「……俺達、戦ってる場合じゃなくないか?」
「奇遇だな。俺も今まったく同じことを考えていた」
アナルベルトがゆっくり剣を下ろした。
俺も構えを解き、改めて周囲を見渡す。
あちこちで剣と魔法がぶつかり、王国兵と魔物達が未だに殺し合っている。
爆発。
怒号。
悲鳴。
遠くでは何故か巨大な便器が燃えている。
誰だよ戦場に便器持ってきた奴。
その時。
俺の足元から影が伸びた。
黒い影の中から、ソウエイが静かに姿を現す。
「リムル様」
「うわビックリした久しぶりだなソウエイ」
「既に国家周囲に潜伏してる兵士の索敵と射精済みです」
「後半どう考えてもいらないけどありがとう」
この戦争。
どう考えてもおかしい。
王国側にもこちら側にも、互いを憎むだけの証拠が都合よく残されすぎている。
死体。
襲撃。
証言。
そして何より、俺と実際に戦っていたアナルベルト本人が、この戦争を望んでいない。
「つまりさ」
俺が口を開こうとした、その時だった。
「我が主ィィィィィィィ!!」
森の奥から巨大な何かが突っ込んできた。
「うおおおお!?」
急停止。
土煙。
姿を現したのは巨大な狼。
嵐牙狼族の王──フェラリルだった。
「何だよ急に!!」
「我が主。余は昨夜、極めて不可解な夢を見た」
「今!?」
「今だからこそだ」
「戦争中なんだけど!?」
フェラリルは懐からブレスケアを一粒取り出した。
カリッ
「王たる者、相談の前には口臭を整える」
「そこから!?」
アナルベルトが無言で俺を見る。
やめろ。
俺に説明を求めるな。
こいつはこういう奴なんだ。
「それで夢って?」
「うむ」
フェラリルは威厳たっぷりに胸を張った。
「大勢の者が一堂に会し、何やら人気を順位で競う催しを行っていた」
「へえ」
「死者までいた」
「夢だからな」
「敵もいた」
「夢だからな」
「余はいなかった」
「夢だから──」
フェラリルの目が据わった。
「余だけ一度も登場していなかった」
「知らねえよ!!」
フェラリルが地面を踏み砕いた。
「森の王だぞ!?」
「夢に肩書き通用しねえよ!!」
「王の不在は統治上の問題だろうが!!」
「夢を統治すんな!!」
ーーー告、該当する出来事は本時空に存在しませんーーー
「ほらクンニ君もそう言ってる!」
「なら何故余は覚えている?」
ーーー告、不明ですーーー
「怖っ」
俺も知らない。
むしろ俺が聞きたい。
フェラリルは真剣な顔で空を見上げた。
「しかも目覚めた時、僅かに口臭が悪化していた」
「それ寝起きだからだよ!!」
「王として由々しき事態だ」
「歯磨いてこい!!」
フェラリルは納得いかなそうだったが、再びブレスケアを二粒噛んだ。
夢よりそっちの方が気になってんじゃねえか。
「リムル」
アナルベルトが俺を呼ぶ。
「あ、ごめん」
「戦争中だぞ」
「俺も分かってるよ!!」
「今のやり取りを見る限り不安だ」
「こいつが急に来たんだよ!」
「王にはモーニングルーティンがある」
「帰れ!!」
そこへ別方向からゴウンが歩いてきた。
豪華なローブ。
骸骨。
相変わらず姿だけなら、この戦場で一番ラスボスっぽい。
「何やってんの?」
「夢占い」
「戦場で?」
「俺だって嫌だよ」
ゴウンはフェラリルを一度だけ見た。
「寝る前にスマホ見すぎたんじゃない?」
「余はブルーライトカット眼鏡を所有している」
「用意周到だな」
「お前まで会話広げんな!」
俺が話を戻す。
「ゴウン。この戦争、やっぱり変だ」
「うん」
反応が軽い。
「驚かないの?」
「だって変じゃん」
「そうなんだけど!」
ゴウンは戦場を見渡した。
「王国側にも魔物側にも、ここまで殺し合う理由が綺麗に揃いすぎてる」
「俺達もそう思ってた」
アナルベルトが口を挟む。
「誰かが双方に証拠を置いている可能性がある」
「じゃあ調べた方がいいな」
ゴウンはあっさり言った。
「俺は俺で前線止めるわ」
「え?」
「全員で黒幕探しに行ったら、こっちで死人増えるだろ」
妙にまともだった。
「……助かる」
「あと俺の国の奴らも勝手に戦闘始めてるし」
「そこ管理して!?」
「部下って完全管理できないよね」
「魔王の悩みが管理職なんだよ!!」
ゴウンは片手を上げる。
「じゃ、そっちは任せた。俺知らないから」
「え」
「アインズ様のおまんこォォォォォ!!!!」
「死ぬなよ」
「おいアレ置いて前線いくんじゃねえ」
ゴウンはそのまま前線へ向かった。
「では余も──」
「フェラリルはゴウン手伝って」
「何故だ」
「強いから」
「もっと森の王への敬意を込めろ」
「強くて口臭のいい王だから」
「よしきた!」
チョロい。
フェラリルは満足そうに踵を返した。
「ゴウンとやら!余が加勢する!まず戦場にいる全兵士の朝食摂取率を確認するぞ!」
「いや何で!?」
「朝食を抜いた兵は集中力が低下する!」
「意外と正論なんだけどこのワンコロ」
二人は遠ざかっていった。
……何なんだあいつ。
その瞬間だった。
ゴロゴロゴロゴロゴロ。
空が暗くなる。
「……今度は何だよ」
雲の奥で雷が弾けた。
巨大な影がこちらへ落ちてくる。
二つの頭。
四枚の翼。
全身を紫電で包んだ巨大な竜。
アナルベルトが即座に剣へ手を伸ばす。
「構えろ」
「言われなくても!」
双頭のサンダードラゴン。
魔素量もかなり高い。
明らかに雑魚ではない。
巨大な身体が地面へ着地する。
なぜ名前がわかったって?胸あたりに名札が貼ってあったからである。
ドゴォォォォン!!
地面が割れ、雷が周囲の木々を焼いた。
二つの頭が俺達を睨む。
右側が口を開く。
「お前ら」
左側も続ける。
「ここを通るなら通行料」
「は?」
右頭が威嚇する。
「金払え」
左頭が頷いた。
「現金のみ」
「ドラゴンが料金所やってんの!?」
アナルベルトは剣を構えたまま真顔だった。
「払わなければ?」
「殺す絶対殺す」
「あと領収書出ない」
「そこは出せよ!!」
右頭が雷を吐く。
俺とアナルベルトが左右へ飛んだ。
ドガァァァァァン!!
一瞬で地面が吹き飛ぶ。
「普通に強ぇ!!」
「五万」
「高っ!!」
「大型車扱いだから」
「俺スライムだよ!?」
「同行者込み」
「高速道路みたいな料金体系やめろ!!」
俺が水刃を飛ばす。
右頭がかわし、左頭が俺へ雷撃。
アナルベルトの銃弾がその雷を撃ち抜いた。
「話を聞け!」
「金払ったら聞くよ」
「お前ら誰か怪しいヤツ見なかったか!」
一瞬。
二つの頭が止まった。
「……」
「……」
俺とアナルベルトも止まる。
「え、いんの?」
右頭が左を見る。
左頭も右を見る。
「言っていい?」
「守秘義務」
「契約書読んだ?」
「読んでない」
「俺も」
「読めよ!!」
右頭が俺達を見る。
「死体作る仕事してたやついた」
アナルベルトの顔色が変わった。
「……死体?」
「うん」
左頭も頷く。
「今日だけで何体か作ってた」
「どこで」
「森」
「どこへ」
「戦場」
沈黙。
「誰に頼まれた?」
「なんか」
右頭が考える。
左頭が答えた。
「チョワヨって言う奴」
「そいつじゃァァ犯人んんんんん!!」
思わず叫んだ。
知らない。
直接会ったことはない。
でもそのふざけた語尾は多分黒指だろ。
アナルベルトも眉をひそめる。
「黒指か……」
「知ってるの!?」
「王国側でも正体を掴みきれていない組織だ」
「やっぱり怪しい奴じゃねえか!!」
双頭竜が首を傾げた。
「悪い奴なの?」
「知らん」
「死体舐めさせてくれたから良い奴」
「良い奴の基準バグってる」
アナルベルトが一歩前へ出る。
「その死体は、本物だったか?」
二つの頭が顔を見合わせる。
右。
「偽物」
左。
「めっちゃ出来よかった」
「偽物!?」
「臭いも」
「温度も」
「傷口も」
「★五」
「レビューすんな!!」
右頭が感心したように頷く。
「俺ら鼻いいから分かったけど」
左頭も言う。
「普通の人間なら分かんないと思う」
……確定だ。
誰かが死体を作った。
それを双方が殺し合うように配置した。
王国側に魔物へ怒る理由を作って。
俺達にも王国を敵だと思わせて。
最初から。
全部。
「……アナルベルト」
「ああ」
目が合う。
「やっぱこれ」
「仕組まれている」
俺は大きく息を吸った。
「やっぱ誰かが戦争起こしてんじゃねえかァァァァァァァァ!!」
右頭が耳を塞ぐ。
「うるさ」
左頭も耳を塞ぐ。
「五万追加」
「何の代金だよ!!」
ーーー告、第三者による戦争誘発工作の可能性が極めて高いと判断しますーーー
アナルベルトが双頭竜へ地図を見せる。
「死体を作ってた場所を示せ」
「ここ」
右頭が地図の右端を指す。
左頭が左端を指した。
「ここ」
「全然違うじゃねえか!!」
「お前地図分かんないだろ」
「お前こそ」
「俺ら同じ身体だぞ!!」
「なんで双頭で迷子になるんだよ!!」
結局、周囲の地形や移動時間を聞き出して場所を特定するまで十五分かかった。
その間、三回料金を請求された。
⸻
「困りましたね」
遠く戦場から煙が上がっている。
エルシアはいつものように穏やかな微笑みを浮かべていた。
ルミナスは丘の上で座り、戦場を眺めていた。
「バレそう?」
「もう半分ほど」
「半分ならまだ半分あるじゃん」
「そういう問題ではありません」
ホバギは隅で人間の腕を作っていた。
「チョワヨ〜」
ルミナスがそちらを見る。
「何してんの?」
「改良チョワヨ」
「何を」
「偽死体」
「頼んでないけど!?」
ホバギは完成した腕を満足そうに掲げる。
「前回より死後硬直を七%自然にしたチョワヨ」
「そんなことより情報漏らしたドラゴン対策してよ」
「死体の品質管理が担当チョワヨ」
「会社員みたいに責任範囲決めんなよ」
エルシアだけは変わらず微笑んでいる。
「一つ、方法があります」
二人が静かになる。
「あるんだ」
「はい」
「じゃあ早く言ってよ」
「ある者の意識を、元へ戻すことなら可能です」
「元?」
エルシアは一枚の資料を机へ置いた。
そこに記されている名を見て、ルミナスが眉をひそめた。
「乳首大公ビーチク・バフォメット」
「名前強いな」
「実力も」
ホバギが頷く。
「強そうな名前チョワヨ」
「どこがやねん」
エルシアは静かに説明を続けた。
「元々、彼はリムルと敵対していました」
「それが何で今あっちにいるの?」
「捕食されたことで認識が変化したようです」
ルミナスが一瞬黙る。
「……それ洗脳じゃない?」
「判断はお任せします」
「急に倫理投げたね?」
「私は彼へ新しい思想を与えるわけではありません」
エルシアは微笑む。
「ただ」
指先が、資料の上のビーチクへ触れる。
「彼の奥底に残る以前の認識を、もう一度確かなものにするだけです」
ルミナスが嫌そうな顔をした。
「言い方が怖いんだよなぁ……」
「そうでしょうか?」
「笑顔だから余計に」
ルミナスは資料を持ち上げた。
「で、こいつをリムルにぶつければ時間稼げる?」
「恐らく」
「じゃあやろう」
「即決チョワヨ」
「強いんでしょ?」
「強いチョワヨ」
「乳首ですけどね」
エルシアが補足した。
「そこはもうどうでもいいよ」
⸻
「……あれ?」
森を抜けようとしたところで、足が止まった。
知っている魔素。
かなり遠くからでも分かる。
「どうした」
アナルベルトが振り返る。
「この気配……」
ズン。
地面が揺れた。
木々の向こうから巨大な影が現れる。
黒い巨体。
威圧感。
堂々とした歩み。
そして。
乳首。
「ビーチク?」
乳首大公ビーチク・バフォメット。
いつもなら俺を見た瞬間に「下劣スライム」だの何だの言いながら、結局普通に話をする。
だが。
今日の目は違った。
懐かしい。
嫌な意味で。
俺を完全に敵として見ていた頃の目だった。
「……ビーチク?」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
低い声。
「下劣スライム風情が。燃やすぞ」
「うわぁぁぁぁぁぁ初期ビーチクだァァァァァァ!!」
アナルベルトが俺を見る。
「分かるのか」
「分かる!!あの冷たい目めっちゃ分かる!!」
ビーチクの眉が動く。
「初期?」
「あっ」
「何の話だ」
「気にしないで!」
ーーー告、ビーチク・バフォメットの精神状態に外部干渉を確認ーーー
やっぱり!
「ビーチク!お前洗脳されてんだって!!」
ビーチクは俺を見た。
数秒。
「……洗脳?」
「ああ!」
ビーチクが鼻で笑った。
「下劣スライムの強制的に仲間にする捕食能力の方が余程洗脳ではないのか?」
「…………」
止まった。
アナルベルトが俺を見る。
双頭竜も俺を見る。
右頭。
「捕食?」
左頭。
「それは倫理観やばいって」
「そんな目で俺を見るな!!」
ビーチクが続ける。
「我を捕食し、敵意を失わせ、己の住処へ迎え入れた」
「いや、それは……」
「その後、我は貴様の街で強制的に働かせられている」
「働かせてはない!!」
「建築もした」
「それはお前が勝手にだろ」
「巨大乳首展望台も」
「完全にお前発案だろ!!」
沈黙。
ビーチクが少し考えた。
「……あれは良い建築だった」
「そこは覚えてんのかよ!!」
ちょっと安心した。
いや何に安心してんだ俺。
「だから今のお前の方が洗脳されてるんだって!」
「何を根拠に」
「クンニ君が外部干渉って!」
ーーー告、外部干渉は確認していますーーー
「ほら!」
ーーー告、なお捕食後の人格変化については別問題ですーーー
「今それ言う!?」
アナルベルトが少し離れた。
「俺はこの件には関わらない」
「逃げんな!!」
「客観的に見て双方倫理観が怪しい」
「裏切り者ォォォ!!」
ビーチクは俺達の騒ぎを眺めていた。
やがて、小さく鼻を鳴らす。
「くだらん」
「何が!」
「我が貴様をどう思っているかなど、今はどうでもいい」
「え?」
「一つだけ確かなことがある」
ビーチクが構えた。
空気が変わる。
魔素が一気に膨れ上がった。
木々が震える。
地面が軋む。
「以前の我は、貴様を弱者と見ていた」
「まあ」
「だが」
ビーチクの目が細くなる。
「今の貴様は違う」
俺は黙った。
「……貴様とは」
口元が僅かに歪む。
「一度、何の邪魔もなく全力で戦ってみたかった」
「……」
「今なら丁度いい」
ちょっと待て。
なんかこいつ。
敵に戻った割には妙に嬉しそうじゃね?
「ビーチク」
「何だ」
「もしかしてこれ、お前ちょっと楽しんでる?」
「黙れ」
「図星!?」
「殺すぞ」
「もう戦おうとしてんだよ!!」
ビーチクが踏み込んだ。
ドゴォォォォォォン!!!!
地面が消し飛ぶ。
「下劣スライム!!」
「今黒幕探してんだよ乳首野郎ォォォォォ!!」
拳と拳が正面から衝突した。
衝撃波。
森の木々がまとめて吹き飛ぶ。
双頭竜も巻き込まれて空へ飛んでいった。
右頭が叫ぶ。
「追加料金!!」
左頭も叫ぶ。
「車両破損!!」
「お前ら車じゃねえだろォォォォ!!」
俺とビーチクが同時に距離を取る。
向こうは笑っていた。
本当に。
僅かにだが。
楽しそうに。
……こいつ。
洗脳が解けても。
もしかして。
「ビーチク!」
「何だ!」
「これ終わったら街戻るよな!?」
「誰が貴様の街になど戻るか!!」
「巨大乳首展望台の工事途中だぞ!」
「……」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
ビーチクの動きが止まった。
「……完成前に放置するのは建築家として好ましくない」
「戻る気満々じゃねえかァァァァァ!!」
「黙れ!!」
再びビーチクが突っ込んでくる。
戦争の黒幕を追い始めて。
まだ一時間も経っていない。
なのに何故か俺は。
元敵で。
現仲間で。
今また敵になって。
多分この戦いが終わったら普通に街へ帰ってきそうな乳首大公と。
全力の一騎打ちを始めることになった。
どうしてこうなった。
ーーー告、いつものことですーーー
「いつもじゃねえよ!!」
右頭が遠くから叫ぶ。
「領収書いる!?」
「いらねえよォォォォォォ!!」
つづく……