れたように眺めている。
「王様って大変なんだな」
エレンが頷く。
「税金の資料もいっぱい見るんでしょうね」
「何でお前は税金から離れられないんだよ」
ギドがスマホを見せる。
「アナルディウスのレビューが一位記念で増えてるにょ」
「一体誰がレビューしてんだよ!!」
そして。
中央ステージ。
今回の人気投票で栄えある一位を獲得した賢者アナルディウスは、誰にも頼まれていない巨大ポスターを設置していた。
老人の巨大な顔写真。
その下には二文字。
『ケツ』
「撤去しろォォォォォォ!!」
アナルディウスが振り返る。
「嫉妬か?」
「違う!!」
「四位」
「ギャラクシースプラッシュ!!」
「弱ァい♡」
ドゴォォォォォォォォン!!!!
今度こそステージ中央が吹き飛んだ。
司会台が宙を舞い、ビーチクが「乳輪比がァァァァ!!」と叫びながら飛んでいく。
投票箱からルミナスの偽票が大量に舞い上がり、それを見たホバギが「俺のじゃないチョワヨ!!」と謎の弁明を始める。
ミリムが「一位を倒せば一位なのだ!?」と爆発した場所へ走り出し、アナルディウスが巨大なケツを揺らしながら逃走。
クラウディは飛んできた椅子を避けることすらせず尻尾で払い、フェラチオは八位の集計資料だけは何故かしっかり抱えている。
ガゼル王は舞い散る投票用紙を一枚掴み、「これを集計すれば他国でもケツマン検定が」とまだ諦めていない。
シズさんとイフリートは爆風の中でも普通にお茶を飲み、ようやく同じ席についたレオンだけが無言で見守っていた。
黒指席では右京さんが飛んできた椅子を見ながら、
「椅子×机ですねぇ」
と言い出し、イルゼが本気で帰ろうとしている。
紙吹雪。
悲鳴。
笑い声。
爆発。
偽票。
飛んでいく司会台。
そして何故か空から落ちてきた乳首。
「誰の乳首!?」
もう人気投票の面影なんてどこにもなかった。
その地獄みたいな光景の中、クンニ君だけがいつも通りの声で告げる。
ーーー告、第50話記念特別企画は以上となりますーーー
「この状態で締めるの!?」
ーーー告、次回より通常時空へ復帰しますーーー
「待て待て!片付けは!?」
ステージは半壊。
広場は紙まみれ。
投票箱は爆発。
アナルディウスの『ケツ』ポスターだけ何故か無傷。
どう考えても復旧に数日はかかる。
ーーー告、存在しなかったことになりますーーー
「最強の清掃方法!!」
「……」
「……ん?」
広場の隅。
誰にも話しかけられず、最初から最後まで静かに立っていたディア風呂がいた。
「私が最初から最後まで忘れられてるとは……」
「精子垂らしてますね」
「お前いたのォォォォォォ!?」
つづかない。
第51話は第49話の続きです。