「偽骸造形!!」
ホバギが肩を押さえたまま、地面へ白い塊を叩きつけた。
白い塊は一瞬で膨らみ、髪、白シャツ、包帯、そして片目を隠す前髪まで再現していく。
数秒後。
そこには、ルミナスそっくりの偽骸が倒れていた。
「チョワヨ・フェイク!!」
「いやよく見たら普通に当たってるチョワヨ……」
ホバギ本人の肩からは、まだ血が流れていた。
ルミナスが偽体を見る。
「お前、余裕で撃たれてるよ?」
「いや撃たれたホバギは偽物チョワヨ」
「その偽物を今作ってたでしょ」
「これは時間差演出チョワヨ」
「演出で肩は治らないよ」
ホバギは何か言い返しかけたが、遠くの森から近づいてくる足音を聞いて止まった。
一人分ではない。草を踏む音に混じって、重い翼音まで近づいてくる。
そして何より、やたら会計を求めてきそうな空気がした。
「来たチョワヨ」
ルミナスは少しだけ笑う。
「じゃ、俺がやるよ」
「お前、真っ先に逃げると思ってたチョワヨ……」
「まあ俺が一番死ににくいし、アナルベルトちゃんの相手も俺以外だと相性悪いからね」
ルミナスは前へ出た。
「適材適所ってやつ」
⸻
森を抜けたアナルベルトは、足を止めた。
その前に、ルミナスが立っていた。
白シャツに、片目を隠す黒髪。腕には包帯。
そして、その後ろには肩を撃ち抜かれたホバギと、相変わらず笑顔を崩さないエルシアがいる。
双頭のサンダードラゴンが、左右の頭で小声に話し始めた。
「怪しい」
「めっちゃ怪しい」
「通行料払わせた方がいい」
「みかじめ料もいる?」
「黙っていろ」
アナルベルトが銃を構える。
「……やはりお前の仕業か、ルミナス」
ルミナスは肩をすくめた。
「死体の件?」
「戦争の件だ」
「それは俺一人の仕事じゃないし」
「だが、お前はやった」
「やったねぇ」
あまりにも軽い返事だった。
「あっさり認めるんだな」
アナルベルトの目が冷たくなる。
「前からお前だけは信用していなかった」
「ひど」
ルミナスは困ったように笑う。
「俺、王国の参謀なんだけど」
「だからだ」
「そういうこと言われると、ちょっと傷つくなぁ」
「傷つくのか?」
「心はね」
アナルベルトは答えなかった。
銃口だけが、静かに上がる。
「どけ」
「やだ」
「後ろの二人を逃がす気か」
「うん」
「お前らしくないな」
ルミナスは少し考えた。
「俺以外だと、アナルベルトちゃんの相手は相性悪いでしょ?」
「だから俺が立ってる」
その瞬間。
銃声。
ドン。
ルミナスの肩が弾けた。
血が飛んだ。だが次の瞬間には、傷口が何事もなかったように消えていた。
双頭竜の右頭が固まる。
「当たった?」
左頭も固まる。
「きちゃない」
アナルベルトも眉を寄せた。
「……俺の弾が当たって、無傷か」
ルミナスは自分の肩を見た。
「うわ、穴空いた」
もう空いていない。
「不便だなぁ」
「どこがだ」
アナルベルトはもう一度引き金を引く。
今度は胸。
弾丸が命中する。
白シャツが裂け、ルミナスの身体が後ろへ揺れる。
しかし、裂けた布も傷口も、一瞬で元へ戻った。
「当たった結果だけ置かれる能力って、普通に怖いね」
「ならば、なぜ平気なんだ」
「さあ?」
「答えろ」
「嫌」
ルミナスは笑っていた。
だが。
アナルベルトは、もう銃口をルミナスの胸へ向けていなかった。
視線は、その腕に巻かれた包帯へ落ちている。
何発撃たれても、無傷へ戻る身体。
その中で包帯だけが異様に映っていた。
「……その包帯は何だ」
一瞬だけ。
ルミナスの笑顔が止まった。
「ファッション?」
「お前は、もっとまともな嘘をつけ」
アナルベルトが引き金を引く。
弾丸はルミナスの腕を掠めた。
包帯だけが裂ける。
白い布が、風に舞った。
その下。
細い腕に、黒いブレスレットが巻かれていた。
ルミナスの表情が変わる。
「あ」
アナルベルトの目が細くなる。
「……それか」
「待って」
ルミナスが一歩下がった。
アナルベルトの銃口が、黒いブレスレットへ向く。
「対象を正しく認識できれば」
ホバギが目を見開く。
「まずいチョワヨ」
「当たる」
「待って待って待って」
ルミナスが初めて、少しだけ焦った声を出した。
「それは、ちょっと困る」
銃声。
ドン。
⸻
ホバギが叫んだ。
「交換チョワヨォォォォォ!!」
白い塊が膨らむ。
ルミナスの足元から伸びた偽骸が、一瞬だけ本人の身体を覆った。
次の瞬間。
弾丸が、黒いブレスレットを撃ち抜く。
パキィン!!
黒い腕輪が砕けた。
だが、砕けたのはルミナスの腕にあったものではない。
少し離れた場所に立っていた、偽ルミナスの腕輪だった。
偽ルミナスは数秒だけ立っていた。
それから、白い泥へ崩れていく。
ルミナス本人は、少し離れた木の陰で固まっていた。
「……うわ」
ホバギが息を吐く。
「間に合ったチョワヨ」
アナルベルトは偽ルミナスの残骸を見る。
「……偽物か」
本物の腕輪を狙っても、また同じことをされる。また偽物を挟まれれば、必中魔弾は使えない。
正しく認識できなければ、当たらない。
だがアナルベルトは銃を下ろさなかった。
そのまま木の陰へ照準を向ける。
次は外さない。
そう思った瞬間。
「怖いなぁ」
ルミナスはそう言いながら、遠くの戦場を見る。
まだ人間と魔物が剣を交えていた。
「……もう戦争もいいや」
ホバギが顔を上げる。
「チョワヨ?」
ルミナスはエルシアを見る。
「もう、確信させるのやめて」
エルシアは少しだけ首を傾げた。
「本当に、よろしいのですか?」
「ここまで見破られたなら、もういいでしょ」
「かしこまりました」
風が吹いた。
それだけだった。
だが、遠くの戦場で兵士達が次々と足を止めていく。
アナルベルトの視線が、一瞬だけ戦場へ向いた。
「……何をした」
「戦争を終わらせただけだよ」
アナルベルトは答えなかった。
自分で始めた戦争を、なぜ今になって止める。
その意図が読めない。
アナルベルトが一瞬だけ判断を迷った。
その一瞬で、三人は動いた。
「アナルベルトちゃん、甘く見すぎたな〜」
その声はいつも通り軽い。
でも、笑えていなかった。
「これで俺、王国にいられなくなっちゃったじゃ〜ん」
アナルベルトから距離を取りながら、エルシアが微笑む。
「私は一足先に、あの人の所へ帰りますね」
ルミナスが見る。
「ごめーん。俺、見限られるかな〜」
エルシアは再度微笑んだ。
「あの人は、戦争など望んでいないはずです。私からも、そう伝えておきますね」
「まあこれは俺の単独行動だからねぇ」
ルミナスは頭を掻いた。
「梯子を外されたら、それはそれでまあいっか〜」
ホバギが横から口を挟む。
「で? 報酬はどうするチョワヨ」
「こんな時でも金かよ!」
「死体二体と偽兵と偽ルミナスと偽ブレスレットチョワヨ。追加制作が多すぎるチョワ」
「めちゃくちゃ正当な追加請求だった……」
「前払いチョワヨ」
「逃げながら請求するなよ!」
目の前にいたのは、この戦争を仕組んだ人間達だ。
追うべき相手だった。だが、今は戦場を止める方が先だ。
アナルベルトは銃を下ろし、三人を追う代わりに戦場へ走った。
⸻
「下劣スライム!!」
ビーチクの拳が、俺の胸へ突き刺さった。
ドゴォォォォォン!!
身体が地面へ叩きつけられ、地面が大きく割れた。
「ぐっ……!」
「どうした。死の未来は見えなかったのか」
「沢山見えたよ!」
俺は地面を蹴って拳を振り抜く。ビーチクが腕で受け止める。今度は、ビーチクの身体が数メートルだけ後ろへ滑った。
「ほう」
「初めて動いたな!」
「地盤が悪い」
「ここ森だぞ!?」
ビーチクの乳首が光る。
「乳頭魔閃光」
「怒られろそのネーミングセンス!」
黒い光線が地面を削る。
視界が二重に揺れた。
左へ避ければ、腕が消える。
右へ避ければ、胴体が消える。
前へ出れば。
「……お前の顔面が消える」
ビーチクが笑った。
「クックック……自分の死がよく見えているな、その能力」
「見たくて見てるんじゃねえ!!」
俺は光線の中へ飛び込んだ。
ビーチクの目が僅かに見開かれる。
光線が俺の脇を通過する。
服の端だけが焼けた。
そのまま懐へ潜り込む。
拳を振り上げる。
ビーチクも同時に拳を握った。
俺の手には、『王なる者の捕食者』が発動していた。
あと少し手を伸ばせばビーチクを取り込める。だが向こうの拳も、あと少しで俺の頭を消せる距離にあった。
「……」
「……」
互いに止まった。
黒炎が揺れる。
森が静かになる。
俺はビーチクを見る。
「俺がこれ使ったら」
「何だ」
「お前、また仲間になるのか?」
ビーチクの眉が動いた。
「……」
「それとも、そうさせられただけになるのか?」
ビーチクは答えなかった。
拳は下ろさない。
俺も捕食を解かない。
その時。
遠くの戦場から、剣を落とす音が聞こえた。
一人。
また一人。
怒鳴り声が、戸惑いへ変わっていく。
ビーチクがそちらを見る。
俺も見る。
「何だ?」
ーーー告、周辺に存在していた認識固定への干渉が消失しましたーーー
「認識固定への干渉?」
「お前、やっぱり洗脳されてたんじゃねえか!」
ビーチクは数秒黙った。
やがて、黒炎が少しずつ小さくなる。
「……以前の我は、貴様を敵と見ていた」
「うん」
「今も、貴様を好いているわけではない」
「うん」
「だが」
ビーチクは、自分の拳を見る。
「巨大乳首展望台の工事が途中だったことは覚えている」
「そこなの!?」
「建築家として、放置するのは好ましくない」
「やっぱ戻るじゃん!」
ビーチクは俺を睨んだ。
「勘違いするな。貴様のためではない」
「はいはい」
「返事が軽い」
俺は捕食を解除した。
ビーチクも拳を下ろす。
そこで、ふと思い出した。
「でもお前、昔は魔眼で魔物を従わせてた過去あるから、人のこと言えないけどな」
ビーチクが止まる。
「……」
「捕食が洗脳なら、魔眼も大概だろ」
「我の魔眼は、貴様に捕食された時点で使えなくなっている」
ーーー告、乳首大公の魔眼能力はその時点で使用可能ですーーー
「お前それ早く言えよ!!!!」
クンニ君は淡々と続ける。
ーーー告、捕食による支配・仲間化能力は確認されていませんーーー
ーーー告、対象のその後の所属判断は対象自身によるものですーーー
「は?」
「つまり、捕食されたから仲間になったわけではない、と?」
ーーー告、捕食後の対象に生じた変化と、その後の所属判断は別個の事象ですーーー
「え?」
俺はビーチクを見る。
ビーチクも俺を見ていた。
「じゃあお前、別に捕食の影響で俺の街にいたわけじゃ……」
「……我の意思で建築していたことになるな」
「じゃあ俺も捕食で仲間にする能力なんて」
ーーー告、確認されていませんーーー
「俺、めちゃくちゃ勝手に思い込んでただけじゃん!!」
ビーチクが少しだけ目を逸らす。
「……貴様の街は、建築しやすかった」
「素直じゃねえな!」
「黙れ下劣スライム」
「戻るんだろ?」
「一刻も早く展望台を完成させる絶対完成させる絶対」
「やっぱり戻るじゃねえか!」
⸻
戦場中央。
ハインリッヒは、王国兵の腕へ治癒魔法をかけていた。
その隣には、腹を押さえたオーク兵が座っている。
ハインリッヒは迷わず、次にオーク兵へ手を向けた。
王国兵が驚く。
「魔物まで治療するおつもりですか!?」
「負傷者ですよ?」
「ですが、魔物は敵です!」
ハインリッヒは首を傾げた。
「今、戦争は終わったでしょう」
王国兵は何も言えなかった。
少し離れた場所。
ナメトが、倒れた王国兵へ肩を貸していた。
「立てますか?」
「……はい」
そこへ上官の声が飛ぶ。
「ナメト!!ナメト!!こちらへ来い!!」
「その名前を連呼するなァァァァ!!」
ナメトは反射的に叫んだ。
その直後、残っていた一人の兵士が剣を振り上げる。
「まだ魔物を!」
剣先が。
オーク兵から、ほんの少しずれる。
ナメトのユニークスキル『一寸先は闇』。
刃は誰にも当たらず、地面へ突き刺さった。
ナメトはその兵士の手首を掴む。
「もう終わりです!」
上官が再び叫ぶ。
「肛門性騎士ナメト!!」
「フルで呼ぶなァァァァァ!!」
その頃。
ケツエンドは戦場の中央で、既に書類を書いていた。
「王国兵負傷者。魔物側負傷者。装備損耗。街道封鎖。停戦記録」
紙の束が増えていく。
ケツエンドは静かに頭を抱えた。
「この戦争の後を思うと胃が痛い」
近くで、まだ剣を持った兵士が呟く。
「……敵を殺せば」
ケツエンドが見る。
「死体を増やすな。処理書類が増える」
兵士が固まる。
「……怖」
「捕虜管理も増える」
「もう剣置きます」
そこへ、遅れて一団が森から現れた。
先頭に立っていたのは、華やかな衣装を纏ったカリ・フラワーだった。
「あら」
周囲を見渡す。
倒れた兵。
治療される魔物。
武器を下ろす人間。
「ワタクシが来てもう戦争が終局とは……カリを作ってしまいましたわね」
後ろの隊員が、王国兵の偽命令書を何枚も抱えていた。
「退路の確保、伝令の捕縛、偽命令の回収まで終えております」
「あと、北側の兵士はワタクシ達が誘導しておきましたわ」
カリ・フラワーは胸を張る。
「疲れ切った方々を後ろから襲うなんて、美しくありませんもの」
「遅刻じゃなかったんですね」
ナメトが言う。
「当たり前ですわ」
カリ・フラワーは微笑んだ。
「美しいカリ到着です」
⸻
アナルベルトは、戦場へ戻っていた。
双頭のサンダードラゴンもいる。
右頭が言う。
「戦争終わった?」
左頭も言う。
「戦争の追加料金は?」
「ない」
「じゃあ終わってない」
「いや終わってるだろ」
アナルベルトは、まだ戸惑いを残す王国兵と魔物達を見渡した。
だが、剣を振っている者はいない。
リムルが、少し離れた場所に立っていた。
その隣には、何故かビーチクがいる。
アナルベルトは少しだけ眉を寄せた。
「終わったのか」
「色々あったよ特に乳首大公」
「見れば分かる」
リムルが周囲を見る。
アナルベルトも見る。
そして二人は、それぞれ自分の兵の方へ歩いた。
アナルベルトが王国兵へ向けて言う。
「聞け」
短い声だった。
それでも、全員が黙った。
「これは戦争ではない」
アナルベルトは、まだ剣を握っている兵士を見る。
「誰かに作られた嘘の上で、俺達が勝手に殺し合っただけだ」
兵士達が俯く。
「武器を下ろせ。負傷者を運べ」
一拍。
「戦争は終わった」
リムルも、魔物達へ声を張る。
「聞け!」
オーク。
ゴブリン。
鬼人。
全員がこちらを見る。
「もういい!」
リムルは一度だけ、アナルベルトを見る。
「人間も魔物も、今日はもう戦うな!」
あちこちで剣が落ち、斧が下ろされていく。
「戦争は終わった!!」
誰かが、ゆっくり息を吐いた。
それから。
戦場に残っていた怒号は、少しずつ負傷者の名前を呼ぶ声へ変わっていった。
遠くの木の陰。
ホバギは肩を押さえながら、森の奥へ歩いていた。
「で、報酬チョワヨ」
ルミナスはため息をつく。
「払うよ」
「偽ルミナスは高いチョワヨ」
「俺の偽物に値札つけるな」
エルシアは、少し離れた場所で振り返った。
戦争が終わった戦場を見ている。
笑顔は、変わらない。
「また、お会いしましょう。善いスライムさん」
つづく……